LOST
ナトリカシオ
1-LOST
休日の繁華街に黒煙が上がる。
ブーストツールの出力を上げるが焦りばかりが募る、早く行かなくては──
「おい、無駄に焦るな」
キュインと音を鳴らして隣を走行しながら話しかけて来たのは天宮大雅、
「クソ! お前が俺のフロートシューズで実験しなけりゃこんな焦って出動しなくて良かったんだよ!」
俺が天宮に怒鳴る、全力疾走している俺の横で天宮は笑い、デバイスを操作した。
『認証、ブラックボックス展開』
「
天宮が強く地面を蹴る、記憶を抉るような音と共に天宮の姿が消えた。
* * * * *
欠落した記憶の目の前にあったものは、人々から忘れ去られた、何も無い空間だった。
「掃除屋」を名乗る彼らは俺に手を差し伸べた、こんな悲しい場所を、これ以上作らないようにしようと、そう言った。
LOST、人から忘れられたモノや誰かの思い出の場所を媒体として、人の記憶に棲みつく異形の亡霊がこの世界に干渉する現象。
LOSTと化したモノは、人から忘れられたくないが為に人の記憶に傷を残そうと暴れ回る。
その果てに待つのは、辺り一帯を巻き込む自爆で、爆発に巻き込まれた地帯は「全ての人間から忘れられた何も無い空間」となる。
もちろん人が巻き込まれると死ぬ、死ぬはずなのだが。
──爆発に巻き込まれた人間は、必ず1人だけ生還する。
「で、その巻き込まれた人間は、その人生における大切な何かを1つだけ忘却する、それがロスト忘却症」
冷房が壊れた会議室で男が説明を終え、小さな機材を机に置いた。
「これがロスト忘却症の人間だけが扱える「デバイス」だ、ロスト忘却症の人間に眠る特殊能力「ブラックボックス」を引き出す事ができる微弱な電流を起こす事ができる……例えば──」
小さな電子音が響き、三半規管を揺さぶるような感覚に襲われる。
ガラガラと音を立てて窓とスライド式のドアが一斉に開いた。
「俺の場合は、指定の物に指定した方向の重力を与える力、コード名は『万能引力』」
フワリとした感覚が消え、椅子にストンと落ちる。
「さぁ、君の力を試すとしようか」
男はデバイスと呼ばれた機械を俺に差し出した。
* * * * *
天宮のブラックボックスは『
使う物全ての機能や性能を強制的に拡張させて使う事ができる。
常人が使うと地面から軽く浮いて早く移動できたり、数メートルの跳躍ができたりする程度のフロートシューズもあいつに使わせればあの通り、数百メートルの跳躍なんて朝メシ前だ。
『認証、ブラックボックス展開』
手元のデバイスを起動させる、走りながら見ていた景色に様々な膜が重なるように見える。
「ルート」
強く目的地を意識しながら呟く、視界に重なった膜に真っ赤なラインが引かれる。
俺のブラックボックスは『解析眼』
特定の目標を達成するための最適解や最適ルートを的確に視覚的に捉えることのできる力。
天宮に比べると地味だが、使えなくはない、むしろ便利な能力だ。
アーケード街の一角で、真っ黒な影が破壊の限りを尽くしている。
「なんだありゃ、熊みたいなシルエットだな」
天宮に追いついた俺は息も切れ切れにLOSTの見た目の感想を述べた。
「遅いぞ網島、あいつどうすんだ?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
地面に手を触れさせる、フワリと視界が膜のような何かで覆われる。
奴の動きを止めなければ、どうすればいい?
LOSTがこちらに気付いたようだ、あるはずのない眼がこちらを見つめている。
「時間は無さそうだな」
天宮がニヤリとした、笑ってる場合では無いだろうと俺は舌打ちをする。
「久々にやるか」
「気が進まないが仕方ない」
俺の返答を聞くと天宮は俺の肩に手を置いた。
「
「討伐」
視界の膜にいくつもの線が現れる、俺はその意味を瞬時に理解し、走り出す。
「天宮! 上で待機!」
天宮がフロートシューズを使い跳躍する音が背後で響く、俺は走りながら腰に提げたホルスターから拳銃の形をした装備、シューターを取り出した。
LOSTが腕を振り上げる、俺は『解析眼』に指示された
バシュンという音と共に細長い金属の杭が飛ぶ、杭が壁に刺さったのを確認するとシューター上部のボタンを親指で押し込む、キュルキュルと音を立ててワイヤーが巻き取られ、LOSTの足元を抜けて俺は杭が刺さった壁へと引っ張られた。
「今だ天宮!」
バリンと音を立ててアーケード街の屋根が破られる、そこから飛び出してきた天宮が攻撃を空振りさせられたLOSTの背中へと飛び乗った。
「
天宮のフロートシューズの出力が爆発的に上昇し、LOSTにジェット噴射のような攻撃が叩き込まれる。
倒れ込んだLOSTにシューターを向けて杭を打ち込み走り出す。
起き上がったLOSTはこちらを追いかけようとするが、壁の杭と繋がれたワイヤーに阻まれて再び転倒した。
その頭に向けて杭を撃つ、シューターを天宮の方に投げて渡し、そのまま『解析眼』が示す線を走り始めた。
「
天宮が撃った杭が円軌道を描いてLOSTの周りを飛ぶ、ワイヤーが次々とLOSTへと巻きついて行く中、俺は奴の懐へと潜り込む。
キャラメルの箱ぐらいのサイズの機械を取り出し、スイッチを入れる。
カウントダウンを示す電子音から残り時間を読み取り、天宮の捕縛でLOSTの顔が来る位置を『解析眼』で確認する。
──今だ。
装置を投げると、LOSTの眼前で装置が爆発する。
LOSTが悲鳴を上げると同時に塵のように崩れ始めた。
「反応消失、LOSTの討伐に成功」
立ち上がり、無線に向けて報告する。
「トドメは俺が刺したいっていつも言ってんじゃん」
天宮が文句を垂れながら駆け寄ってきた。
「どうせ誰も見てないだろ」
俺は軽くあしらい、歩き出す。
この能力を使いすぎると、どうにも甘い物が食べたくなる。
修復班が到着して荒れた現場の修繕に取り掛かり始める。
そのうち避難していた人たちも戻って来るだろう。
ロスト忘却症罹患者以外の人の記憶にはLOSTにまつわる記憶は残りにくい。
俺たちの戦いの記録なんてものは、あって無いようなものだ。
「飴、今日は持ってないのか」
「……わざわざ来たんですか、飴は戦闘の際に砕けてしまいました」
俺に戦闘技術を教えてくれた『師匠』だ、師匠と呼べと言い続け、名前を教えてくれないため師匠としか呼べない、ブラックボックスがどんなものかも知らない。
「アラートが鳴るや否や飛び出して行ったらしいじゃないか、お前が行かなくても間に合ってたヤツなんていっぱいいただろ」
「俺が行くべきだったんですよ」
アーケード街を抜けたところで、俺は一旦立ち止まった。
眼前に広がる真っ黒な風景、俺たち以外に永久に認識されない世界の『穴』となった場所。
俺がこの世界に踏み込む全ての始まりとなった場所だ。
「こんな悲しい場所を、これ以上作らないようにしようって言ったの、師匠じゃないですか」
俺はそう言って因縁の空間の前から立ち去った。
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