2-ENEMY

目の前で人が死んだ、真っ黒な影のバケモノに切り裂かれ、鮮血が自分の顔に降りかかる。

恐怖で腰が抜けて、俺はただそのバケモノを見上げる事しかできなかった。

このままだと死ぬ、直感で悟るが、何も出来ない、指先のひとつすら動かせない。

バケモノは突然動きを止めた。

──なんだ、死んだのか?

ほんの少しの希望が胸中に宿る、少しずつ、少しずつ後ずさって、ある程度距離を取ったら立って全力疾走だ。

人々の悲鳴が遠くに去って行く、俺も逃げなきゃ、早く逃げなきゃ──

バケモノの身体が一瞬動く、いや、動くというよりこれは……

「膨らんでる……?」

辺りが、一瞬で闇に包まれた。


* * * * *


アラームの音が部屋に響く中、ドスンと背中に衝撃が走った。

部屋に差し込む朝の光がいつもの1日の始まりを告げている、いつもより天井が高く見える事と、背中に当たる硬い感覚から、俺はベッドから落ちたのだということを察した。

「夢……」

今までに何度も見た夢、忘れるはずもない、俺からあらゆる物を奪ったあの事件だ。

支度を済ませて共用スペースへと向かう、ロスト忘却症になった人間の大半は、ロストポイントの影響で世間では「居なかったモノ」とされている事が多く、戸籍も何もかも持たないことが殆どだ。

LOSTという「世界に綻びを作る存在」への対応策として俺たちが生き残ったというなら、とんだ貧乏くじを引かされたものだと俺は世界そのものを恨んだ。

「朝っぱらから考え事ですか、そんな険しい顔してたら眉間に溝ができますよ」

セーラー服を着た少女が俺の肩を叩いて言った。

浅塚アサツカ凛華リンカ、確かいろんな情報や概念を「編集」できるブラックボックスの持ち主だ。

『掃除屋』の手回しで中断された高校生活を再開したそうだが、かつての友人や担任なんかからも忘れ去られた中、見事に元の人間関係を構築し直したという猛者だ。

「じゃあ私は学校あるんで、お先です」

少女が走り去る、俺は別に変わった対応をしてるわけじゃないのに何故かかなり頻繁に絡んでくるやつだ。

「リカちゃん朝から元気だねぇ」

浅塚の相棒バディの男、嶺崎レイザキトオルが部屋から出てきた。

「なんでお前のとこのペアはいちいち俺に絡むんだ」

「まぁそう言わず、トオル仲間同士仲良くしよう、な?」

嶺崎が鬱陶しく肩を組んでくる、持ち前の胡散臭さが五割り増しだ。

網島アミシマトオルという俺の名前を聞いた時からこのように定期的に「トオル仲間」なんて言って絡んでくる、面倒臭がってると分かっててやっているというのは『解析眼』を使わずとも分かる。

……そう、さらに厄介なのは俺もこの男も「眼」に関わるブラックボックスを持っているということだ。

とは言っても、能力に纏わる「眼」の形態がかなり違うのだが。

「そういや、今日は非番だろトオル君、なんでスーツ?」

「いつでも出動できるようにだ、問題あるかよ」

「ありありだね、そんな格好で街歩いてたら目立ってしょうがない」

嶺崎はおおげさに言いながら俺に上着を被せた。

「僕も非番なんだ、ちょっと出かけようぜ」


* * * * *


「電車に乗ったら爆睡してしまうから1人じゃ乗れないって、冗談だと思ってたぞ」

改札を抜けながら嶺崎に文句を言う、まだ午前中だというのにとてつもない疲労感だ。

「LOSTの自爆に巻き込まれる前はこんなんじゃなかったんだよね、どうも眠気に異常に弱くて……ブラックボックスを得た代償みたいなものかな? トオル君も身に覚えがあるんじゃない?」

嶺崎が笑いながら言う、確かに『解析眼』を使うようになってから知りたくないような事まで察してしまうようになって少し世界がつまらなく見えてしまうようになった、小説も映画も、人の嘘さえもその結末や真実を察してしまう。

言ってしまえばギャンブルなんかの結末も軽く察する事ができるのだが、そんなもので金を稼いだって俺の欲しいモノは買い戻せないし虚しいだけだ。

「じゃあナビゲートよろしく、本屋ってどこだっけ」

そんな事だろうと思った、こいつは『掃除屋』の居住棟の中ですら迷う男だ、街に行って何をしようにも1人じゃ目的地に辿り着けもしない。

俺はため息をついて歩き出した、本屋の場所は知っているから『解析眼』を使うまでもなく案内できる。


* * * * *


「どうやったらそうなるんだよ」

本屋にてレジに並ぶ嶺崎の隣で俺は呆れ声で言った。

両手で本の塊を満足げに抱える嶺崎がこちらを見てニヤリとした。

「読みたけりゃ貸すよ、イチ押しの推理小説から王道ファンタジー系までなんでもある」

「本はもうウンザリなんだよ、速攻で犯人をバラされたいなら貸してくれ」

俺の嫌味を流し、大量の本を買い、嶺崎がスキップで本屋を出る。

その瞬間だった、轟音とともに頭上からパラパラと細かな破片が降り注ぐ、見上げると見慣れた黒いバケモノが商業ビルの側面から顔を覗かせている状況が目に入った。

「LOST……!」

人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う、嶺崎はメガネの奥から鋭い視線をLOSTに向けていた。

「トオル君、これが終わったら焼肉にでも行こうか」

「言ってる場合か」

デバイスを取り出しブラックボックスを展開する、視界に重なる膜に点々と危険地帯を示すバツ印が現れた。

「武装はまだだ、奴を誘導する」

嶺崎の周りを1つの目玉がクルクルと周っている、この男のブラックボックス『微睡眼マドロメ』だ。

「眠らせることは出来ないが、判断力を鈍らせる程度なら可能だ」

目玉がLOSTの眼前へと飛ぶ、LOSTはじっとその目玉を見つめ、数秒後に動き出した目玉を追従し始めた。

「おい! 考えもなしに動かすな!」

LOSTの着地地点を解析して危険が及びそうな場所にいた人たちを助けながら叫ぶ、嶺崎はごめんごめんと反省の色の見えない声で言った。

「どうせ君が助けるんだろうと思ってね」

「もういい、この道を500メートルほど行ったところにデカい広場がある、そこなら安全だ」

解析結果を視ながら言う、開けた場所で戦うのは得意ではないが、人が避難し終わるまでこんな場所で持ち堪える方が無理だというものだ。

目的地に向けて走り出す、嶺崎が目玉を操ってLOSTを翻弄しながら少しずつ誘導しているのが見える、人の避難はまだ終わっていない、これ以上暴れさせるのは危険だ。

『解析眼』の解析結果の1つが作戦変更を提案した瞬間だった。

「あーこれ知ってる、ドラゴンを操る少年が幻の島を目指す王道ファンタジーだよね」

嶺崎のバッグから滑り落ちた本の1つを拾った少年が余裕たっぷりに言う、この状況で何故──

解析結果が彼の正体を告げる、同時に少年が拾い上げた本のページの一部が光り輝き始めた。

「なぁんだ嶺崎さんか、偶然だね」

少年が本のページをパラパラと捲り、ページが下に向くようにLOSTに向けて翳した。

『認証、ブラックボックス展開』

操本召喚サモン・ファンタズム

ページの光が一層強くなり、少年の背後の空間が揺らいだ。

竜火ドラゴンブレス

LOSTに向けて、大量の火球が放たれた。

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