3-PHANTOM

建物にはまだ人は残っているはず、だが路上にはもう殆ど人が居ない、誘導は諦めるしか無さそうだ。

「やっぱ炎は効かないか、便利だから持ち歩いててよかった」

先ほど本を使って炎を出した少年がリュックを下ろして文庫本を取り出した。

「アキラ君だ! 久しぶりじゃん元気してた?」

駆け寄る嶺崎を無視して少年は文庫本をパラパラとめくり始めた、炎に怯んだLOSTが殺意を露わに腕を振り上げた。

召喚サモン、如意金箍棒」

鋭く細い棒が少年の足元から現れ、LOSTの腕を貫いた。

「西遊記みたいな有名なものはイメージがしやすいからね」

少年は地面から現れたその棒に手を触れて性格の悪そうな笑みを浮かべた。

グチャリと音を響かせ、LOSTの腕が地面に落ちる。

奴は悲鳴を上げて仰け反った。 棒の太さが急激に変わり、LOSTの腕を無理やり引きちぎったらしい。

「このレベルじゃ還元弾は効かないでしょ、少し弱らせないと」

如意棒が光の粒になって消える、少年はもう次の本を開いていた。

「長く戦うと自爆されるからダメだ、俺が還元弾を直接あの頭に撃ち込む」

ブラックボックスが示した解析結果に従い走り出す。

──本屋の看板が根本を破壊されて落ちそうになっている、あの下に誘導すれば奴を固定できるかもしれない。

「誘導! LOST後方8メートル!」

アンカー弾を看板に打ち込み、シューターをガードレールに引っ掛け、巻き取り速度最低の状態でスイッチを入れる。

予備のシューターで看板の支柱を撃ちながらLOSTの様子を視界の端に捉える。

奴の頭の周囲で複数の目玉が旋回している、嶺崎が奴を撹乱しているようだ。

ミシミシと音を立てて看板が大きくバランスを崩した、ダメだ、間に合わない──

反転盾リフレクトシールド

LOSTが残った腕で攻撃をしようとした瞬間、奴の目の前に半透明の光の壁が現れた。

「SFは目的のものが探しにくくて苦手だ」

少年の本が淡い青色の光を放っている、あれもブラックボックスで出した物か。

強烈な力に弾かれたLOSTはそのまま吹き飛ばされ、目標地点へと倒れこむ。

奴の弱点はどこだと『解析眼』で探し、確実に狙える位置へと回り込んだ。

地響きとともに大きな看板がLOSTの身体を抑え込むように落ちてきた。

俺はアンカー弾をビルの外壁に撃ち込み、フロートシューズで地面を蹴りながら高速巻き取りを開始した。

「消えろ……!」

バケモノの喉元に向けて一直線に飛ぶ、杭の形をした還元弾を手に持ち、その「弱点」へと深々と突き刺した。


* * * * *


残された看板の下から、小さな影が這い出してきた。

「何コイツ、還元弾を直接叩き込まれたのにまだ生きてるの?」

本についた土埃を払いながら少年が覗き込んだ。

「……お前、名前は?」

遠山トオヤマアキラ、本来はここの地区の担当じゃないんだけど、今日は偶然来てて」

「ここに居た経緯は興味無い、遠山はコイツを見たことが無いのか?」

影は古い本を中心に纏わりつきながら這っていく、苦痛に満ちた声が絶え絶えに漏れていた。

「ここまで醜いLOSTは初めてだね」

「どんなLOSTも元はこんなもんだぞ、コイツがあのバケモノの核なんだ」

いつもは撃破して数十秒だけこの姿で踠いて消えるのだが、ここまで長く生きているのを見たのは初めてだ。

「古本がトリガーになったのか」

諸々の処理を済ませて修復班を呼び終わったのか、嶺崎が合流した。

「相変わらず目立ちたがりだな」

「僕はそんな出来た人間じゃないから、そりゃ活躍したら褒められたいよ」

色々と疲れた、被害状況を確認しに来た『掃除屋』の修復班が顔を真っ青にしているのが見え、ちょっと申し訳ないことをしたなと思った。

「帰るか……」

「待って、置いてかれたら僕が帰れないでしょ」

嶺崎が慌てて後について来た。

「そういや焼肉は?」

「え、何の話?」

「……」

「分かったよ、睨むなよぉトオルくん」


* * * * *

──同時刻。


加熱拡張ヒートブースト


オイルライターに火を点けて真っ白に固まったLOSTの一部分へと投げる、白い物質は一瞬で真っ赤に染まり、ドロリと溶けはじめた。

乗客に纏わりついていたLOSTの肉片が少し怯んで浮き上がる、今なら──

空間接続コネクト

俺の周りの空間が歪み、俺に向けて飛んで来た棘が別の方向へと逸らされて突き刺さった。

「天宮さん! 大丈夫ですか!?」

「浅塚! 後ろ!」

いつの間にか乗り込んで来ていた浅塚の後ろで再び棘が生成され始めた、まずい、助けに──

「連続複写、チタン」

空間に鈍色の線が走り、棘を破壊して壁に突き刺さった。

「やってみれば出来るものね、空気そのものを連続で書き換えて最初に作った先端を突き刺してみたのよ」

「うそ、一色先輩!?」

浅塚の無事を確認し、俺はそのまま乗客を覆っていた塊を引き剥がして乗客を助け出した。

「受け取れ浅塚ァ!」

「空間接続!!!」

背負い投げの要領で投げた乗客が空間の歪みの向こうに消える、上手く行ったようだ。

「避難した乗客の人数は?」

「22人、この車両以外のLOSTは全部潰してきたよ」

「上出来だ、そのまま乗客のとこで見張っててもらえるか」

運転室へと歩こうとする俺の腕を浅塚が掴んだ。

「私も助けたい」

電車の走行音と蠢くLOSTの肉片の音だけが辺りに響く、こいつは何を駄々こねてるんだ。

「手の届くところにいる人は全員助けたいの、それが私が生き残った意味だから」

「……かなり昔に網島も似たような事言ってたな……分かった、その代わり絶対に死ぬなよ」

じっと辺りを見渡す、相手が急に静かになった、何か仕込んでいるのだろうか。

「タイガさん、気付いた?」

「ああ、あの野郎、俺たちのこと観察してやがるな」

壁に這わされた黒い塊はいわばLOSTの神経、もしくは触手──

──攻撃は同時ではなくかならずコンマでズレて射出される。

攻撃の合間に黒い塊から眼のようなモノが一瞬だけ覗く事がある──

──そいつが出るルートは塊の中で何かが動くような挙動を見せた直上にある。

「浅塚、合図で運転室の2人を助け出して最後尾の車両に行け、一色はその合図で俺が指差した方に向けて融点の低い金属の転写をしろ」

ガタンと電車が揺れる、その瞬間に視界の隅で何かが動く──

「今だ!」

壁から飛び出して来た小さなLOSTに指を差し、ガスライターを構える。

超拡張燃焼フルファイア!」

「遠隔転写、スズ!」

空間削除カット!」

一瞬、黒っぽい銀色の醜い像が空中に出来上がり、それを爆炎が包み込む。

ドロドロに溶けた金属が床に落ち、辺りが悲鳴で包まれた。

「リンカちゃん、救出成功!」

「ぶった斬ってやる! バケモノが!!!!」

揺れる車内で全力疾走する、浅塚がLOSTの塊を消した通り道が残っている、先ほどのカッターナイフをポケットから取り出し、刃を出し──

電車の運転室が一瞬で両断される、同時に中に居た黒い塊のバケモノが断末魔と共に霧散した。

車内を覆っていた黒い塊が一斉に消え、車窓の向こう側が見える。

速度が落ち始め、電車は駅でもなんでもない場所で停止した。

「緊急停止ボタン、押したの十分以上前なのにね」

「はは、何やってんだよ、止まるわけないだろ」

俺はその場で力なく腰を下ろした、流石に今回は死ぬかと思った。

「はぁ……腹が減ったな……」

切り裂かれた運転室の隙間から見える空を眺め、俺は深く息を吐いた。

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