第3話 総員突撃せよ! 前編
軍立幼年学校は首都南郊外、低い木々に囲まれて広がっている。士官学校などよりは小ぶりで、練兵場も少し狭い。
大がかりな演習は、さらに南の高くない山岳地帯で行う。
卒業式前のこの日、最上級の一号生徒は卒業式典のリハーサルに忙しい。
またすでに配属される師団の内示も受けているので、その師団の性格や生活などについて、事前に情報を交換したり、心の準備も必要だった。そこで訓練し、来年は士官学校である。
二号生徒の大半は無事一号生に進級できるが、二年間の成果として、二日の野外戦闘状況訓練を行う。特別待遇で二年卒業の優等生徒も参加する。
二号生徒と、生徒隊長として参加する一号生徒、付き添う衛生兵など約四十人は朝食後の行軍・野営準備に忙しかった。
機甲教導学校で騒動をおこし準備を忘れていたミーマだが、ラウキタースも手伝ってくれてなんとか用意は整った。
「はい、石鹸」
最後の点検をしている時、「お嬢様」はラウキタースに、半分に割った石鹸を手渡した。洗面所からとってきたようだ。
「なんです、これ」
「靴下はく前に、踵によく刷り込んでおくのよ。靴擦れしないわ。父様からおそわった」
荷物は一泊分の用意と食料。そして訓練用旧式小銃に、空砲三十発で、すべてあわせると体重の三分の一ほどになる。
少数の女子生徒には特別に、出発前のシャワーが許される。野営も救護班の仮包帯所のテントだった。男子生徒は二人で一つの天幕を張る。
引率する実技担当の若い教官が、廊下で叫んだ。
「集合十分前だ。準備はいいか!」
戦闘軍靴にガーターをつけたミーマは、突然部屋から飛び出して行った。手に封筒を握って、出発準備中のマギステル学校長の部屋に飛びこんだ。
「金だと? 見ていいのか」
学校長は中を確かめて少し驚いた。
自分の年俸の四分の一ほどある。大金だった。
「こんな金、どうした。違法な金は……」
「以前、わたしのブロマイドを売った時の代金と、父から送られた金。
それと、使い古した訓練着などを売った金です」
「ああ、あの時の……あれも苦労したが、訓練着だと?」
「はい、訓練や作業用のシャツなど、古くなったものは雑巾などにします。わたしの古着は何故か、闇で高く売れるのです。洗濯などしなくても、特に三号生徒に」
「な……なんだと。その……ええい! もういい」
学校長は情けなくて泣きそうになった。
「これをその、機甲教導学校のカルネアと言う地方人の整備工に渡せばいいんだな。前に言っていた、君の命の恩人に」
「はい。わたしにはもう不要ですし、お金に困ってたみたいなので」
「……ふむ。なかなか律儀だな。よろしい。教務部に命じて、確実に渡そう」
集合のラッパがなりひびいた。学校長室を飛び出したミーマは、自室で急いで荷物を背負った。彼女の崇拝者は焦って待っていた。
「ミーマ様、いそいで」
こうしてラウキタースとともに、なんとか生徒隊の列に並んだのである。
参加二号生徒は総員三十一人、うち女性は三人。指導の一号生徒二人、士官学校の指導員二人、教官二人、医官一人と衛生兵二人が並ぶ。
そこへ、見送りのマギステル学校長が現れる。
「かしらぁ、中!」
最優秀成績でついに生徒総代になっているミーマが、叫ぶ。全員、訓令台に立つ学校長にむかって、屋外挙手の礼を見せる。
これも「御一新」以降に広まった挨拶である。
「諸君、いよいよ二号生徒最後の仕上げとなった」
マギステル大佐は毎年同じことを言う。本人はそれに気づいていない。生徒たちも神妙な顔で、聞くふりをしている。
「二号生徒総代ミーマ」
「はい!」
「君は新生徒総代として特別に帯剣を許す。その軍刀に恥じない指揮をしたまえ」
「当然です」
そんな答えは皆が予想していた。そのあと教官からこまごまとした指示があり、やっと最後に今回の「状況」について説明があった。毎年ほぼ同じである。
「これより生徒隊は、二十里行軍し、南の演習要地で野戦野営準備。その後、敵の襲撃を撃退したのち、野営地を撤収する。
その後三マル五高地にて点呼、検閲ののちに三十里行軍して帰営する」
敵の襲撃が「くせもの」だった。それがなければ単なるキャンプである。
敵と言っても、士官学校生徒有志十人ほどが夜襲をかけてくるのである。
無論空砲である。野営しつつ交替で夜警をし、士官学校隊の夜襲があれば総員飛び起き、撃退する。「敵」はいつ襲ってくるか判らない。全員が夜通し起きていたのでは、翌日の帰営長距離行軍で相当落伍者が出る。
事実過去には大半が落伍したたこともあったと言う。厳重に警戒しつつ、残りの生徒はゆっくりと眠らなくてはならなかった。
生徒含め約四十人は、二列縦隊になった。教官一人が耳馬で先導する。もう一人は医官とともにも最後尾の馬車にのる。
生徒隊の先頭はミーマ、すぐ後ろは二番成績のセーリウム生徒である。やせ形で生真面目な彼は、生徒隊の軽い旗を掲げている。先月まで総代だった。
「生徒隊総員、前え~~~進め!」
ミーマの掛け声とともに、訓練生徒隊は学校営門を出た。ラッパ手が見送りのラッパを吹奏する。学校長や教頭など残りの教官、一号三号の代表が挙手で見送る。二号生徒は足をあげ、手をふって出て行った。
半里ほどその姿勢で歩くと、ミーマは小走りに先導する教官の馬の横に出て、「通常行軍に入ります」と許可をもらった。
もっと楽に、普通に歩けと言うことだった。二十里はかなりの距離である。
さらに一時間ほどして、最初の小休止となった。首都郊外の公園近くである。水を飲むもの、用を足すものなどさまざまだった。女生徒は公園の公衆トイレの使用が許されている。
ミーマは草原に腰を下ろしているラウキタースの隣に座った。
「キャンディー食べない? 塩分もふくまれてる特別製よ」
「あ、ありがとうございます」
そこへ、真面目一筋のセーリウムがやってきた。
「ミーマ生徒、夜警の順番と人数についてだけど。君の提出した計画票だと、明け方が手薄になる。士官学校生徒が、不思議がってたぞ」
「ねえ、待機している士官学校生徒だって人間よ。こっちがキチンと野営出来るか見届けて、多分こっちより遅く就寝。しかも早く起きるのよ。
夜明け前までじっと待機していて、眠い中を襲ってくると思う? それよりも寝入りばな襲って、とっとと仕事片付けたいわよ、きっと。
お前らはなっちょらん、とかお説教たれて、あとは天幕で朝までぐっすり」
「……まあ、そうかな」
「だから深夜、日付が変わるまでが勝負。あとは適当でいいわ。
第二夜警を重くしてあるのはその為よ」
「そこまで考えてあるなら、いいか」
「小休止終了!」
付き添いの教官が命令し、生徒隊は急いで整列した。途中さらに二回の小休止を経て、日没前には南高原の演習地についたのである。
野戦地野営と言っても訓練である。士官学校生徒の見守る中、それぞれは個人天幕をてばやく作る。遅いと、士官学校の下士官から罵声が飛ぶ。
女性三人は包帯所の中型テントを作り、教官たちは演習に使う仮小屋である。
手近な石で竃をつくり、手分けして飯盒で「オリューザ」をたく。今回は幸い、天気もよかった。雨での夜営はやはりつらい。
缶詰などでの夕飯のあとは、教官や士官学校生徒の「ありがたい忠告」を聞いてから、夜警の分担を決め、就寝の準備となる。昼間の行軍で皆、疲れていた。
寝ると言っても制服のままだった。一人分の毛布をテントにしき、脱いだ上着を被って眠る。高原地帯である。夜はそれなりに冷え込み、風も強い。
「就寝開始を報告してくる」
付き添いの士官学校指導員の曹長が、星空の中を松明をかかげて出て行った。敬礼で見送ったミーマは、傍らのセーリウムに言った。
「あなた、明るいうちにあの曹長に、夜警のこと聞かれたよね」
「あ、ああ。多少不思議がってたけど、まあいいだろうって」
「しめしめよ。夜警のシフトをかえるわ。もう一人の士官学校生徒に気付かれないように、生徒たちの間を回ろう」
「シフトかえる? どういうことだよ」
「その場の状況に応じて、臨機応変にって訓示うけたでしょ」
士官学校は一年ないし二年の現隊勤務ののちに入校が許される。まだ二十代前半の若者だが、下士官の身分が与えられている。通常は二年卒業で、卒業時には曹長か准尉になっている。士官学校出はやはり昇進に圧倒的有利だった。
指導員の士官学校一号生徒曹長は、半里ほど離れた斜面で野営している、襲撃部隊の十数人の士官学校生の元に達していた。皆若い下士官である。
「なるほど、深夜までに攻撃すると読んだか。例年深夜過ぎに襲っているけどな」
「第四夜警や夜明け前の第五夜警は手薄だ」
襲撃班長は闇の中でニヤリとした。
「ならこっちもたっぷり寝て、夢の中でまどろんでいる頃を襲わせてもらうか」
他の士官学校生徒も同意した。
包帯所テントに戻って来たミーマは、ラウキタースと色白のアルバに説明した。
「毎年、指導員が夜警の状況について、襲撃班に指示しているらしい。どこが手薄とか、いつ交替するとかね。だから毎年士官学校隊にしてやられるのよ」
「じゃあ、最初の交替票も?」
「そうよラウキタース。深夜までに警戒を厳重にして、それ以降手薄にするって言うの、罠よ。今生真面目なセーリウム生徒がテント回って、変更を通達してる。
士官学校生徒に知られないようにね。
第四夜警には起こすから、今のうちにたっぷり寝ておいて」
こうして第三夜警時間までは、たった二人で警戒し、あとの生徒たちはぐっすり眠ることが出来た。そして第三夜警が交替するとき、言われたとおりにミーマとラウキタースが起こされたのである。
「ほら、しゃきっとして。五時間も眠れば充分よ」
ミーマに起こされたラウキタースは、すぐ後ともに夜間斥候に出ていた。襲撃する士官学校隊の野営地はだいたい判っている。一号生徒から聞き出していた。
そこから二号生徒部隊の訓練野営地にいたる道は、限られている。
「奴ら、こっちが油断していると思って最短コースを通るわ。
深夜までに襲撃されなかったから安心しきっているだろう、ってね」
二人は窪地を抜ける道を、木の陰から見張っていた。ほどなく森の中、カンテラの灯りが揺れるのを見つけた。
「見てラウキタース……」
襲撃部隊であることを示すため、士官学校部隊は制帽に白い布をまいている。小銃には演習で使う硬質ゴムの銃剣をつけている。
十人が、二号生徒の野営している小高い丘を目指している。夜警が襲撃班を発見できず、本部とされる中央テント内に侵入されれば、二号生徒隊全滅である。
進級が取り消されることはないが、一号生徒進級にあたって、「恥」となる。
「ミーマ様の予想通りですね。スゴい」
「さ、いそいで戻るのよ。邀撃準備よ」
襲撃班は、木々に囲まれた野営地の手前で、立ち止まった。一度水などを飲み、「爆裂弾」がわりの発煙手榴弾を確認した。煙に巻き込まれた者は、戦死と判定される。ほどなく双眼鏡を持った斥候二人が戻って来た。
「夜間動哨は二人。あとトイレに行くのか、動く影が一つ。全然警戒していない」
そう報告する。深夜までの襲撃を予想したが来ないので拍子抜けし、今夜の襲撃はなかろうと安心しきっているらしい。かならず夜間襲撃があるとは限らない。年によっては襲撃がなかったにかかわらず、ほぼ全員が朝まで警戒待機し、翌日の帰営行軍で四割が脱落したこともあった。
あくまでこの機動演習は行軍と野営、その警備を生徒隊だけで行うことが目的で、士官学校生徒襲撃班は一種の余興だった。
しかし最近では夜襲とその防御が、クライマックスになりつつある。
生徒隊が無警戒なら、強襲することもない。手薄な警備の隙をついて潜入し、教官たちの停まる小屋前の本部テントを占拠すれば、襲撃班の勝利だった。
ミーマは戻るとアルバとセーリウムを起こし、手短に事態を告げた。
「みんなたっぷりと寝たから起こして。五分で邀撃準備よ。
動哨の連中はそのままにして、第五警の二人を呼んできて」
やがてテント群に囁くような「起きろ」の声が伝わってく。仮小屋で寝ている教官や士官学校生徒、医務官などは全く気付かなかった。
野営地は演習地をある程度見渡せる高台にあり、襲撃班は草や木にまぎれて斜面を登ることになる。毎年、その手筈で生徒隊にかなりの「被害」を与えていた。
二手に分かれて懐中電灯などで合図しあい、テント群の中に潜入する手はずとなっていた。
まず南から五人が斜面をのぼり、北の林からの合図を待っている。
仮小屋と本部になっている中型テントは、生徒の個人テント群の中央にある。ようやく北の林でライトを振る合図があった時、奇妙なことが起こった。
まだ第四夜警と最後の第五夜警の交替時間ではない。しかしゴム銃剣をつけた小銃を捧げ筒して、交替がはじまったのだ。
「第四夜警ご苦労様です。二号生徒セーリウム、第五夜警交替にまいりました」
相手が驚いていると、セーリウムは小声で言う。
「敵が近くに迫っている。交替したら本部テントへゆっくりとむかえ。
あとは生徒総代の指示に従うんだ。慌てるなよ」
「……第四夜警異常なし。交替いたします」
こうして夜警の生徒は小銃を肩に担い、灯火もなく静まり返ったテント群の方へともどって行く。二人の第五夜警は何事もなく、ゆっくりと動いて行く。
初等学校の運動場よりこぶりな野営地とは言え、二人だけの夜間動哨ではいかにも手薄だった。南の斜面と北の雑木林に潜む士官学校襲撃班は、お互いに懐中電灯とカンテラで合図しあい、「奇襲成功、突入」を確認した。
北と南から五人づつ、空砲を五発つめた小銃に硬質ゴムの銃剣をつけ、制帽に白い鉢巻をつけて静かに攻め寄せる。
二号生徒たちが寝息をたてているはずの個人テント郡からは、物音もしない。
やがて南北の襲撃班は、猟師小屋のような粗末な建物と、中型テント二つを、闇の中で確認した。本部テントには生徒隊の旗がかかげられ、冷たい夜風にはためいている。
その音だけが闇に聞こえる。包帯所テント内にはカンテラの灯がともっている。
まず南の数人が、発煙手榴弾をテント群のあいだに転がした。あちこちで手榴弾が発火し、白煙を噴き出す。これでテント内の生徒は「全滅」したと判定される。
続いて南北から士官学校隊が、並んで銃剣突撃を開始した。
「うおおおおお!」
いくつもの吶喊が夜のしじまをつきやぶる。小屋内の教官たちは飛び起きて、「お、いよいよはじまったな」と微笑みあう。
「敵襲ぅ~~~!」
本部テントの中でそう叫んだのは、ミーマだった。たちまち三十人近い二号生徒は、小銃に学生制帽で本部テントや小屋の陰の闇から飛び出した。
そして襲撃班が唖然とする中、南北に縦列をしいたのである。
「は……はかられたか」
襲撃班長が呆然としていると、またミーマの声が響く。
「総員構え! 撃て!」
三十発近くの空砲の音が、闇に響く。
続いて小屋の出入り口から、教官の声が響いた。
「襲撃班全滅! 状況終了!」
こうして士官学校隊の完全敗北で終わったが、喜び騒ぐわけにはいかなかった。
「全員整列!」
ミーマの号令で、二号生徒は教官小屋の前に三列で整列。番号を確認した。
そのあいだに、唖然としていた士官学校襲撃班は、斜面を下りて元の野営地へと戻って行く。全員無言だった。
完全な敗北は、この「行事」はじまって以来のことだった。
「二号生徒隊機動演習参加三十一名中ミーマ以下二十九名、異常なし。
事故二名、二名は第五夜警動哨中で襲撃班の帰還を見届けています」
教官たちは驚き、少し呆れた。
「……よろしい。講評は帰営ののちとする。今は解散!」
テントに戻る生徒たちは、小声で完全勝利を喜び合った。起床まで二時間、もうひと寝入り出来る時間だった。
翌朝は野外簡易炊爨で朝食をとり、「山」と呼ばれる高台に隊旗を掲揚し、好例の幼年学校歌を歌ってから、帰営行軍となった。
帰りの小休止は一回である。しかし全員昨夜はよく寝ており、行事始まって以来の、完全勝利と言う喜びもあって、足取りは軽かった。
広大な演習地から出る時、これも恒例で襲撃班の士官学校生徒が並んで、捧げ筒で見送ることになっている。今年の襲撃班はバツが悪そうだった。
途中、ミーマにつきあって緊張していたラウキタースがアゴを出しかけた。
しかしセーリウスが小銃を持ち、ミーマが肩を貸して、なんとか全員無事に予定時刻には幼年学校へたどりついたのである。一人の脱落者も出なかった。
あとは夕食まで自由時間だった。みんなシャワーを使うと、泥のように眠った、
夕食後、今日は課業も訓話も自習もなかった。
みんなは生徒隊長ミーマを囲んで、「戦勝祝賀集会」を予定していた。しかし肝心のミーマが、夕食直後から見当たらずにも困っていた。
ラウキタースが探したが、教務棟にある面会室にいるらしい。
「あの、はじまりますわよ」
自習室の祝賀会は、先にはじめて欲しいと彼女に伝えた。見ると、大柄で工兵の作業着を来た女性と向かい合っている。面会人は、あのカルネアだった。
「昼間来たら、訓練中と聞いて」
今日一日休みをもらっているので、近くでずっと待っていたらしい。
「お金のお礼ならいいのよ。豊かな者がそうでない者にほどこすのは、当然の義務よ。わたしみたいな美人が、なるべくハンサムとはつきあわないのもね」
「ああそうですかい。でも本当に助かった。あんな大金、生まれてはじめて見ましたよ。弟を上の学校に行かせてやれることにもなったし」
「あなたはわたしと言う、この国の未来にとってかけがいのない人物の命と名誉を救ったんだから、もっと誇っていいわよ」
「機甲教導学校からも贈り物や、休暇をもらいましたよ。あたしには十分だ」
「……弟さん、まだ小さいんだっけ。中等学校行くの?」
「まだです。春に最終学年に進むんだけど、特別待遇生の試験に合格したんです」
「庶民の公教育にそう言うのあると聞いたわ。特待生だといいことあるのね」
「特待生だと放課後に特別授業受けられるし、成績がよければ中等学校へ無料で通えます。中等学校でも成績良ければ、大学予科へ推薦してもらえます。かなり努力が要りますけど」
つまりこのあと、出来のいい弟の教育費はほとんど心配しなくていいらしい。あとは自己中心的で甘えん坊な妹に、将来のいい夫を見つけたいとも語った。
「いただいたお金は、母さんに預けます。少しは楽させたいし」
「いいこころがけだな」
生徒たちの歓声が聞こえてきた。主役なしの祝賀会がはじまっていた。
「あの、行かなくていいんですか」
「別にいい。最後に顔をだすわ。みなと騒ぐのは苦手よ。
それよりもあなた、いい腕、いや脚ね。あの機装砲を見事に動かしてたわね」
「慣れてるからね。あいつにゃ誰も興味もたないから、研究所のおエラいさんがやってきて試験したりする時以外、ほったらかしさ。
だからあたしが自由に出来る。
いきなり動かしたあんたにも驚いたけどね」
「あの、ミーマ様……」
とラウキタースがまたドアから顔を出した。
「一号生徒から、果実酒がこっそりと届いています」
「果実酒! わたしの分も残しておいてよ」
幼年学校では原則禁酒である。しかし一号ともなると、化学実験用具を使って、ごくうすい果実酒を密造したりする。
士官学校生徒のハナをあかしたことで、傲慢だが優秀で美しいミーマの活躍は、全校で話題になっていた。
「それじゃあ、帰ります。本当にありがとう」
「校門まで送らせて」
とミーマも立ち上がった。
廊下をゆっくりと歩きながら、ミーマは遠慮なく言う。
「あなた、義務教育出てからあの学校? 技術雇員としては最低ランクね」
「まあ年とともに、職階も上がって行きます。腕には自信あるし、辛抱しますよ」
「親方になるまで、苦労多いわよ。特に軍の雇員は徒弟制度にうるさいし。
大人びて見えるけどあなたは多分、わたしより一つぐらい上よね」
確かに初等学校卒業は、ミーマより一年早かった。
「なぜ看護兵や通信兵にならないの。女性でもその年ならなれるわよ」
「……兵隊にはむいてない。ああ言う上下関係は少し苦手でね」
二人は校門までやってきた。衛兵が立っている。
「今や、ケン・インが大変なことになってるわよね」
世情に疎いカルネアは知らなかった。南の独裁国家イマニムがかねてケン・インを傀儡化しようとしていた。しかも最後の民族派のケン・イン指導者が先週、暗殺されたのである。
そしてただちに残酷な親イマニム派が、政権を掌握した。平和な遊牧国家は、これで科学技術の伸長著しい、イマニムの属国となった。そしてわがオタ・メイ国は、ケン・インと山岳地帯や草原地帯で、国境を接している。
「なんか、大変なことになりそうなのかい」
「多分ね。来週にでも予備動員令が発令されるかもね。特別議会招集が決まったそうだし。そうなると、兵士募集枠も拡大されるわ。
軍属は有利よ。所属組織の推薦があったら、一般兵士じゃなくって幹部候補として採用されたりもするわ。下士官なら俸給もちょっとはいいし」
「……その、兵隊になる仕組みがよく判らない」
オタ・メイではもう徴兵制はとっていない。原則、募兵制である。しかし地方公務員や中央の技能公務員になるには、兵役経験のあることが絶対有利だった。
一般兵士は二年間つとめあげると、「地方」に戻って職に就く。また軍隊生活が気にいった人間は幹部候補となって、下士官から将校になる道があった。
下士官になるためには、教導団各種学校がある。また将校は下士官から昇進してなる場合と、士官学校を出る場合があった。特に幼年学校と士官学校出身者は「いい家」の子弟が多く、親も中央議員だったり地方の領主が一般的だった。
「わからないけど、あたしには今があってるさ」
「兵士になったら、生活費はかかんない。俸給はほとんど故郷におくれるわよ」
「……どうしてあたしに、兵隊になれってすすめるんです」
ミーマは立ち止まり、ニヤリとした。
「脚が欲しいのよ。この素晴らしいわたしを支える、しっかりとした脚がね」
カルネアは目を見開いた。
「ミーマ様ぁ」
生徒舎入り口で、ラウキタースが叫んでいる。他の二号生徒も呼んでいる。
ミーマはカルネアに敬礼した。カルネアも頭を下げる。
「……おっぱいだけは、負けたな」
そう言うとミーマは踵を返し、二号生たちが待っている生徒舎の方へと、足早に戻って行った。カルネアはしばらく、呆然と立ち尽くしていた。
「名簿にサインをどうぞ」
「え?」
今夜の第一夜警についている三号生徒が、営門で声をかけた。
外来客であるカルネアは、入ってきたときに営門に預けた訪問許可札を受け取り、夜の駅へとむかった。明後日は幼年学校、機甲教導学校、教導団術科学校それぞれが進級、卒業式だった。
「ケン・イン領内、屏風川域に、イマニムによる大規模基地が構築されつつあり」
軍情報部は、国境近くの特務機関からの情報を重大視していた。中央情報部は参謀本部に隣接する憲兵司令部内にある。軍のエリートである作戦部からは、「スパイども」と呼ばれていた。
しかし情報職人と言われるフォッサ少佐は情報会議室の大テーブルに地図を広げ、士官学校での教え子たるフィーデンティア大尉に、危機を説明していた。
「確認されるだけで三か所。基地一つで八個師団十数万人が、収容できそうだ」
教育総監部に出向している女性大尉は地図を見つめ、驚いた。
「つまり、三か所で三十万。我が国の現役、予備役を総動員した数以上ですね」
「そうだ。それにあの謎の科学技術。……いよいよ、来るかも知れないぞ」
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