第6話 秘密のアンドロイド①

 萩に移送された俺は病院のような施設に入れられた。恐らく綾瀬重工関連の施設だ。丸二日間事情聴収と検査ばかりだった。異星人の顔見知りであるゲルグガラニア大尉、レイ軍曹、ゼリアも同様に調べられていると思うのだが、俺とは別口のようで顔を見ていない。椿さんも紀子博士のところでメンテナンスをしているみたいでここにはいない。

 聴収には素直に応じた。特に追及されることはなくすぐに開放されたのだが、検査の方は色々ねちっこく徹底的にやられた。体の隅から隅まで調べ上げられた。目や耳や鼻の穴、粘膜部分は特に重点的にほじくられた。未知の細菌やウィルスがいないか、感染していないか、寄生虫はついていないか、とにかく徹底的に調べられた。念のためあと数日はこの施設に缶詰めになるらしい。まあ、仕方ないだろう。宇宙人との接触と戦闘があったのだから。


 今日はここに来て三日目だ。朝食を取り新聞を読む。この部屋にはTVもなく情報源は新聞だけだった。携帯もアパートに置きっぱなしだ。最近ネットの普及で新聞の需要は激減し紙の新聞はあまり見かけなくなったのだが、この部屋には毎日朝刊が届けられている。俺は暇でもあり物珍しさもあり、新聞を隅から隅まで読んだ。実際に読んでみると活字の量は半端なく多い。読み終えるのに3時間位かかってしまうのだが、ちょうど良い暇つぶしになった。俺たちの遭遇した事件に関しての情報も拾えたが内容はシンプルなものだった。

 山大近辺で多くの自動車やパソコン、携帯端末、家電、事務機器、ロボットなど、ネットに接続した機器は全て異常停止した。三日前の午後四時過ぎのことだ。通信は不能となり停電も発生した。ところが障害は午後9時ごろ突然復帰した。ウィルスの感染や基地局へのテロ攻撃などが疑われたが、その痕跡は見つからず原因は不明のままだ。同日、午後9時前平川の大スギ付近に隕石が落下した。付近に火災が発生し天然記念物平川の大スギも火災に巻き込まれ半焼した……とこんな感じだ。

 宇宙人がどうのこうのUFOがどうのこうのという話は一切されていない。実際、目の前で体験した当事者からすれば物足りない気もするし、詳しい報道をされると後々非常に面倒になるのはわかりきったことなのでこのくらいがちょうど良いのだろう。


 新聞を読んでいるとドアをノックされ、看護師と赤毛の少年ゼリアが入ってきた。俺の着せたジージャンを持っていた。

「洗濯しました。ありがとうございました」

 律儀に頭を下げる。ほのかに洗剤の香りのするそれを受け取り脇に置く。赤毛の西洋人にしか見えないこの少年も宇宙人なのだ。宇宙人という得体のしれないものに対する言い方は改めた方がよいなと思う。まあ、俺たちも他所の星へ行けば宇宙人なのだ。

「正蔵君、検尿は済んだかな?そう、なら今日はもう検査はないわ。この子の面倒を見てあげてね」

 40代であろう女性の看護師は手を振りながら出ていく。今日はゼリアと過ごすのか。退屈しないで済みそうだ。

 冷蔵庫からオレンジジュースと缶コーヒーを出しゼリアにはジュースを勧める。パック入りの小さいものだがゼリアは喜んでくれた。

「これ頂いていいんですか?」

「ああ、遠慮しないでいい」

「ありがとうございます」

 また、律儀に礼をする。嫌味のない素直な態度は好感が持てる。

「ところで、大尉と軍曹はどうしたの?」

「二人とも昨日までは検査ばかりしてましたけど、今日は現場検証とかで早朝から出かけてます」

「そうか、ゼリア置いてかれたのか、寂しい?」

「いえ、大丈夫です。今日はお休みだからゆっくり休養しろと指示されました」

「じゃあ、俺とおしゃべりしよう。良いかな?」

「良いですよ。地球の事やクレド様の事、色々聞きたい」

「じゃあ俺の話からするよ」

「ええどうぞ」

 俺は自分の身の上を素直に話した。ここ萩市で生まれ育ったこと。親は大きな会社を経営していること。今は大学生でバイトに励んでいたこと。突然椿さんがやってきて二人で事件を解決しようと出かけ、ゼリア達に出会ったこと。

「正蔵さんは恵まれた環境で育ったんですね。これは嫌味とかじゃなくて、良い意味で幸福の象徴と言いますか、そういう幸せな人が沢山いる国は平和で豊かで幸福な国だと思います」

「そうかもな。日本はそういう国なんだろうな。実際住んでいるとよく分からないんだけどね」

「ええ。でも僕は恵まれてなくて、境遇は悪いんです。だからここはすごく平和で幸福な国だって事わかりますよ。正蔵さんの事はすごく羨ましく思うし、応援もしたいんです。将来はこの大きな会社を継がれるんでしょう?」

「うーん、まだ決めてないんだよな。出来ればやりたくないというか、そういう感じ」

「優柔不断はダメです。僕は、正蔵さんの使命はそこにあると思います。正蔵さんならきっとできます」

「どうしてそう思うの」

「だってあの時、正蔵さんは家でじっとしていれば良いのに、わざわざ僕たちの所へ来た。そして困っている僕たちを助けてくれた。自分の尻は自分で拭けと見放されても仕方ない状況だし、あの障害の元凶でもあった。それなのに進んで協力してくれたんです」

「そうかな」

「そうです。正蔵さんには大きな会社を率いていく気概があると思います。それは自己中心ではなく、大きなものに命をささげるような立派な覚悟だと思うのです」

「ありがとう。子供に元気づけられちゃったな。ところでゼリアはどこで生まれたんだ。ここから遠いのか?」

 ゼリアは俯いて黙り込んだ。これは聞いてはいけない事だったかと反省する。

「あ、スマン、話したくなければ話さなくていいぞ。大尉や軍曹と同じ星なんだろ?」

「ええそうです。アルマ、聖なる大地という意味の星です。そこを統べるアルマ帝国が僕の故郷です」

 ゼリアは話し出した。

「僕たちは、地球から見ればおうし座の頭、ヒアデス星団から来ました。距離は約150光年です。そのヒアデス星団を構成する星の一つが僕たちの母星です。この星はいくつかの国家や自治領がありますが、それらは全てアルマ帝国に統治されています。アルマ星イコールアルマ帝国という認識で良いと思います」

 地球と違い星一つが一つの政治で統一されているのだという。

「良くまとまってるね。地球では考えられない」

「それはおそらく宗教的な問題だと思います。地球では大きな宗教は3つあるんですよね。その中のキリスト教とイスラム教の仲が悪くて揉め事が多いと聞きました」

「その通りだ。良く知ってるね」

「アルマではカーン・アルマ神を信奉するアルマ教団がほぼすべての人々の信仰対象となっています」

「星の名、宗教、国名が全て統一されているのか。宗教色の強い国家だと認識していいのかな?」

「ええそうです」

「それなら平和なんじゃないかな。宗教的ないがみ合いが無いわけだから」

「そうでもないんですよ。アルマは古くから帝政を敷いています。それは身分の差を生み所得の差にもつながります。それがトラブルの原因になっていると聞きました。貧富の差から対立しているのだと。僕は貧しい家に生まれました。学校に行かず働いている所をゲルグガラニア大尉に引き取られたんです」

 ふむ、日本ではあまりお目にかかれないのだが、貧しい国では学校に行かない子供も多いと聞く。

「学校に行かなかったのは経済的な理由なの」

「ええそうです。帝国内では貧しい家の子供は学費免除になる制度がありますが、僕の場合は働いて家にお金を入れないと弟たちが飢えてしまうんです」

「親が働けないのか」

「そうです。父は早くに死にました。母は病気がちでほとんど仕事ができません。働けるのは僕だけなんです。アルマ軍ではそういう働かざるを得ない子供を軍属として引き取り、仕事と給料を与えてくれる制度があります。学校へ行かない代わりに部隊内で教育を受けられるんです」

「それでゲルグガラニア大尉の所にいるのか」

「ええ、大尉は博識で教養が高く専門知識も抜きんでています。そういう立派な人の元で学べる事は大変有意義だと思います」

 なるほど、貧しい家庭への支援も大事だろうが、あくまでも当人の力で自立していくことを重視しているのか。それにしてもこの少年はしっかりしているなと感心する。しかし、気になることがある。人種というか生物種というか、同じ星で違い過ぎるんじゃないかと思うのだ。大尉はバッタ、軍曹は犬、ゼリアは白人、そしてサル助のような猿人。多様性と言うには多すぎる気がする。

「あの、人種というか生物種というか、俺たちから見ればかなり異質なもの同士が同じ星で共生してるんだよね。それは俺たちからすれば驚愕の事実なんだけどね」

「確かに、ここ地球では人類と言えば人間だけですね。僕たちの星では人間と獣人と魚人と昆虫人がいます。種族よりも信仰で結ばれている感じになります。姿かたちが違うことで差別やいさかいは起こらないと言われています。もう数万年以上も前からの習慣なのだそうです」

「逆に言えば信仰の違いはいさかいを起こす可能性があるんだ」

「ええ、あの猿人達がそうなんです。アルマ帝国内でも彼らは自治領を築き暮らしていますが、サレストラ系獣人は信仰形態が異なり周囲にトラブルを起こすことが多いと聞きます。宇宙軍においても彼らは周りとそりが合いません。今回の部隊にはサレストラ系獣人が多く配属されていたので何か怪しいと思っていたのです。こんな事になるなんて思ってもみませんでした。申し訳ありません」

 またまた頭を下げるゼリアであった。

「謝らなくていい。ゼリアは悪くないよ。と言うか子供なのに逃げださずに一生懸命戦ってたじゃないか。立派だと思うよ」

「ありがとうございます」

 またまた頭を下げる。

「悪いのはそのサレストラ系の奴らだろ、全員死んでざまあみろってな」

「二人生き残ってます。正蔵さんと出会った場所で縛っていた二人です」

「おおそうかそうか、忘れてた」

「それに大尉の部下の技術将校も数名亡くなられてます。喜んでいられません」

「そうだな。じゃあ次は艦砲射撃しやがった奴を撃沈しよう。それならいいか?」

「ええ、そうですね。ガツンとやってやりましょう」

「そうだそうだ。やってしまえ!!ですわ」

 突然出現する椿さんであった。今日は女の子っぽい白いワンピースに白いニット帽をかぶっている。足元は素足にサンダルで涼し気だ。サングラスをかけていないので、濃いブルーの眼は虹色に輝いている。

「椿さんいつの間に来たんですか?」

「ちょっと前ですけど、お話に夢中で気付いてくれないんですもの」

 俺の手を握り不機嫌そうに首を振る。

「ごめんごめん」

「無視されるのが一番傷つくんです。分かってますか?」

「分かってるよ。ごめんね」

「ならいいです」

 俺の手に頬ずりをしてくる。その椿さんをじっと見つめる少年の目線が痛い。

「あの、椿さんに聞きたいことがあるんですが、いいですかね?」

「ええどうぞ」

 椿さんは俺の隣、ベッドに腰掛ける。ゼリアはベッドの横のパイプ椅子に腰かけて俺たちを交互に見つめている。

「クレドって何?」

「それは僕から説明します」

 ゼリアが説明を買って出てくれた。

「クレド様の本当の名前はアルマガルムクレドです。何万年も前からアルマでの信仰を集めている女神様なのです」

「さっきアルマ教団の神様はカーンアルマって言ってたけど、違う神様なの?」

「ええ、カーンアルマ神は創造主として信仰されている偉大な神様です。人間にはその姿を見ることはできません。クレド様はそのカーンアルマ神が地上に遣わされた大地の守護神なのです。人間にも見て触ることができる存在だと聞いています。皇帝と共にアルマの大地を守護し慈しむ女神だと言われています」

「椿さんは女神様だったの?」

「そういう風に信仰を集める存在でしたけれども、実際は専守防衛を旨とする兵器なのです。侵略者に対して容赦のない制裁を加える鬼神なんですよ」

「絶対無敵の防御兵器だと聞いております。祖国の防衛には欠かせない重要な方であると」

 ゼリアは付け加える。椿さんがやたら強気で実際強くて、よく分からない魔法を使ったり敵の攻撃を事前に予測したりする理由はコレなんだ。俺は複雑な心境になり椿さんを見つめる。こんな無邪気な女の子が防御兵器として機能していたなんて惨い話だ。

「あら、私の事心配してくれてるんですか?」

「え?まあそうです。俺は戦争体験はないんだが、女性が戦うなんて惨い話だと思ったんだ。ゼリアもそう思うだろ?」

「ええ、そう思います。僕はクレド様のお姿を知らなかったので。こんな可憐で可愛らしい方だと知っていれば戦場へなどとても送り出せない」

「あら、正蔵様もゼリア君も気にかけてくれるのね。ありがとうございます。でもね、気にしなくていいんです。私は人間ではないのですから」

「しかし、椿さんはとても人間らしいじゃないですか、人間ではないなんて言わないでくださいよ」

「でも事実なんです。私は元々……」

「椿さんちょっと待って」

 俺は椿さんの言葉を遮っていた。

 これ以上聞くと理解の範疇を超えそう、と言うか既に超えている訳だし、椿さんに言いにくい事を告白させるようで、それが嫌だった。

「言わなくていいです。椿さんは人間みたいな、いや、人間よりも美しい魂を持っているんです。それが椿さんなんです。それでいいと思うんです」

 俺は椿さんを見つめながら熱く語っていた。椿さんも俺を見つめる。二人の視線が熱く絡み合う。

「こほん」

 ゼリアが赤面しながら咳払いをする。目の前で俺たちが見つめ合うのに耐えられなかったのだろうか。こっちも恥ずかしい。

「では、クレド様が地球に来られた事情についてお話します」

 ゼリアの視線が痛い。そりゃそうだろう。彼の祖国では女神と崇められている存在が、俺に対して親し気に恋人のように振る舞っているのだ。

「その前にアルマ星間連合についてお話しする必要があります。アルマ星間連合とは本来、アルマ帝国と信仰を同じくする国々の集まりだったのです。宗教的な理想を共有する大変調和された連合であったと聞いています。それが時代を下るにつれ、経済的、軍事的な意味合いを持つ連合体へと変化していったのです。倫理観の高い国々だけではなくなり、様々な価値観を有する国の集まりへと変貌しました。その一例がサレストラの加盟です。過去においては連合の盟主であるアルマ帝国が指導的立場であったのですが、加盟国が増えていくに従い単なる議長国へと格が下がってしまいました。発言権は弱くなり多数決という名の数の暴力も横行していると聞いています。連合各国は宇宙での安全保障に関しては連合宇宙軍という形で実現しています。各国は独自の軍組織を持っていますが、宇宙軍に関しては連合宇宙軍に属するように定められています。ゲルグガラニア大尉の部隊はその第7機動群に属しています。この第7機動群はアルマ帝国とその信奉国家の部隊です。大尉の任務はクレド様を探索することで、クレド様を発見出来た場合はクレド様を護衛をする事です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る