ガマ
伊刈は朝陽駅前で見つけた喫茶店スローライフに遠鐘と喜多を誘った。三人はがらがらの店内の一番奥のボックス席に座った。ここが気に入った一番の理由はママが玄人っぽい美人だということだった。白木を貴重とした内外装がこぎれいだったが、とても狭くて四人掛けのボックス席が四つしかなかった。
「高岩町の現場をこれからどうしようか。長嶋さんの前ではちょっと相談しにくくってね」
「居酒屋とか行くのかと思ったのに喫茶店とは班長らしいですね」遠鐘が言った。
「ミーティングはコーヒーにかぎるよ。それにみんな車で帰るだろ」
「このお店いいですね、これから僕も寄っていいですか」喜多が店内を見回しながら言った。ぽっちゃり系だが目鼻立ちが整ったバイトの高校生が気に入ったのが見え見えだった。
「あの現場はただごとじゃないですね」まじめな遠鐘が話題を戻した。
「警察に任せた方がいいんじゃないですか」喜多が言った。
「警察は警察、市は市じゃないかと僕は思うんだ。警察に任せるなら最初から何もやらなければいい。それじゃうちの存在理由がないよ」
「この一週間毎日行きましたけど進展なしですね。いつも同じ押し問答ですよ」
「それは違うと思う」遠鐘が喜多の言葉を遮った。「ちょっとは変化もあるよ。昼間はダンプを見かけなくなった。最初は僕らがいてもかまわずにダンプを呼び込んでただろう。毎日行けばちょっとは効果があるかも」
「そんなの効果のうちですか。結局夜になればダンプを入れるんだし、ちょっとの間休むだけじゃないですか」
「だったら夜も行くか」伊刈が言った。
「それはやりすぎですよ」喜多がまじで抗弁した。
「とにかく現場指導はやらなきゃいけない。明日も行くつもりだ」
店の扉が開いて新来の客が入ってきた。「いらっしゃいませ」バイトの子がかわいらしい声で挨拶した。
客は無愛想にまっすぐに三人のいるボックス席に向かってきた。背は低いががっしりとした体躯で顔は押し潰した薄皮饅頭のようだ。
「ほう、やってるねえ」
「蒲郡さん、わざわざすいません」伊刈が立ち上がって挨拶した。
蒲郡は夜間・休日パトロールを委託している安心警備保障(安警)の警備部長だった。元県警の警部で現役のころのあだ名はガマ、まさにイメージにぴったりだった。安警は県庁のパトロールも受託しており、警察も一目置くほど現場の知識に長けていた。
「相談てのは高岩町のことだろう」
「図星です」伊刈が答えた。
「最近所轄でもその話題ばっかりだな」
「そうとうやばいんですか」
「あんたと一緒に県庁から出向してる宮越さんにも頼まれて、このところ連日張り込んでるんだけどね、毎晩四、五十台入れてるみたいだね。だいたい二十台くらいずつ、二回に分けて入れてるね。この一週間だけで三百台だよ」
「そんなにひどいとは」さすがの伊刈も呆れて天を仰いだ。
「警察はやるんですか」喜多が単刀直入に聞いた。
「それはあんたらのほうが詳しいんじゃないの。地元のヤクザだって怒ってるようだし、一食触発って感じじゃないか。まずは業者同士のいさかいになるだろうな」
「宮越からの指示は?」伊刈が聞いた。
「ダンプのナンバーを控えて警察に教えてやってくれってことだけど」
「本課はもう警察と話がついたってことですね」
「うちもあと一週間で引き上げる予定だよ」
「それじゃいよいよ内偵に着手ってことですね」伊刈が畳み掛けて尋ねた。
「やっぱりうちらが行ってもムダですよ」遠鐘がさすがに不安になって進言した。弱気になった二人の間で伊刈は憮然としていた。
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