1'-JOURNAL

「ここっていつからこんな雑木林だったっけ」

ふと立ち止まって同僚に尋ねた。

「知らねえよ、ずっとだろ」

「……そっか」

「そんなどうでもいい事気にしてないで、行くぞ」

胸に残る違和感を振り払うように走り出す。

編集長から「ウワサの『掃除屋』のスクープを掴んでこい」と言われて半年、まったく面白みのない取材生活を送っていた俺は、そろそろウンザリしてきていた。

「各地で活動する謎のテロ組織と戦う通称『掃除屋』ねぇ、そもそも、テロ事件自体もよく分かんねえよなぁ」

取材を始めたばかりの頃の同僚の言葉である。

目撃者は口を揃えて「バケモノを見た」と言うが、映像には残っていない、騒ぎが大きくなりテレビ中継などになっても騒動の渦中である現場を映そうとすると謎のノイズに画面が覆われる、そもそも、バケモノを見たと言った人間が皆その姿をハッキリと覚えていない事が不思議でならない。

「空中を走る『掃除屋』を見たって話は?」

「フロートシューズにしては有り得ないだろ、空を走るって言われるほど飛べるワケじゃないし、多分何か見間違ったんじゃないか?」

「変な目撃談ばっかだな」

そもそも『掃除屋』の活動拠点すら分からない、先輩が既に依頼してあると渡してくれた探偵の連絡先に電話をしてみてもいつまでも変わらない結果を聞かされるだけ、正直言って手詰まりだ。

そんな話をしていた矢先だった。

目の前を駆け抜ける特徴的なサポートスーツを着た青年と一瞬目が合った、間違いない、ウワサに聞いた『掃除屋』だ。

直後に響く爆音に全てを察する、近くで『テロ』とされている事件が起きている。

「ダメだ、あいつサポートスーツ着てたから普通に走ってちゃ追いつかねえ」

走り出そうとする同僚を引き止めた。

「サポートスーツって何だよ」

「お前何年記者やってんだよ、パワードスーツ程じゃないけど人の身体能力をサポートして向上させる簡易的な補助ブーストツールの事だ」

「あー流行に疎くて悪かったな、どうすりゃいいんだ?」

記者が流行に疎くてどうするんだと口に出さず突っ込み、俺は懐から小さなボールを取り出した。

「それは知ってるぞ、なるほどその手があったか」

キュインと音を立ててボールの側面に羽が飛び出す、羽はゆっくりと旋回を始め宙に浮いた。

専用のグローブを装着してハンドサインを使って操縦するドローンだ。

上昇のサインを送り、受信機で映像を確認しながら辺りを見回す、少し向こうのアーケード街に黒煙が上がっているのを発見した。

「向こうだ」

ドローンを先行させて走り出す、半年取材してやっと現場に遭遇できるチャンスに巡り逢えたんだ、逃すわけにはいかない。

「待て、ここから先は避難指定区域だ」

警官に止められる、予想はしていたがやはり近寄れない。

「仕方ない、あっちだ」

同僚がすぐ側の雑居ビルへと走り出す、俺は受信機の映像を確認しながら追従した。


* * * * *


「ずいぶんと寂れてるな」

非常階段を登りながら言う、ドローンはアーケード街の上空で停止しているようだ。

「このビルの話か? それとも現場の商店街?」

「どっちもだ」

ギシギシと音を立てる非常階段は今にも崩れそうな雰囲気を醸している。

「一旦ドローンで確認しよう」

俺は立ち止まってドローンの操作を始める。

下降、旋回、アーケード街の入り口へ向かい……よく見えない、ズームしてみよう……

「何だこれは……?」

電波が悪いのか画面にノイズが走りよく見えないが、真っ黒な影がアーケード街の店を片っ端から破壊して回っている。

「ズームじゃダメじゃないか? 危なくない程度に近寄って──」

同僚が横から言った瞬間だった、黒い影がカメラに手のような部分を向けた途端に映像が途絶える、同時に操作用グローブに軽い電流が走り俺は悲鳴を上げた。

「何が起きたんだ、クソ! 行くぞ!」

非常階段からすぐ下の塀へと飛び移る、この辺りの地形は先ほどドローンを通して把握済みだ、あとは警官が居なさそうなルートで──


「はい、そこまで」


いつの間にか目の前に『掃除屋』がいる、メガネをかけた20代前半の男、どこか胡散臭い雰囲気を放っている。

『認証、ブラックボックス展開』

機械音声が鳴ると、男の周囲に目玉のような球体が現れた。


「僕のブラックボックスは対LOST戦には向かなくてね、こうして一般人が紛れ込まないように動く方が向いてるのさ」


男がパチンと指を鳴らす、バラバラの方向を見ていた球体の瞳孔が一斉にこちらに向いた。


「おやすみ」


男の声と共に、強烈な眠気が襲ってくる。

ダメだ、せっかくのスクープが──


* * * * *


「もう先輩、何も塀の上で眠らすことないじゃないですか」

「悪いね、でも警察もザルだよねぇ」


その場で倒れた記者二人組を間一髪で助けた少女が周囲に眼球のようなものを浮かべた男へと文句を垂れた。


「処理は任せたよ、リカちゃん」

「リンカです! 次間違えたら今度こそ相棒バディ変えてもらいますから!」

「無理無理、だって他に僕と組める人居ないもん」


男はそう言って去って行った。

少女はため息をついて小さな機材を取り出した。


『認証、ブラックボックス展開』

「記憶編集」


* * * * *


「……俺たち、何してたんだっけ」

寂れた雑居ビルで目を覚まして同僚に尋ねた。

「えーっと、確か『掃除屋』の取材の途中で」

「書類が飛ばされて……」

「2人で追いかけて……」

自分で言っておきながら書類という単語に少し疑問を抱く。

飛ばされるような書類なんて持ち歩いてたっけ、そもそも、どうやってここに来たかすら思い出せない。

「……とりあえず、帰るか」

「そうだな」

モヤモヤしながらも、俺たちは帰路に着いた。

「掃除屋か……記憶まで掃除されてたりして」

「そんなバカな」

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