第5話 お嬢様下士官、身勝手戦記 後編


 研究開発本部付属機動砲運用研究所に来て二か月と少し、短い雨季が終わりかけている。

 六人の下士官と上級兵士は、最新式兵器の操作に早くも慣れてしまった。そして研究所長が申請した特例特別昇進が認可された。

 休業日であるこの日、小さな講堂に六人の機装兵は制服で集められた。そして特科軍曹ミーマは曹長に、兵としての最高位の兵長だったカルネアは、下士官である伍長に昇進した。

 仲間も教官も心底喜んでくれた。カルネアも俸給が増え、家族への仕送りが増やせると喜ぶが、ミーマはさして喜んだ様子もない。お嬢様は国軍始まって以来の、若い曹長である。まだ選挙権もない年齢だった。


 この日の午後、カルネア伍長を連れて久しぶりに町へ出た。

 カルネアにとって量も多い研究所の食事はおいしかったが、お嬢様は「たまにはおいしいもの食べないと、気が滅入っちゃう」などと言う。

 彼女は馬車を雇って、研究所で聞いた小ぶりで洒落たレストランへ向かった。ここも家禽のローストが名物と言う。海のない首都では魚が珍しい。

 カルネアは食べるとなると遠慮がない。

「曹長殿、なんか嬉しそうじゃないですね」

「まだ曹長じゃない。いっきに少尉ぐらいにはなれると思ってたのに」

「無理ですよ。敵を倒して華々しく戦死しても、二階級特進ぐらいです。

 でもあたし……自分たちの働きで命を救い、そのことで継子扱いの機装砲の評価もあがったって。

 女大尉殿も、少しはしゃいでましたよ」

「当り前よ。わたしが目をつけた兵器なんだし。我が国の切り札にしてみせる。

 今はたった三機だけど、皆わたしに馴染んできているみたい。いい傾向ね」

「馴染んで……」

 無口で精悍な「狩人」アギリス曹長や、砲術にかけては負けないセウス曹長、丁寧な文学青年のスクリープトル伍長たちは、はじめ自己中心的で生意気な「大佐の娘」を確かに見下し、不気味な存在としてやや敬遠していた。しかし素朴な農村青年のコローヌス兵長だけ、女神でも見るような眼差しだった。

 ミーマには言わないが、かつてセウス曹長にカルネアはこっそりと言われた。

「なんであんなのに、かしづいてんだ。弱みでも握られているのか」

 一号生徒事件の翌日、朝食終わりに無口なアギリスが、後ろから声をかけた。

「あんたのお嬢様、まったく大した女だな。見直したぜ」

 確かに今や、四人も教官も所長も、彼女を見直していた。

「ここの家禽。おいしいけど焼きすぎよね。肉は生に近い方かおいしいわ。

 実家にいる時はよく弓で家禽とって、たき火で炙って食べたのよ。ぬほほほ」

 意外に野性的な面もあって驚いた。

「でもお嬢様、上の方はまだ運用方法を決めかねてる。

 せいぜい騎兵について行って援護射撃とか、敗走する部隊の護衛とかぐらいにしか考えてないと、少尉が言ってました」

「全く父様も言ってたけど、この国の軍隊って上へ行くほど馬鹿になるのね」

「ちょっと、声が大きいですよ。私服の憲兵に聞かれたら、ことですよ」

「貧乏憲兵がこんなところに来られるはずもない。

 このあいだの救出で、わたしの考えの正しさが証明されたわ。

 変幻自在に使えて、山の中でも草原でも動き回れるのよ。そして最新の六十ミリ砲も近距離だと、かなりの効果を発揮できるじゃない」

「そうですよね」

「ならその機動性いかして、遊撃戦に使うのよ。敵が思いもよらないところから出現して、後方連絡線や兵站拠点破壊して、すばやく逃げるの」

「ゲリラにしては、図体デカいですけどね」

「あなただってデカいけど俊敏でタフで、おっぱいも大きくて形いいじゃない」

「……胸は関係ないです」

「そう、機装遊撃隊よ!」


「機装遊撃隊?」

 眼鏡の研究所長デーメーンス技術少佐は、浅黒いフィーデンティア大尉の野性的な目を見つめる。

「はい。それに一種の威力偵察も出来るでしょう。

 走行時の機動性のよさも考えると、かなり有効に使えます。問題は戦闘時にかなりの燃料を使うことですが。ともかく、その運用方法が一番と思います。

 自分のこのアイデアはフォッサ少佐との会話で、固めたものですが」

 所長の執務室の壁一面は本棚で、技術関係の書籍が詰まっている。

 ドアよこの壁だけはあいていて、大きな地図がかかっていた。眼鏡をあげた技術少佐は壁を指差して、言った。

「それでも、科学技術の発展著しいイマニムに、どこまで通じるかだな」

「……本当に不思議です。あの独裁国家だけで、降臨維新以来とも言われる急激な科学革命が起こっています。

 ほんの四年前まで、人口だけは多いけど信心深い農業と林業の王国だったのに」

「軍首脳も政府も、南部国境地域については、静謐保持で一致している。

 しかしこのままでは手遅れになるかもなあ」

「どうでしよう、少佐。彼らは予想以上に早く習得しています。

 今やわが国最高、つまり世界一の機装砲兵です。一度訓練の一環として辺境の比較的安全地帯へと、簡単な偵察業務に出してみてはどうでしょう」

「なるほど、最前線の視察と、現地の状況を知るためにもいいかも知れん。

 では少尉とも相談し計画をたててくれたまえ。さっそく上の方に打診しておく」

 情報部から「ある目的をもって」教育総監部へと出向していた大尉は、不敵な微笑みをうかべて敬礼した。

 彼女の使命は、信頼できる部下を「源泉」から汲み取ることだった。


 負けん気が強く自信過剰な面もあるが、行動の素早い女性大尉だった。

 休養日翌日には基本計画を所長に提出していた。日頃のんびりしている所長も急いで根回しし、自ら参謀本部で説明するなどして了承をもとめた。

 今回は幼年学校生徒の救出劇で、研究所の評価もあがっており、比較的簡単に許可が下りた。

 デーメーンス少佐が待たせてある小型内燃自走偵察車に戻ろうとすると、本部中央大階段を下りてきた、丸い眼鏡をかけ参謀飾緒をつけた人物に呼び止められた。

「一度総合兵棋演習でお会いしました、情報部のフォッサ少佐です」

「ああ、大尉のよく話している、情報職人の」

 すでに機装砲による辺境偵察が裁可されたことを、情報少佐は知っていた。

「御存知のようにケン・イン側の国境未画定区域で、イマニム軍の動きが活発していて、今やケン・インは鎖国状態です。せいぜいお気をつけて。

 それと、ケン・インからの亡命兵士もちょくちょく出ています。貴重な情報源ですので、もしそう言う脱走兵がいたら、保護してやってください」


 参謀本部で正式に認可され偵察命令が出たのは、二日後、出発は早朝だった。

「ぬふふ、いよいよ実戦かしら。戦場の匂いを嗅いでみたいな」

 カルネアに荷造りをまかせ、お嬢様はそんなことを言う。

「訓練偵察です。実際の戦闘なんてまっぴらだ。十年ほど前に国境線巡って小競り合いあったでしょう。うちの村の年寄りで、その時兵隊に行ってた人がいて、時々悲惨な話を聞きました。

 血まみれの仲間を担ぎ出したけど、死んだとか……」

「まあ、父様も似たような話をしてたけどね。

 わたしたちはれっきとした軍人なんだし、覚悟の上よ」

 夜明け前に呼集ラッパがなる。下士官たちは居室の前の廊下に並び、フォルティス少尉から出発時間と行動予定を告げられた。

 慌ただしい朝食のあと出発である。

「最後の食事かもな」

 などとセウスは呟いた。カルネアは急いで米を胃に詰め込む。

 例によって、偵察開始起点までは、自走輸送車と牽引台で機装砲が運ばれる。機装兵達も今回は輜重馬車ではなく、輸送車に乗せられた。

 整備兵二人と大尉と少尉も、荷台におかれた狭いベンチシートに詰めこまれる。

 こうして陽が高く上る前に、南東部の草原地帯へと着いた。ケン・インとの国境が不明確な地帯で、南にはイマニムとの国境となっている山地が続く。

 国境地帯には各地に警備所、トーチカなどが作られている。

 まだ平穏な草原国境の近く、その小さな駐屯地はあった。国境とされている小高い丘からはやや離れている。しかし現場の雰囲気は、さほど緊張していない。

 三機の機装砲は一度その殺風景な駐屯地で降ろされ、最後の点検を受けた。大尉とレフェクティオー軍曹は駐屯地に残って、研究所と連絡をとる。

 整備はオベーサ伍長が補助するし、カルネア伍長も手伝う。三機は砲塔の後ろに、予備のアルコール燃料の入ったドラム缶を括り付けていた。

 フォルティス少尉は耳馬にのり、重い無線機を担ぐ。整備係の太った女性伍長は、工具などを鞍に乗せていた。

 実は馬が苦手だった。大きな胸が激しく揺れるからである。

 こうして三機は燃費のいい走行モードで草原へと乗り出した。

 南には丘陵地帯がせり出してきて、森林地帯となっている。その先は、不気味なイマニムだった。

 夕方前に鬱蒼たる森の手前で大休止、火を起こして早めの夕食をとった。そして陽が暮れると、夜間斥候訓練である。

 歩行モードの機装砲は前照灯をつけず、星明りだけをたよりに前進する。着き従う少尉と整備伍長の二頭だけは、鞍の横にアルコール・カンテラを吊るす。

 操縦席で、カルネアは言った。

「夜はまかせてください。都会の人たちは灯りになれてるけど、自分たちは灯りのない生活が普通なので夜目が効きますよ」

「木にぶつからないでね。後ろの連中は後方赤色灯一つを頼りにしているから」

 森の中を地図に従って進む。地形を体感し、夜の森に慣れるのである。

 耳馬で先行するフォルティス少尉は、背負った重い無線機をしばしば使うが、森の中では中々通じない。

 少尉が諦めて受話器を背中に戻すと、耳馬のいななきが聞こえる。

 陽が落ちて森の中はとっぷりと暗い。少尉は手をあげて、機装砲に停止を命じる。カルネアに続いてスクリープトル機、最後尾のコローヌス機がとまる。

 オベーサ伍長が馬上で胸を揺らして、少尉に近づいた。

「耳馬ですか? このあたりに野生の馬は珍しい……」

 ほどなく、黒い森の中でいななきと蹄の音が近づいてきた。ミーマも上部ハッチをあけて、見つめる。

 馬から降りた女性伍長が、手を広げてかけてきた耳馬をとめた。

「どうどう、どうした?」

 カンテラをかかげてみると、軍の鞍を乗せた軍馬だった。少尉は驚いた。

「偵察隊の馬か? 主はどうした?」

 耳馬は首を大きく、今駆けてきた方向へと何度も振る。あちらにいるらしい。

「少尉殿! 鞍に血が!」

「なにぃ……」

 連絡のない偵察隊がやられたようだ。少尉は六人の機装兵を下ろして言った。

「この耳馬に案内させ、緊急将校斥候を行う。二機は待機し、駐屯地との通信連絡を試みよ。

 一機ついてこい。あとの二機はこの場で警戒を続け、朝までに本職が戻らない場合、帰還して報告せよ。本職について行くのは……」

「お任せ下さい。我がカルネア伍長は夜間の歩行も平気です」

「よしミーマ曹長。予備タンクを下ろして機装砲に乗れ。この耳馬が先導する」


 屈強で耳が長く人語をある程度解するかしこい耳馬は、少尉と太めの整備伍長、そしてミーマたちを案内する。

 カルネアは最大戦速で、「小走りに」ついていく。しばらくして、やや木がまばらになったあたりに出た。先導の耳馬はとまり、いななく。

 少尉がカンテラをかかげると、腹から血を流した耳馬が倒れている。その横には、ぐったりとした偵察兵二人が折り重なっていた。少尉は馬から降りる。

「しっかりしろ! 第七十一警戒所の偵察か?」

 ミーマも機装砲の上から見下ろす。一人は腹をやられて即死状態だった。

 重なるように倒れていた下士官は、爆風で吹き飛ばされたらしい。肩や頭に傷がある。ミーマはその姿に、息をのむ。

「う……うう。あ、あなたは」

「フォルティス少尉だ! どうした、誰にやられた!」

「う……夕暮れ、イマニムが、そ、測量をしていると……暗くなって…突然」

「イマニムだと? 間違いないか。ケン・インではないのか」

「奴ら……夜でも。噂通り……」

「少尉、負傷者を後方搬送しましょう。敵がまだいるはずです」

 機装砲の上からミーマが叫ぶ。

 少尉は案内した耳馬に負傷した下士官を乗せた。

「元のところへ運んでくれ。出来るな」

 耳馬は長い首をたてにふる。亡くなった偵察兵は身分証明を取り上げ、草の中に横たえておくしかなかった。

「朝になったら遺体を回収に来る。急ぎ戻ろう。機装砲は砲口を後ろにむけろ」

 その時、漆黒の森のむこうに灯りが見えだした。操縦席前のスリットから見ていた、目の良いカルネアが見つけたのだ。

「お嬢様、森のむこうに灯り。誰か来ます……いや、灯りを消した。敵です!」

 ミーマはハッチを開けて、少尉にそう報告した。

 次の瞬間、ミーマの開けたハッチに、火花が散った。

「きゃっ!」

 ミーマは思わずハッチを閉めた。南の方から銃撃がはじまった。少尉は叫ぶ。

「オベーサ伍長! 負傷者と共に先に戻れ!」

 機装砲に火花が散り、迫撃砲であろうか、爆発が周囲で起きる。

「敵は、こんな闇でも見えるのかしら!」

「お嬢様、行きますよ。砲をお願いします」

 闇の森の中である。少尉がある程度逃げるまで、敵をひきつけるしかない。

「カルネア! 最高戦速で離脱、後ろはまかせてっ!」

 鋼脚が動き、機装砲は銃撃を受けつつも方向転換する。そして木々の間を、「早足」で走行しだす。

「よし、そのまま前進! ……敵はどこにいるの。

 闇の中でかなり正確に撃ってくる」

 砲の照準器で夜の森を見ても、敵の位置が判らない。時々闇の中でマズルファイアーが光る。敵偵察部隊の迫撃砲の砲口から炎が噴き出しているのだ。

 激しい音がして機装砲が振動する。小口径の迫撃砲が砲塔に弾着したらしい。  砲塔の右側面がへこむ。しかし装甲はある程度ほどこされている。野戦砲では粉砕されてしまうが。

「大丈夫ですか、お嬢様!」

「……つつつ、頭がガンガンする。やりやがったな」

 ミーマは通常砲弾を砲弾棚から取り出し、六十ミリ砲に装填した。

「次に光ったら、撃ちこんでやるわ」

 闇の中で機関銃のマズルファイアが煌めき、機装砲の砲塔が火花に包まれる。

「そこねっ!」

 直接照準で狙いをつけ、大きな発射トリガーをひいた。砲内に轟音が響き、砲身が後退すると共に熱い空薬莢が後方に飛び出し、砲口からは砲弾が赤く輝きながら直進する。

 次の瞬間、暗い森の奥が明るくなり、その直後に轟音が機装砲を襲う。

 操作教典とは違い立ち止まらずに砲撃していたので、反動で機装砲はやや前のめりになるが、カルネアはペダルとギアを巧みに操作して態勢を持ち直した。

「見事よカルネア。こんなことあなたでないと出来ない」

「いつもいつも、ミーマ様の勇気にも感心します。

 自分に停止も命じなかった。信じてくれたんですね」

「……いったん止めること、忘れてたのよ。第二弾行くわよ!」

 カルネアはやや後ろの鋼脚二本を折り、反動に備えた。また赤い光弾が闇の奥へと吸い込まれ、爆発を起こす。木々が吹き飛んで、悲鳴も聞こえた。

 だが迫撃砲弾は落ち続けている。数発は機装砲を越えて、先行して走る三頭の耳馬の間に落ちる。太めの女性伍長が小さな悲鳴をあげた。

「お嬢様、木々がまばらになってきました。

 無理にでも走行モードになりますか」

「なってもいいけど、耳馬を追い抜かないで。わたしたちが盾になるのよ」

「わかりました。すこし衝撃来ます」

 カルネアは頭の上のコックを握った。通常の作業をとばし、鋼脚四本を折りつつ車輪三つを出し、「座り込んだ」まま走り続ける。脚のロックもしない。

「これで敵も狙いにくくなりましたが、奴ら闇の中でどうして正確に撃ってくるんだ。例の超技術ってヤツですかね」

「よく見えないけど、耳馬じゃない、ケン・イン牛かなにかみたいなのが見える。 多分騎兵がわたしたちを追いつつ、無線かなにかで後方の機動砲兵に位置を知らしているみたいね。そいつを見つけて攻撃するしかないわね。

 大型迫撃砲の射程外にまだ出られない」

 しかし木々に邪魔され、暗い中では照準が合わせられない。

 機装砲のすぐ前を、フォルティス少尉が走っている。その前の耳馬の鞍には、ぐったりした負傷者が乗っている。先頭は胸を波打たせる女性伍長だった。

 待っている二機も、砲声と爆発音を聞いているはずだ。

 危機を知らせるためか、少尉は鞍よこのホルダーに騎兵銃と共にさしこんである信号弾を取り出した。

 枝のついた筒で、ピンを外して片手で操作できる。それを頭上にかかげて打ち上げた。花火のような赤い「のろし」が上がって行く。

 しかし爆発せず、輝いたまま夜風に流されて後方の黒い森へと落ちて行く。

 ちょうどミーマは、追ってくる騎兵ならぬ牛兵目がけて、照準が定まらないまま砲撃しようとトリガーに指をかけていた。

 そこへ信号弾が燃えながら落ちて来た。

 轟音とともに六十ミリ砲弾が発射された。そこへ信号弾がゆっくりと敵通信騎兵の頭上に落ちてきて、森の中でその姿を赤く照らし出した。

 大きな角を持つ精悍そうな牛に手綱をつけ、小型の無線機を背負い、顔になにか器具を取り付けたイマニムの下士官だった。

 少し遠くのその姿が見えたとたんに、砲弾が炸裂した。

 偵察兵が両手足をもぎ取られながら回転しつつ舞い上がり、ケン・イン牛は二つに裂けて前後へと吹き飛ぶ。

 数字や記号がぼんやりと映る照準器で見つめていたミーマは、凍りついた。しかし次の瞬間、信号弾が燃え尽きて消えた。一瞬のことだが悲惨な光景に目は焼き付いていた。

「……砲撃が止みました。お嬢様、やりましたよ」

 確かにあの一本角の牛に乗った騎兵が、通信で位置を知らせていたようだ。

 その「目」を失って、大型迫撃砲弾による砲撃はやんだ。やがてその射程外に出るだろう。

「お嬢様?」

 砲塔の中でミーマは両目を見開いて、唖然としていた。


 ほどなく行く手にも青い信号弾が撃ちあがった。待機していたアギリス=スクリープトル機とセウス=コローヌス機であろう。

 救援の為に出撃しようかと相談しているところへ、三騎とミーマたちが戻って来たのである。すでに敵の砲撃も、追撃もなさそうだった。

 しかし負傷した偵察兵を急ぎ後方搬送しなくてはならない。かなり重傷である。

 三機と三騎は急いで元の駐屯地へと戻った。第三夜警時間中に辿り着くことか出来た。遠くの砲声は大尉たちもきいていたが、フォルティス少尉は戻りながら無線で状況を知らせていた。

 戻ると、ミーマたちには簡単な夜食が出た。この地方名物の辛いシチューだったが、青ざめたミーマは水以外飲まない。ずっと黙っている。

 こんなときカルネアは遠慮しない。お嬢様の分も食べてしまった。

「みんなそのままで聞け」

 まだ少し興奮していたフォルティス少尉が、簡易食堂へやってきた。

「今夜は本当にごくろうだった。簡単な偵察訓練のつもりだったが、発実戦となったな。不期遭遇戦だ。よく生き延びてくれた。

 特にミーマ曹長たちは、本当によくやってくた!」

「……はい」

「あの偵察軍曹は負傷しているが、なんとか助かりそうだ。後方へ移送させる。

 遺棄してきた遺体は、明日偵察部隊の本隊が回収する予定である。

 我々は朝食後、牽引車で研究所へ帰投する。その後情報部から事情を聞かれると思うが、出来るだけ正確に答えて欲しい。

 特にミーマ曹長」

「……はい」

 いつになく元気がないが、少尉は「疲れているのだろう」と考えた。

「食後は自由に休んでくれ」

 敬礼して去って行く。彼は朝までに報告書をまとめなくてはならないのだ。


 夜食後、男性下士官は一つの部屋で適当に転がって眠った。南部のこの一帯は夜でも暖かい。

 二人の女性下士官とオベーサ伍長は、一つの小部屋である。簡易ベッドの上には芳香草の藁をつめたマットと、薄い毛布が置いてある。

 カルネアはのこった辛いシチューを平らげ、顔と手を洗ってから小部屋に入った。すでに太めの女性整備係は、高いびきである。

 お嬢様は脱いだ革の軍靴とずぼん、カーキ色の上着を床に投げ出して、毛布をかぶって丸くなっている。

 カルネアは靴をそろえ、カーキ色の軍服をたたんで棚においた。

 自分も軍靴や軍服を脱いでたたむと、そっとミーマの毛布に潜り込んだ。お嬢様は待っていたようにふりむき、またカルネアの胸に顔をうずめる。

 カルネアもミーマも、上はシャツ姿だった。

「……こわかったのですね」

「はじめて見てしまったの。赤い光の中で。わたしの放った砲弾で、人が吹き飛ぶところを。手足がちぎれて、肉体だけが回転しながら飛び上がってた」

「あなたが撃たなければ、あなたやわたしが同じ目にあってた。それが戦場です。 そして我々は兵士なんです。辛いことですが。

 確かあなたのお父上は先の戦争で活躍されましたね。ウキリ・アットでの悲惨な戦いも見た。軍閥どうしの戦いに、情けも軍律も無用だそうです。

 だからもっとむごたらしい目に、何度もあってるんですよ。自分もショックでした。でも我々は生き残った。これからも生き残らなくてはなりません。

 さ、今はゆっくり寝て、朝目覚めたらしっかりとご飯を食べて、もとのお嬢様に戻って下さい。あたしの為にも、ね。

 みんなもそれを期待しています。自分の考えにゆるぎなく、いつも目的にむかって的確な判断を下すあなたに」

「ありがとう……」

 ミーマは顔を胸からはなした。カルネアがベッドから降りようとすると、突如上体を少しおこしたミーマは、カルネアの少し太めの首に腕をまのわし、その厚い唇に自分の唇を重ねた。

 闇の中で暫く、二人は固まっていた。

 やがて口を離したミーマは小さく言った。

「ありがとう、おやすみ」

 呆然としたままベッドに戻ったカルネアは、その後暫く眠れなかった。


「寝ないのか」

 駐屯地の建物の小部屋が、フォルティス少尉にあてがわれていた。フィーデンティア大尉は洗面所を使った後、小部屋から灯りがもれているのでのぞいてみた。

 少尉は机にむかって、書類を書いていた。

「徹夜ぐらい平気です。報告書を明日までに仕上げないと」

 引き締まった野性的な大尉は、半ズボンに上半身シャツで、ガウンを羽織っている。筋肉質だがグラマラスな肢体がよく判る。少尉は少しあわてた。

「明日の午前でいいよ。本当に今日は大変だったね。まさかイマニムの斥候がここまで進出しているとは、情報部の方でもつかんでいなかった。

 のどかだったケン・インは、完全に植民地ね」

「ええ。それと気になることがあります。奴らはあの明かりもない漆黒の森の中で、かなり正確に長距離大型迫撃砲を撃ちこんできました。

 こちらの移動距離を刻々と計算して。

 わたしはカンテラの灯まで消し、機装砲は後方ランプを消していたはずです。

 しかし執拗に追尾する敵偵察騎兵は、深夜の森の中でも目が見えるがごとく、正確に我々の位置を無線連絡し砲撃して来たんです」

「…あの噂は本当だな。あの農業と林業の信心深い王国の、恐るべき超科学は」

「ええ。まるで御一新がまた起こったような勢いです。しかし参謀本部作戦部は、臆病な心理が産んだ幻だと主張しています。

 このことは大尉こそよく御存じですよね。まったく選ばれし方々は。

 にも関わらず、あいかわらず古臭い騎兵突撃が主作戦と言うのは……」

「この二年、革命以来のイマニムの科学技術発展は恐ろしいほどだ。

 君も知っている通り百二十年前に我が国と、沖合大島の間に天界人が降臨し、我が国を中心に世界維新が起こった。

 そして生活様式と言葉、文化、社会の仕組みががらりと変わった。

 ……ひょっとしたら、また同じようなことがおこったのかも知れないわね」

「また、降臨が? そんな情報は知りませんし、もしそうならもっと大騒ぎになっているはずです」

「まあ、そうだろうな。しかしあのおだやかで信心深いイマニムが、たった二年でまったく別の国になった。

 それにあの革命派の正体も不明だ。ごく少数で王政を倒した。

 確実なことは、今や世界の脅威になりつつあると言うことだ」

「上層部はいまだ危機に気付いていないし、都合の悪い話を聞こうとしない」

「素朴な農業と牧羊の国だったケン・インはイマニムの属国になってしまった。

 そして国境近くの大規模な基地づくり。奴らの次の目標はただ一つ」

「……我が、アヴォン・オタ・メイ!」


 翌朝、カルネアは小さな悲鳴に目をさました。

 芳香草の藁の詰まったマットの上で目をあけたカルネアが見たのは、ベッドの傍らで硬直するオベーサ伍長だった。

 寝間着である半ズボンに上はシャツである。肥満体と強大な胸を包むには小さすぎる。そんな彼女が、両手で口を覆って立ちすくんでいる。

「おはよう……伍長……え?」

 のっそりした人のいい伍長の驚く理由が判った。カルネアのシャツはまくり上げられ、大きめで形のいいバストの間に、「お嬢様」が顔をうずめているのだ。

「ち、ちょっとお嬢様! なにしてんですか」

「あ……ううん。あ、おはよう」

 ミーマはベッドの上で起き上がり、驚き佇む伍長を眠そうに見た。次の瞬間、両手で目の前にあった巨大に胸をつかんだのである。

「きゃあああああっ!」

「ううむ、やはりデカいだけじゃだめ。形が大切よ形が……」

 そんなことをいいつつ、部屋から洗面所へと出て行った。驚き佇む伍長に、カルネアはため息をついて言った。

「やっと元のお嬢様にもどったみたい。よかったよ。さ、朝食だね」

 完全に立ち直ったわけではなかったが、確かに落ち着いてはいた。こんなことはまだまだあるのだ、自分は正しいことをしたのだと言い聞かせて。

 早い朝食を経て、内燃走行車と護衛の騎兵に守られ。機装砲と下士官たちは研究所に戻って行く。牽引車の狭い後部座席で、ミーマは「相棒」に囁いた。

「……昨夜はありがとう。でもやっぱイイおっぱいね。またよろしくね」

 カルネアはどうこたえていいか、判らなかった。ただ昨夜のことを思い出し、少し赤くなっていた。




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