第4話 強制相棒の奮戦 後編
様々なルートで伝えられてくる、南部国境の情勢は悪かった。やはりイマニムは二年ほど前の革命による独裁化以降、急速に科学力と軍事力を伸ばしている。
もう否定も出来なかった。御一新とも降臨維新とも呼ばれる、百二十年前の世界的文化革命以来のことらしい。
そしてオタ・メイ国とのあいだに横たわる平和な遊牧国家ケン・インは、すでにイマニムの事実上の傀儡国家なり、旧支配者層の残酷な粛清が進んでいる。
ケン・インにはまだオタ・メイ他の領事館もあり、悲惨な情報が次々と寄せられる。またかねてイマニムがケン・インに強制租借を求めていた、オタ・メイとの国境草原地帯での巨大基地の建設は、急ピッチで進みだした。
参謀本部の情報部では、資材商人に扮した密偵を送りこんで、現状確認に努めた。ケン・インの旧勢力の地下組織や、イマニムの抵抗組織にも接した。
しかしあいかわらず作戦部では「イマニムなにするものぞ」と鼻息が荒く、情報部がもたらす不利な情報を「臆病風に吹かれた」などと笑い飛ばしていた。
情報参謀フォッサ少佐の焦りは高くなる。情報部のみならず外交部門の情報機関も、しきりにイマニムの急速な軍備増強を警告していた。
この日、定例の情報評価会議が終わったのは、かなりの夜更けである。女性にしては高身長のフィーデンティア大尉は、最後に会議室から出た。すると先に会議室から出たはずの情報部副部長ヘルバ中佐が、彼女を待っていた。
「フォッサ少佐から聞いたが、君は面白い考え方をしているね」
野性的で端正な顔立ちの大尉は、少し驚いた。
「はい。イマニムが日に日に軍事技術を進化させているのに比べ、我が国の近代化は遅れています。機動力の弱い野戦砲兵の準備射撃と、防御力の極めて脆弱な騎兵の集団突撃では勝ち目はありません。古すぎる戦術です。
イマニムは我が国では珍しい連射機関砲や電波探知機に加え……未確認ですが怪力光線とも言うべき、恐るべき兵器まで開発していると言われています」
「その情報はわたしも読んだが、そこまでくると信用は出来ん。
しかしイマニムの新戦術に、長く戦争をしていな我が国の旧態依然とした戦法が通用しないのは確かだ。そして急速な現代化もな。
しかしあの、どう運用していい判らん機装砲が、どれだけ役立つだろうか。君は機装自行砲による一種の特別任務部隊を構想しているようだが」
「はい。会戦地点での正面攻撃では目立つ機装砲が真っ先に敵砲兵の目標となりますし、比較的小型な砲しか積めないのでどうしても近接戦にしか使用出来ません。
ならいっそう偵察騎兵の代わりに、偵察や側面支援、戦況に応じて特殊戦に使ってみてはと考えております。
実は出向中の教育総監部では、機装砲に相応しい人員も物色中です」
「なるほど面白い考えだ。しかし……問題は、肝心の機装自行砲をまともに操作出る兵士が、絶無に近いと言うことだな。その、適当な人材は見つかったかね」
「それは……まだ。実は自分も、それだけはどうしていいか判りません」
「いや、案外簡単だよ。収穫を待つより、種をまくことだ。なんなら、自生してそこそこ育っているのを引っこ抜いて、育て直してもいい」
「はあ? その、つまり……」
「士官学校、まして大学校なんかを出た石頭には期待するなよ。
私もその仲間だが」
それだけ言うと、微笑みつつ丸顔のヘルバ中佐は去って行った。
四週間の短期促成下士官養成教練は無事終わった。全員がともかく修了し、それぞれ新たな下士官として原隊または新勤務部隊へと去る。
しかし数人は教導団術科学校に残ることになる。新設部隊の編成を待つ者と、カルネアのように赴任先が決まりにくい者である。
特にもと地方人整備工だった彼女は、特別に延長補修教練が課せられ、半分自主的ながら日々の「修行」が少し続いていた。
個人教官は、ミーマである。強く志願した。
「ぬほほほほほ、これで素敵なおっぱいの独り占めよ」
などと冗談か本心か判らないことを言う。しかし彼女の丁寧で傲慢な教練指導は、確実にカルネアの兵士としての錬度をあげていく。
「わたしは名門の超美人なんだから、普通の庶民にくらべ、あらゆる面で優れている義務があるのよ。あなたも私に仕えるだけの技量を磨く天命があるの」
誰も「お仕えする」なんて言ったおぼえはなかった。しかしカルネアは反論もせずに、その指導に従った。おかげで射撃などの技量も、驚くほど上達した。
しかし今後どこに配属されるか、やはり不安だった。一度丸二日の外出許可をもらい、山岳地帯麓の故郷に戻った。父は約束通り、ミーマの父大佐に好条件でやとわれることが決まっていた。荘園は家からは遠く、泊まりこむことになる。
しかし見知らぬ外国の山中での力仕事に比べ、はるかに楽だった。
夜、囲炉裏を囲んで久々の一家団欒となった。甘えん房でわがままな妹は、カルネアから離れようとしない。優秀な弟は特待生クラスでも好成績で、村の資金で中等学校への進学は間違いない、と教師に言われていた。
なにもかも、あの傲慢純真な「お嬢様」のおかげだった。母は不思議がる。
「なにもかも本当にありがたい。でもどんな方だい。大佐のお嬢様」
「……まあ、とても美しい人だね。身分は高いのに、あたしら庶民にもやさしく接してくれるし、本質的に純真だな。文武両道で苦手なものなんてない。
いろいろと癖はその、あるけど。あたしたちの一家にとっては、恩人さ」
午後、その奇矯で美しい「恩人お嬢様」は、学校内の小さな将校クラブで女性大尉と面会してきた。
評判を聞いてわざわざ会いたいと、参謀本部からやってきたのである。教育総監部出向と言う。長身でスタイルのいい、日に焼けた精悍な美女だった。
フィーデンティア大尉は、この国の大多数を占める庶民の出である。多少「荘園領主のお嬢様」に反感を持ってはいた。情報部が本籍であることは黙っていた。
「あなたの幼年学校卒業後の、兵科希望に興味を持ってね。
何故まだ有名無実、形式だけの機動砲科を選んだんだい」
「いずれキチンと出来ると信じてました。わたしは先見の明があるのですわ」
「……なるほど。そう言えば機甲教導学校から聞いて来たのだが、この学校に、機装砲の整備に詳しい者がいるそうね」
「今は実家のド田舎に帰ってます。まあ夕飯には帰って来るでしょ。
そうそう、整備の腕もいいけど、自行制御も大したもの。多分我が国一ね。わたしのアシになるのに相応しい、脚と胸です」
「む、胸は関係と思うが」
やや疑り深い優秀な大尉は、いろいろとミーマ軍曹から聞き出した。
「さて、休憩時間も終わる。わたしも戻らないとね」
ミーマは嬉しそうに立ち上がる。
「出来るんですね、いよいよ」
「……一機じゃ部隊にもならない。まだまだこれからよ。ともかく人材を集めて育てないと。一週間ほどしたら通達が行くと思う。期待していたまえ。
ここの学校長も、君たちを早めに追い出したいみたいだからな。
ただし……田舎娘と貴族様、うまくいくかな」
「わたしに全幅の信頼おいてるから、大丈夫ですわ。ぬははははははは」
フィーデンティア大尉はもう、呆れることもしなかった。
そして大尉の「予告」より少し早く、ミーマとカルネアは新設の「機動砲運用研究所」への赴任を命じられた。
ミーマは特科軍曹になり、カルネアは兵長の身分が与えられた。
「やったね。わたしたちの為に作ったような学校よ。ぬほほほほほ」
とお嬢様特科軍曹ははしゃぐ。しかしカルネアは慣れてきたこの学校を去り、さらに遠くへ行くのが少し悲しかった。
赴任命令を得た二日後、手荷物をまとめた二人は、軍用旅券で汽車に乗った。二時間後、目指す南の大都会フーラン駅に着いた。
半官半民の鉄道会社の支社や、情報部の支部もある戦略的要衝である。
二人は駅前の牛車をやとって、その郊外にある「研究所」を目指そうとしたが、この町で生まれ育った初老の御者は、聞いたことがないと言う。
ミーマは赴任命令書にある住所をしめした。
三十分ほどして二人が連れてこられたのは、古い農業試験場である。木製のありきたりな建物で、確かに看板だけはあたらしく「軍研究所」となっている。
「ここ……ですかい」
「研究所って書いてあるからそうなんでしょ。さ、はいろう」
移転した農業試験場は研究畑のあともあり、広い。しかし建物はお世辞にも立派とは言えない、木造平屋である。長く放置されていたらしい。
一応「本部」と書いてある建物へ行き、赴任命令書と軍歴証明書を出した。相手はまだ二十歳過ぎらしい、精悍なフォルティス少尉だった。
「申告いたします。特科軍曹ミーマ及び兵長カルネア、本日づけをもって当機動砲運用研究所への配属を命じられました。以上」
「よく来てくれた。大尉からきいている。教育統括のフォルティス、砲科出身だ」
二人は簡単な手続きの後、レフェクティオー軍曹と言う三十すぎの整備班長に連れられて、ともかく宿舎に案内された。
「大きいの、かなりの腕前だってな。評判だぜ。
なんせ最新の機械でいろいろ判らないとこもあるからな、頼んだぜ」
「はい。よろしくお願いします」
「ねえ軍曹さん、ほかにも機装砲兵は集まってるの」
「ああ、情報部から出向している女大尉が必死に集めてた。夕方には会えますよ。
あと、研究所長になれるのに時間かかるけど、根は良い人だから」
などと気になることを言う。ともかく二人はかつての職員宿直室だった小部屋に案内された。古いが、掃除が行き届いている。
両側に簡素なベッドがおかれ、兵舎で一般的なロッカーその他もそろっている。
「まずまずね。じゃあ探検してくるから、荷物整理お願いね」
とミーマは出て行ってしまう。カルネアは仕方なくお嬢様の荷から解きだした。
農業試験場の半分ほどが整備され、研究所になっている。穀物用の煉瓦サイロが、倉庫らしい。今は大きな鉄扉が閉まっている。
ミーマはこぶりな食堂脇の、談話室へはいった。お茶でも飲もうと考えたのだ。
「あら、おじゃまするわね」
そこには三人の、通常勤務服の男たちがいた。やや細く青白い、伍長の肩章をつけた男が立ち上がり、敬礼した。文学青年風である。
知的には見えるが、どうも兵士らしくない。
ミーマはその中では階級の一番高い曹長の前で、敬礼した。
「ミーマ特科軍曹です。本日よりお仲間に加わってあげます」
背こそ高くないが野性的で浅黒い男は、女特科軍曹を見た。
「……女か。珍しいな。アギリスだ。よろしく」
彫りの深いエキゾチックな顔立ちだった。イマニムの血がまじっているようだ。
「鋼脚歩行を担当します、スクリープトル伍長です」
いささかひ弱そうに見える、最初に立ちあがった男だった。お茶を用意していた、いかにも純朴な農民と言った容貌の大柄な男が、直立不動の姿勢をとった。
「コローヌス兵長です。セウス曹長の脚をつとめます」
ミーマを見て、兵長と伍長は少し驚いていた。彼女が金属カップ二つにお茶をもらって出て行くと、二人で「きれいな人だな」とささやき合った。
午後、六人の「研究兵」は研究所内では一番大きな講堂に集められた。
他にベテラン砲兵で骨太のセウス曹長と、レフェクティオー軍曹の助手と言う肥えた女性、オベーサ伍長が並んだ。
フィーデンティア女性大尉が入ってくると、フォルティス少尉が号礼をかける。下士官たちはいっせいに敬礼する。女大尉は不敵な笑みを浮かべ、六人を見回す。
「わがオタ・メイ軍十七万のうち、二番の変わり者が六人もいたか。けっこう」
そして少尉が研究所の性格、ここでの生活について簡単に指示した。
「君たちもほとんどが軍隊のメシを食っているからこまごまとは言わないが、なにしろ前例のない兵器の運用について、手探りで考えていく。
諸君らの積極的意見を歓迎する。我々は……」
「おお、すまんすまん」
と言って出入り口から、ずんぐりとした眼鏡の少し毛の薄い人物が入ってきた。 ミーマは驚くが、他の下士官と将校は直立不動になる。
「ちょっとうたたねしていた」
少佐の階級章をつけた人のよさそうな、やや貧相な顔の人物が演壇に立つと、フィーデンティア大尉とフォルティス少尉が敬礼する。
「あ~よく来てくれた。わたしが研究所長で、機装砲開発もやってるデーメーンス技術少佐だ。以後よろしく」
大尉が声を張り上げる。
「注目! 少佐殿に対し敬礼!」
眼鏡の技術少佐は適当にあいさつし、仕事があるからとあわただしく講堂から出て行った。残された下士官たちは少しあっけにとられていた。
その日一日は、支度もあり自由時間だった。カルネアはミーマの荷物も片付けていた。ミーマは礼も言わずあちこち探検し、夕食時間となった。
三機の機装砲の六人の砲兵は、あらためて挨拶をした。少尉と大尉もテーブルにつく食事は、幼年学校よりかは多少ましだった。下町の料理屋ほどである。
ミーマは自分の銀のフォークとスプーンを使い、周囲を呆れさせた。
技術少佐は自室で、研究しつつ食べると言う。大尉は、言った。
「まあ研究一筋のあんな人だ。おいおい慣れてね。悪い人じゃない。
ここもまだ出来て数週間だしね」
翌朝、体操と簡単なランニング、朝食と普通の兵営生活が続く。朝食後に六人は戦闘服姿で、裏の煉瓦サイロに連れて行かれた。
血の気の多いフォルティス少尉は、オベーサ伍長とレフェクティオー軍曹に命じて、高さ四メートルほどの鉄の扉を開けさせた。
二人はハンドルをぐるぐる回して、鋼鉄の大扉をスライドさせていく。
太陽の光がさしこめると、大型サイロを改造した格納庫の中にある、カーキ色に茶色の迷彩を施された兵器を照らし出す。六人の下士官たちは少し驚いた。
三つならんだ鋼鉄の「象」は最新式だった。三機とも木製の台に固定されていて、台の後方には支持台どうしをむすぶ通路が取り付けられている。
「九式改機装自行砲だ。最新式よ」
フィーデンティア大尉だった。支持台上の通路にいた。アギリス曹長は静かだったが、「脚」の文学青年スクリープトル伍長は目を輝かせる。
砲兵のセウス曹長と彼の「脚」コローヌス兵長も目を見張る。ミーマは特におどろかないが、カルネアは自分が動かしていたものとの違いを、たちまち見抜いた。
操脚室の前にハッチがついている。砲は新式の六十ミリ野戦速射砲らしい。砲塔には支援連射銃の銃座が取り付けてある。しかし機関銃はまだない。
「さて、機装砲兵諸君。これが君たちの乗りこなすゾウよ。どれがあたるかはのちほど決めるが、ともかく壊さないように一刻も早く動かすこと」
いきなり機装砲に乗るわけではなかった。午前は砲と動力に関する座学が続き、昼食後はいよいよ「動かす」訓練となった。
教材としてつかうのは、やや背丈の低い試作機械だった。操縦席が丸見えで、その上に小さなやぐらを組んで砲術長を肩車するような形に乗る。
スクリープトルもコローヌスも操脚兵に手をあげるだけあって、かなりの「脚前」だった。
コローヌスは山岳工事と木材運搬などで、民需用の四脚歩行機を操縦していたし、スクリープトルは研究開発本部で、そのテストに関わっていた。
しかし構造も弱点も知っているカルネスの技量が、やはり少し高かった。訓練走脚の成績が三組ともよく、フィーデンティア大尉もフォルティス少尉も感心した。
「さすが、大尉殿の集めた逸材ですね」
「足腰はしっかりしている。問題は上にのっかる砲術長の技量と、脚とのチームプレーね。
二人で一体となって、あの鋼鉄の象を自らのように動かせるかね。よし、操脚訓練は短かくていい。明日から九式改を実際に動かせてみよう」
いよいよ明日、あの九式改に乗るときいて、六人は喜びまた緊張した。大尉と少尉も交えた夕食では、それぞれが軽く興奮していた。少尉は密かに涙ぐんでいた。
しかし「お嬢様」はあいかわらず、自前の銀のナイフとフォークで丁寧に食事をする。時間など気にしない。自分のペースを保つ。
「ミーマ特科軍曹。君はあれを前に、動かしたことがあるそうね」
フィーデンティア大尉は機甲教導学校での事件を知っていて、ニヤリとする。
「ええまあ……乗り心地は悪くなかったです。もっとも砲を撃ったことはないのですが、御心配なく。わたくしに不可能はありせんから。そう言う運命なのです」
他の下士官たちはどう反応していいのか、黙ってしまった。
夕食後は自由時間である。使役に使う下級兵もいないため、洗濯や用具の手入れは自分たちで行う。機装兵とは言え、小銃も拳銃も使う。手入れは手馴れていた。
他の下士官は自分たちでやったが、ミーマはカルネアに任せて、食堂横の長距離電話で、父親と母親に電話をするなどして過ごした。その様子を見ていた文学青年スクリープトル伍長は呆れたが、コローヌス兵長は、
「美しいし、かなり金持ちらしいですね」などと憧れていた。
「君たちは予想外に優秀であることを誇りに思う」
所長技術少佐は、朝礼でミーマたちにそう言った。寝癖で毎朝髪型が妙だった。
「大尉とも相談したが、基本的な教育はスッ飛ばして、本日より九式改による実地訓練を開始する。詳細はフィーデンティア大尉から聞きたまえ。それじゃあ」
研究マニアの少佐はさっさとひっこんでしまう。大尉の注意に続いて、フォルティス少尉が最初の機動訓練について説明した。
「まずは頭と脚が一心同体になって『象』を生けるがごとく動かし得て、はじめて偵察や砲撃が出来る。死ぬも生きるも二人いっしょだ。よし、かかれ!」
象とは、ずいぶんまえに絶滅した四足大型獣だった。旧語でバッルスと呼ぶ。
少尉と共に煉瓦倉庫まで走った。すでにレフェクティオー軍曹とオベーサ伍長、数人の整備兵によって大扉が開けられ、木製支持台に支えられたカーキ色の鋼鉄巨象が待っていた。
まずは機装砲へのアルコール燃料の装填、起動前の確認、そしてエンジンの起動などについて、中堅工兵軍曹から詳細な説明を受けた。
カルネアには余計だったが。そしていよいよ起動させ、まずは「歩く」ことからはじめた。練兵場の木製台では、最新の電気式拡声器を背負った熱血勇敢少尉が陣取っている。
「今はゆっくりと歩け、急ぐな。昨日と同じだ。続いて走行モードにうつるぞ!」
砲術長も「見ているだけ」ではなかった。正面の状況をつたえ、進む方向を決めるのは「頭」こと砲術長である。ミーマは少し嬉しそうに、「脚」に命令した。
イマニムの血が混じる無口なアギリス曹長は、的確な指示を与える。
セウス曹長の脚であるコローヌスは少し焦っていた。元々歩兵で、最新機械には慣れていない。
「……おかしいな。外側のギアシフトがなんだか固い」
故郷に置いて来た家族のために、早く出世したくて、新設の機装砲科を希望したのである。しかし機械いじりにはなれ、脚の力も強かった。
「よしっ! 続いて走行モード転換にうつる。模擬訓練通りやれ!」
面倒見のいい任務一筋の少尉の声が、練兵場に響いた。
こうしてほぼ午前中いっぱ、三人の「脚」と三人の「頭」は努力した。カルネアも協力し、三機の最新式機装砲はなんとか「まともに」動かせるようになった。
少尉も予想外の速さに満足していたが、休憩中にカルネアが意見具申に現れた。
「ギアが固いですね、旧式に比べて」
「……カルネア兵長、ギアとは自行鋼脚を動かすギアかな」
「はい。ギア・チェンジ・レバーがかなり固く感じられます。特に方向を転換する両外側のそれが。リンク機構に微調整が必要ですね」
オベーサ伍長とレフェクティオー軍曹は顔を見合わせた。軍曹が言う。
「……実は、スライディングギアが、わずかに大きすぎるんです。
どうもエラいさんの関係で、旧式とは違う部品メーカのものらしくて。九式の奴は信頼性があるのに。
所長には旧式のキアを手にいれてくれるよう、こっそり頼んでます」
「そうか。それに気付くとはさすがだ。わかった、善処しよう。しかし当分は固いシフトレバーのまま、訓練してくれ。これからも指摘してくれたまえ」
昼食後の休憩のあと、車輪走行と咄嗟砲戦で歩行モードになる訓練となった。
カルネアはある程度慣れているが、スクリープトル伍長とコローヌス兵長にははじめての経験である。フォルティス少尉が電気拡声器で指示する。
「よし、各機そのまま巡航歩行モードから、車輪走行に写る。
シフトきりかえ三秒前、二秒、一秒……かかれ!」
並んで歩いていた三機の最新式機装自行砲は、鋼脚を折りだした。立ち止まるが、脚を折りたたみつつ車輪をせり出させるのである。操脚手が素早く行う。
「遅い! 戦場で長く立ち止まっていたら確実に撃たれる!」
少尉の叱咤中に、カルネアが走行モードで走り出した。
続いて元作家志望のスクリープトル伍長の操る機が走り出す。遅れて大柄なコローヌスがやっと走り出した。
「焦るな、何をいわれてお前のペースでやれ」
砲塔のセウス曹長は言うが、兵長は焦っていた。少尉の容赦ない声が響く。
「よし、走行モードで練兵場を一周。次は緊急歩行モードだ。鋼脚歩行と同時に砲術長は砲に模擬弾を装填、赤い旗に照準を合わせて記録せよ!
三機横に並べ。歩行モード変換三秒前、二秒、一秒、今だ!」
四本の脚は二つに折り溜まれて、ロックがかかっている。そのロックをはずして立ち止まり、鋼脚をのばしつつ車輪を引き上げるのである。
その動作も素早く行う。しかし焦っていたコローヌスは、ロックを外すのを忘れ、脚を伸ばそうとする。
「兵長、ロックを解除しろ!」
操縦席で冷や汗を流していたコローヌス兵長は、曹長の「落ち着け」の声にかえって焦ってしまう。ロックを外したが、ギアシフトを引いても肝心の鋼脚が立ち上がらない。
「なんで、か……固い」
両ペダルを踏み外側四本のシフトレバーの横ボタンを押しつつ思い切り引いた。
「う、動かない……どうして」
他の機装砲はすでに歩きだしている。外では少尉の容赦ない罵倒が響く。
焦りが頂点に達したコローヌスは、その自慢の怪力で動かないシフトレバー四本をまとめて力まかせに引いた。そのたとんに、シフトレバーが軽い衝撃と共にも完全に動かなくなった。
なにかが折れたようだ。セウス曹長も驚いた。
「おい、とりあえず止めろ!」
しかしシフトは走行モードのままで動かない。ブレーキはない。走行ギアをニュートラルにすれば停まる構造だった。
「だ、だめです! 停まりませんっ!」
セウス=コローヌス機は走行モードで、研究所棟目がけて疾走する。少尉は慌てて「とまれ!」と叫ぶ。騒動に驚いて大尉も棟から出てきた。真正面から機装砲が迫って来るのに驚く。
拡声器の声に、残りの二機もなにが起きているかは理解出来た。
「カルネア、止められるよね? と言うか止めなさいな」
ミーマの脚は答えず、走り出していた。棟に激突しても惨事にはならない速度だが、ともかく大問題になる。
最大歩行速度で半ばかけつつ、カルネア機はコローヌス機を追う。歩行モードで果敢に走行モードの機装砲を追い、ついにはその前に回り込んでしまう。
「行きますよ、なにかにつかまって!」
カルネアは立ち留まらずに、鋼脚を折った。機装砲は前に座り込むようにして走行モードとなり、全体が激しく揺れる。しかしミーマは微笑んでいる。
カルネアは全ギアをニュートラルにして、待った。ほどなく暴走する機装砲がミーマ搭乗機の後部に衝突した。金属のぶつかる音が響く。
その衝撃と共に、カルネアは後退をかける。出力は伍角である。
やがてくっついたままの二機は、停止してしまった。
急いでレフェクティオー軍曹が走って来て、後ろの機装砲正面にある操脚手出入りハッチを外からこじ開けた。
「主電源を切れ! 右の上だ! 急げっ!」
農村出身の大柄な兵長は、半分ベソをかきつつエンジンを切った。
二機の機装砲がやや傷つき、午後からの教練は基礎体力作りと、一般的な戦闘訓練に切り替わった。
午後一杯しょげていたコローヌス兵長に、しばしミーマは「気にするこたあないわよ。わたしの戦友になれただけで、あなたは幸運なんだし」などと励ました。
彼の恩人であるカルネアも、合間を見ては兵長を勇気づけた。
夕食前に研究所長デーメーンス技術少佐は、下士官と将校全員を集めて言った。
「本日午後不幸な事故があったが、これは整備班かねての指摘の通り、一部の部品かギアに合っていない構造的欠陥によるものと判明した。兵長のミスではない」
六人の顔は輝く。大尉たちも嬉しそうだった。
「ゆえに今回の事故については、詳細な報告書と緊急改善要望を出すにとどまり、処分は一切行わない。また三機のギアについては機甲教導学校、開発研究所にある九型機のスペア部品を急遽取り寄せる。そして取り換えと修理のため、明日は機装砲に搭載する六十ミリ砲の射撃基礎訓練と、整備修理演習とする」
メガネをかけてやや頭の薄い少佐は、「休め」で待つ下士官たちに近づいた。
「コローヌス兵長、怖い目に合わせたな。めげずに頑張ってくれたまえ」
敬礼した大柄な兵長は、涙をあふれさせた。
所長は自分より大きい女伍長に近づく。
「カルネア伍長。よくやってくれた。大事にならなくて本当によかった」
そのあとの少尉や大尉を交えての夕食は、一種の祝賀会だった。まだ涙のとまらないコローヌスとその砲術長は、カルネアに何度も礼を言う。
「あら、助けないさいと言ったのはわたしよ。まあいいわ」
ミーマも上機嫌だった。下士官たちが食事中に興奮し、笑いあうことを女大尉も、とめようとしなかった。
勤務後、小食堂で軽く酒を飲んだ少尉がフィーデンティア大尉に言った。
「これで六人一小隊の結束力も、固まったようですね。やるなあ、あの大きな女」
「……荘園領主の娘もどこまで出来るかと思っていたが、なかなかね」
苦労してのしあがった精悍な女性大尉は、ニヤリとした。
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