第2話 機装砲、立つ! 後編


 昼食時間となった。大食堂は機甲教導学校生徒、補助教官、整備工などでごったがえしている。あの古参の軍曹も、豪快に食べていた。

 軍の主食はオリューザと呼ばれる米である。水兵などでは、栄養面からパンの日も多いときいていた。オタ・メイの米オリューザは味がよく、輸出もされている。

 オリューザは御一新のはるか前から、世界中で食べられていた作物である。人々の祖先が「降臨」した当時から自生していて、パンゲア大陸の温暖な地方ではたいていこれを作っている。

 幼年学校生徒たるカルネアは、校舎隅にある教官用の将校集会所の小食堂を、使うことか出来た。これも幼年学校長が、機甲教導学校に頼んでおいてくれたのだ。

 将校らは特別にワインなども出る。さすがにそれは断った。将校用のランチは家禽のローストで、なかなか美味だった。マズいものでも残すことはほぼない。

 細身の彼女だが、男性程度にはたべる。オリューザも一皿平らげた。

「ふむ、なかなかいいものを食べてはいるけどね。調理がガサツね」

 そんなことを言いながら将校集会所から出ると、二人の兵士学生が、大判の写真を持ったまま近づいてきた。最近はやりの着色写真である。

「あの……あなたミーマさん?」

「そうだけど」

 二人は上等兵でこの学校に入ってきた、二十歳過ぎの田舎出の若者だった。

 以前問題になった、ブロマイドを持っている。一枚は制服で、サーベルを抜いて構えている写真。

 もう一枚はセパレートの水着に制帽、乗馬ブーツの写真だった。

 幸い学校側には、きわどい水着写真の方は発覚していなかった。二人は「本物」を見つけて、サインをねだってきたのだ。田舎出の二人は、感激していた。

「あの、ちょっとヤバい写真だし、他の人にはナイショにしておいてね」

 二人は直立不動で敬礼し、微笑んだ。

 ミーマの伸長は、同年齢の女子とかわらないか、いくぶん低いかもしれない。しかしそのプロポーションは素晴らしく、写真などではかなり高身長に見える。

 その美しい顔立ちは、むしろ父親のプロブス大佐似だった。幼年学校、士官学校と大学校を首席卒業した俊英である。

 当時はオタ・メイ国軍創立以来の美男子などと言われ、密かに本人の許可しないブロマイドが売られたりもした。特にその騎馬姿は、絵の題材にもなった。

 しかしねっからの冷静な武人で遊びも知らず、ひたすら軍務に忠実だった。

 そんな父はミーマの理想であり、憧れだった。しかし父は、失脚した。作戦部からも追放された。

 今は予備役であるが、まだ引退の年ではなかった。俊英の誉れの高いプロブス大佐はエリートの常として何年かの騎兵勤務を経て、大使館などの駐在武官になる。

 プロブスは騎兵大尉から少佐の時代、「分裂した東方」と呼ばれるナーベイ諸国の数か国、ここ数十年の内戦と分裂が続くウキリ・アットの有力国、そして最後はまだ王政だったイマニムにも赴任した。

 そのあと、作戦部の枢機たる作戦課に配属された。しかし彼よりも若いエリート達は海外事情に疎く、プロブスの冷静な世界情報判断をしばし「臆病」と笑った。多くは幼年学校と士官学校、大学校主席卒業達だった。

 決定的に対立したのは二年前である。イマニムは特に騒乱もなく平和な宗教王国だったが、突如革命が起きた。民衆は選ばれし超人種に絶対服従してこそ幸福になれると称する、人民光輝党である。王政は倒れ王族はほぼ全滅、人民光輝党は不思議な最新兵器で国王軍を壊滅させ、瞬く間に全土を掌握した。

 この異常事態のはじめプロブス大佐などの一派は、イマニム王朝救済、人民光輝ルーメン党討伐介入を主張した。革命派があまりにも過激だったからである。

 しかし作戦部特に作戦課のスーパーエリート参謀が反対した。広大な密林の広がるイマニムでの作戦展開は難しい。王政が倒れて混乱すれば、かえって我が国益だなどと主張したのである。

 イマニム王国軍の最後の救援依頼も、オタ・メイ政府は他国内政不干渉と言って無視し、ここに王政は滅んだのである。王族の大半は処刑された。以来、かの南の大国は中央集権独裁国家となる。

 しかし介入しなかったことのツケは、すぐに明らかとなった。「光輝党ルーメン」と名をかえた少数の革命派が絶対独裁体制をしき、各国大使館を追放し、農業と工業などの主要産業を国有化した。

 反対者は粛清、または収容所で強制労働につかせた。

 無謀な資源開発と土木工事を全土で繰り広げ、二年足らずでほとんど世界一かも知れない工業力を確立したのである。かつては農業と林業が主産業だったが。

 そして伝統的な王立軍を改編、国民皆兵に基づく巨大な人民軍を作り上げた。

 オタ・メイは総人口約三千数十万人で、十七万人の兵士がいる。人口一億のイマニムはかつて三十万程度の王国軍だった。それが今では百万人と号している。

 プロブス大佐の一派は、革命初期に介入しなかったことをその後も非難し、日増しに増長する南の隣国の脅威を訴え続けた。

 王党派パルチザンの地下支援も計画した。

 しかしそれを煙たく思った首脳部によって、昨年予備機に編入された。抗議し抵抗する高級将校や将官もいたが、ミーマの父はおとなしく引退の道を選んだ。


 大食堂で列をつくり慌ただしく食べるのも嫌だった。カルネアは美しいが傲慢な変人生徒と別れた後、厨房へむかった。

 時間外の食事は、休憩時間に修理と整備を任される整備工・兵の特権だった。厨房ではなじみの「地方人」料理人が、野戦用のトレイに家禽の肉と米をたっぷりと盛ってくれた。

 大柄なカルネアは兵士以上に食べる。学校の食事は気にいっている。

 カルネアはスープのカップとトレイを持って、倉庫近くの木の下にしゃがみ、遥かな山々を眺めて食事をするのが好きだった。

「どうしてるかなあ」

 働き者の母親は、勉強のできる弟と、自己中心的だが甘えん坊の妹を育てつつ、畑仕事もしている。少し体力の戻った父が外国の山岳地帯に出稼ぎに行ったと言う手紙を、先週もらった。確かに実入りはいいらしいが、慣れない外国暮らしは辛そうだ。体の調子もよくない。

 軍雇員である彼女の俸給は、それほどでもない。しかしそのほとんどを故郷に送っている。

 勉強のできる弟は、来年義務教育である公立初等学校を卒業する。なんとしても中等教育学校に行かせてあげたいが、義務教育以外はお金がかかる。

「あたしががんばるしかないか……メシは腹いっぱい食えるし」

 その弟は最後の第八学年への進級試験で、今は大変だろう。第八学年へ学年上位ですすむと、特待生クラスに入れる。

 すると公立中学校へ学校推薦、授業料免除で進学できるのだった。


 食事を終え、洗った食器を厨房に返納した。昼食後は少し昼寝をして、機械の整備と修理にとりかかる。整備科、特に雇員は時間が比較的自由に使えた。

 午後は教練、実際の機械作動研修などがある。その前に最新の削岩機、内燃自走車エンジン、連射機関砲などの整備をすませておく。

 今日の整備は、例の九年式四脚機装自行砲だけである。

 カルネアは倉庫に戻り、一度エンジンを外から動かした。しばらくそのままにして排気ガスの色やにおい、そしてエンジン音の変化を確かめるのである。

 アルコールの原材料は植物で、特にある種の藻から作られたものは、純度も高く安価である。軍では主としてそのアルコールを使う。

 しかし時に、粗悪なものも交じっている。不純物の多いアルコールだと排気ガスが黒くなり、かつエンジンにダメージを与えるのだ。

 輸送業者が時折、軍用のいいアルコールを、闇で作った粗悪なものとすり替える事件なども起こっていた。しかし今のところ、排気ガスはほとんど出ない。

 アルコール独特の香りと熱気、わずかに白い煙が時々噴出されるぐらいである。

 エンジンの調子もいいらしい。

「まずまずね。追加アルコールとってこようか」

 アルコールや火薬など危険物は、練兵場を挟んで学校棟から離れた地下倉庫に隔離してある。

 安全の為にいちいち手押し車に乗せて、必要分を倉庫から出す規則だった。

 他の整備工、整備兵はそれぞれの仕事に集中している。美しい幼年学校生徒がふらり、と倉庫に現れても誰も気付かなかった。

 スベルヒアは、堂々と倉庫に入って行く。上官なら整備兵も敬礼したろうが、生徒の服を着た「女の子」である。多少興味を示すぐらいだった。

「……あなたには無理かも? ぬふふふ、小生意気なことを、小娘…いや大娘が」

 四本脚で直立した機装砲は、後部と右側面に木製の支持台が取り付けられ、その台には鉄製の梯子が取り付けられている。

 エンジンは順調に回り、低い音をたてている。

 ミーマは、父から譲られた軍刀を外し、倉庫の開かれた扉にたてかけた。そしてなんのためらいもなく鉄梯子を上りだしたのである。

 倉庫奥で作業していた整備兵が振り向いた。ちょうど砲塔上部のハッチがあいて。小柄な影が中にはいろうとしていた。

 いつものカルネアにしては小さな影だったが、特に気にもしなかった。機装自行砲のアルコールエンジンは順調に動いている。

 五十ミリ砲に見立てた偽砲を積んだ砲塔内は、一人がやっとである。あまり大柄な人間は長く閉じこもってはられまい。

 小さな椅子に座って、ハッチを閉じた。足元は下まで「吹き抜け」になっており、足と足の間に、座席が見える。

「そこが操縦席ね」

 スペルヒアは下の座席にすべりこんだ。砲塔よりかは少しゆとりがあるが、広くはない。

 座席の前には小さな観測スリットがある。両側は各種メーターとスイッチ、座席の前には四本づつ二列のシフトレバーが並んでいる。また座席斜め下には右と左用のペダルがある。

「複雑ね。でもわたしに出来ないことなんてないのよ。

 エンジンはかかってるな。ここに足を乗せて……。シフトは前に、かしら」


 二輪手押し車に小型のドラムカンを二つ積んで、練兵場を横切ってカルネアが倉庫に戻って来た時、悲鳴と怒号を聞いた。

「なに……」

 手押し車を置いて走り出したカルネアは、手前の倉庫の角を曲がって凍りついた。あのエンジンをかけたままだった九年式機装自行砲が、倉庫からゆっくりと出てくるところだった。ぎこちなく、左右に揺れながらこちらにむかってくる。

「だ、誰が動かしてるの!」

 後ろ足と支持台をつないでいた鎖は切れている。

 倉庫から飛び出してきた若い整備兵が、カルネアを見て驚いた。

「え? 君じゃないのか」

 整備兵たちはゆっくりと進む機装砲の前に出て、「とまれ!」「停止しろ!」と叫びつつ、盛んに手をふる。ミーマは操縦席で両外側のシフトレバーを倒し、左右のペダルを交互に踏んでいく。

「ふむ、一時間ぐらいは踏めそうね。でも……どうやって曲がるの?」

 唖然とするカルネアの目の前を、ふらつきつつ機装砲がゆっくりと歩いて行く。若いがベテランの整備兵が慌てて追っている。ふりかえって叫んだ。

「カルネア! 誰が操縦してるんだ!」

「あ、あたしが聞きたいです」

「さっき、小柄な影が中に入るのを見たけど……ありゃ女だったかな」

「! お、女?」

「あんたにしちゃ小さい、妙と思ったけど」

「あいつだ!」

 カルネアも走り、機装砲を追った。

「あの女だ……あたしがあんなことを言ったから?」

 整備工、整備兵たちが前にまわってとめようとする。幸い、学校生徒はまだ食後の一服や談話で、教練場には出ていない。

 突如、機装砲はとまった。ぐらりとゆれる。その周囲で騒いでいた十人ほどの整備兵や整備工は、慌てた。するとまた前進しはじめる。

 なんとか後部に取りついてよじのぼろうとしていたカルネアだが、脚部の長さは二メートルほどある。動いていると飛び乗れない。

「馬だ……馬の上から」

 カルネアは校舎裏手の厩舎の方へと、走り出した。


「もう…シフトレバー、どうなってんのよ。上とか右とか書いてあるけど八本もある。ギアチェンジはえっと……」

 レバーをあちこちといじると、ガクンガクンと全体がゆれる。

「もう、どうなってんのよ。ちょっと誰か……」

 そろそろ危ないと思い出した。ペダルから両足を離すと、機装砲は停止する。

 操縦席から出るには、砲塔を通るしかない。ミーマは立ち上がり、狭い出入り口から砲塔へ登ろうとした。その時、操縦席の真上にあるコックを手でつかんでしまった。

 それを引くと、機装砲全体が揺れた。四本の鋼脚を固定しているロックが外れ、突然脚が四本とも折れた。

 通常もっとゆっくりと折れるのだが、いきなりロックを外してしまったようだ。

 三つの車輪が半分格納されたまま、車輛モードになってしまう。かなりの衝撃があって、ミーマは操縦席に尻餅をついてしまう。

「きゃっ!」

 その拍子に、足でシフトレバーをほとんど前に倒してしまった。

「あ…痛あ……」

 車輪走行モードになった機装車は、折りたたまれた四本の脚を練兵場地面に軽く引きずりながら、進んでいく。

 人のランニングほどの速さだが、飛び乗る勇気のある者はいない。

「なんだ?」

 大食堂でたっぶりと食べ、食後のお茶も終え、工兵出身の老軍曹オプティオーは整備倉庫へと出てきた。整備班がほとんどいない。

 その時、練兵場での騒動に気付いたのである。部下たちが騒ぎ慌てる中、車輪走行モードの機装砲が、走っている。

「な、なにが起きてるんだ……まさか、カルネア?」

 馬のいななきがする。ふりむくと、耳の長い馬に乗ったカルネアが駆けて行くところだった。カルネアは耳馬に言う。

「あの走っている機械に横付けして。あたしが飛び乗って止める」


 ミーマが停め方にとまどっている間に、機装砲は広い練兵場の端、半地下式のベトンで固めた弾薬庫を目指している。このままだと弾薬庫につっこみ、下手をすると大参事になる。

 十人ほどの整備関係者は機装車を囲み、わめき、飛び乗ろうとするが出来ない。

「ど、どうやって止めるのよ!」

 操縦席ではミーマが焦って、シフトやスイッチをやたらと操作していた。

 しかし彼女が蹴ったはずみで、シフトレバーが前へたおれ、ロックがかかってしまっている。巡航走行モードは、ロックを外さないかぎりそのままになる。

 走行モードの機装自行砲は、軽く走る程度の速さで、台形の大きなトーチカのような弾薬保管庫を目指す。数分で衝突するだろう。

「どいて!」

 耳馬を馳せて、カルネアが機装砲に近づく。あとわずかで、広い教練場の端にある弾薬庫につっこむはずだった。中には火薬と燃料が詰まっている。学習用の弾薬ゆえ量はさほど多くない。街から離れており、周囲は畑と雑木林だ。

 しかし機装砲がつっこんで爆発すれば、学舎などにもかなりの被害が出る。そして搭乗者はまず助からない。操縦席では、さすがにミーマが青ざめていた。

「と、とまらない。自動運転なんて出来るの……」

 顔の前には、スリット状ののぞき窓がある。低い台形の、トーチカを大きくしたような構造物が近づいてくる。

「あの掩蔽火点につっこんでとめるしかないか。あれ、大型掩体よね」

 その時、馬のいななきが聞こえた。

 機装砲と並行して耳馬を走らせていたカルネアは、走りながら馬の鞍の上に立ち上がり、そのまま機装砲に飛び乗ったのである。

 機装砲の周りを走っていた整備工整備兵の中からどよめきがおこる。しかし弾薬庫までほとんどない。

 砲塔にとりつくカルネア。幸いスペルヒアは、ハッチのロックなどかけていなかった。

「なにしてんだいっ!」

 ハッチをあけるなり、カルネアは叫んだ。そして大柄な肉体を、砲塔の狭い砲術長座席に潜り込ませる。上を見上げて唖然としたミーマだが、すぐに叫んだ。

「と、停めて! お願い」

「ロックを外すんだよ。シフトレバーだ。左右手前、一番外のヤツ!」

 操縦席にはスペルヒアがいる。カルネアが入る空間はない。

「え、これ……どれ……えっと」

「それだよ! 右も左も内側! 取っ手のところにあるボタンを親指で押しこんで、左右を手前に引くんだ!」

「あ……はい」

 言われたとおりにすると、機装砲全体がガクンと振動した。しかし弾薬庫はすぐ目の前だった。惰性でまだ機装砲は進んでいる。

「よし、ロック外れた! 中央前後の四本、手前にたおして、早く!」

 ミーマが言われたとおりにすると、走行していた機装砲は、停止した。

 しかし勢いがついていたので、その先頭部分はベトンを塗り固めた巨大トーチカ状建物の入り口に、軽く衝突したのである。

 整備工、整備兵達がわめきながらやってきた。


 ミーマはさすがに落ち込んでいた。機甲教導学校長室の前、薄暗い廊下の隅で立ちつづけている。そろそろ陽が傾きかけていた。

 あのあと、機装砲はカルネアが回収した。ちょうど昼休みが終わったばかりなので、それほど大騒ぎにはならなかった。何人かの生徒が騒動に気付いた程度だった。しかしミーマもつっこみかけたのが弾薬庫と聞いて、彼女は自分がしでかしたことの大きさに驚いた。助かったのはあの大柄な女性のおかげに間違いない。

 学校長は一応、事件を幼年学校に電話連絡した。そしてわざわざ、幼年学校教頭大尉が彼女を「もらいうけ」に来たのである。

 無論、平あまりだった。今、機甲教導学校長室では、幼年学校教頭が謝り弁明し、彼女をどう処分するか相談しているはずだ。

 どうなっても、服従するつもりだった。反論や弁明は恥と考えていた。

「軍法会議はないわね。卒業せずに追放、軍籍剥奪かもね。父様、悲しむな」

 やがてドアが開いて、教育総監部出向の教頭大尉が彼女を呼んだ。ミーマは中へ入り敬礼する。もう一度、しでかしてしまったことをわびた。

 脚を悪くしている教頭は、処分を告げた。

「今回はマギステル大佐の顔をたてて、不問にしてもらった」

 両校で「大人の取引」が行われたようだ。勝手に新兵器を動かし、あわや大惨事を引き起こすところだった。しかし彼女を公的に処分すると、その場にいた整備兵達にもなんらかの処分が必要だし、機甲教導学校にとっても不名誉となる。

 いかにも軍士官学校あがり、軍事官僚然とした機甲教導学校長ミーティス大佐は、自分の経歴に汚点がつくことを嫌がった。


 教頭は耳馬で幼年学校へ戻って行く。もう夕方である。

 ミーマは来た時と同じく交通機関を使って夜までに幼年学校へと戻り、学校長にまた謝らなくてはならない。

「頭下げりゃいいんなら、下げてやるわよ。

 こんなことでヘコたれてちゃ、国家と世界にとって損失よ」

 ミーマは、教練と兵器操作訓練が終わりかけている教練場を横目に、校舎裏手の倉庫地区へとむかった。

 すでに九式は元の支持台に「安置」され、鎖も取り換えられている。整備工や整備兵たちは、早めの夕食中だった。昼間の事件を笑いながら語り合っている。

 これから教育につかった様々な機械、兵器が戻って来る。それを点検修理し、明日まで整備しておかなくてきはならない。

 煉瓦作りの倉庫前には、先に夕食を終えたカルネアが、機装砲を見上げていた。

「あの………」

「ああ、あんたか。たっぷり絞られたけど、軽い処分だったろう。

 学校長、自分の経歴に汚点が残るの嫌がるんだ。この春にも転出って話だしさ」

「ええ、一応おとがめなし。なかったことにされたわ。

 ともかく、大参事になるところだった。本当にありがとう」

 ミーマは珍しいことに、直立不動で敬礼した。挙手の礼も、「御一新」後に広まった習慣である。「地方人」のカルネアは少し照れくさそうに頭を下げる。

「命を助けてもらったお礼がしたいのだが」

「……いいよ。あたしだって命は惜しかったしね。学校からも感謝れて、こんど上級雇員になれそう。仕送りも増やせるよ」

「そう……整備兵とかにはならないの。いや、あなたなら立派な兵士になれるわ」

「女の兵隊は珍しい。この学校だって男ばかり。看護兵になるには資格がないと。

 それに平民はよほど成績がよくないと、幼年学校なんて夢のまた夢。今はここでいいよ」

「そう、いいおっぱいしているのに、残念ね」

「……あのね。あんたそっちの趣味なのかい」

「そっち? どっちよ。ともかく本当にありがとう。

 でもあんなややこしいの、よく乗りこなしているわね。さすがよのう」

「こっちだって驚いたよ。あんたはじめてなんだろ? でも立派に四脚歩行して、走行モードまでやってのけてる。あたしでも最初三日間は、まごついてたのに。

 あと四、五人動かせる人いるけど、何週間やってもあんまり上達しないみたい」

「わたしに不可能などほとんどない。最新の飛行船でもあやつって見せるわ。

 美しき名門に、不可能なんてないのよ。そうでないと名門って誇る資格ないわ」

「そうかい。そうそう、大事なもの預かってるよ」

 倉庫奥へと入ったカルネアは、ミーマの立派な軍刀をとってきて、渡した。

「おお、これを無くしたら父上に申し訳ない」

「親父さんも軍人なのかい」

「予備役大佐よ。ちょっと病気してね。その前に、主流派から睨まれていたから気苦労で。

 軍大学校出の、ともかく努力家でお勉強は出来るけど元々の頭のよくないエリート様が、参謀本部、特に作戦部と軍政部を牛耳ってる。我が国軍の悲劇よ。

 古臭い成功例と精神主義にこだわって、国軍をどんどん時代遅れにしている。軍大学校でも優秀だった父は、そいつらとは一線を画して、世界の変化を見ろって主張してたの。

 そのことが、成績のいいおバカさんたちを怒らせたのねきっと」

「そうかい。エリートさまたちも、色々大変なんだね。

 あたしの父さんは、体が回復しきってないのに、外国に出稼ぎにいっちまった。

 無事戻ってこれるといいけどね。生真面目で、手を抜くってこと知らないから。

 仕事があるからこれで。あんた単なるわがまま美人じゃない。度胸あるよ」


 こうして、ミーマは機甲教導学校を出た。もう世間は赤い夕陽に染まっていた。

「カルネアね。いい腕、いやいい脚ね。体もかなりいいし」

 一度学校を振り返った問題優秀生徒は、不敵に微笑んだ。

 別れたすぐあと、オプティオー軍曹たちも戻って来た。この週末は軍曹主催のカルネアをたたえる宴会をしよう、と盛り上がっていた。事件を伝えきいた炊事班長が、隠してあった酒を大盤振る舞いしてくれると言う。

「おまえさんは学校の恩人だからな」

 軍曹をそう言って、部下に作業を急がせた。大急ぎで点検と修理をすませ、シャワーをあびれば整備班だけに許された夜食である。


 軍幼年学校に戻った時、すっかり夜になっていた。夕食時間は終わっていたが、軍刀を吊ったまま食堂に飛び込んだ。校長から連絡があったらしく、一食分残っていた。

「あの……大丈夫でした?」

 あのラウキタースが待っていた。彼女は無事、一号生徒進級が決まっている。

「ああ、おとがめなしよ。このわたしを咎める権利、誰にあって?」

「学校長が、戻ったらすぐ出頭しろって」

「判った。食事したらいく。悪いけど軍刀、部屋に戻しといて。

 どうせみんなまだ休暇気分でいないんでしょ」

「いえ、かなり戻って来てます。最終検閲の作戦会議があるから」

「最終……ああ」

 とミーマは目を見開いた。

「すっかり忘れていた。二日間の全体偵察状況か」

「ミーマ様も荷物用意したほうがいいですよ。

 あの、わたしはすっかりできているので、お手伝いしますから」

「ありがとう。まずは学校長ね。一応、感謝しなくちゃ」

「一応……」

 またミーマは冷えた夕食を、ナイフとフォークで優雅に食べだした。


 ここ二年ほどで急速に科学力を伸長させた南の古い国家イマニム。今や王政は倒され、光輝党「ルーメン」による過酷な独裁体制が続いている。

 そして今年になり、オタ・メイとイマニムにはさまれた平和な酪農国家ケン・インの政治は、完全にルーメンのシンパによって支配され、傀儡国家となっていた。

 イマニムとはこの一月に、両国間の相互援助条約を締結した。ケン・インの議会は事実上停止され、全権議会議長が無理矢理、全土を準厳戒態勢においた。

 一角牛騎兵主体の小さな軍事力も、イマニム軍に組み込まれた。やがてオタ・メイとの国境地帯に計画されている広大な基地づくりは、本格化するだろう。

 これはオタ・メイにとって、相当危険な事態だった。

 その危険性について、情報部の「情報職人」フォッサ少佐などはしばし警告したが、作戦部の「エリート」たちは無視しないまでも軽視し続けている。

 アヴォン・オタ・メイは、花の咲きほこる季節を迎えていた。三千万人余の国民は、十七万人の国軍の防衛力を信じ、海外情勢にさほど関心を示していなかった。



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