第2話 機装砲、立つ! 前編

 天から七神仙が降臨した「御一新」のあと、たいていの学校は三月までに卒業式をむかえ、四月のはじめに入校式をむかえる。これは全世界的に同じだった。

 百二十年前に世界を文明化した降臨維新の震源地に近い「オタ・メイ国」では、文明開化が早くに進んでいる。そして御一新以来の新制度を忠実に守っていた。

 軍立幼年学校は三月はじめまでに進級・卒業評価会議を行う。マギステル校長大佐以下の全教官、教育総監代理と参謀本部の指導員などが集まり、講堂を大会議室にして、生徒一人一人の考課を決定する。

 最上級生である一号生徒三十三人の成績は決まっていた。途中一人が病気で退校、一人が喧嘩で一年残留が決まり、三十一人が卒業となる。

 一等成績者と二等も決まった。二人とも父が軍人だった。一等卒業者には執政殿下から銀の時計と短刀が、二等には時計が授与される。そして一般勤務を経ず士官学校に直行する。

 三等以下の普通の卒業者は最初、上等兵として最初各地の師団本部に勤務し、数か月で軍曹として連隊付となる。こうして一年ほどの間に兵士、下士官としての経験を積み、来年の春には大半が軍士官学校に入学する。

 身分は曹長または准尉であり、二年後に卒業すればほぼ全員少尉以上として、軍務に励むことになる。まれに士官学校に進まず、得意の兵科で経験を積み重ねる者もいた。

 あらかじめ会議前に、討議すべき内容は印刷され配られ、会議では承認するだけだった。しかし二号生徒特別卒業者の件で、教官たちは少しざわめいた。

「あのミーマか」「仕方ない」「少し惜しいな」「顔はいいのに」

 などと囁きあう。マギステル校長はともかく原案通りに、厄介生徒を卒業させたかった。最近ますます増長していた。

「このミーマと言う女生徒ですが」

 立ち上がったのは、参謀本部の情報部から派遣された若い女性大尉である。色はやや浅黒く、南方的でエクゾチックな顔立ちだった。長身で、鍛えられている。

「参謀本部中央情報部から教育総監部に出向しているフィーデンティア大尉です。 この二号生徒、実技と兵技、それに座学の成績は相当ですね。わたしもここの優等卒業生ですが、こんな成績は見たことがない」

「だからこそ特待二年卒業にするのだ。士官学校へは行きたくないようだし」

「しかし大佐、この人格考課と、特に士官としての素質についての低評価は異常です。彼女の考課に偏見、いや悪意すら感じます」

「いや、そうでもない……」

 学校に出向している教育総監部の老練なオヌス大尉が言う。

「この娘……ミーマ二号生徒、見た目は彫像か人形のようだし、成績は考課表通り優秀極まりない。父親は英雄とも言える予備役の大佐だがね。

 性格がその……その評価は偏見でも極端でもない。なんて言うかその……」

「よく言えば大胆不敵、悪く言えば傲慢で少し神がかっとる。まともじゃないよ」

 マギステルは恩人である大佐の為に彼女を庇い続けた。しかしもう疲れていた。

「一年目、三号生徒の頃には街のいかがわしい業者に頼まれて、制服や私服姿の写真をとらせ、それをブロマイドにして売っておった。

 あの後始末には苦労したわい」

「ブロマイド? 役者や、人気高級娼婦のようにですか」

「そうだ。それが町のなにも知らない若者に売れてなあ、一時は有名人。

 男装の麗人とか言って、学校にまで地方の若者がおしかけおった」

「教育総監部でもそんな前例はないし、町で写真を売ってはならないと言う規定はなくて、いろいろともめた。

 まさに想定外の事態でな。けっきょく有耶無耶になった」

 フィーデンティアは噴き出した。

「まあそれぐらい大胆な方が、いい士官になるかも知れませんね」


 こうして二号特待生は二人、繰り上げ卒業となった。

 ミーマにも規定通り、恩賜の銀時計と短刀が授与されるはずだった。

「しかし大佐」と人事と教育の凡てを知り尽くした、オヌス大尉が言う。

「御存じのように、卒業生徒はそれぞれの希望兵科を決め、預かる参謀本部では適性を見極めて、最初に配属する師団を決めます」

 特等以外の卒業生は一年近く、実際に軍隊を経験する。師団に預ける形で勤務するが、将来歩兵科の将校になりたいものは歩兵主体の師団に送られる。

 一番人気は花形の騎兵だが、騎兵師団はない。いくつのかの師団に騎兵連隊があり、卒業生の半分以上はそこへの配属を希望する。

 一年後に軍士官学校に入って、本格的に騎兵としての教練に取り組む。最近では砲術科を目指すものも増えて来た。

 一部でアルコール内燃自走トラックで野戦砲をひっぱることも広がっているが、まだ主流は耳馬、または列車での移動である。幹部将校に乗馬は必須だった。

 耳馬数頭で牽引する野戦砲部隊の指揮官も、馬上で指揮することが求められる。

 また各年度に一人か二人、情報部や作戦部志望がいる。作戦部はエリート中のエリートである。変わったところでは、気球兵志望が数年に一度いた。観測気球からはじまったこの兵科、今では飛行船による空爆まで研究されている。

「ミーマ生徒の希望は……機装自行砲ですと?」

「そう、それでこまっとる。そんな兵科など、まだない。まだ実戦経験もないそんな兵器を希望するなど、まったく我が校はじまって以来の変人だよ、彼女は」

「…卒業にあたっては極力本人の希望を叶えると言うのが、健軍以来の伝統です。

 とは言え、どうしたものか」

「今は原案通りに卒業させよう。兵科については騎兵でも砲術でも、別のところを希望するよう説得する。機装砲科なんてどの国にも存在せん」

 頭の中央の禿げあがった校長大佐は、少し無理に卒業生徒評価会議を終えた。

 大講堂の大きな扉から出る時、参謀本部から視察に来ていたカーキ色の制服に乗馬ブーツをはいた女性大尉は、微笑んでつぶやいた。

「ミーマか。面白いわね……」


「兵科を、かえろと?」

 卒業式まであと十日もない。一号生徒は特別外泊が許され、故郷でブーツを新調したり、家族が上京する手配をしたりする。将校となると、制服は自弁である。

 二号生徒は修了式前に、最後の仕上げとして屋外で二日間にわたる総合訓練を行うしきたりになっていた。それを無事終えると一号生徒となり、伍長の階級がもらえる。

 首都ラティパックのホテル、旅館や郷友会宿泊施設は、卒業シーズンは満杯となってしまい、辺境地方の農家などは人づてで、民間の家に宿泊したりもする。

 二号生のミーマは万事執事にまかせてある。また父の体調がやや思わしくなく、卒業式に来られるか微妙だった。卒業まで、宿泊棟で過ごすことにしていた。

 そんなある午後、彼女はマギステル校長室に呼び出されたのである。

「そうだ。機装砲科などない。いずれ出来るかもしれないので、とりあえず砲術科志願にしておきたまえ。そのうち機装砲科も出来るだろう」

「しかし今のおエラがたが、あの新兵器の価値を認めるとは思えません。

 わたしほど美しく優秀な士官候補を、すでに戦法の定まった兵科に配するのは、宝の持ち腐れです。国の大いなる損失です。わたしは別に、出世がしたいのではないのです。出世はわたしに対する当然の報酬です。

 わたしは新しい兵科を作り上げて、国防に貢献したい。それか名門美女たるわたしの使命なのです。ぬっははははははは」

「……はいはい。わしゃもう慣れたよ」

 校長は執務机に座り、パイプに火をつけた。

「まあ君が簡単に兵科をかえるとは思わなかったよ。楽にしてよし」

 ミーマは細く長い足を開いて、手を後ろで組んだ。少し肥えた校長は、煙を噴出してから、おもむろに言った。

「実は教育総監部でも君の成績は評価しとる。それと、何故か参謀本部が君の卒業上申書に注目してね。めったにないことだが」

「さすがは参謀本部です」

「ここの優秀な卒業生で、士官学校も一番で出たフィーデンティア大尉と言うのが、特に意見具申してきてな。今は中央情報部にいる女性だが、何故か教育総監部に出向しとる」

「機装砲兵科を作ると?」

「そこまでは行かん。実はまだ機装砲をどう運用するか、参謀本部でも困ってる。

 特に全軍の作戦を研究する作戦部など、はなから相手にしてない。しかし意外にも情報部は、あの厄介な機械の象に注目しとってな。何故かは知らんが」

「さすが情報部ですね。しかし軍大学出のエリートの中でも生え抜きが集まる作戦部が、あのすばらしい新兵器を評価しないとは、やはりと言うか」

「知っての通り作戦部は情報部を何かと見下しておる。困ったものだ。情報部は一般の高等教育を受けたものが多いし、かえってエリートさんたちは小馬鹿にする」

「では情報部を希望すれば、機装砲を扱えますか」

「……それは無理だ。自行機装砲は二年前に軍開発研究所からやっと参謀本部の所管になり、去年からは砲兵隊が管理することになっとる。

 情報部は偵察兵器しか扱わん。もっとも砲兵隊は、やっと内燃自走トラックでの野戦砲牽引が広がり出したので、新たな兵器の導入研究は迷惑そうだがね。

 実質は開発した研究開発本部が時々動かしとるらしい」

「ではどうしたら、機装砲志願で卒業できるのでしょうか」

「まあ恩義ある大佐の娘さんだしなあ。ワシも考えてみたんじゃが、あの走行砲は、四本の脚を操る操脚兵と、小砲塔にのって砲を発射する砲術長の二人で操作すると聞いておる。

 君はまさか、操脚兵になりたいわけではないだろう」

「無論、砲術長であります。人の上に立つのが私の使命、脚なんてまさか」

「なら、君一人では機装砲は無理だ。脚を探したまえ」

「脚……操脚兵ですか」

「そうだ。機動教導学校のほうでは数人、現在手探りで育てているそうだが、輜重科出身のベテランぞろいだ。

 君みたいな学校出の若手の脚になってくれる者はいない。

 それと……言いにくいが君は女だ。しかもかなり美しい」

「別にわたしはかまいませんが」

「向こうは気にする。そもそも若い女と二人で狭い棺桶に入るってのは、なんと言うか……よくない。とても教育総監部が許可せんよ。女性兵士や下士官、士官も増えてはおるが、色々とけしからん事件も耳にしとる」

「そんなやから、一発でノシてやりますわ。格闘術も得意てす」

 学校長は煙を吐き出すと、立ち上がった。

「二号生徒ミーマ。一度その目で最新の機装砲を見てきたまえ。そして五日以内に、女性操脚兵の候補者の証人をとりたまえ。それが機装砲科希望の条件だ」

「女性……操脚兵。いるんでしょうか」

「さあな。そう言うかわったヤツがいれば、君の言う条件で卒業させよう」

「……五日、卒業式三日前までにそんな都合のいい人間がいなければ」

「騎兵科または砲術科志願に変更すると、約束してくれたまえ」

 少しおどろいたミーマだったが、にやりとした。

「ご指示に従います。いろいろと無理を聞いていただいてありがとうございます」

「まあ君は、性格はナニだが、我が軍立幼年学校七十年の歴史でも、最高に近い成績だし、なにより恩人の娘さんだしな」

「では、機甲教導学校に行ってまいります。学校長はただいまのご決断で、近い将来わが国史に名を残すことになりますわ。ぬっははははははははは!」

 学校長はもう呆れることにも、疲れていた。


 外出許可証をもらったミーマは翌日、機甲教導学校へむかった。同じ首都郊外にあるが、汽車で行く距離だった。鉄道は発達しているが、本数は少ない。

 軍人と軍学校生徒は、原則無料である。駅で降りると、学生制服のまま豪華な食堂で早めの昼食をとった。カーキ色の詰襟制服に革ベルト。上等な革ブーツの「少女」に、店主は驚いた。こんな店で食事の出来る身分ではなかった。

 そのあと、徒歩で教導学校へと入ったのである。あらかじめ幼年学校長から電話連絡が入っていたが、こんな美女が来るとは機甲教導学校は予想していなかった。

 彼女に対応したのは、最古参のオプティオー軍曹である。ミーマの父親とあまりかわらない年齢だろうか。叩き上げらしい不敵な面構えである。

 国軍総員は約十七万人。義務徴兵制はないが、公務員などになるには三年間の志願兵役を終えている方がかなり有利だった。

 一般兵役は一、二ヶ月の促成教育を受け、兵卒として各連隊に配属される。

 成績がいいと一年以内に上等兵となり、さらに勤務成績に応じて兵長、伍長、三年目には軍曹となって満期除隊する。まれに曹長の身分で除隊、予備役になるものいる。

 一方軍隊生活が気にいったものは、兵役二年目に幹部候補試験を受ける。受かった者は将来士官になる可能性もあったが、慣れ親しんだ連隊に残留するために、軍曹や曹長程度で長く同じ軍務を続ける者も少なくなかった。特に貧しい家庭の者は、軍に残りたがった。

 このオプティオー軍曹は二十代はじめに兵卒となり、以来三十年は軍隊勤務を続けている古参下士官である。実家が鍛冶屋で、機械いじりは得意だった。

 これぐらいになると、士官学校出の若い将校など、頭があがらない。軍曹も新米少尉を兵士の目の前で罵倒したりもする。

 教導学校長大佐は年齢こそ軍曹よりも上だったが、やはり各種機械、兵器の整備と修理、時には改造にはこの古参軍曹を頼っている。


 卒業前でまだ生徒であるミーマは、サーベルを吊れる身分ではない。

 しかし予備役となった父の高価なサーベルを腰に吊っている。やっと義務教育を終えて二年目、軍曹の息子以下の歳のわりには、落ち着きどこか傲慢に歩く。

 二人は広い教導学校校地の北側裏手、大きな倉庫が三つならぶ区画を目指す。

「この機甲学校でも、四足自行の機装砲はママ子扱いかしらね」

「まあね。機甲なんて概念が生まれたのも十数年前です。それまでここは整備工兵学校って、名前でした。

 自分ももともと、戦地で作業機械その他の整理専門でしたから。

 こっちにあれを押し付けられて、時々研究所が動かしに来てます。正直、自分もあれをどう扱っていいのか判らんのです。いや、機械としては大したものです。

 我が国の最新科学技術の精華です。実によく出来た兵器とは思いますがねえ」

 三階建てのビルほどの高さの、煉瓦で出来た古い倉庫についた。すでに高さ五メートルほどある鉄製の扉は両側開かれている。奥にあった木製の支持台が、前に引き出されていた。

 高さ四メートル弱。人二人分の高さがある。砲塔には模擬砲を設置していた。

 ミーマははじめて、写真以外ではじめてそれを見た。

「ほう……不格好なものね」

「九年式機装自行砲は最新です。つい昨日も、軍事研究所の先生が来て、部分改造の下準備をやってましたけどね。操縦席にもハッチをつけるそうです」

 ミーマは薄暗い倉庫に入って、しみじみと見た。

「科学技術の、産業の成果よね。でもなんか本当に、不格好な巨大象って感じ。

 象みたいな長い耳も、きれいなたてがみもないけどね」

「こっちでもうまく動かせる人間は少ないですが」

 と言いつつ軍曹はふりむいた。

「おお、カルネア。こっちだ」

 学校棟のほうから、おおがらな影が近づいてくる。

 男性並みの長身といかり肩、筋肉質だがグラマラスの女は、髪がかなり短かい。陽に焼けて浅黒い顔は、整っている。

 上下とも、ブルーの作業着だった。肩に国軍の星型のエンブレムをつけている。

「軍曹、この人が言ってた……」

「そう幼年学校の生徒さんだ。卒業したら機装自行砲に乗りてえって奇特な方だ」

「……女性ですか」

「君が、これを動かせるの……女よね」

 ニヤリとしたミーマは、カルネアに近づいた。

「どうも、カルネアです」

 突如右手を伸ばしたミーマは、頭一つほど高い整備工の乳房を服の上から掴んで言った。

「負けた! いいおっぱいね。大きさもだけど形がいい!」

 突然のことに、女性整備雇員は硬直してしまった。

 右手を離したミーマは倉庫の方をふりむいた。

「じゃあ、やってみて。えっと……階級は?」

 呆然としていた軍曹がきかれて、吾にかえった。

「は? あ、あの……このコは軍属です。

 雇員整備工として学校に雇われてて、兵隊じゃないんです」

「そう、そりゃ残念。よろしい。では見せて見なさいな」

 少し気味の悪そうな顔をしつつ、浅黒く精悍なカルネアは倉庫内に入った。

「腕は……いえ脚はいいのよね。操脚技術はどうかしら」

「多分この学校でも一番ですね。なぜかこの機械が気にいってて」

 いつものようにチェーンをとき、手早く外からエンジンを起動させる。そして支持台のラッタルを使って砲塔上部に乗ったカルネアは、ハッチをしめた。

 軍曹も支持台に近づき、後方に突き出た排気パイプの匂いを嗅いだ。

「いい感じだ。問題ない!」

 アルコールは御一新以前から酒用、医療用、灯火用に盛んにつくられていた。

 しかしやはり文明開化後、工業化によってより大量に生産されだした。特にここ五十年で、機関車や汽船、僻地での発電、最近では飛行船の動力源としても利用されている。

 ガクン、と言う音がした。支持台を離れた機装砲は、まさに象のごとく四本の鋼鉄脚を交互に出して、倉庫から出てきた。

 ミーマは顔を輝かせた。まるで生きているかのように、「象」は古く大きな倉庫からのし歩いて出て来た。

 カルネアは左右の足でペダルを踏み、八本のギアレバーを巧みにあつかって、歩行速度の二倍半程度で歩き回る。ミーマは顔を輝かせ、走っておいかける。

「すごい、こんなになめらかに動くとは!」

 軍曹は息を切らせて、いっしょになって走っていた。

「あんなに動かせるのはここでも彼女ぐらいです。あれだと燃料を食っちまうが」

 やがて機装砲は停止し、ゆっくりと四つの鋼脚を折りはじめた。前の二脚はやや内側に取り付けられており、前後の四脚は正座したように折りたたまれる。

 すると、砲体の下から前部二つ、後部一つの装甲車輪が突き出し、地面に着く。二つ折りになった四つの鋼脚が金属音と共にロックされると、後部の排気パイプは白い煙を少し噴き出した。機装砲は車輛となって、進みだす。

「すごい! あんなことも出来るのね」

 ミーマは立ち止まった。さほど息も乱れていない。

 軍曹もホッとして立ち止まる。

「あれだと、重い牽引用内燃自走車程度の燃費ですが、速度はちと遅いですね。耳馬にはとてもおいつけない。でも野戦砲ぐらいはひっぱれます」

「ふうむ。素敵ね。最新の自走運搬車でも、主力の百ミリ野戦砲は一台。耳馬でも四頭は使わないと、重すぎて馬たちがストライキおこしちゃう。

 ……だったら燃料車とかも引っ張って、戦線へ出られるな」

「え? まあ、荷車の二つぐらい運べますけど、それじゃ戦争できませんぜ」

「敵に遭遇したら切り離したらいい。逃げ戻るだけの燃料積んでね」

 若いくせにとんでもないことを考えるな。初老の軍曹はそんな顔をした。

「……軍のおエラ方には、ない発想ですね」

 ほどなくカルネアはまた機装「車両」を歩行モードにし、練兵場を一周させてから倉庫に戻って来た。後ろ向きに倉庫に入れると、軍曹も手伝って支持台に固定し、アルコールエンジンを切った。

「操縦者の、いいおっぱいの子と話がしたい」

「燃料足したり後始末があります。食堂でお待ち下さい。お茶を用意させます」


 教導学校の食堂は、幼年学校よりも広い。食堂の隅には酒保もあり、酒類なども売っていた。

 さすがに昼間は販売停止になっている。下士官候補の若者が、教練のあいまに甘い菓子などを買って食べていた。兵士はたいてい、大飯ぐらいである。

 幼年学校生徒の制服に、立派な軍刀を吊った若い美女が大テーブルの隅で茶をすすっているのを、数人が不思議そうに眺めていた。どこでも目立つ彼女だった。

 ほどなく、顔をあらって作業服を新しいものにかえたあのカルネアが、一人で食堂に入ってきた。やはり彼女も目立つ。

 酒保の前にいた二人が、気軽に手をあげてカルネアに挨拶する。

 カルネアは少し気味わるそうに、ミーマのむかいに座った。

「見事な腕前、いや足前ね。体も見事だけど。特に胸が」

「ありがとう……と言っていいのかな」

「整備工らしいけど、機械いじりの腕はどこで」

 父親か営林署につとめていて、製材事務所でも働いていたなどと告げた。

「なるほど。脚力も山で鍛えたのね。それにしてもいいからだね」

「女の子からそんなこと言われたの、はじめてだよ。そっちの趣味はねぇですよ」

「あなたね、あの新兵器どう思う? 動かしてみて」

「揺れになれるのにちょっと時間かかるど、いい機械です。砲はまだ撃ったことないけど、研究所では鋼脚歩行のまま、砲撃も出来ると言ってましたよ。

 命中精度はおちるらしいけどね」

「そう。参謀本部も教育総監部も、あんな出来たての運用方針も判んない新兵器、どう扱っていいものか困ってるみたい。もったいないことね。

 まあ凡人どもにはそうでしょうね。でもわたしには判る。ふふ、わたしって綺麗でしょ、中身も外観と同じく突出してるのよね。あ、落ち込まなくていいから」

「はあ……」

「ただ残念なのは、もう少しおっぱい欲しいことぐらいかな。

 でもあなた、つくづくいい形ね。大きさも手ごろだし……」

「どう答えたらいいですか」

「わたしはね、多分あれがほどなく、騎兵にとって代わると思うのよ」

「花形の騎兵に? 機動砲兵のかわりぐらいかな、と思ってたけどね」

「いい、機動砲兵が多用している百ミリ野戦砲は、戦火の絶えない東のナーベイ諸国が開発したすぐれもの。でも戦線にひっぱって行くには、賢い耳馬四頭は要る。

 他に弾薬とか積んだ荷車に一頭。砲術長と砲兵の乗る馬車には耳馬二頭ね。つまり砲一門に最低七頭の耳馬がいるのよ。たいていは予備にもう一頭つけるわ。

 最近の内燃自走運搬車だと、弾薬と人員のっけて、砲一門ひっぱれる。でも戦場についたら砲を外し、弾薬降ろしたり準備がいろいろ大変よ。

 あの機装砲は小口径野戦砲ぐらいしかつめないけど、走りながら撃てるのは画期的よ。制圧射撃は無理でも、擾乱砲撃は出来るわ」

 カルネアも不思議そうな顔を見せた。美しいが、傲慢で妙な少女と思っていた。しかしみなが見下す機装砲をわざわざ見学に来るなど、只者ではなかった。

 まだ幼年学校生徒、「地方」なら中等教育程度の若者にしてはトンデモないことを考えているように思えた。田舎出の雇員に過ぎない自分にも、友達のように接している。

「でも、なぜ機装砲にそんなに入れあげてんです。今でも騎兵科は兵士の憧れのもとです。

 うちの村でも教導団術科学校出て、騎兵軍曹になった若者がいましたが、村をあげてお祝いしてましたね。村でもはじめてだし、銅像でも建てかねない」

「耳馬は賢いからね。騎兵が傷ついてもうまく戦場を離脱して帰還できる。

 でも騎兵の基本戦術は…知らない? 砲兵が敵の戦線に準備射撃加えるの。そのあと、からめ手から騎兵集団がサーベルきらめかせて突進。相手の歩兵を蹴散らすのよ。これね、大陸の東の方ではもうとっくに古くなってるの。旧式の戦術ね」

 彼女たちの住むアヴォン・オタ・メイは、巨大なパンゲア大陸の西端に位置する。世界の屋根と言われる高度山脈地方や広大な砂漠を挟んで、大陸東端にはナーベイ諸国と言われる古い文明国がいくつもあった。

 しかし古来、戦火が絶えない。今は一応の平和をたもってはいるが、いつ「爆発」するか判らない。その絶え間ない戦争のおかげで、ナーベイ諸国では科学技術と産業が発展した。特にその戦術や戦闘技術は、大陸全体に広がっている。

 百二十年前の御一新まで、ナーベイ諸国が文明の中心であり、あちこちに植民地を経営していたのである。

 オタ・メイなど西の果ての、古い農業国にすぎなかった。

「連射機関砲はこの学校でも扱っているでしょ」

「ええ。最近はその整備、修理も増えまして。よく弾が噛むんです」

「大陸の西ではまだ貴重品だけど、イマニムでは大量に生産しだしたって噂よ。各歩兵大隊にあれが配備されだしたら、騎兵の時代は終わるわ。

 分厚い掩蔽壕に機関砲配備したら、簡単な制圧砲撃でも破壊は難しいわ。直撃弾でも落とさない限りね。敵もそれ知ってて、うまくカムフラージュしているわよ、きっと。

 そしていつもの騎兵集団の突撃。隠れてた掩蔽火点から連射機関砲での一斉射撃。結果は見えてる。賢い耳馬は、一斉に後退するわよ」

「……確かに、連射機関砲の威力は、見て驚きました」

「まあ野戦砲には勝てないけど、あの機装自行砲なら機関砲の弾なんて跳ね返せるし、騎兵でも擲弾兵でも蹴散らせる。

 野戦砲も直撃さえ受けなければ、なんとかなるわ。

 それにイマニムってむかしから、塹壕掘って少しづつ前身するの得意じゃない。あれなら塹壕をまたいで、掩蔽火点を踏みつぶせるわ」

「……なかなか、スゴいこと考えますね。ここで働かせてもらって一年以上、いろんな先生やエラいさんが演説したり講義しているの、窓から聞いてました。

 でもそんなこと考えたの、あなただけです」

「ふふ、そりゃそうよ。出来が違うのよ。人としての創りがね。ぬっははははは」

 カルネアは、少し面白そうにミーマの顔を見つめる。

「なに? 惚れた? そっちのケはあんましないわよ。あなたのきれいなボディは好きだけど」

「いえ、なんだか妹を思い出しました。

 わがままで自己中心で尊大、でも甘えん坊」

「おいおい、言ってくれるわね。わたしは尊大でもなんでもないわ。わたしの才能と美貌と将来性からしたら、まだまだ謙虚な方よ。教養と育ちのよさが自己を押さえてるわ」

 カルネアは少し噴き出した。

「では、もういいすか。早めに昼食とって、午後はエンジンの微調整とかしたいから……ちょっとはりきって、無茶しすぎました」

 椅子から立ち上がると、カルネアは微笑んだ。

「もし砲術長になりたいなら、脚操作も覚えておいたほうがいいです。

 もしアシが撃たれたりしてたおれたら、そいつを積んで砲術長が鋼脚動かして戻らないといけないしね。あなたには無理かもしれない」

 ミーマは少し意外そうな顔をしたが、すぐに微笑んで敬礼した。


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