第36話 闇の法術士のアンドロイド

 甘いひと時とは……。


 普通考えるのはエッチな事だと思うのだが、こんな時に言うセリフではないだろう。返事に困っているとシルビアさんが話し始めた。

「冗談だ。冗談。こんな所でするわけないだろう。ん?正蔵。私としたいのか?それなら後でたっぷりと可愛がってやるぞ」

 ニヤニヤ笑っている。やっぱりそうだったか。この人に逆らうのは非常に怖いと聞いていたので返事を迷ってしまったのだが、椿さんの顔が目に浮かんだ。あの日の悲し気な表情は忘れることができない。

「いえ、結構です。俺は椿さんを大事にしたい」

「いい心がけだ」

 納得してもらったようでほっとする。しかし、この状況をどう切り抜けるのだろうか。

「わざと捕まったことが納得できないのか?」

「ええ、そうですね」

「そうだろうな。こちらが弱みを見せてはじめて得られる情報があるのだよ」

 そういう事もあるのか。これが駆け引きというやつなのだろう。

「秘密兵器の概要は椿の洞察で間違いは無いと思う。しかし、その用途が分かった事は大きい」

「クレドと戦わせる事ですか?」

「そう、クレドの実態は帝国においても正確には把握できていない。他国ではなおさらなのだ。伝説となっており何もかもぼんやりとした情報しかないのだろうな。そのあたりの具体的な数値を入手したいのだ」

「前にやった戦闘では?」

「あれでは不足しているのだろう。一方的にやられただけだったからな。後、予想はしていたのだがレーザの高官が絡んでいる。帝国が中心となっているアルマ星間連合と対立している星間同盟があるのだ。その盟主がトカゲ大夫と言われているレーザなんだ。そこの高官、貴族かもしれんが、メドギドという名のトカゲ大夫だな。そいつがここの艦長よりも上位だという事が分かった。これだけの情報が判明すれば以後の調査もやりやすくなる」

 虎穴に入らざれば虎子を得ずという事か。これが諜報機関の主であるシルビアさんのやり方なんだ。

「さて、後はサル助がどう判断するかだな」

「それは?」

「サル助はクレドを確保したい。トカゲ大夫はクレドを使って新兵器の実験をしたい。7対3で新兵器実験になると思うぞ」

「新兵器の実験って、どこでやるつもりなんですか?」

「あれはどう見ても地上用の兵器だ。宇宙空間では使えない」

 それなら地上で対戦するのか。生命を吸い取りながら侵攻する兵器を地上に降ろすのか。それこそ絶対に阻止すべきだと思ったのだが、その時扉が開きトカゲ大夫と兵士が二人入ってきた。

「ふん。旨そうだな。男も女も。へへへへ」

 下卑な笑みを浮かべ、トカゲ大夫は顎をしゃくり兵士を外に出す。俺は両手を掴まれ、手錠を壁のフックに引っ掛けられた。壁にぶら下がるような格好になり身動きが取れない。メドギドは舌なめずりをしながらシルビアさんの手を掴んだ。

「おい、トカゲ大夫。忠告しておくぞ。貴様は私を凌辱する事はできない。手を出せば貴様には死よりも激しい苦痛を味合わせてやる」

「脆弱な人間ごときで我に抗うことができると思っているのか?」

「逆だ。貴様が私をどうこうできると思っているのが滑稽だ」

「生意気な」

 そう言ってシルビアさんの顔を舐め回す。

 その時、パキンという音と共にシルビアさんの手錠が砕けた。そして両手の掌底でトカゲ大夫の腹を突き飛ばした。

 トカゲ大夫は壁に打ち付けられくぐもった呻き声を漏らす。

 さらに右サイドキックを一発腹に食らわせる。膝が折れたところで左右のストレートで顔面を殴る。容赦ない攻撃だった。

「人間のくせになんて馬鹿力なんだ」

「情報は大切だ。客観的に把握しておくことはもっと大切だな。自分の無知を呪うがいいさ」

 止めとばかりに顔面に膝蹴りをかました。それでもトカゲ大夫は気絶せず悪態をつく。

「おまえ……、この借りは必ず返す。帝国とやらを殲滅してやる」

「ほほう。強気だな。では契約をしようか」

「馬鹿な。人間と契約などするものか」

「貴様に拒否権はない。条件は一つ。私に逆らうな」

「そんな条件が飲めるとでも思っているのか」

「呑め。死にたくなければな」

「俺を殺すだと?いい気なものだな」

「ならば、逆らう気が起きないよう貴様に良いものを贈ってやろう」

 シルビアさんは地上にいるときに見せてくれた黒い短剣を取り出した。透明感のある深い黒色の刀身が怪しく輝いている。

「これだ。良い造りだろ?刃は黒曜石だ。欠けやすいので特殊なコーティングを施してある」

「そんなものでは俺を殺せんぞ」

「貴様の心臓にこれをプレゼントしてやる。ほら。入っていくぞ。フフフフ」

 俺も、メドギドも、その光景に魅入っていた。黒い、黒曜石の刀身が胸にスルスルと吸い込まれていく。柄の部分も難なく飲みこまれ短剣は見えなくなった。

「この鞘もくれてやる。結構高価だからな、大切にしろよ」

 そう言って豪華な装飾の施された鞘を握らせる。

「何をした。俺に何をした」

「ふん。私がアルマの黒剣だ。これ以上説明する必要があるか?」

「アルマの黒剣?黒い仮面をつけている魔女の事か??」

「魔女ではない。法術士だ。勘違いするな」

 シルビアは右フックでメドギドの顔を殴り飛ばす。魔女と呼ばれるのが相当嫌いなようだ。

「馬鹿な。この俺が魔女に魅入られたというのか。決して逆らえない魔女の呪いに」

 さらにシルビアは右腕でメドギドの左上腕を掴み握りつぶす。トカゲ大夫は悲鳴を上げた。腕は完全に折れぶらぶらしている。

「何度も言わせるな。魔女は禁句だ」

 シルビアはメドギドをじろりと睨む。

「心臓移植をしても無駄だからな。新しい心臓に刺さるぞ。それと、想念に気を付けろ。その黒剣は邪な想念で作動するぞ。自殺したいのなら勝手にするがいいさ」

 シルビアさんが俺に架けられている手錠に触れると、それは砕け散った。

 手錠が触れていたところは赤く腫れている。


 シルビアさんの操作でドアは簡単に開いた。ロックはしていなかったようだ。トカゲ大夫をその部屋に置いたまま俺達は通路を歩いていく。


 ララをはじめ帝国の人間がこの人を恐れる理由がよく分かった。絶対に逆らえない最も恐怖すべき存在だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る