バックナンバーズ 第4話 『道化の花都さん』(2/3)
しばらく看病していると、女性は意識を取り戻した。
「…あなたは?」
「俺は同じ学校の後輩です。今は先輩の執筆の手伝いをしてます」
「ああ…そういうこと…私はてっきり若いツバメを囲んでいるのかと…」
頭沸いてんのかなこの人。
「でも、ようやく先生書いてくれたんですね…」
この人は、先輩の担当者の青崎というらしい。この環境に先輩を置いた元凶である。しかし、先輩の執筆はなかなか進まず、白紙である報告の連絡ばかり…。そんなある日、突然まったくの音信不通になり、ついに思いつめて…?と心配になってきたらしい。
とりあえず、現状の執筆状況を確認するためにも文章がみたいというので、まとまっているところだけでもプリントアウトをする。
「いやぁ、楽しみですねぇ!先生の書く青春ストーリー!」
んん!?青春ストーリー?まぁある意味青春ストーリーとも言えなくないのか?ヒロインは女子高生だし。
なんとなくズレを感じたが、とりあえず小説を見せる。
担当者はワクワクしながら目を通したが、みるみる青ざめていった。
「って先生!これ打ち合わせと全然違うじゃないですか!」
担当者が先輩に詰め寄る。
「先生にお願いしたのは男女の青春の甘酸っぱいストーリーものですよ!」
書いてるものと全然違う!
「そうかしら?まぁ作家の筆が乗ると多少の誤差はあると思うわ」
この誤差を多少と言い張る先輩はマジでタフネスだと思う。
「芥川賞狙うなんていうから、セックスドラッグスカトロを書くノルマを達成させただけよ」
「そんなノルマありません!」
少しほっとした。
「打ち合わせで言ったじゃないですか!君の名は。っぽいもの書いて芥川賞とってメディアミックスしまくって展開取ろうって!」
お前も大概だな!
「私、君の名は。嫌いなのよね。新海は一生女々しいもの書いてればいいのに」
ひでえ言い草だ。
「とにかくこんな恐ろしいもの、弊社としては発行できません!私も編集長に殺されます!」
「大丈夫よ、『第2の羽田圭介あらわる』って書けば行けるわ」
「先生は綿矢りさみたいな路線で行きたいんですよ!」
なんだかお互いの文学論を巡ってバトルになってしまった。
とりあえずわかったのは、作業の一時的な停止と全ボツってことくらいか。
女性同士のキャットファイトが始まりそうなので、コンビニに行って時間を潰す事にする。
アイスを買って戻って来ると、ドアの前に担当者がいた。明らかに争った形跡がある。
「すみません、ちょーっといいですかー」
担当者は俺を近くのファミレスに連れていった。
「どうか有栖先生を改心させてください!」
席につくなり、早速頭を下げてきた。
「改心と言われましても…俺も会ったのはついに1週間くらいで…」
「先生、昔はあんな感じじゃなかったんですよ」
かつての先輩の文章はそれは流麗な川のごとく美しい文章と、爽やかな中で陰りを見せるキャラクター達を生々しく書く様な人だったらしい。今と正反対だな…。
「しかし、芥川賞にノミネートされてからあんな調子になってしまって…」
元々は携帯小説出身ながらもその才覚を見出されたらしいが、話題性狙いも含めて芥川賞にノミネートされる。最終選考まで残ったが…結果は惨敗。選考委員からも酷評され、散々な目にあったらしい。
「結局、編集部のゴリ押し話題性だけで取れほど甘いものでは無かったんですね…」
青崎さんは大きなため息をつく。
「私は前の先生の作品好きですし、あの路線で芥川賞だって狙えると信じてます」
とにかく彼女には再度挑戦してもらい、受賞はしないまでも目標にし、トラウマを克服してほしいとの事だった。
だが、肝心の本人があれじゃあなぁ…。
俺に、文学界のことなんてわからない。先輩の文章読んでても、正直暗くて気持ち悪い程度にしか思えなかったが、読む人が読めば彼女の真価がわかるのだろう。ある意味あれほど嫌悪感を与える文章をかけるのも才能なのかもしれない。
「あなたのようなどぅ…純真な心を持つ男の子がいれば、きっと先生も目が覚めると思うんです!」
おい、今なんて言いかけた。
「まぁ、僕としてはどっちでもいいんですが…」
とにかく、この件が片付くまで映画のことをどうこう言ってられなさそうだ。
ああ、脚本よどこへ行く。
先輩の部屋に戻ると、作業を再開していた。
「あれ?いいんですか書いちゃって」
「ふん、あの人がなんて言おうが、どうせ今の私にはこれしか無いわ」
すっかりふてくされているようでもあった。
「…ねぇ諏訪くん」
先輩が語りかける。
「人は生涯、どれだけの作品を作れるか知ってる?」
唐突な質問だった。
それは、どういう意味なのかわからなかったが、そんなもの人によってまちまちだろう。
「人によるんじゃないですかねぇ。100作作れる多彩な人もいれば1作しか作れなかった一発屋もいるでしょうし」
「それは違うわ」
あっさり否定する。
「人は、たった1作しか作品を作れないのよ」
意味がわからなかった。
先輩の弁によればこのとおりである。
たとえ100の作品を発表したところで、その作者の根幹にある潜在的な価値観や視点は結局変わることは無い。一見2作目が違うものに見えていても、それは結局1作目の焼き回しに過ぎない。
「たくさん量産しているように見えていても、実際にはその作者に期待しているのはたった1作だけ、それを水増しできるのが技量よ」
わかるようなわからないような…。しかし、心当たりがないわけではない。
同じ監督が撮ったものだと、確かに同じものを見ているような感覚を覚える瞬間がある。
先輩は、そのことを伝えたいんだろうか…。
「私は、私自身を以前の作品に込めていた」
けど、それは文学性というまた別の基準で大きく否定される事になった。
「女子高生で芥川賞だ、なんて騒いで馬鹿みたい」
そして、昔のことを少し話してくれた。
高校一年の頃、彼女自身は荒れていたらしい。学校にも行かず、不良と付き合い道を踏み外しかけていたところ、市川先生に拾ってもらったのだ。
「先生から私に不良は向いてないと言われた。そういう子は極端な行動に出て、無理をするからそっちにいくなって」
目標を失った彼女に転機訪れたのは、先生の一言だった。
スマホ依存症だった先輩に、先生が「せっかく書くなら価値のあるものを書け」と言われてスマホで小説を書いたのがきっかけらしい。さらにそれを小説投稿サイトに載せることをすすめられて…その後は色々あったらしいが、あとは青崎さんが言っていた例の受賞騒ぎがあった。
「私、あなた達に当時の私を重ねてた」
なんとなく、それは感じていた。むしろようやく今までのことが重なったというか。
「結果的にあなたに迷惑をかけただけだったわね。今までありがとう、明日からは来なくていいわ…」
先輩はもの悲しげにそういった。その言葉にはどこか寂しさがあった。
しかし…。
「いやいやいや、何言ってんすか!?」
俺は全力で否定した。
「俺の頑張りまで勝手に無にしないでくださいよ!」
先輩は急変し俺にたじろいでいた。
「いや、だからこの小説はもう全ボツで…」
「関係ないじゃないですか!」
俺はひるまない。
「勝手に人をモデルにしてストーカーにまで仕立てておいて、ラストがめっちゃ気になってんすよ!芥川賞がなんだ!なんだったら障子にちんぽ突っ込ませましょう!」
キョトンとしていた先輩だったが、突然アッハッハッと笑い出した。
「そうだね、じゃあちんぽ切り落とすエンディングまで書き切ろうか」
思わぬネタバレをされた上にとんでもないラストだった。
「それはちょっと…」
「冗談よ」
安心した!
結局、僕達は小説を書き切るまで作業を続けた。
僕達のシナリオの話なんて、もう頭から飛んでいた。
相変わらず白百合は適当な連絡しかよこさないし、安藤はなにか言いたげだった。しかし、すべての問題は後回しだった。
一ヶ月後、2人で校了までした小説はまとまった。文庫本にまとめれば200Pほどだが、それまでに先輩が書いたのはノート200冊を超えていた。今にして思えば、若さとはすごいと思う。それほどの集中力と体力は今では無いだろう。
内容は今でも覚えているが細かいことは正直思い出せない。今頃になって、あの小説のデータくらい手元に残しておけばよかったと後悔しているが、当時はもう文字を見るのも嫌だった。
それに、いつでもまた見れるものだと思っていたのもあった。
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