8-BLACK BOX

目が覚めると、俺は『掃除屋』の中継施設の医務室のベッドに寝かされていた。

失った記憶の代わりに与えられたブラックボックス、LOSTと同じ位相の物質で構成された「影刀」を使うことでごく稀にそのブラックボックスが共振を起こし、意識がロストポイントに引き摺られる現象、通称「フラッシュバック」を起こしてしまったようだ。

「起きたかトオル君、お疲れ」

医務室に入ってきた嶺崎が俺に気付いて笑った。

隣のベッドで突っ伏して寝ている少女に気が付く、様々な負傷や病気を治したり毒や体調不良などを無効化する薬を「処方」できるブラックボックスを持つ「医務室の主」こと新島ニイジマさくらだ、俺はその少女がそこで突っ伏して居る意味を悟ってため息をついた。

「フラッシュバックは貧血みたいなもんだろ、わざわざ新島の処方を受けなくても──」

「ちがうちがう、トオル君らしくないね勘違いなんて」

嶺崎が新島のさらに隣のベッドを指差す、浅塚が寝息を立てて横たわっている、師匠が浅塚のブラックボックスを使っていた時点で気づくべきだった、こいつもあの場に居たんだ。

「言っとくけど、トオル君はリカちゃんが怪我した時点ではあの場には居なかった、アルマ君が到着した時には既に一発食らってたらしい……むしろ、LOSTの出現を予期してあのおばけビルに天宮を連れていったトオル君はいい働きをしたと思うよ」

「おばけビルに現れたんじゃない、俺の前に現れたんだ」

嶺崎が俺の言葉を聞いてほんの少しの間黙った。

「それは、例の夢の話か」

「俺たちはそもそも一度世界の枠の外に放り出されてしまった人間……いや、今はそもそも人間ですらねえのかもな……そんな存在の俺らが予知夢の1つや2つ見たって何もおかしくはないだろ?」

フラッシュバックの影響か少しだけ痺れが残る手の動きを確かめるように手を開いたり閉じたりしながら話す、その声に反応したのか、新島が目を覚ました。

「なんだ解析眼、起きたのか」

名前は覚えないくせにブラックボックスはバッチリ覚えている、というか、コイツは基本掃除屋職員のことをブラックボックスの名前で呼んでいる。

記憶を失う前は一体どのようにして生活をしていたのか不思議でしょうがない。

「身体に異常は無いな? 影刀を使ったと聞いたが……まぁその様子なら問題は無さそうだな、不調があればまた来たらいい」

手で「帰れ」という身振りをしてみせる新島、相変わらず人の扱いというものがちょっと雑だ。

俺はサイドテーブルに置かれていた荷物を纏め、ベッドから降りた。

「そうだ、お前のとこの拡張展開あいぼうが渡しといてくれって、まったく、わたしはそういう仕事はしていないというのに」

新島が古びた万年筆とフィルム式のカメラを手渡してきた。

「どうせLOSTの発生源だろう、なぜ解析眼おまえはそれを処分しない?」

「供養……ってわけでもないが、まぁ俺の自己満足だ……2つ……?」

渡された発生源を見て違和感に気がついた、普通LOSTから回収される発生源、つまりLOSTの核は1つだけしか無いはず、何故2つも……?

「あぁ、アイツ俺らが最後に見た時からさらに変形してたろ、アルマの野郎が言うには上空から来たトカゲ型……つまり俺らが追ってたヤツが、浅塚に怪我をさせた人型を喰ったらしいんだ、だから2つ残ってた、でもおかしいよな……お前が壊した核は1つなのに……」

部屋の入り口からそのやり取りを見ていた天宮が言った、結局来るなら直接渡せばよかったのにと新島が文句を垂れる。

「よーし、これ以上ここに居るとサクラちゃんの胃に穴が空きかねない、話は帰ってからしよう、リカちゃんも今日は帰れないだろうし」

「微睡眼、編集者の学校に連絡はしたのか? 師匠がやっとけと言っていたぞ」

「げ、あの担任のセンセイ苦手なんだよな」

渋々とスマホを取り出す嶺崎をよそに、俺たちは帰路についた。


* * * * *


「──は死ん──のせい────届く──して──」

誰かの声が途切れ途切れに聞こえる。

目の前で誰かを人質にした男がギラリと光る刃物を振り上げた。

止めろ、それ以上はいけない。

鮮血が辺りに散る、救えなかった、助けれなかったという絶望が足の先から染み込んで来る。

「やめろ、やめろ!」


* * * * *


汗でじっとりと濡れた服の不快感で目が覚める。

いつものLOSTの夢ではない、見たこともない光景の夢だ。

「クソ、フラッシュバックの影響か」

恐らく失っていた記憶の一部なのかもしれない、夢の内容は既に朧げになっているが、あの強烈な「悔しさ」だけは身体に染み付いて残っていた。

一体何に対する悔しさなのか、俺は何故──

「レイザキさんから聞いたよ、影刀使ったらしいね」

ソファで寝ていた俺を覗き込むように一色がこちらを見ていた、片手にはカクテルグラスを持っている。

「また飲んでるのかよ、肝心な時に酔い潰れやがって」

「まさか2日連続で来るなんて思わなかったんだもん、それより、何か思い出しそうになってたでしょ」

起き上がろうとする俺の額を人差し指でグイと押し戻し、一色は引き続き俺を見下ろした。

「あれ、すっごく気分悪いよね、わたしも使ったことあるのよ、影刀」

影刀はフラッシュバックの件もあってか余程の事態でないと使われない、薄明かりが背後から差して影となった一色の顔の中で、目だけが妖しく光った。

「どこまで深く見たのか分からないけど、絶対に思い出しちゃダメよ、わたしたちの記憶はブラックボックスの中にあるんだから」

一色はそのまま俺から離れ、伸びをしながら部屋の方へと歩き始めた。

「あまりリンカちゃんに冷たくしないであげてね、あの子恩人をLOSTの自爆で失ってるから、だからアミシマくんにその面影を感じてるんだと思うの」

扉を閉める前に一色が一言残していく、ガチャリと扉の閉まる音を聞き、俺は1人共用スペースで途方にくれた。


* * * * *


「一色、これは一体」

「わたし昨日カクテル飲んでたから、運転できないし」

翌日、俺は一色と一緒にショッピングモールに来ていた。

「それより、昨日の夜LOSTに関する夢とか見たりしてないよな?」

「全然、でもどっちかというと心配なのはアミシマくんじゃない?」

それもそうだ、昨晩のアレがLOST出現の前触れの夢と同じモノだとしたらここでLOSTに襲われて大惨事になりかねない。

というか、なんでそんな状態だとわかってコイツは俺をここに連れ出したのだろうか。

「パワーストーンのお店、ここって結構色んな注文受けてくれるから好きなんだよ」

一色が看板を指差しながら言う、鉱石狂である一色の「色んな注文」がどんなものなのか想像しただけで店員に少し同情した。

その店にスキップで入店しようとする一色を見ながら俺はため息をついた。

「動くな、ここは俺たちが占拠した」

突然銃を突きつけられる、一色は立ち止まり辺りを見回していた、ガスマスクを被った武装集団がそこかしこにいる、おそらく数年前に使用禁止となった光学迷彩シールドでも使っているのだろう。

「災難ねアミシマくん、3日連続で事件に巻き込まれるなんて」

両手を上げて一色が苦々しげに笑った。

「まったくだ、テロ対策組織でもこの場に居たらいいのにな」

同じく両手を上げて抵抗の意思が無いことを見せながら、俺は自分の運を呪った。

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