バックナンバーズ 第3話 『高嶺の花都さん』(3/3)

先輩の家での作業は意外と歯ごたえのあるものだった。

毎日毎日どうすればこんなに汚れるのか…片付けしても翌日には部屋に強盗でも入ったような有様だった。

白百合と俺は根気よく通って掃除をしていた。先輩は相変わらず執筆中らしく、部屋から出てくることはめったにない。そして作業中に時折、視線を感じていた。

普通であれば、もうシナリオライターを別の人に頼んでいい気もするが、うちにような学校に他に頼れるような人材もいるわけなく…。結果的に先輩にいい様に使われ、果たされるかもわからない約束のために努力をしていた。


が、その日々はそんなに長くも続かなかった。

白百合がバックれたのだ!

「あんの馬鹿女…!」

スマホにも連絡したが、出る様子は無かった。

もしかしたら、先輩は俺たちの働きぶりを見て協力するか判断しているかもしれないのに…。

とりあえず、俺は一人でも行くことにした。


「お、お疲れ様でーす…」

先輩の部屋に入る。最近はいちいち許可をとらなくても入れる様になっていた。年頃の女がそれでいいのか?という気もするが。

すると、先輩の仕事部屋の扉が開いて顔をのぞかせた。

「…今日は1人?」

早速指摘されてビビる。

「はい…なんか体調悪いとかで…」

咄嗟に嘘をつくが、先輩の視線は冷ややかであった。明らかにバレている。

「…まぁ丁度いいわ。今日の仕事終わったら声をかけて」

「…は、はぁ…」

今までに無い展開が出てきた。白百合来ないのはもしかして正解ルートだったか…?


しばらくして作業も完了し、先輩に声をかける。

先輩はのっそりと部屋から出てきた。久々に全身を見た気がするが、相変わらず髪はボサボサでジャージ姿である。

「諏訪くんだっけ?相変わらず几帳面で仕事が早いわね」

仕事ぶりを評価された…。

「ちょっとこっちきて」

先輩に入ることを促されたのは、仕事部屋だった。

かれこれ一週間ほどになるが、ここに入るのは初めてだ…。少し緊張する…。

勇気を出して、1歩足を踏み入れて、俺は衝撃をうけた。

「…めっちゃ整理されてる…」

シンプルな仕事机にノートPCが乗っており、床にはゴミや下着が散らばっておらず、何もかも真っ白に見えた。

ほんとに整然としており、PCのワード画面すら真っ白に見えて…。

ここでようやく違和感を覚えた。

ここには一切の生活痕というか、創作している様子がまったく無かったのだ。

「実はね、私の創作活動は今すごく行き詰まってるの」

先輩は座り、小さい冷蔵庫から缶ジュースを取り出しながら言う。

「次は賞を狙え、お前ならできる、って言われれば言われるほど私の創作欲は減っていったわ」

缶をあけ、そのまま飲む。さっきからそうだが、俺のことなんてまったく配慮しない。

先輩の話は以下のような感じだった。

賞狙いを言われて書き始めるが、完全なスランプに陥る。

何も書けないことから編集部に缶詰にされるが、そうなるといよいよ書くものがなくなった。

編集部の狙いはあくまでも女子高生の芥川賞受賞。もう時間もない。

「そんな折にあなた達がきたの」

なにかを作るために意欲的になっているあ俺達を見てピーンときた。あわよくば、新しいネタになるのではないかと。

しかも話によれば、ネタの元はその女子(白百合)にあるようだと。ということで家事を口実に呼び出して観察していたが…。

「はっきり言って、まったくわからなかったわ」

先輩に白百合の魅力はまったく伝わって無かった。

「忍耐があるわけでもオーラがある訳でもない、ただの一般人以下のカス女よ、あんなので映画1本撮ろうとかあなたも随分ハッピーな時間の使い方してるわね」

随分な言われ用だが、ごもっともである。

人物から物語を想起するようなことはありえる。有名なところでは石原裕次郎の狂った果実がそうだろう。あの人のようなオーラは、おそらく白百合にはない。しかし、それは条件次第だとも思っている。

「…それは多分、先輩があいつの1面を知らないからだと思います」

白百合は時々、あの性格からは思いもしない影を落とすことがある。それは本当にふとした瞬間、一見楽しいことをしているように見える時にでも謎の陰りを見せるのだ。その時の表情は、まるで少女というよりは、大人の女性の様な、しかし無理をしているような…。

言葉を考えていると、先輩がドン引きしていた。

「あんた…あんなのが好みなの?」

「違う!そーいうことじゃなくて!」

この感情をうまいこと話すことができない。

これはいったいなんなのだろうか。

「どうも私の視点ではダメみたいね」

先輩は大きなため息をつくと、ノートとペンを持って向き直った。

「教えて頂戴、あなたの視点を」

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