9-LATENT

「政治的な意味のある占拠ではないな、だとしたら金か、ここの本社に俺たちを人質とした交渉でもするつもりか」

「どこにデバイス隠し持ってたの? で、まだ解析してるんでしょ?」

「人数はかなり居るはずだ……占拠されたのは此処、つまり西棟だけだと思う、さっきベンチを纏めて運んでたろ、あれで連絡通路にバリケードでも張ったんだろ」

人質として一箇所に集められ、俺たちは後ろ手に縛られて座っていた。

俺たちの他にざっと100名ほど、見張りは10人、通信機器は没収され、デバイスも怪しいという理由で取られた、ベルトに隠すように引っ掛けていた予備のデバイスを使ってブラックボックスを展開したが、LOSTでもなんでもないただの一般人相手に使うのはどうも気が引ける。

「そういえばさっき食べてたアレ、1個残っていない?」

占拠犯に睨まれて小声になりつつ一色が訊いてきた、おそらく黄色いパッケージのバランス栄養食のことだろう。

俺は上手いこと身体をよじりポケットからパッケージを落とし、デバイスと一緒に一色の方へと滑らせた。

素材転写ロードマテリアル

アナウンス用の回路を切断した改造済みのデバイスを一色が起動させる、一色の手首に巻き付いていたダクトテープが茶色の素材に置きかわり、ポロポロと崩れた。

「脚の方は動く前に切るわ、まったく、女性レディの脚になんてことすんのよ」

一色はそう言って占拠犯の1人を睨んだ。

「アミシマくん、あの人たち何か変じゃない?」

ふと疑問を感じたように一色が言った、確かにガスマスクの奥に見える眼が少し変な印象だ、反射でよく見えないが、なんというか──

「虚ろな眼してんな……」

「そう、あの人たち同士での会話も全然無いし、どうやって連携取ってんのかな」

再び解析をして様子を探る、目を凝らしてみると途切れ途切れながらも線が浮かび上がって見えた。

「……糸?」

占拠犯たちの首筋から糸のように線が見える、線の先は吹き抜けの天井の方へと続いている。

「ごめんねアミシマくん、私もしかしたら昨日の夜例の夢見たかも、よく覚えてなかったけど今なんとなくそんな気がしてきた」

俺の視線の先を追った一色が目を顰めさせながら言った。

「転写、空気」

俺と一色のすぐ下の床が消える、一色が床の素材を空気に置き換えたようだ。

「天井のガラスに他と違うモノが見えた、アミシマくん、この事件ってLOSTのせいなのかな」

一色はブラックボックスの副次的効果として「見た物を構成する物質」が見えるらしい、普段は見たくもないモノを見せられる、石だけ見ていたいなんて言っているがこういう時は全力で活用してくる。

「動くな」

俺たちが降りたフロアに連中が駆けつける、なるほど、意識して聞いてみればなんとも無機質な喋り方をしている。

「転写、タングステン」

一色がポケットから取り出した金属球を握り込み、腕を顔の前に翳す、複数の銃声が響き火花が一色の目の前で散った。

「痛ッッたいなぁ!」

一色が叫ぶと同時にすぐ隣の棚に手を当てる、ミシミシと音を立てて棚の脚が腐り目の前で倒れた。

棚の金属を部分的に酸素に置き換えて急速に錆びさせたようだ、一色がよく使っている手だがこうして見ると中々恐ろしい。

「まったく動じてない、人形か何かみたいだ」

俺の誘導に従い逃げながら一色が言う、後ろから銃声が響くが弾は周囲の商品棚に当たってばかりでこちらに命中する様子は無い。

「本体を叩かなきゃあの人たちずっとわたしたちを追い続けるだろうね、まずは本体を探さなきゃ……と、その前に!」

一色が振り向いて何かを掴む、俺も同時にその存在に気付いて自分の背後のそれを掴んだ。

「こいつを首筋に刺して神経を接続してたのか」

細い糸の先に繋がった真っ黒な棘の先から枝分かれした糸がウヨウヨと蠢いている、俺たちまで乗っ取るつもりだったのか、だとしたらあの場に居た他の人質も──

「それほど俊敏なものじゃないね、さっきの人たちはわたしたちをここに誘導するための役割だったのかも」

一色が糸と棘を商品棚に結びつけて素材を金属に置き換えて固定する、シューターを取り戻すにしてもLOSTを倒しに行くにしても、コレには気をつけなくては。

「まずは上に戻って没収された物を取り戻すところからね」

一色がポケットから取り出した先ほどの防御用の金属球を手に持ち、ニヤリとした。

「いいカーディガン着てるじゃない、アミシマくん?」


* * * * *


「さっきから10分ちょっとかな、もうあんなに糸が張り巡らされてるのね」

人質の周りに糸が大量に張ってある、解析眼で突破口を確認するが、強化スーツ無しでの突破は難しそうだ。

だからこうなるのかと、俺はため息をついた。

「転写の限界は1分がいいとこ、タングステンは硬い分かなり重いから気を付けてね」

階段に隠れるように様子を見ながら一色が俺のカーディガンをチェックしながら説明する、要はこれをすごく硬い金属にして盾として扱い無理やり突入するという作戦らしい。

「荷物のとこに辿り着いたらが還元弾を撃つ、あの糸と棘がLOSTの身体の一部ならあの辺のものだけは消し飛ばすことができるかもしれない」

到底盾になりそうもない布を目の前に翳し、呼吸を整える。

射撃をこの盾で受けながらも、一番安全に目的地に辿り着くルートを解析する。

閉じた瞼の裏で赤い線が引かれていく、イメージは順調だ、線が繋がっていく、いける、よし──

「行くぞ」

「了解、転写──タングステン!」

手に持ったカーディガンが鈍色の塊に変わり、ズシリと重くなる。

盾としては護れる範囲があまりにも小さいが、どこを護ればいいかは『解析眼』が教えてくれる、後は連中の銃弾の雨を掻い潜って走るだけだ。

モース硬9とはいえ薄さが薄さだ、銃弾を受けて凹む盾に「耐えてくれ」と願いながら突き進む、あと5メートル、3メートル、1メートル──

自分のバッグを引っ掴み、中身を取り出す、安全装置を解除し閃光弾がセットされたシューターを一色の居る階段の方へと放り投げた。

「撃て!」

そう叫び咄嗟に腕で目を守る、ワンテンポ遅れて辺りを眩い光が包み込み、銃弾の音が一瞬止んだ。

この隙を逃さない、もう1つのシューターから閃光弾を取り外し、還元弾を付け直す。

光が収まり始めると同時にシューターを構え、そのまま占拠犯たちの固まってる辺りの頭上へ向けて引き金を引いた。

「まずはコイツらを返してもらうぜ」

それほど強いわけでもない破裂音と共に周囲に居た占拠犯たちが一斉に倒れた。

「アミシマくん! 「本体」が動いた!」

一色が注意を促すと同時に『解析眼』がいくつもの危険地帯を示す、何人もの人間を操っていたところを無理やり切断された、つまり今のLOSTはその「操る」という行動が幾らか必要なくなった分ということ、となれば俺たちを仕留めに来るのが当然ということか。

取り戻した荷物から小型ドローンを放り投げ、視界の隅に映っていた消火器に当てる、辺りを白煙が包み込み、解析眼が示していた「危険地帯」が揺らいだ。

「武装を削ぐと素早くなるモンスターか、直接的に人を巻き込むタイプだから早めに片付けなきゃな」

揺らいだ危険地帯の隙を見極め、俺は白煙の中へと飛び込んでいった。

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