第27話 夏美さんも……のアンドロイド

 ちょうど正午ごろ俺たちは紀子博士宅を出発した。

 白いカローラEV、トヨタの電動コンパクトセダンだ。

「夏美さん。どこへ行くんですか?」

「今日は天気いいから、秋吉台方面に行くかな。いいだろ」

「構いませんよ」


 今度は、安全運転だ。さっきのようなカッ飛び運転だと心身がもたない。

 夏美さんはショートの髪をさらに後ろで括って短いポニーテールにしている。ジーンズに革ジャンは一緒なのだが、下に真っ赤なTシャツを着ていた。ロゴは「砲弾少女―Hyper Explosive Girl」である。ゲームかアニメのタイトルであろうか、記憶にはない。真っ黒なサングラスをかけ手袋をつけ正に走り屋と言った風だ。しかし、安全運転。

 5月初頭のさわやかな空気を満喫しつつ山道を秋吉台へ向かう。


「お、早速動きがありましたよ」

「どんな?」

「2チャンネルの掲示板だな。『正蔵、愛の逃避行。椿にフラれたか?他の女性と観光ドライブ』だってさ。笑える」

「笑えませんよ」

「ヨムカクの新作小説だな『綾瀬重工は異星人の前哨基地――ここから始まる地球侵略~著:綾瀬正蔵』、それと『地球の女は俺の物~大型ハーレム作って無双中~著:綾瀬正蔵』だ。おお、結構☆ついてるじゃん。この綾瀬正蔵君は才能あるんじゃないの?」

「複雑ですね。ペンネーム変えさせること出来ませんかね」

「法的にはどうなんだろうね。できそうだけどね。他には、おお?これはこれはJISA、日本インターネットセキュリティ協会のHPが乗っ取られてるよ。うわーやばいぜ」

「どんな内容なんですか?」

「待て待て。えーっと。ここ数日の間に起ったネット障害や兵器の誤作動、山陽リニアの停止などは、偶然の故障のではなく綾瀬重工が仕組んだ人災である。自社製品の売り込みに必死な同社は、故意にネット障害や器機の誤作動を発生させ国や地方自治体、関連企業に莫大な損害を与えた。とか。ネット破壊者は綾瀬正蔵で間違いはない。証拠は以下の記録から……とかね」

「マジですか?」

「ああ、マジだ。こっちは警察庁だな。流石に本体はガード硬いみたいだな。偽HPが立ち上がっているよ。お、正ちゃん指名手配されてる。ぐはは。この顔写真笑える。これ免許の写真だろ?ぶぶ」

「夏美さん笑い過ぎですよ。それに、自分の脳内だけで楽しまないでくださいよ」

「ああ、スマンな。助手席のARに投影するよ」


 そう言った途端に視界の中にネット情報が表示された。

 自動運転が当たり前になった現代では、運転者に必要な情報をフロントガラスに投影する事ができる。運転は自動で運転手は映画を見れたりする。


「ほらこの写真」

「そうですね。免許の写真ですね。ハッキングで盗んだんですかね」

「そうだろうな」

「お、これは、週刊文秋で、何々、『企業と政治の癒着、金権政治の元凶、綾瀬重工の闇を暴く』とか、こっちは舞日新聞『次回の兵器暴走に注意せよ』だと」

 夏美さんの操作で助手席側のフロントガラスに次々とネット情報が映し出される。


「これってマズイですかね」

「ある意味マズイ。しかし、狙い通りだ」

「つまり、俺が上手く囮になっているんですね」

「ああそうだ。注目されてるな。イイ感じじゃないか。あ、そうそう、正ちゃんにお願いがある」

「何でしょうか?」

「君は椿姉さんのマスターになっている。間違いないね」

「ええ間違いありません」

「それはそのままでいい。今からしばらくオレの仮マスターになってくれないか」

「それはどういう意味でしょうか」

「正ちゃん。もう気付いてるんだろ。オレ達は絶対防御兵器なんだよ。でも単独では動けない。しかも私は地球には居候の立場なんだ」

「えーっと、それはつまり、夏美さんもアルム・ガルドなんですね。それで、地球専属は、翠さんって事?」

「ああ、そうだ。ここ地球の守護女神は翠だ。しかし、翠には今マスターがいない。力を全て発揮できないんだ」

「どうしてマスターがいないんですか?」

「予定の人物がまだ幼いんだよ。対象が15歳になってからでないとマスターになれない。オレは居候で固定マスターを持たない。椿姉さんは本体が150光年離れているから力が発揮できない」

「それで俺と契約すると」

「そう、正ちゃんには迷惑かけないからね。オレもこの星とここにいる人たちを愛してるんだ。侵略は許さない」

「わかりました。でも、返事は少し待ってもらえますか?」

「どうして?」

「これ以上椿さんを裏切りたくないんです」

「そう?椿姉さんを裏切ることにはならないと思うけど」

「俺の気持ちの問題なんです。でも、俺の我儘で地球が危うくなるならやります」

「代替案はあるんだ」

「それは?」

「オレの力を一時的に椿姉さんに移すんだ。そうすればある程度の力が発揮できる」

「そんなことが可能なんですか?」

「ああ、可能だ。しかし、問題はある」

「どういう問題なんですか?」

「本来の一割程度しか力が発揮できない。それと、オレが動けなくなる」

「それは、今だと三人体制だけど、二人になるって事?」

「概ねそうだと考えていい。メイドするくらいは問題ないけど高度な演算や機器の操作は無理」

「そう、なんですね。俺が夏美さんのマスターになる方が合理的なんですね」

「ああそうだ」

「少し、考えます。いいですか?」

「ああ、構わない。しかし、日没までには結論を出してほしい」

「日没ですか」

「そうだ、日没だ」

「それは、あっちが何か仕掛けてくるからですか?」

「その可能性が高い」


夏美さんの言葉に俯いてしまう。

どう返事をしてよいのかわからない。


周囲の道路には車が多くなってきた。

GW最終日だが、有名観光地だけあって混雑している。

カルスト台地へと向かう道は渋滞していた。

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