第2話 超高価のアンドロイド

「見かけも中身もオンボロですわ。このアパートは。そもそも旧式の軍事用フレームなんか使うから重量過多になるのよね。全く」

 ブツブツ文句を言いながら穴から這い出る椿さん。その仕草は人間そのものだ。

「椿さん、ケガはない?」

「大丈夫です。破損箇所はありません。ちなみに私の皮膚ですが、1平方センチメートル当たりの単価が約20万円です。カッターナイフや包丁等で切れることがありますのでご注意ください。ただし、万一破損しても正蔵さんには請求いたしませんのでご安心ください」

 さらりと恐ろしいことを言う。人の体表面積ってどのくらいだったけな。確か1.6平方メートルって記憶があるが、とすると皮膚だけで32億円!?


 愕然とした。


「えーと椿さん。そういえば先ほど紀子おばさんが大変高価だって言ってましたけど。椿さんの価格はいかほどでしょうか」

「そうですね。試作機なので値段はつけられませんが、もしつけるとしたら概ねF35が2機分くらいの値段だと思います。300億円くらい?これでも軍事用フレームを使用したりして低価格化に尽力しているようです。ああ、軍事用フレームというのは、不採用になった自衛隊向けパーツがゴロゴロ転がっていたんでそれを流用したんですね。新規開発する手間が省けて安上がりなのだとか」

 ふむ、それで重量過多になっているのか。でも、勝手に軍事技術使用してもいいのだろうか。それこそ高そうだし。万一壊してしまった時は一生かかっても弁済できないのは確定事項だと判明した。


 実は、俺は進学の事で親父と対立してて今もそれを引きずっている。綾瀬の人間としては理系への進学を希望すべきだとかなんとか言われていたのだが、俺は親父に似たのか理系の科目が苦手で進学したのは経済学部だった。浪人してでも理科系へという意向を無視して進学した。つまり、将来は綾瀬に頼らずに生きていく決心をしているという事だ。アパートも自分で探して決めた。今時、四畳半一間で風呂とトイレとキッチンが共同、なんて物件を見つけた時には感動して即決した。親の収入に見合わない粗末な佇まいが特に気に入った。築50年くらいだろうか。そのボロアパートの床が抜けたわけだ。修理費用を払わされるのは大変痛い。これは綾瀬重工持ちなのだろうか?

「これ、どうしますか?」

「修理します」

「とりあえず大家さんに連絡を……」

「現状の回復を優先します」

「修理代は?」

「綾瀬重工が負担します。正蔵さんがご負担されることはありません」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 家具や家電を外に出し、畳を引っぺがして外に出す。畳の下を色々確認しているようだ。そこへ、軽トラの業者がやってきて板や角材などの建築資材、金槌、鋸等の工具類等々運び込む。伝票にサインしつつ、いつの間にこんなに注文したんだと疑問に思ったので聞いてみた。

「私、結構体重がありますので、こういう事態を想定しておりました。補修が必要なのは確実でしたから。あらかじめ発注していたのです。それと、充電のための設備を設置する必要もありましたし、向かいの部屋も賃貸契約済みです。配線工事も必要ですから、そちらも業者に依頼済みです。この部屋の大工仕事は私がやります。ああ手伝わなくて結構、邪魔ですから」


 邪魔ですか。大工仕事など出来はしないので助かったのだが、これは面白くない。

 腹が減ったので食パンを出す。焼かずにそのまま食べる。冷蔵庫からペットボトルを出し炭酸飲料を飲む。何もつけない食パンはうまくないなあと思いつつ腹は減らないのかと聞いてみる。

「口から食物を摂取する必要はありません、充電は週一回ですが昨日済ませました。今から着替えるので覗かないでくださいね」

 ガラガラと玄関の引き戸を閉める。このアパートは8部屋が向い合せになっていて中央が廊下だ。ここで着替えれば一応外からは見えない。

 椿さんは紺色のジャージに着替えて出てきた。サングラスは作業用のゴーグルに変えベージュの作業用帽子を被っている。肩まであった髪は後ろで束ねている。ゴーグルはミラー仕様になってて瞳は見えない。ジャージは何故かサイズの小さいものを着ているようで、むっちりとした体の線がよくわかる。胸やお尻の部分はぴちぴちだ。よく見ると左胸に名前の書いてある白い布が縫い付けてある。『よしのみどり』と平仮名で書いてあった。


 『よしのみどり』って誰??

 気になるので聞いてみる。


「椿さんその服誰の?」

「コレは妹の服。このぴっちぴちな感じ大好きでしょ」

 何故ばれているんだ。大好きです。多分ニヤケ顔になっているだろうと思いながら頷く。

「椿さんアンドロイドなのに妹さんいたんですね」

「そうです。XRHシリーズは今のところ3体なんですが、3姉妹としてほぼ同時期に製造されております。試作機ですので体形等幅を持たせてあります。みどりちゃん体が小さめ、逆に私は大きめですね。この服、無断で借りちゃったから後でブーブー怒ってしまいますね。伸びてブカブカになるって」

 笑いながら軍手をはめ作業を開始する椿さん。迷いのない動きはプロフェッショナルだなと思ってしまう。家事支援アンドロイドという事は、日曜大工なんかのソフトウェアがあらかじめインストールされているって事なのだろうか。そうこうしているうちに大型トラックが来て木箱に入った大型の機械類を下ろしはじめた。先ほど言ってた充電関係の設備だろう。業者の人達が作業を始める。向かいの部屋は畳を撤去、何やら基礎の方までいじくっているようだが素人の自分にはよくわからなかった。


「椿さんお話してもよろしいでしょうか」

 作業中の椿さんに声をかける。

「はいどうぞ、作業しながらの返答になります事あらかじめご承知ください」

「先ほどのバイトの件ですが、休みの日と言うか、休日はあるのでしょうか?」

「私は月に一度2~3日ほどメンテナンスを必要とします。その時はモニターできませんのでバイトは休みとなります。日当は支払われません。月収としては概ね28万円程度だとお考え下さい」

「それが一年間ですよね」

「そうです」


 ふむ。28×12=336万円という数字に目が眩む。

 親父の世話にはならないと心に決めた自分には破格の好条件である。オナニーできる日が月に2~3日あるというわけだ。この程度ならば我慢せねばなるまい。いや違うぞ。月に28日程度は椿さんとエッチし放題なのだ。オナニーなどする必要はない。ん?いや、待て待て。椿さんとエッチするとして、それは全て叔母さんに筒抜けになる。モニターされるとはそういう事だった。エッチし放題なんて喜べないじゃないか。

「アルバイトは一年ですよね。それが済んだらどうなりますか?」

「紀子博士への観察報告リンクを終了します。それ以外の変更はありません」

「それは?」

「エッチしても紀子博士にはバレないって事です」

 そうか、そういう事か。一年間我慢すれば良いのだ。そうかそうか。

「ところで正蔵様、一つ言い忘れておりました。私は正蔵様の所有物です。関係性としましてはマスター/スレーブ、絶対の従属となります。私が平時より逸脱した行動を起こす場合、原則、正蔵様の命令が必要となります。これをよく覚えておいてください。平時には正蔵様の身の回りのお世話をする家事支援アンドロイドです。使用人だとお考え下さい。その使用人と恋に落ちるみたいなシチュエーションを希望いたします。これらの行動には原則命令は必要ありません。尚、ボディーガードも兼任することとなっております。緊急時には安全を最優先いたしますので、正蔵様のご命令に従わない場合があります事、予めご了承ください」

「平時を逸脱っていうのは、何か非常事態を想定しているって事?」

「ないとは思いますが、その必要がある場合は正蔵様の命令が必要だという事です。何かを破壊したり、戦闘行動をとったりする場合です」

「戦闘行動ですか。テロとか想定してるわけですかね。それでボディーガードも兼任してる。なるほど」

「はいそうです。つまり、綾瀬重工の跡取りである正蔵様の安全は絶対に守るという事です」

 やはりそう来たのか。セクシーアンドロイドとは表向きのことでボディーガードが本命だと。俺にはその気がないんだが、親父や親せき連中はそうではないらしい。綾瀬の次期当主として期待されているのだろうか。会社は核開発や軍需産業にも手を出しているから、反体制派のテロ行為も視野に入れているという事なのか。そういう話を聞くとやはり背筋が寒くなってくる。


 俺の爺ちゃんは綾瀬重蔵あやせじゅうぞうという。綾瀬重工の創始者であり、核融合を始め様々な画期的技術を開発した天才だ。現在も日本の宇宙ステーション『秋津洲あきつしま』に滞在しつつ宇宙船の開発を行っている。タンデムツイン型の核融合炉を推進装置とする画期的な技術らしい。

 その爺ちゃんは先日社長を退き会長職に就任した。それで親父、綾瀬燈次郎あやせとうじろうは綾瀬重工の社長になった。親父は3人兄弟だった。親父の兄は源一郎げんいちろうという。祖父に似て天才肌だったらしいが、宇宙船の事故で亡くなった。妹の紀子さんは天才なんだが経営には全く興味がなく、ロボット開発に精を出す毎日。目の前にいる椿さんも彼女の作品だ。親父は、凡庸で才がないと自分で言ってたが、研究開発ばかりの祖父を助け会社を大きくして行った経営手腕は確かなものだと評価されている。


「ところで椿さん」

「何でしょう」

「体重って何キロ?」

 ヒュンと風を切る音がし背後の桜の木に釘が刺さる。

「乙女に体重を聞くとか、命知らずですわね」

 使用人とかボディーガードとか言いながらその対象者に向かって釘を投げるとか、どんな乙女心だ。いや、待て、軍事用フレームを使用して重量過多と言うことは、人並外れた格闘性能を有するのかもしれない。怒らせてはマズイ。さっさと謝り機嫌を取る。

「椿さんごめんなさい。さっき自分の体重が重いから床が抜けたとか言ってたので気になってました」

「確かに言いましたけど、まあ、正蔵様より少し重いかも、ってくらいです。具体的な数値は秘密です」

「じゃあ身長とスリーサイズは教えてくれる」

「公式データでは、身長169cm、体重58kg、スリーサイズは上から101J 、63、90となっております」

 おおバスト100センチ越えだ。自分の見立ての正確さに自信を持つ。でも体重58キロで床が抜けるわけないじゃんと思いつつ公式ってのが気になったので聞いてみた。

「公式って、何?」

「お役所に登録した際のデータです。実は体重は誤魔化してまして、公式とは違う数値です」

 体重以外は誤魔化してないらしい。

「誤魔化していいの?」

「骨格や動力部のパーツ構成、素材が登録時のデータと異なっているという事です。試作機なので大した問題ではありません。量産機でこういう事しちゃダメですけど。法令違反になります」

 量産機はだめで試作機ならOKだという理屈がいまいち理解できないが、有名大企業のやることなのでギリギリ合法なのだろうと解釈する。

「正蔵さん、そろそろ午後の講義へ出席された方がよいと思います。留年しても知りませんよ」


 痛いところを突かれた。

 青空の下で着替える。椿さんは作業に集中しているようでこちらの事は気にしていない。恥じらう乙女の姿を見たかったなと思いつつ支度をすませた。ヘルメットをかぶり脇に止めてあるスクーターに跨がる。セルを回しエンジンを始動する。ツーサイクルエンジンの破裂音を伴った排気音が心地良い。

「そんな古くて音がうるさいスクーター乗ってるとモテませんよ」

「大きなお世話です。では行ってきます」

「いってらっしゃいませ」

 作業を中断しお辞儀をする椿さんに左手を上げて答えアクセルを開く。白煙を吐き出し、甲高い排気音を響かせながらスクーターは走り出す。大学まで約5分、春の日差しと爽やかな空気を満喫しながらしばしプチツーリングを楽しむのだった。

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