第3話 総員突撃せよ! 後編
一号生徒が差し入れた御禁制の果実酒で、アルコールになれていない二号生徒の数人が二日酔いとなった。しかしこの日は進級・卒業式前日の休養日なので、マギステル学校長も「大目に見てやれ」見て見ぬふりをした。例年のことである。
それに二号生徒が野営訓練で、士官学校生徒襲撃班をはじめて「全滅」させたことは、学校長にとっても愉快なことだった。
そしてこの日の午前、明日の式典の最後の打ち合わせを終えて執務室に戻ると、生徒制服をキチンときたミーマが待っていた。
「……機装砲科志願はかわらんか。それで脚は見つけたのかね」
ミーマは教務科から一枚、書類をもらってきていた。勝手に書き込んである。
「教導団術科学校推薦状? 例のカルネアと言う女性かね」
「はい、先日機甲教導学校でわたしを救った、整備工です。
軍属として数年勤めているので、今度出る予備動員令の特別措置で、推薦があればなんとかなると思います」
予備動員令の噂は聞いていた。しかしそんな「抜け道」があるとは、長年軍隊のメシを食っている大佐も、初耳だった。ミーマは軍法軍律を読破していた。
「なぜワシの推薦が」
「機甲教導学校では、優秀な整備工を手放そうとしないかも知れません」
「学校生徒ではないにせよ、勝手にワシが推薦して、あっちの顔を潰すのはよくないな。ともかく本人の自己申請と署名がいるな」
「それは任せて下さい。では、外出許可をお願いします」
その日の昼前、ミーマはまた機甲教導学校を尋ねた。一頭立てのタクシー馬車で乗り付けたのである。若い学生のすることではなかった。
明日はここでも卒業式がある。裏方である整備班は、見学側に回る。今日は教練もなく、明日の式典に陳列する自走車両、砲車などの整備ぐらいだった。
習慣となっている「早飯」もなく、カルネアはゆっくりと食堂へ入ろうとした。
「カルネア、厄介なのがまた来たぞ」
老軍曹に言われて営門まで行くと、案の定あのミーマである。
「話があるの。お昼はまだかしら。たまには外で食べない?」
味はそこそで量も多い。しかし食堂の食事はパターンが少なく、飽きてきてはいる。ミーマは待たせていたタクシー馬車で、カルネアを駅近くのレストランへと誘った。店は教官などが時折利用するが、カルネアには敷居が高かった。
風もないので、外のテラスがいいとミーマは言う。人に聞いて来たと言って、カルネアの希望も聞かずに、名物の食用一角牛のローストを注文してしまう。
「果実酒とか、ほしければいいのよ」
「午後も仕事あるし。あんた、明日卒業式じゃないのかい」
「簡単な式次第なんて覚えた。あなたに署名してもらおうと思って」
突然、上着のポケットから折りたたんだ書類を出した。
「ペンは店で借りるといい。夕方までに急行便で輸送するわ」
カルネアは書類を読んで、静かに驚いた。
「兵役志願書? 推薦願い……なんだい、これ。あたしに、兵隊になれ?」
「そうよ。来月第一週に訓練か意思らしいから、いそいでね」
「ち、ちょっと待ちなよ。なんだよいきなり」
そこへ料理のプレートが運ばれてきた。いい匂いがする。カルネアにとってははじめての御馳走かもしれない。
「冷めたらおいしくない。食べましょう」
ミーマはナイフとフォークをうまくつかう。この作法も「御一新」以来、世界に広まったものだった。カルネアは先にナイフで切り分けてから、フォークでさして食べて行く。
「食べながら聞いて。我が国の周囲は今年にはいってから、どんどん危なくなっているの。言ったように執政殿下は今朝、臨時特別議会を招集したわ」
「そんなこと、軍曹も言ってたな」
「予備動員令についての、まあ形式的な審議ね。総理案は可決、議会説明と準備期間を経て数日後には予備動員令ね。予備役も再訓練よね」
「でもあたしに兵隊なんか、無理だよ。今の職場も気にいってるし」
「時代は変わって行くのよ。いざ本格的な動員になったら、あの教導学校からも最前線の整備員がどんどん徴発されていくわよ」
「……戦争が近いのかい」
「まだ判らない。でも南の方はあぶないわ。政府も軍もともかくいざと言う時の準備だけはしておくわよ。それが国防ってものよ。
あなたは優秀な軍属整備工だし、ここの学校長の推薦あれば、多分教導団術科学校の促成コースに入れる。締切近いけど」
「術科学校って、あたしは今のままで……」
「まあ聞いて、たべながら。あ、よかったらわたしのも半分食べて」
肉のローストの残り半分を、カルネアのプレートに勝手に乗せた。大柄でグラマラスな女は、内心喜んだ。体格に比して大ぐらいである。
「別にあなたに、教導術科学校で一年や二年ものんびりしてもらうつもりないわ。
わたしは卒業と同時に、機装砲科を志望したのよ」
「……機装砲科なんて、ないだろう」
「実はあるの。軍事総覧調べたんだから。形式的なモンだけどね。少し前砲術科の一部に、試験的に機装砲科を作ったんだ。でもまだ責任者も判らないわ」
「……もしかしたらあたしに、脚になれって言うことかい」
「あなたほどの素敵な脚はいない。わたしの脚になれるって大変な名誉よ」
カルネアは増えた肉を、平らげて行く。
「下士官養成所である教導団術科学校には、特別な制度があるの。
一般の兵士のうち幹部候補試験が優秀だった人で、急いで昇進させて任地に送る必要のある人とか、いるじゃない。あとしばらく予備役で、現役復帰する人とか」
「まあ、いるんだろうね」
「たいていは伍長とか軍曹とか、原隊でそれなりに経験積んでる。それを昇進させるために術科学校で短期間、訓練のやり直しするのよ。四週間だったかな」
「そう、鍛えなおしなのか」
「それ、入りなさいよ。なんとかするかな」
「人の人生、勝手に簡単に決めないでくれよ。あたしは優秀な伍長じゃないよ」
ミーマは食べ終えた。カルネアはまだ食べ続けている。貴族のお譲様は、両肘を継いで手を組んでその上に顎を乗せた。
「お父さん、外国に出稼ぎに行ってるんだっけ。まだ回復しきってないのに」
「ああ……出来れば、こっちで養生させて楽な仕事につけたいんだけどね」
またミーマはニヤリとした。
「荘園管理人なんて、どう? 父様は所謂地方領主なのよ。そんなに大きなもんじゃないけど、荘園を経営しているし、小さな山では製材もやってるの。
実は古くから荘園管理してた人が、歳なので引退したがっているのよ」
父、プロブス予備役大佐が経営する荘園は、さほど大きくない。
しかし管理人や使用人にほとんどまかせており、大佐は毎年収穫の三割程度を収入として得ている。普通は四割だった。
「かなり待遇はいいよ。どう? お父上、国に呼び戻せるわ」
眼を見開き、カルネアは心を動かしだした。弟は上の学校へ行けるとしても、父のことも心配だった。母が寂しがっている。
「……本当にあたしでも、兵隊になれるのかい」
「ええ。でもチャンスは今ぐらい。世間が乱れだしたときしかないわ。
混乱は進歩のためのステップよ。そしてわたしのような選ばれた人間に脚光を照らす。平凡な者達は選ばれし者に従い、総員突撃するのよ! それが歴史よ!」
ほどなく二人は食事を追え、店を出た。
「送っていかなくていいわね。考える時間なんてないわよ。
わたしはあなたの脚が欲しいのよ。立派な胸じゃなくて、脚がね。
あなたは安定した収入その他が手に入る。最高の取引じゃなくて?」
ミーマが駅へ戻るまで、カルネアは黙って見送っていた。確かにいい条件だった。しかし彼女の言うようにうまくいくのか、不安だった。
それに今の職場も気にいっている。仲間とも別れづらい。
「不思議だな……あの傲慢、自己中心的なお嬢様が、好きになっちゃった」
翌日は快晴だった。軍立幼年学校では、一号生徒の華々しい卒業行進があった。三号二号は進級である。二号生徒の中で、ミーマともう一人が特別卒業となる。
生徒家族も多数やってきたが、ミーマは両親に「来校御無用」と手紙を書いていた。彼女にとっては特に華々しい行事ではなかったし、父の調子がよくなかった
学校長や来賓、参謀次長などの「ありがたい」お言葉のあと、軍旗に対する敬礼、各学年旗に対する敬礼、そして優秀生徒に対する表彰などが続く。
二号生徒代表は当然、ミーマである。こんな儀式において、彼女は見栄えする。
彼女の「正体」を知らない三号生徒や父兄、来賓や町の有力者などは、「なんてきれいな女子生徒なんだ」とささやき合った。
ミーマにとって賞賛は当然のことであって、特に何も感じなかった。
そして恒例のパレードである。拍手で迎えられた時は、さすがに彼女も気持ちがいいが、彼女と別れるラウキタースは少し涙ぐんでいた。
そして夕方は、早い祝賀会となる。マギステル校長はミーマによってきて、耳元で「あっちのほう、本当に大丈夫なのか」と聞いた。
校長大佐も彼女の為に、かなり無理して書類を作った。危ない橋を渡ったのだ。
「わたしに挫折や不可能はないのです。いい脚を見つけてあります。
ただ、赴任地について、わがままを聞いていただいてよろしいでしょうか」
「……まあワシに出来る範囲ならな」
首都郊外、軍立機甲教導学校でも、さほど華々しくはないが卒業式典がつつがなく挙行された。
生徒は一度現隊勤務を経験した成人男性なので、祝賀会にはかなり酒も入る。
そのあとは進級した新上級生徒と卒業生と交えて、学校内外で二次会である。
入ってきた時にすでに上等兵、兵長、伍長だった「ベテラン」である。酒が入ると怖いものなしになってしまう。
学校を警備する一般兵士の数も、この夜だけは倍にするしきたりだった。しかし今年は喧嘩も少なく、卒業生徒はみな軍曹などに昇進して、原隊へ一度戻る。
夜ともなると構内のあちこちで、笑い声や歌声が聞こえた。
整備班にも、食堂から夜食と酒がふるまわれる伝統だった。炊事班五人と整備班十人は、煉瓦倉庫の前に火をたいて、とっておきの肉を焼くなどして盛り上がる。
半分以上が所帯持ちで、分別盛りである。ただし、ほとんどが酒豪ぞろいで飲みすぎて、時々トラブルをおこしていた。
カルネアなど軍属の整備工五人も楽しんだ。若いカルネアはもっぱら食うこと専門だったが。軍属になった時、法定特例成人となっている。
「おい、大女、いっぱいやれ」
老軍曹がこんな口のきき方をするときは、かなり酔っている。オプティオー工兵軍曹は来年、無事定年の予定だった。その後在郷軍人会の顔役として、恩給生活に入る。孫も二人いて、あとは残された一年を大過なく過ごすだけだった。
しかし最近は体力も落ち、酒も大して飲めなくなっていた。しかし「老い」を悟られるのがこわく、酒宴ともなると体力を考えずにやたらと飲む。
心配する他の整備兵たちはなにも言えない。カルネアをのぞいては。
「軍曹、そろそろきりあげたほうが、よくないですか」
「やかましいやい。……トイレだな」
と、煉瓦倉庫前から離れてしまう。
「……危ないな」
その日のパレードには、まだ試作段階の内燃自走車両も登場した。
新式のアルコールエンジンを搭載した、多目的輸送車である。耳馬にかわって、野戦砲を牽引などする。最近は自走車両も少しづつ増えている。
ただ国境地帯は道路事情がよくなく、やはり耳馬のほうが便利ではあったが。
パレード後は、大型の蓆をかけて練兵場のすみに駐車しておき、明日朝には開発研究所が受け取りにいくことになっていた。
「……危ないな、オプティオー軍曹」
カルネアはまたひとりごちた。煉瓦倉庫の前にたかれた焚火近く、木製の箱を椅子代わりにして、木串にさした鶏肉を食べ続けている。
「軍曹は最古参の下士官として、若い人たちと教官たちの間に立って、苦労のし通しだったからな。あと一年、無事に勤めて欲しいな」
その時、真っ暗な練兵場で、エンジンのかかる音がする。酔って騒いでいた他の工兵や整備工は気付かない。目と耳のいいカルネアは振り向いた。
確かにアルコール・エンジンの動く音がする。カルネアは立ち上がった。周囲の同僚が少し驚くが、みなほどよく酔っている。
「……いけない!」とカルネアは練兵場にむけて走り出した。
「はは、簡単なもんじゃねえか」
泥酔したオプティオー軍曹が、悪いことに内燃自走車両の鍵を預かっていた。アンペラをとりのけて自走車に乗り込み、エンジンをかけてしまったのである。
慌てて衛兵が駆け寄ってきた時は、手遅れだった。
「はは、エサじゃなくてアルコールで走るたあ、俺の仲間だな」
運転席で、泥酔した老軍曹は上機嫌である。
カルネアに続いて、異変に気付いた整備班も練兵場にかつけた。滅多につけない、練兵場隅にある監視塔の探照灯が、走りまわる内燃自走車両を照らしている。
学舎や隣接する教務棟では、宴会真っ盛りである。ほとんど練兵場などに関心がなく、まだ騒ぎにはなっていない。
青ざめ慌てた整備班と衛兵たちは、ぐるぐる回る自走車両を十数人で取り囲む。 口々に軍曹の名を叫びながら。当の酔っぱらい軍曹殿は笑っている。皆はつい先日、機装砲が弾薬庫につっこみそうになった事件を思い出していた。
この新型牽引車はアルコールエンジンである。つっこんだら確実に火災になり大爆発を引き起こすだろう。
だが迷走する自走車には、さすがに飛び乗れない。幸い、軍曹は疲れて来たらしく、運転席で居眠りしだした。カルネアは叫ぶ。
「みんな近づくな! ひかれるぞ!」
内燃自走車両はや低速度で、教練場を斜めに横切るように直進に走り出した。
整備班は一斉にあとをおいかける。俊足のカルネアは、運転席に飛び乗るつもりだった。しかし一足遅かった。人が走る程度の速さで、煉瓦の壁際にむかしから立つ、一本の大木に衝突したのである。
カルネアが一人で昼食などを食べる、お気に入りの木だった。少し傷ついたが、折れはしなかった。カルネアは停まった自走車に飛び乗り、エンジンを切った。
まだ老軍曹は高いびきだった。幸い、自走車はライトの一つが割れ、バンパーがへしゃげたぐらいの被害だった。
練兵場の「試作新型走行車両」は、徹夜で整備班が修理している。
しかし明日朝には取りに来る軍事技術開発研究所担当者には、一度壊してしまったことを報告しなくてはならなかった。無論その理由も。
深夜になって、学内での下士官たちの宴会もほぼ終わった。事故や喧嘩がないか見回り、特に卒業する下士官たち宿舎に戻るのを確認した温厚で生真面目な学校長ミーティス大佐は、ため息をついて学校長室へと戻って来た。整備班をひきいるたたき上げの工兵中尉と、雇員整備工のカルネアが立ち上がった。
「こんな時間にすまないな」
学校長大佐は、工兵中尉から事件のあらましを聞いた。老軍曹は医務室で鷹鼾、相当泥酔しているが、命に別状はないらしい。
しかし目がさめたあと、悲劇が待っているはずだった。
「それにしてもカルネア君、君はまたしても我が校を救ってくれたね」
「いえ、結局間に合いませんでした。大切な新開発車両を壊してしまって」
「いやあれぐらいですんだのは、君の功績も大きい。そう言えば機装砲を救った後、君になにか希望はないかと聞いたね。君は考えておくと言っていた。
どうだね、今度こそなにか希望はないか。我が校の恩人だ。出来るだけのことはする、任せてくれたまえ」
カルネアは少し考えていて、言った。
「では、あの内火自走車両を運転していたのは、あたしと言うことにしてください。あたしが移動させようとして操作をあやまり、木にぶつけたのです」
工兵中尉とは、打ち合わせ出来ていたらしい。中尉は黙っている。
ミーティス大佐は驚いた。
「なに? 君が……動かしていたことにするだと?」
「はい、その通りです。このあたしが移動させようとして失敗、木にぶつけたことにして欲しいのであります。そうなれば単なる業務事故で処理されます。
ベテランの軍曹がやったとなると、開発研究所は細かい報告書を求めてきます。 学校にも迷惑がかかります。それに軍曹はあと一年で、定年です」
「……わたしもそれを危惧している。彼にはなにかと泥を被ってもらった。文句の一つも言わないが、いろいろと苦労が重なってたんだろう。
わたしが小隊長の頃、彼はもう上等兵でね。中隊長になっても大隊長になっても、オプティオーは底辺でわたしと部下を支えていてくれた」
「ならば是非お願いします。田舎出の新米軍属がかってに動かして木にぶつけた。
その整備工は即時クビにしたとお伝え下さい。研究所も納得し、追及しません」
「……それはそうだが、君は本気で辞めるのかね」
少し考えたカルネアは、ポケットから折りたたんだ紙を出して、手渡した。
「これは、兵役志願書推薦願い? ……わたしに、推薦状を書けと?」
「お願いします」
「君は優秀な軍属だ。軍曹も言っていたが、腕前は軍一番かも知れない。学校から手放すのは惜しいが……確かに君は正式に軍に入ったほうがいいな。
前身の教導団機械科訓練所以来、半世紀の伝統ある我が機甲教導学校を二度も救ってくれた君に対する、ささやかなお礼だな。
しかし、どこへ推薦して欲しいのかね」
「……軍教導団術科学校です。なんでも、四週間の促成教育コースがあるとか」
「あ、ああ。確かにあった。よく知っているな。引き受けた。
しかし、そのあとどうするのかね。工兵として正式の整備兵になるのではないのかね。それじゃあむしろこの学校のほうが……」
「いえ。わたしを、かってくれる人がいます。別の方面で」
校長大佐と工兵中尉は顔を見合わせた。ベテラン中尉はうなずく。
「よく判らんが、いいだろう。術科学校校長准将は、かつてわたしの上官だった。 朝までに推薦状と、君の軍属終了通告書を書いておこう。
なんにせよ、軍曹の経歴には傷をつけたくない。本当に君にはすまんが」
こうして、事件はなかったことにされた。軍曹は医務室で朝まで眠り続け、目覚めると、昨夜起きたことはすっかり忘れていた。
カルネアは小さな個室で朝早く荷物をまとめると、仲間に手紙を一通書いた。そして食堂へと入ると、整備班の仲間から口々に礼を言われた。
幸い、事件を知っている者は少なかった。朝食後は学校長室へ行き、軍属終了照明と、推薦状を貰った。教導団術科学校入校締め切りは、今日だった。
午後、カルネアは手紙を置いて、同僚に突然消えることを詫びておいた。そして誰にも見られないように、営門から出たのである。
午後の衛兵は、昨夜の騒ぎを聞いていた。しかしこの大柄で肉感的な女性がかかわったことは、知らない。
名簿にある名前を確認し、「ご苦労さまです」と見送った。
「最後に、ここの昼飯たべたかったな」
と呟くカルネア。しかし街の反対側にある教導団術科学校へ夕方までに直接、願書と推薦状を提出しなくてはならない。受理されても、希望通り促成コースに入れる保証もなかった。
歩き出すと後ろから蹄の音が聞こえる。ふりむくと、耳馬一頭にひかせた、二人乗りのカーゴ・タクシーが近づいてくる。
「術科学校ね。送って行くわよ」
制服制帽に軍刀を吊った、ミーマだった。もう肩章には幼年学校のバッジがついていない。二人掛けの座席になると、カルネアには少し窮屈だった。
スペルビアが耳馬に、「二十三区の学校、大きな建物よ。判るかしら」と言う。
耳の長い馬は振り向く。
「大きな建物、学校……」
耳馬は大きく頷いて、歩き出した。人間の幼児ほどの知恵があるとされている。また、いななきも初歩的な言語らしいが、まだ解明されてはいない。
カルネアは、学校長の推薦状をもらえたいきさつを話した。
「よかったじゃない。わたしもお父様に手紙書いた。
あなたはお父上に帰国したら、すぐに荘園訪ねるように言ってよね」
ミーマは父への自筆の推薦状を封書にして、カルネアに渡した。
「なるべく急いでね。後釜がきまらないうちに」
「……なにもかも用意周到か。かなわないな。あんたはどうすんの」
「昨日で目出度く卒業。今は兵科と勤務地決定まで自宅待機ね。もどったらお祝い事で大変よ。希望は出してあるし、なんとしても聞いてもらう」
「お金のこと、父さんのことも感謝してるよ。でもあんたの希望通りに、脚になれるか判んないよ。すべてはエラいさんが決めるんだし。
あたしはこう見えて、腕はいいんだ。工兵隊か砲兵、輜重兵にひっぱられそう」
「せっかく手に入れた立派な脚とすてきなオッパイ、手放しはしないわよ」
「あのねえ……あたしはそう言う方面、興味ないからね」
「冗談よ。ともかく提出、見届けさせて。あなたの運命の女神に」
この時間ではどうせもう、希望者はないだろう。そう判断していた術科学校では、平均男性よりもやや背の高い女性希望者に驚いた。
人事担当の准尉が直接カルネアを執務室に招き、書類を審査した。ここに入りたいいきさつも聞きだした。変わった経緯だが不審な点はない。
「あの堅物大佐の推薦状か。こりゃ強力だ。しかし機装砲志望とは驚いたな。
ここではそんなもの教える教官も、まだいないが」
「……あれは大した機械です。使いようによっては、大活躍します」
「まあ、そう言う意見もあるがな。知っていると思うが、今日の議会で予備動員令が決定した。君はぎりぎり、拡大特別枠で扱われるから有利だ。
……四週間の短期促成訓練に元軍属がいきなり耐えられるかは、判らんがね。ともかく、明日には試験日程を送る。実家のほうでいいね」
手続きと面談を終えると、まだミーマは待っていた。もう夕方である。
「学校には戻らないんでしょう」
「ああ、一度山の村に戻って母さんに報告する。父さんにも、事情を説明する手紙かかないとな。きっと驚くだろうな」
ミーマは耳馬カーゴで、北駅まで送ると言う。
道路事情は悪いが、この国は他国よりも鉄道が発達していた。鉄道会社は沿線の宅地開発から鉱山開発、水力発電所まで作る巨大会社で、国政にも少なからぬ影響を与えている。
こうしてカルネアは北駅まで送られ。すっかり夜になったころ、懐かしい山の村に戻って来たのである。
電報で帰ることは知らせてあり、弟が駅までむかえに来ていた。
家では病弱な母が、村での御馳走を作って待っていた。
翌日、カルネアが帰ってきていると知り、さっそく村人が壊れた農具、自家発電機、電動運搬機などの修理を頼みに来た。
父の残した工具などを使い、朝から修理仕事に追われることになる。そして夕方前、軍事速達郵便がとどけられたのである。
「明日十一時、筆記用具ヲ持チテ教導団術科学校人事課ヘ出頭スベシ」
かくてその翌日、カルネアは再び汽車で、首都にむかった。地元の義務教育終了証明と、優等卒業証明、機甲教導学校から送ってもらった精勤感状なども携えた。
おとといと違い、学校には人が多かった。予備動員令が出て、予備役の下士官などが再教育される為に、集まってきているらしい。
人事課には何人もの係員がいて、一人一人に質問していた。カルネアは小さな別室に通されて、教育係のいかつい曹長が対面した。
「……義務教育はいい成績だな。特に体操はすごいな。そして軍属か、成人だな。
君の場合、軍隊のメシは一年と少し食っておるが、当然兵隊経験はない。古参の猛者どもと忙しい訓練受けて、はたして体と精神がもつかな」
「体力には自信があります。なんとかしてみせます」
「去年年頭の御言葉で、執政殿下は珍しくご意見を申されたそうだ。男女同権をさらに進めよってな。女性も非常時に備える時代になったようだな。
おかげで軍隊にも女性が増えてきて…いろいろ物入りだし困ったその、恥ずべき事件も起きてる。大丈夫かな」
「知ってます。機甲教導学校でも、少しありましたし」
「まあ、おまえさん襲いそうな勇気のある奴はいないか。ははは」
その後は、簡単な筆記試験があった。一般常識はともかく、理数系に強いカルネアはかなりの成績を収めた。
午後からの体力測定では、検査官が驚くほどの成績を上げた。
そして最後は射撃試験だった。下士官養成校に入る者はすでに数年の従軍経験がある。まれに幼年学校の「落ちこぼれ」が再起をかけて入ってくる。
従軍経験のない「地方人」にも門戸は開かれていたが、滅多にいない。
しかしカルネアは山育ち、親戚に猟銃をつかわせてもらうこともあった。
とは言え猟銃と歩兵銃では勝手が違う。しかも五連発手動銃ははじめてだった。的には当てられなかった。
試験結果は二日後に電報で知らせられる。夕方、カルネアは実家に戻るべく駅にむかって歩いていた。汽車賃も馬鹿にならないが、ミーマの礼金がかなりあった。
「試験どうだった?」
後ろから声をかけたのは耳馬に跨ったミーマである。ずっと待っていたらしい。
「あなたはきっと通るわ。わたしがあなたを必要としているんだもの」
「はいはいそうですか」
「わたし、当分あの学校の補助教官になるから。よろしくね」
当然のように言う。立ち止まったカルネアは、馬上の美人を凝視するしかなかった。この日から、二人の運命は奇妙に交差していくのだった。
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