13-MIRROR

水上に誘導されてたどり着いたオフィスビルは、鏡面加工がされたガラスで覆われた正面玄関があるものだった。

隣に居ないはずの女性が鏡の中で隣に立っている状況に困惑する天宮を見て少し面白くなる。

「浅塚たちはそっちに居るのか」

ガラスに背を向けてベンチに座り、気になっていたことを訊く。

「網島くんのエリアのメンバーは全員回収してるよ、網島くんがどうしても見つからなくて困ってたけど」

「他は?」

「本部とこの辺のエリア殆ど、いやぁ大変だったなぁ」

富薬が「回収?」と呟く、水上が嬉しそうに笑う声が聞こえた。

「私のブラックボックスよ、鏡に映したモノの状態を保存できるの、人間は流石に保存できないけど相手が望めばこっちの世界に避難することができるの」

「こっちの世界って、鏡の中に!?」

遠山が驚いたように口を挟んだ。

「くだらない冗談は後だ、こいつのブラックボックスは「鏡に映したモノを他人に違う形で見せることができる」というものだ、人間を向こうの世界に避難させれるってのも他人から見えない触れない、そんな状態にできるってだけだ」

立ち上がりガラスの方を向く、水上はつまんないといった表情でそこに立っていた。

「とりあえず合流したい、全員連れて行ってくれ」

「了解、マジメ君」

まったく、これだからコイツは苦手なんだ。


* * * * *


「……冗談キツいぞ」

船酔いのような感覚に一瞬だけ包まれて気が付くと、鏡像の中のような光景が目の前に広がっていた。

今までいた景色をそのまま反転しただけならまだいいが、目の前のオフィスビルが様変わりしているという状況が飲み込めなかった。

「ようこそ、私たちの隠れ家アジトへ」

隣に立っていた水上がオフィスビルの入り口の自動ドアを押し開けて中に入る、相変わらずこの解析眼を使ってもわけの分からない世界だ、あれで普段認識している世界への干渉は一切無いらしい。

「なあ、水上さんだっけ? これでロストポイントになりそうな場所を保存すれば最強なんじゃないの?」

「残念ながらそれは無理、ロストポイントになっちゃった場所はこっちから見ても真っ黒、世界に穴を空けてるんだからその世界の一部であるこっちもダメなのは当然ね」

そうか……と遠山が残念そうに言う。

外から見た通り、オフィスビルの中は酷い状況だった。

「ガラスあちこち割れてんのになんでわざわざ入り口から?」

「網島くん、マナーだよマナー」

他人のオフィスビルの“裏面”を大改造している人間に言われたくない、という言葉を飲み込んでエントランスをグルリと見渡した。

どこから持ってきたのか工事現場の足場があちこちに組まれバリケードや布なんかで簡単な部屋が作られていて、どうやって入れたのか簡単なプレハブ小屋が無造作にカフェスペースに突っ込んである。

「網島さん!? 無事だったんですね!」

エレベーターから降りてきた浅塚がこちらに気付いて駆け寄ってきた。

「浅塚……それに師匠、どうしてこんなみんなしてあらかじめ避難を?」

「所属不明の少年に襲撃されたという情報があちこちから上がっていてな、君たちにも声をかけようとしたが先にLOST討伐に出て行ってしまっていたみたいで連絡が遅れた」

「水上さんが久々に戻ってきたかと思ったら、私たちの宿舎を保存して爆破されるっていう偽の状態を外に見せてたんですよ! やっぱり手際が良くて面白いですよねぇ」

浅塚が興奮気味に話すが、師匠がそれを制止して前に出た。

「今回の事件の首謀者、由田一也のブラックボックスは「念力サイコキネシス」とされてきたがどうやら違ったようだ、君たちの宿舎を襲った連中は記憶と認識を捻じ曲げられていたらしい、浅塚くんでも出来ないような記憶の捏造だよ」

そんな言い方やめてくださいと抗議する浅塚を宥めながら続ける。

「遭遇した隊員の情報をまとめた結果、彼のブラックボックスのコード名を「万象歪曲ディストーション」に変更することとした」

「師匠、何故それを俺に?」

「彼の捕縛部隊の第一部隊の隊長、その任を君に任せることになったからだ」


* * * * *


「確かに、トオル君のブラックボックスは現場指揮に向いてるからなぁ」

俺たちの支部に割り当てられた仮の生活スペースとして案内された見晴らしのいい会議室で、やたらと上等なソファーに寝っ転がった嶺崎があくびをしながら言った、浅塚曰くソファーはこっちに来るなり嶺崎さんが応接室から勝手に引っ張ってきたらしい。

「メンバーは俺、天宮、富薬、嶺崎、顔は知らんが雪原ゆきはらとエリックとかいうやつ、あとは……本部の人間が1人入るらしい」

「私は!?」

「高校生に無茶させられるかよ、それにお前は元々戦闘向きじゃないだろ」

「雪原ちゃんは同い年だし戦闘向きじゃないのは網島さんも嶺崎さんもでしょ! いいじゃん私も連れて行ってくれても!!」

出たよ駄々っ子と笑う天宮の頭を手近なファイルで叩いた。

「お子様1人相手に随分と人数使うな」

「こっちが人の力を超えたチカラを使えるとはいえ、一般市民を操って攻撃できると分かった以上は仕方ないかもな」

「よく分かってるじゃないか、さすが解析眼の網島だな」

機材を抱えて部屋に入ってきた師匠が口元に笑みを浮かべる。

「なんですかそれ」

富薬が興味津々に覗き込む、俺も座っていた椅子から立ち上がり、2人の方へと向かった。

「由田一也に対抗するために四谷が集めてくれた物資だ」

「げ、四谷のやつ居るのかよ……いや下にあいつの兵装がいっぱい置いてたから薄々予感はしていたけど」

天宮が嫌そうな声を挙げる、俺と相棒になる前に組んでいた相手で、散々な目に遭ってきたとよく聞かされていた、だから先ほどメンバーの名前を言う時にわざわざ伏せていた。

「遠山」

召喚サモン鳥籠ケイジ

事前に指示していた通り、遠山が巨大な鳥籠を召喚し逃げようとする天宮を閉じ込めた。

「クソ! だから荷物を置かせたのか!」

「すみませーん、指示なもので」

遠山が何も悪いと思ってなさそうな声で謝る、俺は構わず師匠との会話を続けた。

「さっき言った考慮があるとは言っても、ずいぶんと本気の装備じゃないですか」

遠距離射撃用ロングレンジのシューターも用意されている、設計の根幹がオモチャだとは思えないレベルの作り込みだ。

「この事件を長引かせてあちこちでLOSTが現れたら堪ったもんじゃないからな、それに……あいつは何かを知っている様子だった」

「どうだか、まぁ言いたいことは山ほどあるんでどっちにしろ本気は出しますけど」

そいつは頼もしいと師匠が笑う、俺はさっそく機材のいくつかを手に取って調子を確かめることにした。


* * * * *


薄暗い部屋でチェス盤を眺める、相手が動かしたナイトが僕のキングへとチェックを掛ける。

「……くだらない」

目の前のナイトが一瞬で砕け散る、ブラックボックスの細かい操作も上手く出来るようになってきた。

「はは、それは降参という意味かな」

「チェスなんてどうでもいい、にしても……掃除屋の連中に逃げられたのは本当に計算のうちなのか?」

「さぁね、どうなるかはこれからの僕たち次第だよ」

チェス盤を丸ごと床に落として目の前の男は手に付いた埃をパンパンと音を立てて払った。

「バケモノ狩りなんてごめんだね、あれを相手にしなくていいなら僕は世界でも他人の命でも差し出す」

「歪んでるな、お前」

「一也くんこそ」

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