内偵

 内偵に動員された長嶋は山林に身を潜めて双眼鏡を構えていた。蒸し暑い夏の深夜、防虫スプレーをいくらかけても虫がたかってきた。産廃をダンプアウトする穴に向かって鉄板敷きの仮設道路がまっすぐに延びているのが月明かりに黒光りして見えた。ユンボの鋼鉄のアームがリズミカルにゴミの山から現れては消えた。ハンディレシーバのサーチボタンを押すと、トラック無線の通話が飛び込んできた。

 「ヤマナシ、そっちはどうよ」赤磐の声は妙に甲高く聞こえた。ヤマナシはダンプを集めるまとめ屋の無線名だった。赤磐は夜番のベテランオペにユンボを委ねていた。ダンプの数が多すぎて彼の腕ではもう間に合わなかった。

 「準備万端だよ」

 「今夜は四十五台だよな」

 「もう揃ってますよ」

 「それじゃ五台ずつ入れてくれ」

 最初のダンプがヘッドライトを消して近付いてきた。夜闇にまぎれやすいように真っ黒にラッカー塗装されたダンプの巨体はさながら鋼鉄のマンモスだった。門扉の裏から運転席の窓に人影が忍び寄った。

 「おめえ見ねえ顔だな。トチギか」ナンバーを確認しながらモギリが言った。

 「…」運転手は無言だった。

 「マンボ持ってるよな」

 「…」運転手は面倒くさそうに無言でマンボを渡した。

 「あるなら早く出せよ」

 マンボとはもともと荷崩防止のために荷台に挟み込む角材のことだ。それがなぜか捨て場の前売チケットの意味に転じた。いつ検挙されるかわからない不法投棄の捨て料はキャッシュが一般的だ。利益を先取りできるかわり証拠を残してしまうマンボを前売りできるのは信用がある捨て場に限られていた。ダンプが次々とジャンプ台をバックして穴の縁ぎりぎりで荷台を上げた。そのうちの一台が立ち往生した。押し固められた産廃が荷台から滑り落ちなかったのだ。油圧で小刻みに荷台を揺すってみたがびくともしない。

 「後がつかえてんだからさっさと捨てろよ」赤磐が怒鳴った。

 「しょうがねえだろ、水をかけながらパンパンに積まれたんだからよ」

 「そのまま待ってろ、オペにやってもらうから」

 オペは心得たもので、ビッと合図のクラクションを鳴らすと荷台の産廃にバケットの爪を引っかけた。軽くやったつもりでも車体がぐらりと揺れた。車軸が歪みそうほどの衝撃だ。地響きとともに産廃が雪崩のように崩れ落ちた。反動で車輪がぐわっと浮き上がった。オペはもう済んだという合図をビッ、ビッと鳴らした。

 土煙が収まる間も惜しんでオペはジャンプ台から落とされた産廃を掻き上げた。その間にダンプはさっさと退出した。

 「あっちだ」進入したときとは反対方向の道に出るようにモギリが指示した。言われなくても元の道は順番待ちのダンプに塞がれていた。

 「どこにいやがるんだ」赤磐は作業の合間に山林の奥の闇を睨むように見つめた。どこかで警察が見張っているのはわかっていた。

 「長嶋班長、何台入った」総指揮をしている県警本部生活経済課の弥勒課長補佐から携帯電話に連絡が来た。警部補は警察に戻ると班長(または係長)と呼ばれた。

 「一時間で七台です。一晩五十台ペースです」

 「撮れてるか?」

 「大丈夫です」

 超高感度フィルムでダンプのナンバーを撮影してから追跡班に引き継ぐ仕事はきつかった。超望遠レンズを装着したニコンF5は腕がしびれるほど重かった。この当時、デジカメの画像には証拠力が認められていなかった。

 「黒塗装の深ダンプ、ナンバー春日部の三文字、いちまるまるの三桁、スズメのす、よんよん**、投棄時刻まるいちいちごう、撮影しました。マル追の指示願います」長嶋がナンバーを読み上げた。

 目の前で不法投棄が行われても内偵中の現場は阻止しない。排出現場から投棄現場までダンプを追跡して運搬ルートを特定するのだ。真っ黒なダンプの車体が林道の出口にぬるっと出現した。まるで深海の泥の中から浮上した潜水艇のようだ。空荷になったダンプは県道を軽快に疾走した。違法な積荷から開放されてすっかり警戒心がなくなった運転手は眠気覚ましにカーステのボリュームを目一杯上げていた。

 「春日部ナンバー確認した。マル追開始する」追跡班の警察官が報告した。

 「了解しました」長嶋が答えた。

 ダンプのバックミラーに後続車のヘッドライトが写りこんだ。尾行を警戒する癖がついている運転手は反射的にスピードを緩めて先に行かせようとした。追跡車はフルスロットルでダンプをいったん追い抜き、十分に遠ざかったのを確かめてから路肩の空き地を見つけて停車した。国道を北上したダンプは県境を越え、空が白み始める頃に新興住宅街の空き地に到着した。捜査員はダンプが辛うじて見える位置に車を停めた。運転手は一目散に安っぽい木造のアパートに駆け込んだ。ほどなく部屋の明かりがついた。

 「マル運のヤサ確認しました。マル追完了します」追跡班の警察官が報告した。アパートの部屋番号を確認して追跡は次の班に引き継がれた。

 ダンプの朝は早い。七時前には眠たげな顔の運転手が運転席に戻った。下道をひたすら走り続けて府中市の中間処理施設に辿りついた。そこで産廃を満載にしたダンプは八王子のトラックステーションに入ったまま動かなくなった。仮眠を取っていると思われた。追跡班はダンプが再び動き出すまで待ち続けた。

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