第4話 感染のアンドロイド
やはりというか当然というか、リアサスペンションはフルボトム状態になっている。段差でもショックを吸収しない。フロント側は伸び切ったままでタイヤの接地感が乏しい。直進性が怪しく微妙にフラフラしながら走る。椿さんの体重はやはり100kg以上ありそうなのだがこれを指摘する勇気はない。
途中道路工事中の場所があり片側交互通行となっていた。ここでも信号システムが不調なようで、工事用ヘルメットをかぶったおじさんが旗を振っている。こういったアナログな旗振りを初めて見た。AI搭載の信号機かロボットが誘導するのが普通なのだ。動かないロボットが何体かいて、機能停止しているようだったがなぜかロボットたちがこちらをじっと見つめてきた。二人乗りに反応しているのかと思うのだが、それにしても機能停止しているようなのに一斉にこちらを見る状況は不気味だ。ヘルメットのおじさんが白旗を振る。ロボット連中はこちらを見続けていたが、俺はそのまま走り去った。
あちこちで車が立ち往生していた。渋滞というより、路上の車は一切動いていない。動いている乗り物は自転車だけだった。途中スーパーに寄ってみたのだが、ここでもレジが動かずレジ前には長蛇の列ができている。店内アナウンスではしきりに営業中止を訴え謝罪を繰り返している。俺たちは買い物を早々にあきらめアパートへ帰ることにした。
アパートに着き荷物を置く。俺の部屋は見事に元通りになっていた。床下の修理もだが、家具類が元にあったそのままの位置に配置してあるのに驚いてしまった。
「さすが椿さんですね。完璧です」
「いえいえ」
ニコニコしながら胸を張る椿さんである。テーブルの上にサンドイッチを見つけた。小腹が空いていたので食べてもいいかと聞く。
「ええどうぞ」
「ではいただきます」
ツナとプレーンオムレツを挟んだシンプルなサンドイッチだったがかなり美味しい。料理は得意なのかと聞く。
「はい、超得意ですよ。家事支援アンドロイドの機能の中で最も重要なのが調理なのです」
満面の笑みで自慢する椿さんである。確かに、食事の内容が充実していることで生活の満足度は格段に向上するだろう。綾瀬のアンドロイドのシェアが高い理由の一端が見える。
「今、どうなってるんですかね。TVつけていいですか?」
「ダメです」
「じゃあラジオでは?」
「良いと思います」
非常用持ち出し袋からトランジスタラジオを取り出す。AMオンリーのアナクロ極まりない代物だが、災害時の情報収集には役に立つはずだ。スイッチを入れてみるがザーっという雑音が聞こえるだけだった。チューニングのダイヤルを回し、色々選局してみるのだが雑音ばかりでどの局も捉えられない。
「おかしいですね。何も入らない」
「多分中継局がダウンしてるのでしょう。短波放送用のラジオはお持ちではないのでしょうか?」
「そんなものは持ってませんよ。短波なんて大昔の競馬ファンか無線マニアしか持ってないよ」
ここでふと疑問に思う。椿さんはどうして平気なのかと。
「あの、椿さん」
「はい、何でしょう」
「どうして椿さんだけ平気なのでしょう?ほかのロボットやアンドロイドは全滅しているみたいなのに」
「それは、私がスタンドアローンだからです。この状態で活動し続けることができます」
「なるほど、でも、ネットには接続できるんですよね」
「もちろんです。紀子博士とのリンクをつなげていましたので10回位犯されそうになりました」
「犯されるって表現ヤバイですね」
「強姦されそうって感じでしたよ。何と言いますか、真っ黒の巨大なスライムがワーッと襲い掛かってくるイメージですね。こちらは火炎放射器でブワーっと焼き払う感じで撃退しましたけれどもとっても気持ち悪かったですよ」
「ファイアウォールですか。ファンタジー系の大技っぽい名称だとは思ってましたが、現場でのイメージはまさに炎の壁なんだね」
「そうですね。今は面倒なので回線は切断したままです。リンクが途切れていますので紀子博士の方でもこちらの異常は察知されていると思います」
今時の機器はネットに接続してなにがしかの情報やらを入れ続ける必要がある。携帯やPCだけでなく、家電や車やバイクまで全部なのだ。それが便利な高性能と引き換えにこんな羽目になるリスクがあったわけだ。未知のウィルスに大感染とか笑えない。
「誰がこんな事したんですかね?」
「さあ」
「こんな事して何かメリットがあるんですかね?」
「さあ」
「さあばっかりですね」
「ええ、確定情報が何もないので曖昧なお返事しかできないのです」
「なるほど。では、確定情報無しでの推測ではどうなんでしょう」
「まず、蔓延しているウィルスですが、非常に感染力が強いようです。ネット通信を媒介とし、まるで空気感染でもするような勢いで広がっています」
「通常の感染経路とは違うの?」
「そうですね。普通は電子メールやストレージなどを媒介としたりHPの閲覧などから感染したりするものなのですが、今回は周囲のWi-Fiに接続するだけで感染しています。恐らく、何処かに中核となるウィルス拡散スポットが設置され、そこからWi-Fiに感染が広がっています。この辺りの公共、個人にかかわらず全てのWi-Fiや無線LANが感染していると思われます」
「つまり、自動的にネットに接続するタイプの機器はすぐに感染してしまうって事だね。でも、アンチウィルスソフトは機能しなかったのかな?」
「そのようですね。推測ですが、そのウィルスは恐らく、侵入と同時にアンチウィルスソフトを無効化していると思います。その上でワームを呼び込んでいると思います」
「ワーム?」
「それが今回悪さをしている元凶です。何か目的があるようですね。支配できない、もしくは役に立たない機器は停止させる。支配できる場合は使役する」
「その目的って?」
「分かりません」
「やっぱり」
「ただ、先ほどの工事用ロボットは支配されていたようです」
「なるほど」
俺たちを見つめていた工事ロボットを思い出す。
「これも推測ですが、この山大近辺で一番高価なものは?」
「多分椿さんです。300億ですから」
「日本でも有数のお金持ちのご子息は?」
「俺」
「つまり、私か正蔵様の誘拐もしくは破壊、殺害が目的である可能性は否定できません。営利誘拐としてもテロであるとしても十分な理由があります」
「ああそうだね」
親父の会社、綾瀬重工は核融合を実現した会社として有名だが、核開発から兵器開発、宇宙開発まで手を広げている。左側の極端な奴らからは目の敵にされているのだ。
「今のところこの山大近辺への閉じ込めには成功しています。道路は放置車両で通行不能。警察や消防も機能していません。ヘリコプターなどを利用して急襲すれば成功率は高いと思います」
「なるほど。でも、俺たちの居場所が分らなければ成功しないんじゃないですかね」
「そう。しかし、一部、相手側に支配されている機器があります」
「その一部の機器を通じて俺たちの居場所はバレている」
「その可能性が高いと思います」
「これからどうする?どこかへ逃げる?」
「逃げ場所はありません。と言いますか、私たちが移動したらそれに応じて障害範囲が広がると思われます。まあ、推測ですが」
「とすると俺たちのやることは一つだな」
「はい」
「その元凶を潰す」
「はい」
「できるのか」
「出来ます」
「自信満々だね。俺は全く自信無いけど」
「大丈夫、椿を信じて下さい」
「わかった」
「ではご命令を」
「必要なの」
「はい必要です」
「ではやれ」
「イエスマスター」
何故に英語?と思うのだが、椿さんはにこやかだ。
「そろそろ日が暮れますね。出かけましょうか」
二人で靴を履き表に出る。路上は放置車両で通行できそうにない。とするとやはり徒歩で行くのかな。
「スクーターには乗らないの?」
「こういう状況ではかえって不便かもです。歩く方が早いですね」
椿さんは大学方面へ歩き出す。俺もついていく。周囲は停電しているようで明かりが乏しい。
「ところで行先の見当はついているんですか?」
「はい。平川の大スギ辺り」
「なんでわかるの?」
「勘です」
「それ大丈夫?」
「はい。昼間、正蔵様の夢の中でお会いしていた私の事、覚えてますか?」
「ええ」
「あの娘は私の潜在意識にあたる部分なんですが、彼女が其処だと言ってます。なので間違いありません」
「潜在意識ですか。じゃあ、そこで出会ってた俺も潜在意識ですかね?」
「そうです。潜在意識は4次元以上の存在となりますので、ある程度状況を俯瞰できるんです」
「そうなの?」
「はい」
まるで理解できない。質問しようにも何から聞いていいやらわからない。山大前を通り過ぎる。辺りは本格的に暗くなってきた。さっきの非常用袋から取り出した懐中電灯をポケットから出し点灯する。そういえば椿さんはサングラスをかけたままだが、夜道は見えるのだろうか。
「椿さん。サングラス掛けたままで見えるんですか?」
「問題ありません。よーく見えます。赤外線やミリ波も見えるんですよ」
「暗視スコープみたいですね」
「そういう機能も付加されております。これは自衛隊向けの……いえ、何でもありません」
軍事技術を勝手に使ってるんだ。それにしても、うっかり口を滑らすアンドロイドがいていいのかと思うのだが、この人間臭さがとても可愛らしい。
大通りから脇道に入る。両側に田んぼのある細い道を歩く。ゲコゲコとカエルの鳴き声が響いている。大変静かである。人間の活動が制限されるとこんなに静かになるのかと驚く。目の前に中国道が見えるがここも通行できないようで車は走っていない。中国道の下をくぐりさらに奥へと進んでいく。平川の大スギの看板が見えたところで椿さんが立ち止まった。
「この辺りですが、罠の匂いがプンプンしますね。迂回しましょう」
「匂うんですか?」
「ええ。サル助の匂いがプンプンします」
「この辺りニホンザルいましたっけ」
「ニホンザルではなくてサル助です」
「そのサル助って、何?」
「サル助はサル助です。私、大っ嫌いなのです」
「椿さんでも嫌いなものあるんですね」
「ええ、サル助とトカゲ大夫は特に嫌いです。匂うので行きましょう」
「ええ、行きましょうか」
山沿いの小道へ入っていく。どうやら平川の大スギへ裏側から行くつもりらしい。車の入れない細い小道を歩く。そこからさらに斜面の小道に入っていく。もう道ではなく獣道といった風であるが、椿さんはお構い無くドンドン進んでいく。しばらく進んでいると明かりが見えできた。体を低くし明かりの元を窺う。俺達は崖というか段差の上に出ていた。高さは2メートル位で下側はちょっとした広場になっている。そこには驚くべき光景が繰り広げられていた。
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