第6話 誕生!特命機装遊撃隊  前編

 アヴォン・オタ・メイでは短い雨季が終わった。さわやかな乾季が訪れる。

 常春の国オタ・メイでは年中ほぼ気温はかわらないが、「御一新」以降の習慣で短い雨季が開けると、先祖の霊を慰める火祭りなどが各地で行われる。

 先祖崇拝は、古くからの習慣だった。

 機装自行砲運用研究所が出来てまだ三か月もたっていなかったが、所長デーメーンス技術少佐は参謀本部の概況説明会議で、少し誇らしげに偵察部隊の救出などを説明した。居並ぶのは軍大学主席卒業のエリート参謀などである。

「わずか二か月半で、六人の小隊は訓練と教育を終え、立派に機装自行砲部隊としての運用が可能となりました。まったく見上げたものです」

「しかし」

 と作戦課のコムピトゥム参謀が言った。軍大学出の傲慢なエリートである。

「その具体的な運用についてはどうお考えでしょうか」

 技術バカであるデーメーンス少佐は、しどろもどろになってしまった。ともかくあの厄介者扱いされていた新開発兵器が「一応役に立つ」ことを証明したのである。特に教育総監部と研究開発部からは絶賛された。

 この日、研究所は休養日である。参謀本部では各種会議と会合があり、夕方は豪壮な将校クラブでの立食パーティーとなった。

 全員正装で参加し、略章略綬を並べる。

 デーメーンス技術少佐はフィーデンティア大尉を従え、久しぶりに大講堂の片隅で酒を飲んでいた。少佐所長は賑やかなことが、実は苦手だった。

 会場中央はいつものように作戦部作戦課のエリートたちが占め、円形テーブルを囲んで怪気炎をあげている。自分たちこそが軍の基幹と信じ、疑うことがない。

 技術少佐が精悍な女性大尉を相手に話していると、やはり眼鏡をかけたフォッサ少佐がやってきた。情報職人のあだ名を持つ冷静な人物ある。

「お貸ししたこの大尉は、お役に立ったようですね、少佐」

「フォッサ少佐。ありがとうございます。まさか情報部から助け舟が出るとは思いませんでしたが、大尉は本当によくやってくれていますよ。

 彼女の選んだ機装砲兵は、若いのに大したものだ」

「機装自行砲部隊も、なんとか無事完成しそうですね。大したものだ。

 イマニムは謎めいた最新技術でどんどん兵力を機械化していると警告しているのに、我が国は機装砲がやっと動き出したぐらいか」

「フォッサ少佐。わたくしの提案した機装砲による偵察及び適宜遊撃と言う基本案を、そろそろ軍務局へ提出したいと思いますが、ご協力いただけますか」

「うん。しかしその前にもう一つ実績が必要だな。頭の固い幹部たちが納得するような派手な実績がね。

 そこで一つ、デーメーンス少佐の試用部隊に、頼みたいことがあるのです。

 イマニムに事実上支配されているケン・インで、大規模な基地が作られつつある話は聞いていると思う。

 作戦課は防衛上の施設だと言うが、侵攻拠点の可能性が大です」

「なるほど。ケン・インを併呑すれば、次は当然我が国でしょうな。

 内戦続くウキリ・アットではなく」

「そこで作戦部の資料班から、ようやく証拠集めのために挺進斥候を出したいと言ってきてね。

 もちろんケン・イン領内へです。前回の国境曖昧地帯より深くです」

 偵察兵が捕まれば外交問題になる。ゆえに挺進斥候は一切の身分と所属を示す徽章等をとっていく。

 そして捕虜になることは絶対に許されない、極めて過酷な任務である。

「……それはまた。しかし志願者がいますか、危険な潜入偵察など」

「実は、志願してきた将校がいてね。無謀とは思うが、背に腹はかえられんので飛びついた。ご存知かも知れないが。

 参謀総長直隷旅団のアウダークス中尉です。少し勇敢すぎて困るのですが」

 フィーデンティア大尉はアウダークスの噂を聞いていた。

 父は鉄道通信大臣のレラートゥス卿であり、全国に電話線をしいて電信所を置いた革新的人物だった。その子息は、性格に多少問題あるとも言う。

「しかし偵察班なら当然、相棒として耳馬を使うでしょう。機装砲の役目は?」

「最近、耳馬の嫌う薬草が国境地帯にまかれる事件が時々あります。耳馬はある種のハーブを毒として嫌うが、その成分を合成したものらしいのです。それで国境警備部隊で耳馬が死んだり、一定地域へ入ることを拒否しだしている」

「敵も考えたな。そうやって偵察を難しくして、侵攻基地作りをすすめているわけですか」

「所長、是非やらせて下さい。彼女……いえ彼らには出来ますわ。三機の上に偵察兵二人は安全に乗せていける。それ以上は無理をしないといけませんが」

 研究所長技術少佐は前向きに考えてみると、約束した。

 パーティーを終え、二人は研究所へ戻り、深夜まで話し合った。そして翌朝、過酷な挺進潜入偵察を援護するむね、フォッサ少佐に正式に返答したのである。


「なるほど! そりゃおもしろいですわね。

 しかし決死的潜入偵察をするまで、事態は逼迫しているのですか」

 概況説明の為に会議室に集められた機装兵の中で、真っ先に「お嬢様」が立ち上がって質問する。目は不敵に輝いている。

「そのようだね。情報部の判断だ。将校斥候で決定的証拠である写真を撮り、作戦部につきつけるってさ」

 少尉フォルティスは、自分も行きたそうだった。アウダークス中尉以下六人の下士官兵士偵察班も全員志願していた。遺書まで書いていると言う。

「それでこそ高貴なる者の義務ですわ。わたしも是非義務をはたしたいわ」

「しかし危険な任務だ。東南部の草原地帯、国境未画定地域は一応パリエース川が暫定国境となっているのは知っているな。

 そこを走行渡河し、ケン・イン領内に侵入。草原地帯に偽装のまま待機して、挺進偵察隊の帰還を待って、夜明けまでに再渡河する。

 ただし敵偵察に発見されそうになったら、どんなことをしても戻れ」

 いつも無口なアギリス曹長が立ち上がった。野性的で精悍な顔立ちである。

「挺進偵察隊は、置いて行くのですか」

「……そうだ。彼らはなんとしてしても戻るか、包囲されれば自ら処置する」

 文学青年スクリープトル伍長は「処置」と言う残酷な表現に、顔をしかめた。 ベテラン砲兵のラウス曹長は、若すぎる曹長ミーマの少し嬉しそうな顔が気になり、言った。

「もし敵に包囲されて脱出不可能な場合は、我々も自決するのですか」

「……いや、君たちは通常戦闘服のままで参加。包囲され脱出不可能になれば、起爆装置で機の砲弾を自爆させる。

 その混乱のすきになんとしても脱出せよ。死ぬのは厳禁だ」

 そううまく行くかは、誰にも判らなかった。

 ミーマ以外は、いきなりつきつけられた過酷な任務にやや戸惑っていた。


 二日後、パリエース河畔コレン・ブユル草原へと、牽引車に乗せられて三機は出動した。先行していた工兵隊が、雑木林の中に簡単な策源を作っていた。

 中型テントでは待ち受けていた整備のレフェクティオー軍曹と、助手オベーサ伍長がさっそく機装砲の最終点検に入る。さほど長距離遠征ではなく、各機二人づつの決死偵察兵を砲塔にのせるのである。

 予備燃料は積んでいけない。かわりに多めの水などを積む。

 フィーデンティア大尉とフォルティス少尉は策源地到着後六人の機装兵、すなわち先任のアギリス曹長と操脚兵のスクリープトル伍長、ラウス曹長と素朴な「脚」コローヌス兵長、そして傲慢お嬢様ミーマ曹長と肉体派のカルネア伍長を、作戦本部テントに招いた。

 そこには階級章など一切ない、見たことのないもオリーブ色の戦闘服に、オリーブ色の略帽をかぶった六人が待っていた。

 最新式の連発騎兵銃や砲兵用長銃身拳銃を持っている。

 細身で長身の、いかにも軍人的な面構えの人物が敬礼する。

「参謀総長直隷旅団付情報将校のアウダークス中尉だ。そしてヒラリス軍曹以下五人の挺進偵察隊は、君たち機装砲偵察補助部隊の世話になる。よろしく」

 機装兵六人と、偵察兵六人はそれぞれ名乗ってあいさつした。

 女大尉は指示した。

「渡河は日没後に行う。現在南部国境で陽動的演習が開始されつつある。イマニムとケン・インの国境警備隊が当該方面を集中警戒しているうちに、渡河する」

 地図を見せて簡単な状況説明をしたあと、勇敢で有名な少尉は早めの夕食後に寝ておくことを命じた。

 夕食は川魚のシチューや炙り肉に、珍しく果実酒がついた。

 ミーマも小さな個人テントの簡易ベッドで、眠った。そして陽が落ちると、ラッパでも笛でもなく少尉が一人づつ揺り起こしたのである。


 すでにレフェクティオー軍曹が内燃自走車の輜重兵と工兵を指揮し、三機の機装砲に草と木で入念な偽装を施していた。

 陽は落ちてすっかり暗い。すでに別の斥候兵が、さして深くも幅広くもないパリエース河の渡河地点を確保していた。対岸に敵兵の動きもない。星明りもない夜、北の方では砲声が聞こえる。陽動部隊が夜間演習をはじめていた。

 草などで偽装された三機は、走行状態で河岸まで進出。そこで最後のアルコール燃料補給を受け、夜食の配給を受けた。保存食ではない野戦料理だった。

 いよいよ、各機二人づつが砲塔によじのぼる。闇の中で女性大尉が言った。

「先任アギリス曹長を暫定小隊長とするが、あくまでアウダークス中尉の指示に従い、慎重かつ果敢に行動して欲しい。あとは天に祈ろう」

 こうして三機は次々と立ち上がり、夜の静かな川へと入って行った。

 水深はなんとか操縦席が浸からない程度だった。周囲に灯りはなく、ついに雨季も終わり流れは早くない。

 エンジン音と鋼脚の機械音、川浪をかきわける音だけが響く。

 三機の砲塔はすっかり草で偽装している。その中に戦闘服の偵察兵が二人づつ身を潜めている。遠くから見ると、草の塊が浮かんでいるように見えた。

 ほどなくアウダークス中尉の乗るアギリス曹長機が、四本脚で対岸に上がり、ゆっくりと脚を折って走行状態にかわりだした。

 続いてミーマ機、ラウス機が続いた。三自行機装砲は一列になって、人の背丈ほどの草をかけわけて行く。夜の闇の中、草の塊がエンジン音をたてて行く。

 先頭機の偽装に隠れて、アウダークス中尉は双眼鏡を使っている。砲塔上のハッチは半ばあいていて、中のアギリス曹長と話し合っていた。

「今のところ敵の動きはない。予定地点まで進出」

 やがて小高い丘の手前、ところどころ低木もある地点に達した。ここで三機は停止する。六人の偵察兵は砲塔から降り、決死偵察の準備をはじめた。肩掛けの鞄には最新式の写真機がはいっている。それを三つもっていく。

 改造騎兵銃に筒状の消音器を取り付ける。六連発の回転弾倉拳銃の銃身は長い。それにナイフと手榴弾を確かめる。手榴弾は自決用もかねている。

 機装砲兵六人も下車し、一列に並ぶ。アウダークス騎兵中尉が敬礼した。

「では、出発する。危険を感じたら、君達は遠慮なく戻ってくれ。我々は自分たちでなんとかするから心配するな」

 アギリス以下は、挙手の礼で見送る。こうして命がけの挺進偵察兵は、背の高い草の中へと消えて行った。臨時小隊長アギリス先任曹長は言う。

「二名交替で周囲を見張る。操縦席ハッチは解放し、休息者はその前で待機。

 飲食は随時とる。まずは俺と……カルネア伍長だ」

 アギリスは少し、この大柄な女性が気になっている。こうして六人は待機となったが、ミーマはカルネアに「あとで起こしてね」と早々に寝てしまう。

 まったく恐れも警戒もしていない。カルネアには頼もしかった。


 アウダークス中尉と腹心のヒラリス軍曹に率いられた六人の偵察班は、途中草や小枝で戦闘服を偽装し、ケン・インの高原地帯に侵入していた。

 雲の切れ間から少し星が見えている。訓練された六人はやがて、巨大な基地工事現場に近づいた。あちこちでかがり火がたかれ、探照灯が草原をはいている。

「はは、こりゃ豪勢なもんですな。自分の村にゃまだ電気もないのに」

 どんな苦境や困難でもどこかうかれたようなヒラリス軍曹が言う。家名の為に悲壮な決意の中尉は、指示した。

「よし、二手にわかれて長時間露出を行う。時計を合わせよう」

 軍用懐中時計で合流の時間を決め、中尉と軍曹は別れた。軍用の夜間写真機は雑嚢いっぱいになる大きさで、小さな三脚で固定して相当長い時間露出する。

 光は一切使えない。

 命令では数枚撮れば急いで戻ることになっていたが、高名な父に認められたい大胆すぎる中尉は、求められる以上の写真を撮ろうと覚悟していた。

 そしてついつい基地に近づきすぎる。基地は広大で、夜のこともあり先が見渡せないほどだった。絵心のある伍長が草の中から顔を出し、双眼鏡で観察しつつスケッチしていく。こうして彼らは夜明けまでに機装砲に戻る予定だった。


「お嬢様、起きて下さい。交替です」

「あ……おはよう。夜は少し冷えるな。ちょっと体貸してね」

 とカルネアの胸に顔を押し付けようとする。

「ちょっと! 何やってんです……見られますよ」

 こうして見張りはお嬢様と、彼女に少し憧れる大柄でのそりとしたコローヌス兵長の番となった。豊かだが都会から離れた開拓村の出身である。

「よろしくね、兵長。もしわたしが寝てしまったら、あとよろしくね」

 と、北側の方へと歩いて行く。

「あまり離れるとヤバいです、曹長」

「……生理現象よ。ついてきたら射殺します」


 すでに各写真機で、五枚ほどの写真を撮っていた。ヒラリス軍曹は合流時間になっても大胆過ぎる名門出の中尉がやってこないので、心配しだした。

「……また悪い癖が出たな」

 ほどなく、中尉につけていた偵察班兵長が戻ってきて敬礼する。

「軍曹の撮影ネガとこのネガを持ち、急ぎ機装砲へと帰還せよとの命令です。

 アウダークス中尉殿とサクリフィキウム上等兵は、もう数枚撮影してから、おいかけるとのことです」

「いかん! やはり悪い癖が出たか。奴らの電波探知機の噂をなめてるな」

 ヒラリス軍曹は兵長と伍長、もう一人の上等兵に大判のネガ十数枚を託し、待っている機装砲へ戻るように命じた。

「いいか、夜明けが近づいたら我々を待たずに即時帰還。また砲声銃声が聞こえたら、救援無用で撤退すべし。

 なんとしてもネガをとどけろ。我々のことは考えるな!」

 そう厳命し、丈の高い草をかきわけ、基地方面の闇へと消えた。


「よしサクリフィキウム、そのあたりにカメラを設置しろ」

 アウダークス中尉は闇の中で、若い上等兵に囁いた。サクリフィキウムはやや重い軍用カメラに短い三脚をつけて、草をかきわけて進出した。

 突如、離れたところにあった監視台から、強力なライトで照らされてしまう。敵は周囲に集音機を置いていたのだ。

「サ、サクリフィキウム!」

 地方出の素朴な上等兵が驚愕して振り向いた時、連射機関銃の銃弾が大型カメラと上等兵の腹を貫いた。近づいていたヒラリス軍曹が中尉の怒号に驚き駆けよると、無謀な中尉は血まみれの上等兵の遺体を抱きしめ、嗚咽していた。


「銃声! 続いて砲声!」

 コローヌス兵長は東の方を双眼鏡で見つめつつ叫ぶ。眠っていた四人もたちまち起きてきた。先任曹長アギリスは機装砲塔にのぼって、双眼鏡を使う。

 南方で爆発光が見える。遅れて爆音が夜のしじまを震わせる。

「誰っ!」

 草むらで警戒していたミーマは、腰のホルスターから連発拳銃を抜いた。

「お嬢様、待って」

 眼のいいカルネアは叫ぶ。草むらから息をきらせて現れたのは、偵察班伍長と兵長、もう一人の上等兵だった。

 偵察伍長は涙をうかべ、ヒラリス軍曹の厳命を伝えた。

「我々は命をかけて写真を撮りました。このネガを是非駐屯地へ。

 我々は中尉救出に戻ります。あとはよろしくお願いします……」

 いつもクールで無口なアギリスは閃光がきらめく方を見つめ、やがて言った。

「だめだ。軍曹の命令を実行する。ネガは自分とラウス曹長がわけてもつ。それぞれ二機に分散して搭乗。再渡河帰還する。ミーマ機は後方警戒し、しんがりだ」

 有無を言わさぬ迫力があり、偵察兵たちは嗚咽しつつ従うしかなかった。


 嗚咽し、くやしがるエリート中尉を草の中で引きずるようにして、軍曹は戻ろうとする。

「遺体はしかたない。急いでください。伍長たちが待っているかも知れない」

「わたしのせいだ! わたしが功を焦ったせいで……」

 その時、基地方面から砲弾が飛んで来て二人の近くで炸裂した。中尉は草むらのなかで飛ばされたが、軍曹は腹に破片をうけ血を吐いて蹲ってしまう。


「出発!」

 アギリス先任曹長は偽装された砲塔から顔を出して、命じた。

 すでにラウス機は歩行モードで、砲塔に二人の斥候兵を乗せている。それが暗い川にむかって歩き出す。

 アギリス機もゆっくりと立ち上がった。砲塔にしがみつく偵察伍長は、悲しげに東のほうの閃光を見つめている。アギリス曹長も残念そうにふりかえった。

「……! ミ、ミーマっ!」

 しんがりで二機をまもって渡河するはずの鋼鉄の象は、走行モードで回転し、そのまま漆黒の草原の中へと消えて行こうとする。

「戻れ! 命令違反だっ!」

 叫ぶアギリスは追おうとはしない。そして目頭が熱くなるのを感じていた。


「おいて行って……下さい。て、手榴弾があります」

 脚と左肩を負傷していたアウダークス中尉は、腹から血を流すヒラリス軍曹を背負い、近くに砲弾が落ちる中、よろめきつつ北西へと歩いていた。

「ダメだ。俺のせいで上等兵を死なせた。お前を置いてはいけん。俺の責任だ」

「ち、中尉一人なら可能性がある。自分が引き止めます……」

 少し離れた基地では、夜明け前でも各種灯火がともって明るい。

 その中を甲高い汽笛が鳴り響き、装甲列車が到着した。後部の貨車の側面が開くと、中から一角牛に鞍をおき連発騎兵銃を構えた「牛騎兵」が次々と降りる。

 中尉たちを生け捕りにしようとしていた。


 草原を、砲撃の光を頼りにミーマ機が進む。砲塔のミーマは測距照準器を見つめている。まったく恐れていないのが、カルネアには少し不気味だった。

「曲射砲の弾着が集中しているあたりを目指して。あの程度の砲撃なら、この砲塔は耐えられそうよ。大型野戦砲を撃ちだしたらヤバいけどね」

「たいした度胸ですね、いつもながら。さすがお嬢様だっ!」

 カルネアも速度をあげる。偽装した機装砲は草をわけて闇を進む。

 ミーマの読みはあたっていた。各種砲弾の落ちるあたりに、よろめきつつ北を目指す中尉達がいるようだ。

 しかし人間の背丈ほどある草の中、硝煙と砂煙でよく見えない。

 突如偽装された砲塔のハッチをあけたミーマは、砲弾と銃弾が飛び交う中で上半身を出し、単発の信号弾を打ちあげた。

 赤い光弾が尾をひいて夜空に上がると、周囲が少し明るくなる。無論、敵に位置を知らせてしまう。カルネアは操縦席で驚いたが、小さなスリットから見つめていると、漂う硝煙の中に人影らしいものが浮かび上がる。

 慌てて機装砲を停車させた。ハッチにつかまりつつ、ミーマも確かに前方数メートルに人影を見とめた。周囲に砲弾が落ちだす。

「中尉っ! アウダークス中尉?」

 気を失いそうだった若い騎兵中尉は、目を見開いた。ぐったりした軍曹を背負ったまま、右手を大きく振った。

「方向転換! 砲塔のみ東にむける」

 カルネアが急いで機体だけ百八十度砲口転換すると、ミーマはこちらを照らし出した探照灯めがけて次々と砲弾を撃ちだした。

 基地の端二ヶ所に組んだやぐらの上から、「電気灯」が照らし出していたが、二つの櫓が砲撃で倒れ草原に闇が戻る。ミーマは砲塔から飛び降りた。

「さ、早く! 砲塔につかまって」

 意識を失いかけた軍曹をなんとかよじ登らせ、砲塔上部を巡るレール状の手すりにつかまらせると、ミーマは砲塔にすべりこんだ。

 上半身は出したまま、手すりにしがみつくヒラリス軍曹の手をつかんでいる。中尉は軍曹を支えて、砲塔につかまっている。

「全速前進! 川を目指して!」


 夜が明けようとしていた。コレン・ブユル草原パリエース河北岸では、一機の「鋼鉄の象」が待っていた。西の高地が少し明るくなっている。

 臨時小隊長アギリス曹長は、ラウス曹長機に偵察伍長以下の三人をなんとか乗せ、先に国境警備駐屯地へと戻している。

 ともかく偵察写真を届ける任務が最優先だった。

 敵が大挙して渡河してくれば、一機ではひとたまりもない。しかしスクリープトル伍長も、あの逞しい女性二人を待ちたかった。

「曹長、敵の弾着が近づいてきます」

「……つまり、彼女たちはまだ無事なんだ」


「カルネア! 騎兵が迫っている。逃げ切れる?」

「角牛のほうが少し早いかも。でも砲撃はやめて下さい。

 衝撃で外の二人が落ちてしまう」

 ミーマは砲塔に常備してある破砕手榴弾を四つ取り出し、次々と発火させては後方へと投げた。

 しばらくすると草むらの中で小爆発が起き、一角牛の「悲鳴」もきこえてきた。

 牛騎兵が機装砲に近づくと、敵の弾着が減ってきた。

「軍曹、しっかりしろ……もう少しだ」

 気を失いそうになるヒラリスの腕を、また砲塔からミーマがつかむ。

「もう少しよ。砲撃を指示している騎兵を少しまいたわ。

 でも態勢たてなおしてすぐにやってくるかな」


「曹長! 東方の草の中に動くものがあります!」

 アギリス曹長は六十ミリ速射砲の測距照準器をのぞいた。確かに人の背丈ほどある小麦色の草原の中、こんもりとした草の塊が近づいてくる。

 上には、カーキ色の人影が二つのっかっている。その後方に爆炎が上がる。

「……ミーマだ。やりやがった!

 伍長! 歩行モードで川の中へ進出! 追っ手の注意をひきつける!」

 イマニムとケン・インの合同追跡小隊は、十数騎の一角牛が主力である。走行モードで逃げるミーマが六十ミリ砲を撃とうとすると、カルネアがまたとめる。

「だめ! 砲撃の衝撃で中尉と軍曹が落とされますって!

 このまま鋼脚歩行にうつります。外の二人に警告出してください!」

 軍曹はかなり血を失って顔が青い。自身も軽傷を負ったアウダークス中尉は、右手でヒラリス軍曹の肩をかかえ、左手で砲塔上部の手すりを握りつめている。

 腕が抜けても放すつもりはなかった。少しあけたハッチから、お嬢様が叫ぶ。

「見えた! 川よ、もう少しだわ」

 後方から銃弾が飛び込んでハッチ周辺に火花を散らす。

「中尉、少し衝撃受けますわよ。

 立ち上がった時が一番危ないから、しっかりつかまって」

 態勢を立て直した敵騎兵が迫る。無線機を背負った「牛騎兵」の指示で、また遠距離から砲撃されだした。

 やがて川の東岸に達したが、一度停止し鋼脚を伸ばさなくてはならない。

 一番危険な瞬間だった。

 突如西の方、やや明るくなりかけた川のあたりから赤く輝く砲弾が迫った。ミーマたちの頭上をかすめ、後方に迫っていた角牛たちの間で爆発がおきる。

 先頭の騎兵が爆風で飛ばされ、無線機を背負っていた騎兵も落牛する。これで砲撃の指示は出来なくなった。

 河中に立つアギリス先任曹長が、盛んに援護射撃をする。後方に迫っていた十数騎の敵追跡部隊は混乱しだした。大きな角牛が怯え、迷走しはじめる。

 その隙に立ちあがったミーマたちの鋼鉄の「象」は、冷たいパリエース河に入って行くのだった。揺れるが中尉は必至で手すりにつかまっている。

 ミーマ機が渡河を終えるまで、アギリスの機装砲は川の中央に立って、砲撃を続ける。迫ってきた一角獣騎兵はさらに混乱し、やがて撤退していった。

 こうして上等兵一人の遺体を遺棄し、二機の機装砲は走行モードで駐屯地へ戻り出した。しかし軍曹は出血多量で意識を失い、中尉が砲塔上で抱えたままだった。

 やっと草原も夜が明けだした。斥候をとどけたラウスたちが迎えに来ていた。


「わたくしが命令、いえ許可しました」

 帰投後、フィーデンティア大尉が起こったことを問いだした。問題は小隊長アギリスの命令に反して、勝手にミーマが中尉達救出に戻ったことだった。しかしアギリスは、ミーマの「意見具申」を受けて自分が許可した、と言い張る。

 女大尉はにやりとして、報告書にはそう書くと断言した。意識を失っていたヒラリス軍曹は、むかえにきた内燃救護車の中で応急処置を受けつつ、戻って行く。

 つきそって戻る騎兵中尉は、ミーマに礼を言えなかったのを悔やんでいた。

     

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