2'-RAPID
「おいお前、なんで隣に座った?」
電車の座席で、俺は隣に座った顔馴染みの少女に問いかけた。
「たまには違うチームの人とも話したいなって」
「いつも網島と話してんだろ」
「あれは会話じゃないんですよね、網島さんいっつも「あー」だとか「うん」だとか」
少し頰を膨らませ気味で浅塚は答えた、クソ真面目な網島ですらそんな反応をするのかと、少し網島が可哀想にすら思えてきた。
「天宮さんって強化系のブラックボックス持ってるんですよね、他の前線組みたいなド派手なやつじゃなくて、いつもどうやって戦ってるんですか?」
案外失礼な言い方するんだなコイツ、俺は黙って顔を逸らした。
「あ、リンカだ」
駅に着いて、浅塚と同じ制服を着た少女が2人乗ってきた。
「あ、やっほーおはよう、この人、私の部屋のお隣さんの天宮大雅さん」
「なんで紹介するんだ勘弁してくれ」
少女たちが前の座席を回転させてボックス席にし、俺の目の前に座った。
しまった、逃げ場を失った、浅塚がしっかりと通路側に座ってるからどうにもできなかった。
* * * * *
「わぁ、すごい買い物袋」
久々の非番の日だからと映画や買い物をした帰りの電車で、再び浅塚と遭遇した、すこしのんびりしすぎたようだ。
「今日は学校早めに終わる日なの、ユウちゃんたちはカラオケ寄って帰るって」
「ユウちゃんとか言われても知らないんだけど」
人が疎らに座っている車内で、アンバランスな組み合わせの2人で会話をしていたせいで少し目立ってしまっている。
朝乗った車両とは違いボックス席ではなくロングシートのタイプの車両のためガランとした感じが少し物寂しさを感じさせた。
「あ、LOSTだ」
浅塚が呟く、視線の先に小型のLOSTが蠢いていた。
「
浅塚がブラックボックスを使いLOSTを引き寄せた。
「初期状態だな、成長したら面倒だから潰すか……「
買い物袋の中から画鋲を取り出し、LOSTに向けて落とす。
LOSTの小さな悲鳴が響き、バケモノは黒い塵になって消えた。
残った画鋲を拾い上げ、俺は座席に座った。
「朝も似たようなこと言ったけどさ、お前よく網島に絡んでるじゃん、あれってなんで?」
「……知ってる? 私って天宮さんたちより半年ぐらい先に『掃除屋』に来たんだよ」
「はぁ? だったら何だって……」
会話の途中でふと違和感を感じる、俺が乗った電車は各駅停車だったはず、なのにこの電車は先ほど全く速度を落とさず駅を通過した。
嫌な気配がする、俺はそのまま立ち上がり辺りを見渡し始めた。
「確認だけど、この電車って鈍行だよな」
「うん、わざわざ快速の便を見送ってまで乗ったから間違いないよ」
「にしてはいつもよりスピードが早くないか?」
俺に言われて違和感に気付いた浅塚が再びブラックボックスを展開した。
「
浅塚の周りにフィルムのようなモノが浮かび上がる、目を閉じた浅塚のこめかみに汗が滲んだ。
「乗客は私たちを含めて25人、運転手と車掌が運転室にいる」
フィルムが空間に溶け込むように消えて、浅塚が目を開いた。
「この電車の細かい部分に小さなLOSTが何体も取り憑いていて、先頭車両の運転席に親玉がいる、運転手と車掌は──」
浅塚が何かを言おうとした瞬間だった、大きな衝撃と共に電車が揺れ、浅塚と俺がバランスを崩して思わずその場で転倒してしまった。
この世のモノとは思えない金切り声が進行方向から響く、余りにも聞き慣れた声──LOSTの鳴き声だ。
乗客が走って逃げてくる、駆け出そうとする浅塚の手首を俺は咄嗟に掴んだ。
「乗客の避難が優先だ、全員最後尾の車両に集めるぞ」
「運転手と車掌の2人が先頭車両にいる! 助けなきゃ!」
手を振りほどこうとする少女を俺はグイと引き戻す。
「命の選別は大嫌いだ、けど乗客の移動もままならないままその2人を助けに言ったら戦いに巻き込んでしまうんだよ」
車両の前方を黒い塊が埋め尽くす、既に何人か巻き込まれているのが見えた。
「車両後方に乗客を集めろ、余裕があれば俺の動きをカバーしてくれればいい」
少女の肩に手を置き、ブラックボックスを展開する。
「
買い物袋を見てため息をつく、まさかこんなにすぐ活躍することになるとはな。
「行くぞ、迅速に片付ける」
言葉を合図に俺たちはそれぞれ反対方向へと向けて走り出した。
* * * * *
「
ブラックボックスを使い各車両の出入り口を最後尾の車両の入り口に繋げる、普段は難しくて出来ない十数メートル規模の空間編集も今なら楽々出来る。
乗客たちが想像より短い車両に困惑する中で私はじっと集中して電車の隅々まで意識を飛ばした。
誰か、他に逃げ遅れた人は──
「……え?」
見覚えが女性が1人、なぜかゆっくりと車両の前方に向かって歩いて行っている。
車両前方で咆哮を上げるLOSTに呼応して徐々に車両に巣喰った小さなLOSTたちが活性化していく、そのまま進むと危険だ、すぐに連れ戻さなくては。
彼女を助ける余裕があるか天宮さんの居る方を確認しようとするが、既に先頭車両の内部は暗くて様子が掴めない。
私がやるしかない、そう確信した。
私の前とあの人の目の前の空間を「編集」で繋ごうとした瞬間に車両が大きく揺れて集中が途切れる、後方で乗客たちの悲鳴が聞こえる中、私は再び意識を研ぎ澄ませた。
* * * * *
「
手に持ったカッターナイフを軽く降ると車両の入り口を塞いでいた黒い影に切り込みが入った。
「乗客が見えねえのが厄介だな……「
傷を埋めようとする影に蹴りを入れて乗り込んで行く、そういえばこんな形で「LOSTの内部」へと乗り込むのは初めてだなと辺りを見渡した。
バケモノの咆哮が耳を貫く、耳栓も買っておけばよかったと舌打ちをした。
本体は運転席だろうか、とりあえずこの電車を止めないと大惨事は逃れられないな……
考えを巡らせながら歩く、周囲に張り巡らされたLOSTの欠片から棘が飛び出して襲いかかって来るのを躱したり切断したりして進む、好き勝手しやがって、人質を回収したら徹底的にブチのめしてやる。
座席に捕らえられていた男を引き剥がし、来た道の方へと放り投げた。
目視の限りでは乗客はあと1人、目指す運転室に乗務員が2人、助けきれるか──
「タイガさんが苦戦してる、珍しいこともあるのね」
特徴的なゆるふわ感溢れる服装の女が立っている、華奢な身体つきの割に俺が先ほど放り投げた乗客をガッシリと小脇に抱えてニヤニヤとこちらを見ていた。
「……何だ、居たのかよ」
「偶然帰ってきてたのよ、でも巻き込まれちゃってね、死にたくないから手伝ってあげる」
すっかり気を失った乗客をこの完全にLOSTに乗っ取られた車両から押し出し、彼女はこちらに歩いてきた。
「手早く行くわよ」
「分かってる……
一色が俺の手をガシッと掴むと同時に俺はコイツのブラックボックス『
一色がもう1人の捕らえられた乗客の周辺のLOSTに向けて拳銃を向けるような形で指を指した。
「遠隔転写」
真っ黒だったLOSTの塊が一瞬で白い石の塊に変化する。
「石英」
一色がもう片方の手に握っていた何の変哲もない白い石が、今だけは不気味に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます