バックナンバーズ 第4話 『道化の花都さん』(1/3)
先輩の家で事情聴取を受けて翌日。
俺は教室でうなだれていた。
LINEの着信がありスマホを覗くと、白百合からだった。
『ごめーん、ちょっと用事あって昨日は行けなかったわー』
『今日は行けたらいくわー』
最後にくそむかつく顔したキャラのスタンプが押されていた。おそらく奴ははなからバックれるつもりだろう。しかし今は好都合だった。
『しばらくは俺一人で大丈夫だから来なくていいぞ』
俺は返信してむっくり起き上がる。さて、放課後は再度事情聴取タイムだ。
教室を出る際に、安藤と目が合う。
「…なに?」
「…なんでもねえよ」
というと安藤もさっさと教室を出ていった。お前は素直になれない乙女かなんかか。俺もさっさと教室を出る。
新しい地獄の幕開けである。
バックナンバーズ 第4話
『道化の花都さん』
家に行くと、先輩は寝ていた。珍しくリビングで。
手にはノートとペンをもち、不思議な体制で寝ていた。明らかに寝落ちしたのだろう。
「…先輩、起きてください」
俺が肩を叩くとガバッと起きあがった。
「…今何時…?」
「4時30分っす…」
「…そう…いつ寝たか記憶ないわ…」
というと再びペンを走らせ始めた。
あのあと。
俺は先輩にあの時見た光景の話をした。そのあとは白百合と映画を作るまでの経緯を簡単説明すると(さすがに映画を撮らせてくれのくだりは言えなかったが)、先輩は突然目つきがかわり、ノートにペンを走らせた。まるで竜巻のようである。
恐る恐る声をかける。
「せ、先輩…?」
「ちょっと待ってて、今区切りいいところまで書いちゃうから!」
白紙のページがみるみる埋まっていく。どうやらスランプからは抜け出せたようだ。
「あー!シナプスの動きに手の速度が間に合わないわ!ちょっと今からいう言葉をメモして頂戴!」
俺も慌ててノートを用意すると、先輩は書きながら別のことを言い始めた。
まるで溢れる水を少しでもせき止めようとしているようだった。
この勢いは止まらず、夜10時までこの状態だった。ほとんど水も飲まずにぶっ続けで執筆していたため、喉はカラカラで手はじんじんする。そこまでやってようやく先輩の口は止まったが、まだ手は動いていた。
「…これ以上は肉体が持たないわね…勿体無いけど、これが今日の限界みたい…」
息絶え絶えに先輩が言う。
「とりあえず、私はまだやってるけどあなたはちょっとノート買ってきたらもう帰っていいわ」
俺は短く返事をし、フラフラとコンビニへ向かう。珍しく激務だった。
先輩はとりあえず頭に思い浮かんだことをとにかく俺に書かせた。一部支離滅裂だったが、とにかく先輩の思考を吐き出すために書いた。
展開のアイデアや思いつきの設定、使うかわからないシチュエーション、とにかくなんでも話してなんでも書いた。
コンビニであるだけのノートとペン、先輩の晩飯にとおにぎりとお茶を買ってもう一度戻る。先輩は相変わらずガツガツ書き続けていたが、俺は一言かけてその日は帰った。
家に着いた頃には23時を過ぎていた。先輩は、まだ書き続けているのだろうか…。
そんなことを考えながら俺は風呂も入らずに寝てしまった。
そして、今に至る訳だが、先輩のペースは昨日より随分落ち着いてるようにも見える。
ある程度吐き出して、思考が落ち着いて来たのだろう。既に大学ノートは俺が書いたものも含めて50冊は超えていた。
「それ、順番に積んであるから崩さないでね」
触れようとした手をサッと引いた。
ようやく先輩の手が止まると、マッサージをしろと言い出した。ムカつくが、これでも先輩である。特に口答えもせずにマッサージをしだしす。
先輩の手は真っ赤になっていた。
「そこは童貞らしく躊躇する所じゃない?」
「するか!」
先輩は昨日俺が買ってきたおにぎりに手を伸ばしていた。
マッサージ中にむしゃむしゃおにぎり食う女にどう欲情しろと。
マッサージが一通り終わると、先輩は立ち上がって簡単な柔軟体操をした。体操をしながら次なる工程を説明する。
とりあえず現段階である程度話の内容や方針を決めるために、1本の物語にしていくのだという。
俺に次に指示されたのは、先輩の書いたものをのPCに入力していく作業だった。
「…ノートをPCに入力って、この量を…?」
ノート50冊には両面に小さい文字がびっしりと詰まっていた。どんだけの文字数なんだろうか…。
「とりあえず私は少し寝るわ。2時間経ったら起こして頂戴」
先輩はそれだけ言ってソファーの寝転ぶ。
「…」
とりあえず俺はノートの文字を読んでみる。2行目で早速読めない字があった。
「先輩、これなんて読むんすか?」
「前後の展開読めばわかるでしょ?」
全然わからなかった。
「先輩、この展開繋がってないような…」
「あとで整理するからいいのよ」
いや、整理したところで繋がらないような…。
「先輩…」
「うっさいわね!とりあえずそのまま入力すればいいのよ!」
怒られた。なんて理不尽なんだ…。
2時間後、俺の心はささくれだっていた。
先輩のストーリーはざっくり言うとストーカーものだった。
心に陰りを持つ少女に見せられた男が、彼女の痕跡に触れるために常軌を逸した行為に走る…。しかし追って行くと、彼女自身の狂気の行動に気づいていく…。というものだった。
先輩はあの話を聞いてどんなストーリーを思いついてんだ!このストーカーはもしかして俺か?俺なのか!?
陰鬱とした展開に加え、汚物だの嘔吐だの勃起だの胸糞が悪くなるような単語の数々。女の子がうんこを握りつぶす描写があまりにも生々しく、正直書いてて吐きそうになった。
こ、これが芥川賞を取れる小説…。俺にはまったく理解できない次元の話だった。
とりあえず時間になったので先輩を起こす。
とても寝相が悪く、裏拳を食らったがなんとか起きてくれた。
「作業はどんだけ進んだのかしら」
謝罪もなく、進行状況を聞いてくる容赦のなさにはもう慣れた。白百合もそうだが、なんでこうも周りの女は…。
「とりあえず今22冊目を入力中です」
先輩は驚き顔を見せていた。
「あら…早いのね」
そうか?普通にやっていただけのつもりだが。
とりあえず現状把握のためにも、プリントアウトして読んでもらう。
「…読んでておもったけど… なんか気持ち悪い小説ね」
いや、書いたのあんただあんた。
こんな感じで数日がすぎた。あれだけの執筆量にも関わらず、実際のページ数でいうと文庫本でまだ100Pにもみたないのだという。編集にも見せることを考えると、目標は300P必要らしいが…。俺も細かいことはよくわからなかった。
また分担して作業を行う。とにかく俺は先輩が書いたものをPCに入れていき、先輩はプリントしたものに赤ペンを入れていく。
こんな風にするのが、先輩なりの校了作業らしい。
本人曰く、『ここまでくればあとは機械的な作業』とのこと。とにかく情熱的に書くだけ書いて、あとは冷静な頭で構成していく。はじめはうんざりした作業だったが、少しずつ全体が見えてきて作業も楽しくなっていった。
しかし、先輩はなんとなく気に入らないようだった。
俺は、学校には毎日行っていたが、授業中に寝てしまうことが増えた。真面目な俺が珍しいと、市川先生に軽く注意された。市川先生は先輩の家でやっていること知る数少ない理解者だ。
白百合は何してんのかいまいちわからないが、なんか罪悪感あるのか、一応毎日行ける素振りのあるLINEを寄越す。しかし、特に来る必要無いと返事する。あいつがここに来ても役に立つ気がしないし、あんなもん見せられるわけがない。
以外な動きを見せるのは安藤だった。クラスの別の奴とつるんでる様子だったが、明らかにこちらの方を気にしている。あんまり男に気にかけられても気持ち悪いだけだが、言いたいことがあるなら言ってほしい。
が、今日も特に進展なく、先輩の家に向かうのだった。
今日も今日とて作業中、家のインターホンが鳴った。
「先輩、お客さんですよ」
先輩は舌打ちする。
「出なくていいわ」
インターホンが再度鳴る。
「じゃあ俺が出ましょうか?」
「いいからほっときなさい」
ドアノブをガチャガチャ回す音がし、扉をどんどん叩かれていた。
「先輩!なんすかあれ!」
「さぁ…宗教の勧誘かなんかでしょ」
随分布教に熱心な信者だな!
しばらくすると、音が止んだ。なんだったんだ今の…。
それに先輩は慣れっこなのか、特に気にする様子はない。
すると、扉の方から再度音がする。これは叩く音などではない、鍵が開く音だ!
「先生!出てくださいよ!」
開口一番女性の声が聞こえた。先輩は舌打ちをした。
「先生!」
仕事部屋の扉が開かれる。メガネをかけたスーツ姿の女性がいた。
先輩、そして俺と目が合う。
「せ、先生が男連れ込んでるー!?」
女性はビターンと倒れた。
「…だから嫌だったのよ」
先輩が呟いた。俺はなにがなんだかついていけなかった。
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