4-MEMORY
「あれ、網島さんもういいんですか?」
自室に戻ろうとする俺に、大きな皿を抱えた浅塚が声をかけてきた。
緊急のLOST退治を終えた俺は、電車で帰ろうとしたところで駅にて天宮とコイツ、そして一色 薫に遭遇、どうせやるならと掃除屋職員用の居住舎の共用スペースでみんなで焼肉をすることになったのだった。
「ああいう騒がしいのは疲れるんだ」
俺の担当地区の中央に位置するこの居住舎は、シェアハウスのような感じの建物で、8部屋のうち2部屋が空室、さらに1部屋は部屋主が普段から居ないため比較的静かな場所だった。
ふと目の前の少女を見ると、何故か目をまん丸にしてこちらを眺めている、今にも手に持った皿を落としてしまいそうだ。
「……何だよ、それ落とすなよ」
「あ、すみません、いや、網島さんが私にまともに返事するの久しぶりだなーって」
なんだそりゃ、大した事じゃないだろと俺は顔をしかめた。
「網島さんひっどーい、普段そんなことしてたの?」
共用スペースから一色の声が響いた、相変わらずの地獄耳だ。
俺は黙って自分の部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。
* * * * *
「また網島に構ってたのかよ」
共用スペースに戻ると天宮さんが呆れた目で私を見ていた。
「私が電車で言った言葉、覚えてます?」
「手の届くところにいる人はーってやつだろ」
鉄板の上の金網に肉を乗せる、既に焼けてきている豚バラ肉が良い匂いを辺りに振りまいていた。
「あの言葉、実は網島さんからの受け売りなんですよ」
「へぇ、どうりで聞いた事あるワケね……あータイガさん火力弄るの禁止だってば」
一色先輩が焼けた豚バラ肉を皿に取って言った、ブラックボックスの影響でごく稀に扱った機器が出力異常を起こす天宮さんは基本的にこういった場では機械を触らせてもらえない、以前ガスコンロを暴発させて大変なことになった事もあった。
「で、つまり浅塚にとっては網島はカッコいい先輩ってことか? ……いや待てよ、先輩ではないな、確か浅塚の方が何ヶ月か先に『掃除屋』に入ったんだっけ」
「うーん、憧れ……まぁ、私もあの人みたいになりたいって憧れはありますね、でも私にとっての網島さんは……恩人?」
カルビ貰いますねと言って、焼けた肉を取ってタレに漬ける、美味しそうな匂いが鼻を刺激した。
「……アイツが浅塚を助けたことなんてあったか?」
「……まぁほら、LOSTとの戦いばかりが私たちじゃないですし」
新たなカルビをトングで並べながら私は笑った、ほんの少し、私は開けてはいけない
* * * * *
『まぁ俺はさ、手が届く場所にいる人は残らず助けたいような、そんな欲張りな人間なんだよ』
頭の中で繰り返される言葉、渡された名刺をそっと見てみる。
網島さん──私の命の恩人、私もいつかあんな風に──
ふと立ち止まる、生まれてからずっと暮らしてきた家、私の17年間の「幸せ」が詰まった家……
「全部嘘だったのかな……」
ボソリと呟いた瞬間だった、まるでこの世の「絶望」を詰め込んだような悲鳴が空高く鳴り響いた。
ズドンと音を立てて目の前の私の家に「何か」が突っ込んだ。
──真っ黒で、何も無くて、見たこともないような怪物。
「……お父さん、お母さん!」
* * * * *
真っ暗な部屋の天井が視界に入った、どうやら共用スペースのソファで眠ってしまっていたようだ。
「起きたか、一色もすっかり酔って寝てしまってたからどうしようかと思ってたんだ」
かなり適当な感じでブランケットが掛けてあるのに気が付く、私はゆっくりと起き上がって声のする方を見た。
「これ、網島さんが?」
「どうだっていいだろ、起きたなら部屋に戻れ……なんでニヤニヤしてるんだ」
「いえ、珍しいこともあるもんだなって、網島さん私に対していつも冷たい感じじゃないですか、ありがとうございます」
「もういいだろ、そんなとこで寝てるから魘されるんだぞ」
ブランケットを畳む手が止まった、そうか、私はまたあの夢を見たのか。
「……網島さんは、LOSTの事件に巻き込まれた時の夢とかって見たりしますか?」
網島さんがテーブルにマグカップを置いた、私たちが焼肉の後に遊んでいたゲームのコントローラーがそのまま置かれている。
「ロスト忘却症の人間にはよくあるらしい、俺もたまに見る……というか、さっきその夢を見て起きてきたところだ、まぁ良い目覚めでは無いよな」
網島さんのマグカップから立ち上る湯気を眺める、ぼんやりと霧がかかるかのように、夢の内容が朧げになっていった。
「手が届くところにいる人は全員助けたい、って網島さん言ってましたけど……その、LOSTを初めて見た時ってどうだったんですか?」
「初めて見た時って言うと、俺がこうなる前の話だよな? そりゃ救えなかったさ、力も何も持ってない平凡な人間だったからな、何人も死んでいくのを見ていた」
私はそれだけ聞くと立ち上がり、ソファに畳んだブランケットを置いた。
「思い出させてしまってすみません、部屋に戻ります、おやすみなさい」
「あぁ」
軽く頭を下げ、網島さんを残して自分の部屋へと戻っていく。
ちょっと深く聞きすぎたかなと反省しながら、私はそのまま眠りについた。
* * * * *
「……あの言葉、浅塚に言ったことあったっけ」
そもそも、俺の信念となっているあの言葉をいつから掲げているのかすら思い出せなかった。
おそらく俺がロストポイントで失った記憶に関連しているのだろう。
何を忘れてしまったんだろうか、俺は残ったホットミルクを飲み干してソファーから立ち上がった。
「2日続けてか、流石に疲れそうだな」
あの夢を見た日は、必ずLOSTに遭遇する。
今まで薄々そうじゃないかと感じていたが、昨日の一件でそれは確信に変わった。
──だったら、とことん迎え撃つだけだ。
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