不法投棄常習地帯

 東部環境事務所の現場パトロールは順路が決まっていた。現場が一番多い北部の森井町にまず直行し、そこから時計回りに東部の高岩町、太平洋岸の松岡台、猿楽町へと回って事務所に帰ってくるのだ。運送業では定期巡回をミルクランと呼ぶが、不法投棄パトロールだからさしずめダンピングランだった。

 「昨日は南側農道にご案内するだけで時間がなくなってしまいましたが森井町ってあんなもんじゃないんです」昨日は喜多にハンドルを譲った長嶋が定席の運転席に戻って言った。

 二日目のパトロールは長嶋と喜多の二人が伊刈に同行し、遠鐘は留守番になった。留守番といっても暇ではない。住民から不法投棄の通報を受けたり、証拠を整理したりといろいろ雑務があったし、緊急時には別の車で現場に先乗りしなければならなかった。

 「森井町は農道ごとに不法投棄の歴史が違うんです」喜多が説明を引き継いだ。不法投棄が始まったのは東側の農道なんだそうです。そこから北側の農道に波及し、中の農道、最後に昨日も行った南側の農道へと広がったそうです。時代によって手口も規模も埋められてる産廃も違うんです。新しい現場ほど規模が大きくて悪質なんです」

 「不法投棄のジュラシックパークってところか」

 「うまいたとえですね」長嶋が本気で感心したように言った。

 「で、どこから行く?」

 「今日は北側農道からご案内します」長嶋が答えた。

 北側の崖に沿った農道はとても細く軽トラ同士なら路肩に寄せれば擦れ違うこともできたが、ダンプとはさすがに擦れ違えないので無線で連絡をとりあって進入と退出の方向や順番を決めていた。無法地帯にもルールがあるのだ。長嶋はダンプと遭遇したときの面倒を考えて流れに逆らわない方向から農道に進入した。逆にダンプの通行を阻止するなら、あえて反対方向から進入すればいいのだ。

 「藪ばっかりだ」

 「所々捨て場に入る道が北の崖に向かって伸びてるのがわかりますか。崖までは五十メートルくらいですが、谷津を利用した捨て場が無数にあるんです。どこか一本入ってみればわかると思います」

 長嶋は農道から毛根のように捨て場に向かって伸びた進入路の一本へと左折した。とたんに道幅が倍以上に広がった。路面は未舗装ながらしっかりと砕石で固められていた。坂道に周囲の木立の葉を透かして春の太陽がきらきらと光の波紋を描いていた。不法投棄のパトロールでなければ森林浴でも楽しみたくなる気分だった。だけど穢れのない自然が残っているなら聞こえるはずの野鳥の囀りが聞こえなかった。有害ガスに敏感な鳥は低濃度の硫化水素や塩化水素にも反応して逃げてしまうのだ。進入路の右側には長城(万能塀)と呼ばれる仮設の金属塀が続いていた。山坂に沿って灰色の塀が延々と続く様子は確かに万里の長城に似ていなくもなかった。脇道の一番奥に古トタンをぶっつけただけの捨て場があった。その前で長嶋は車を停めた。車を降りたとたんに廃棄物の潜熱を帯びた生ぬるい風が頬をなぶった。

 「中をご覧になりますか」長嶋が伊刈を見た。

 「施錠されてるじゃないか」

 「塀を乗り越えるんです。建物じゃないですから家宅侵入にはなりません」

 「ちょっと待って」

 伊刈は青トタンを木枠に打ち付けた扉の前に立ってナンバー錠を手に取った。二人が何をしているのかと首をかしげる目の前でナンバー錠の数字をなんなく揃えてしまった。

 「すごいすね」長嶋があっけにとられたように伊刈を見た。

 「誰にだって一芸はあるよ」

 「どこで覚えたんすか」

 「小学生の頃からできたよ。錠を壊して中の構造を調べたら自然に外し方がわかった。なんでも壊して中を見たい子どもだった。道を間違えたら爆弾テロリストになってたかもしれない」

 「班長ならなんにでもなれそうすね。どんな鍵でも開けられるんすか」

 「シリンダー錠くらいなら道具があれば簡単だよ」

 パトロールチームはトタン張りの扉を開けて正面から処分場に立ち入った。ダンプの車輪が潜らないように鉄板敷きの道路が続いていて、その上に生乾きの泥が残っていた。曲がりながらも管理されている現場のように見えた。

 「ここは不法投棄現場なの?」

 「許可がない処分場です」喜多が答えた。

 「どういうこと」

 「正確には小規模自社埋立処分場です。ミニ処分場とも言います」

 「ますますわからないね」

 「改正前の法律では小規模な最終処分場は設置許可がなくてもできました。小規模というのは三千ヘイベ未満です。面積の基準だけで埋立量の規制はありません。だからどんなに深く掘ってもいいんです。垂直に十メートル掘ったら六万リューベ入ります。積み上げるのはだめです。でも法律にはそれもだめとは書いてありません。それから自社の廃棄物を自社の処分場に埋め立てる場合は処分業の許可が要りません。つまり設置許可と業許可の抜け道がミニ処分場です」

 「なるほどザル法の意味がわかった。不法投棄を堂々とやれるのがミニ処分場か」

 「ビンゴです」

 「でも改正前の法律って言ったよな。ここはまだ動いてるじゃないか」

 「既設の処分場はそのまま使い続けていいことになってるんです。新しいものはもう作れませんので古いところを大事に使ってるんです」

 「生きた化石ってことか。こんな抜け道を用意してあげていて、それで法律が完成したなんて確かに笑わせてくれるな」

 「ですよね」

 「これは何?」伊刈は目の前の得体の知れないクズの前にしゃがみこんだ。砂利と木くずの混合物の中に瓦やタイルのくずも見えた。

 「これは解体現場の下ゴミですね。履き寄せとも言います。燃やすも埋めるもできない代物です」長嶋が説明した。

 「埋めることはできるでしょう」

 「受ける最終処分場がありません。木くずがありますから安定型(処分場)じゃ受けられないし、管理型(処分場)じゃダンプ一台で何十万もしますから。つまり不法投棄するしかないやつです」

 「ミニ処分場に持ってきたってだめなんだよね」

 「ここは安定型(処分場)ですから埋めたらだめですが、ここに仮置きしておいて木くずを分けてから埋めるんだと言われると微妙です」

 「いろいろ口実があるもんだな」伊刈は掃き寄せくずで汚れた手を払った。「でも自社物じゃないならそもそもだめでしょう」

 「鋭いすね。ここを持ってるのは八戒工業と言います。そこが請け負った解体現場のものじゃないなら無許可処分業になります」

 「つまり請け負ったことにすればいいわけだ。たとえば名義貸しとかして」

 「それもビンゴです」

 「やっかいだな。不法投棄と戦う前に、法律と戦うことになりそうだ」アレルギー性鼻炎で化学物質に敏感な伊刈は鼻をひくつかせ出した。「生臭いけどゴミの匂いなのかな」

 「それもあるかもしれないですけど、たぶん近くの畜舎からですよ」喜多が答えた。「北側の農道は崖際にミニ処分場、山側に畜舎って感じになってるんです。ここだけじゃなく処分場の周辺には決まって畜産団地があるんです」

 「臭いで開発が敬遠されるせいかな」

 「建廃には畜舎のし尿を脱水する効用があるんだそうです。湿地を農地に転用するときなんかにも建廃をごっそり入れるそうです」

 「不法投棄にも効用があるってことか」

 Xトレールに戻って北側農道を東に進むと、喜多が言ったとおり右側は小規模な畜舎が続く畜産団地になっていた。北側農道を抜けていったん地区を縦貫する市道に戻った。

 「これからご案内するのが自社処分場団地です」長嶋が言った。

 市道がクランクになっている場所に谷津の斜面を段々畑状に造成した処分場があった。長嶋は団地の入り口に近い路肩に車を停めた。

 「今日は動きがないようですが降りてみられますか」

 「もちろん」伊刈は後部座席のドアを開けた。

 「面積は二ヘクタールくらいあります。一体としてみれば許可が必要な規模の最終処分場なんですが、許可基準未満のミニ処分場に区画して複数の業者に切り売りしたんです」喜多が説明した。

 「それって脱法だろう」

 「法律が想定していないこういう手口が呼び水になって何ヘクタールもある大規模不法投棄に発展したんです。以前は市内にいくつもこんな団地があったそうですが、元祖のここだけが生き残って他はみんな摘発されました」

 「ここってまだ動いてるのか」

 「今入ってるのは阿武隈運送だけです。東京の西のほうの米軍基地のある辺りの会社です。ここを買ったのはみんな県外の処理業者です」

 「処理業者が処分場を買うの?」

 「中間処理業者が自社処分場を買うんです」

 「どういうこと?」

 「中間処理残渣は中間処理業者の自社物になるという法解釈があるんです。それで自社処分場団地が中間処理業者のもぐり最終処分場として売り出されたんです」喜多の言ったことは不法投棄問題の核心だった。自治体からの再三の指摘を受け、平成十七年の環境省通達によって中間処理残渣の最終処分が自社処分になるという誤った法解釈は遅ればせに撤回され、中間処理業者が最大限に利用してきたミニ処分場という抜け道はようやく閉ざされた。

 「自社処分場を使う手口は栃木県の那須高原が先駆けだって聞いてます」長嶋が言った。

 「栃木が不法投棄の師匠か」

 「今でも栃木はすごいとこらしいっすよ」長嶋はまんざらでもない口調で言った。

 「中には入れるかな」

 「フェンスが破れてるとこがあります」

 長嶋に続いて伊刈と喜多もフェンスの穴を潜り抜け、砕石敷きの坂道に出た。森井町団地は一社を残して既に埋め立てを完了していたが、それぞれの小区画を囲っている門扉や鉄条網はまだ残っていた。

 「最上段が阿武隈運送、その右隣は朝霞土木、その下段は草笛建設、左側の最下段は奥多摩解体、進入路の反対側は秋川メタルです」長嶋が説明した。

 「どこも運送建業か解体業者みたいだけど、中間処理業者というのはどれ?」伊刈はノートに処分場の見取り図を描きながら言った。

 「どれも全部です。一見建設業っぽいですが、産廃処理業へ転業した業者なんです」

 「団地を造成したり斡旋したりしてる業者が別にいるのかな」

 「地元の不動産屋がいます。自分ではゴミに触らずにミニ処分場の仲介専門で分け前に預かってるんです。ゴミにたかるカラスって呼ぶこともあります。ここらでは阿武隈運送を仲介した岩見と、秋川メタルを仲介した黒田が大物の自社処分場ブローカーっすね。地上げから処分場の造成、廃棄物を受け入れるオペ(重機オペレータ)、役所との交渉までなんでも請け負う手配師です。そのうちどっかで会うと思います」

 自社処分場団地の一番下まで降りたとき谷津の彼方でガタガタと鈍い機械音が反響した。天敵を警戒して伸び上がるミーアキャットのように、チームの全員が音のする方向に耳をそばだてた。

 「ユンボのバケット音ですね」喜多が言った。

 「行ってみましょう」長嶋が車を取りに走った。

 急いで車に乗り込み音の方向を目指した。森井町自社処分場団地の北側の崖に沿った東側農道を進むと、仮設したばかりの鉄板敷きの道路が見つかった。木々の梢を揺らして森の奥から機械音がはっきりと響いてきた。

 「新しい現場みたいすね。白昼から現場を動かすなんて大胆不敵なやつだ」長嶋が言った。

 「ここらの不法投棄はもう終わったんじゃないの」伊刈が言った。

 「終わったところを拡げてるのかも。なんでもありですよ」喜多が答えた。

 「とにかく現場を確認しよう」

 「どうせ指導したって僕らの言うことなんか聞きませんけど」喜多が悟ったように言った。

 農道にXトレールを停めると伊刈が先頭に立って鉄板敷きの仮設道路の上を歩きだした。鉄板にはダンプのタイヤ痕が幾筋か残っていた。周囲の山林の中にはダンプアウトされたまま風化した産廃に草が生えて塚のようになったマウンドが無数に残っていてまるで古墳群だと伊刈は思った。鉄板の上を五十メートルほど進むと崖下で稼動しているユンボの黄色いアームが見えた。地上に突き出した鋼鉄のアームがゆっくりと上下する様子は油田のポンプのようだった。崖っぷちに辿り着くと、谷津にそのまま産廃を投げ込んでいる小さな捨て場が姿を現した。

 「夜のうちに流し込んだ産廃をユンボで奥へ均しているんです」喜多が言った。「穴を掘り下げてから産廃を投げる現場が多いんですけど、ここは崖から投げ捨てているだけみたいですね」

 「こっちに気付かないのかな」

 「無視してるのかもしれません。よくあるんすよ」長嶋が言った。

 「声をかけてみますか」喜多が言った。

 「やってみて」お手並み拝見とばかり伊刈は一歩退いた。

 「作業を、やめて、こっちへ、上がってきて、くださあい」喜多が崖際から精一杯の大声を張りあげた。

 ドアを外した運転席から誰かが首を出して崖を見上げた。とたんにエンジン音が沈み、男がひらりと飛び降りた。年恰好は五十代後半、クスリ(覚醒剤)のせいなのか異常に痩せていた。

 「なにやってるんですか」ゴミの崖を上がってきた男を待ちかねたように喜多が職質を始めた。

 「見ればわかんでしょう。ゴミ片してんすよ」

 「免許証持ってますか」

 「なんの免許すか?」

 「運転免許証ですよ」

 「ああ忘れちゃいましたよ」

 「それじゃ名前を教えてください」

 「辛沢建材すけど」

 「辛沢さん、これって不法投棄ですよね」

 「違いますよ。自社物っすから」辛沢は犬咬市ではもはや不法投棄を偽装する常套句となってしまった自社物という口実を当然のように使った。

 「自社物だって証明できますか」

 「俺がそう言ってんだからそうに決まってんでしょう。そうじゃないって証拠があるんすか」辛沢は喜多をなめたようにそらとぼけた。こんな有象無象の連中が犬咬市内に溢れかえっていた。

 「どうしてこんなとこに埋めるんですか。ちゃんとした処分場に持っていけばいいじゃないですか」新班長の前でいいところを見せようと喜多は張り切っていた。

 「だって捨て場はどこも満杯だろう。全然もう入りませんよ。そうしたらどうするんすか。全然足んないんだから俺たちが埋めてやんないと困るんじゃないんすか」正規の最終処分場が足らないから不法投棄をやらざるをえないという必要悪論も穴の連中が口にする常套句だった。

 「足らないから山の中に埋めていいってことにはならないでしょう」喜多は精一杯の正論を述べた。

 「処分場なんてどこだって山の中でしょう。こことそう変りませんよ」

 「全然違いますよ。ここはただの山じゃないですか。どこが処分場なんですか」

 「あんまり違いませんよ。どっちも穴を掘って埋めるだけでしょう。許可があったって捨て場なんてどこもこんなもんですよ」辛沢は勝ち誇ったようにうそぶいた。

 「下に降りてみてもいいかな」離れた場所から一人で崖下を覗き込んでいた伊刈の声に辛沢が振り向いた。

 「刑事さんすか?」スーツ姿の伊刈の素性を辛沢は量りかねた様子だった。

 「市の職員です」

 「なんだ役所の方っすか。俺はまたお偉いさんかと思った」

 「テープある?」伊刈は辛沢を無視して喜多に向き直った。テープは巻尺の土木用語である。

 「車にあります。取ってきますか」

 「ポールも二、三本頼むよ」

 喜多が車から機材を持って戻るのを待って三人でゴミが流し込まれた崖を降りた。谷津の深さは十メートルくらい、この地域では浅いほうだった。捨てられたゴミは建設系の廃材が主体だが廃プラスチックが混ざっているため上を歩くとふかふかだった。崖下に広がった産廃の周囲にポールを立てて大きさを測り、斜面の勾配はポール三本で直角三角形を作って計測した。

 「手際がいいすね。経験あるんすか」長嶋が感心したように伊刈に言った。

 「見よう見真似だよ」

 「なにやってるんすか」辛沢が恐る恐る尋ねた。

 「見てのとおり測量ですよ」伊刈が答えた。

 「それはわかりますよ。なんのためっすか」

 「基準未満の大きさか測らないとわからないでしょう。今日と明日の違いも測っておけばわかるからね」

 「そんな必要ないっすよ。見てのとおりちんけな穴じゃないっすか」

 「それは測ってみなければわからないな」

 「わかりますよ。俺らいつだって目見当でやってんですから」辛沢はいらついたそぶりで測量の様子を見守っていた。

 辛沢の捨て場の簡易測量は三十分で終わった。

 「だいたい七百ヘイべでしたね。ゴミの容積は三千リュウベ、ダンプ百台分くらいですね」崖上に戻った伊刈が手元のメモを見ながら説明した。

 「なるほどそんなもんすかねえ」図星だったのか辛沢は抗弁しなかった。 

 「大きさに関係なく一ヘイべでも拡張したら無許可の処分場設置になりますよ」伊刈が言った。

 「そんなの聞いたことないっすよ。三千ヘイべならいいんでしょう」

 「法律が変わったの知ってるでしょう」

 「そおっすか」辛沢はわざとらしく頭をかいたが、反省しているようには見えなかった。

 「それからこれは解体物じゃないですね。どこから持ってきたか教えてもらえますか」伊刈は崖下から拾ってきたゴミを見せながら辛沢に指摘した。

 「どっから来たかなんていちいち気にしてないっすよ。いろいろ混ざっててわかんないでしょう」

 「さっきは自社物だと言いましたよね。それなら現場がどこかはわかるでしょう」伊刈の指摘は鋭かった。

 「自社物だっていろいろあるんすよ。俺が全部の現場知ってるわけじゃないしね」

 「ここ見てください、社名が書いてあるでしょう。都内の事業所のゴミみたいだ。ご存じの現場ですか」

 「さあね」

 「都内に辛沢さんの解体現場がないんなら自社物じゃないですよね」とても赴任早々の現場指導とは思われない伊刈のつっこみだった。

 「俺が解体したんすよ。都内の解体だってやるんすよ」辛沢はいくらか焦ったように答えた。

 「でもこれ一部上場の食品工場のラベルですよ。かなり大きな工場ですよね」

 「だからどうしたんすか。大きいも小さいも工場をばらすのに違いがあるんすか」

 「どこにある工場ですか?」

 「あんたらに説明する義務はないよ」辛沢は焦りの色を隠せなくなった。

 「大きな工場の解体をするには建設業の鳶土工の免許が必要ですよね」伊刈のつっこみは続いた。

 「下請けすからそんなもんなくったって」

 「一定規模以上の工事をする以上下請けだって免許は必要なんですよ」

 「建設業の許可なんてあんたらと関係ないじゃないすか」

 「解体廃棄物の処理には元請責任もありますが元請けはどこですか」

 「あんたほんと面倒くさい人っすね。でどうすればいいってんすか」辛沢は切れたように言った。

 「他社物を受けたって認めますか」

 「認めませんよ。だけどあんたがそう決め付けるんならそれはあんたの勝手だよ」

 「勝手ってどういう意味ですか?」

 「あんたねえ、あんまりなめたことを言うとねえ」辛沢は本性を現して伊刈を睨みつけた。

 「辛沢、班長がああ言ってんだ。今日は引き上げてもらえるか」長嶋が二人の中に割って入った。

 「あんたオデコ(警察官)だね。最初っからわかってたよ」辛沢はなりゆきで長嶋に啖呵を切ったが、警察官と本気でやりあうつもりはさらさらなかった。

 「だったらどうした」長嶋が辛沢を威圧するように睨み返した。

 「寄ってたかって勘弁してくださいよ。なんでこんなちんけな捨て場ばっかいじめるんすか。あっちは行かないんすか。すごいのがあるじゃないっすか」辛沢は突然矛先を変えた。

 「自分を棚に上げて人をちくるのか」

 「せっかく教えてやってんのに、あんたらはああゆうでっけえとこは見逃して、こんなちんけなとこばっか締めるんすよね」

 「あっちってどこだ」

 「それは言えないね。今に高岩富士ができちゃうかもよ」

 「高岩町ってことか」

 「あっ言っちゃったよ」辛沢はわざとらしく頭をかいた。

 「そこは誰がやってんだ」

 「さあねえ俺の仲間じゃねえことは確かすね。仲間ならちくらないからね」

 「他所者か」

 「まあそれを言っちゃあ俺だって他所者っすよ。地元がいくじがないからねえ」

 「こっちの組のことを言ってんのか。どうして自分の地元でやらないんだ」

 「だってやるとこないっしょ。吐場山(つくばやま)までずうっと平らだもの」

 「高岩町でやってんのはどこの連中だか教えろ」

 「それよりもっといいこと教えてあげますよ。あっちへ行ったらランクルには近付かないほうがいいよ」

 「どういうことだ」

 「命あってのものだねってことっすよ」辛沢は意味深長に言った。

 「とにかく今日はもう引き上げろ」

 「わかりましたよ。帰りゃいいんでしょう」辛沢は捨て台詞を言うと、ユンボを崖下に置き去りにして仮設道路に停めてあった黒いダイハツムーブにそそくさと乗りこんだ。気のせいか遠ざかる排気音までいらついているように聞こえた。

 「革靴が汚れちゃったよ」

ユンボを捨て場に置き去りにして引き上げていくムーブのテールランプを見送りながら伊刈は足元の泥を拭った。

 「珍しいですよ、あんなにあっさり引き上げるなんて。班長が苦手みたいでしたね」長嶋が言った。

 「いい人だって思われても困るよね。どうせあいつ不法投棄やめないんだろう」

 「夜には戻ってきてダンプを呼び込むでしょうね。それでもまだましなほうすよ。おまえら令状持ってんのか、罰金払えばいいんだろう、なんなら今払おうかなんて思いつくかぎり悪態をつく連中ばっかりなんすから」

 「技監が言ってるとおり法律がやっぱり温いってことですよ」喜多が締め括るように言った。

 「ところで長嶋さん、おいしいお刺身を食べられるお店を知りませんか。犬咬はお魚がおいしいんでしょう」

 「魚ですか。俺らがいつも行くのは駅前食堂なんすが、そこでいいすか。安くてボリューム満点なんすよ。ほかにも場外市場とかポートタワーとかいろいろありますがどこがいいすか」

 「駅前食堂でいいですよ」

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