発砲事件

 高岩町の現場の活動はさらにエスカレートした。一人だったオペが二人に増え、夜はモギリ(料金徴収役)のほかに、ダンプの誘導役二人、見張りが四人配置された。正体不明のランクルは夜になっても捨て場の奥でじっと動かなかった。ダンプが数珠繋ぎになって農道から林道へと進入し、誘導役が要領よくダンプをバックさせ、次々とサーチライトに照らされた穴の中に積荷が投棄されていった。

 「おいあれパンダ(パトカー)じゃねえか」柿屋側の細い畦から回り込んで捨て場の様子を伺っている不審な車両にモギリが気付いた。

 「俺が確かめてくるわ」昼間から留守をしていたチンピラが言った。

 「やめとけよ、余計なことして目え付けらえたらどうする」モギリが言った。

 その時黒い人影が車に近付くのが見えた。穴を見張っていた車からも別の人影が降りた。しばらく二つの人影が車のそばで何か話し込む様子が伺えた。その直後パンと乾いた銃声がして一人が倒れ、もう一人がゆっくりと車を離れるのが見えた。

 「やべえぞ、逃げようぜ」昼間のチンピラが小声で仲間を促し、思い思いに自分の車に向かって走った。

 朝一番に仙道が緊張した顔で監視班の四人を召集した。何事かと全員が仙道のデスクを囲んだ。

 「高岩町で発砲事件が起こったそうだ。撃たれたのは夜パトを頼んでる安警の戸川さんだ。幸い命に別状はない。地面に一発威嚇発射してからグリップでぶんなぐったそうだ。今警察が実況見分をしてる。銃弾も発見されたらしいぞ」寝耳に水の展開に小さなどよめきが起こった。長嶋は朝から出勤していなかった。所轄に呼び出されたのだ。

 「マルボーがらみですね」喜多が聞いた。

 「稜友会ですね」伊刈も同じ意見だった。

 「ランクルに乗ってたやつですか」遠鐘が念を押すように言った。

 「そういっぺんに聞くなよ。犯人は自首してきたそうだ。おまえらが現場で会った男じゃないようだ。ランクルとは関係あるかもしれん」

 「捨て場を開いたやつは誰だかわかったんですか」伊刈が聞いた。

 「六甲建材という基礎工事の会社だ。産廃の許可はない。犬咬じゃ初顔だな」

 「それにしては場慣れしてましたね」

 「六甲って稜友会三代目の六甲企業を連想させる社名ですね」

 「稜友会のフロントだとよ」

 「あれだけ開き直った態度を取れる以上、背後に大きな組織があると思いましたよ」

 「六甲建材の社長の赤磐はもともと関西で直系組長の運転手をしてたんだそうだ」

 「それじゃ本物ですね」

 「いきがってたってチンピラってのは赤磐の倅のようだな」

 「現場がどうなっているか見てきます」伊刈は立ち上がった。

 「待てよ」仙道が慌てて制止した。「危険だから近付かないようにと県警本部の弥勒補佐に言われてるんだ」

 「禁足令ってことですか」伊刈は不服顔だった。

 「おまえらをこれ以上危険な現場に行かせるわけにはいかないだろう。現場に近付くことはあいならんぞ。うろうろしてたら内偵の邪魔だからな」仙道は問答無用の口調だった。

 「行くなと言うなら行きませんが」伊刈はふてくされたように掴んだキーを片手でジャグリングした。だめだと言われるとやりたくなる天邪鬼な性格に障ったのだ。「でもパトロールには行きますよ」

 「どこへだ?」仙道が怪訝な声で聞き直した。

 「現場はほかにもいっぱいあるんです。椅子に座っていてもしょうがないですから」伊刈が遠鐘と喜多を促すように目配せしたので二人も席を離れた。

 「警部補は当分こっちに出勤せんぞ」

 「内偵に借り出されたんですね」伊刈が仙道を振り返った。「三人で長嶋さんの留守を固めます」

 「ムリするなよ」仙道は心配そうにチームの出動を見守った。

 高岩町に近付けないパトロールチームがやむなく向かった森井町では、辛沢が懲りずにのらりくらりと現場を動かしていた。日銭稼ぎの一匹狼には昼も夜もなく、逮捕されるまでやめない、いや逮捕されてもやめない。それがゴミでしか生きられない連中の宿命だった。捨て場は一回り大きくなっていた。毎晩ダンプ二、三台のペースで拡大しているのだ。それでも月に百万円以上の稼ぎになるのが不法投棄だった。パトロールチームが近付くと辛沢は待ちかねたように自分から崖を上ってきた。

 発砲事件に一番ショックを受けたのは地元の穴屋たちだった。思わぬとばっちりを受けまいと息を殺して事件の成り行きを見守っていた。そんな中、自分には目が向かないと高を括ったのか辛沢はかえって堂々と活動していた。

 「ご苦労様です」赤磐はなれなれしく挨拶した。

 「まだやめないのか」伊刈も呆れ顔だった。

 「このままじゃ地主さんに返せませんよ。もうちょっと見栄えをよくしないとね」

 「地主に事情を聞いたら残土を入れるって約束だって言ってた。ゴミを埋めていいと言った覚えはないそうだよ」

 「最後に残土を被せときますよ。それで文句はないはずっすよ」

 「土地代払ったのか」

 「隠す理由もないっすから言いますけど百五十打ったんすよ」

 「地主は五十だって言ってたけど」

 「へえそうっすか。なるほどねえ。じゃ俺は払いすぎだ」

 「ダンプはいくらで入れてるんだ」伊刈は畳みかけて聞いた。

 「自社物っすから捨て料はなしっすよ」

 「そんなタテマエの話はいいよ」

 「そおっすね、ここいらは普通はニイゴ(二万五千円)くらいでしょうね」

 「だいぶ広がってるじゃないか」

 「均しただけっすよ。ダンプなんかもう集まりませんよ。あっちがみんな持ってっちまうから」

 「あっちって高岩町か」

 「ここらじゃみんなあっちの話で持ちきりすよ。やっぱり俺の言ったとおりになったでしょう」辛沢は知っているネタを話したくってうずうずしている素振りだった。

 「発砲事件のこと言ってるのか?」

 「奥にヤマジが買った土地があるんすよ。柿屋の脇の畑道から入るんだけどね。やられた警備員さんが穴を見に行ったところをいきなりこれだそうっすよ」辛沢はグリップで殴る仕草をした。「ヤマジの倅と間違えられたんでしょうねえ。穴が越境してるってアヤかけてたみたいだから」

 「ヤマジの社長は先月挙げられたばっかりじゃないですか」遠鐘が言った。

 「だから連れ子の倅ががんばってんですよ。不法投棄も二代目が継ぐ時代になったねえ」

 赤磐の倅に比較すれば年の功か辛沢の人当たりは良かったが、どっちみち不法投棄をやめない点では五十歩百歩だった。

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