バックナンバーズ 第2話 『静かなる炎』(2/2)
仕事を終えて、俺たちは部室に帰ってきた。俺はなんて声をかけていいのかわからずドキドキしていた。
白百合はギャルメイクをやめれば普通に可愛い子だったのも驚きだが、なんとなく脅されている様にも感じたからだ。
テキトーに荷物をまとめて帰ろうとしていると、白百合はソファに座った。
「ちょっと待ちなさいよ」
帰ろうと思っていたのでビビる。
「…なんでしょうか?」
「今日の映画よ。あるんでしょう?」
まさかの映画の催促だった。
確かに持ってきてはいるが…。
「いやぁ…もう今日は遅いしなー。終わる頃には帰宅時間が…」
目を泳がせながら断ると、彼女は「あっそ」と諦めてくれた。正直ホッとした。
白百合は部室内を見回り始める。こいつ何を言い出すのか、正直不安である。ここには、かなり高額の撮影機材もあるのだ。勝手に触って壊されたら困る。
「へぇー、なんか色々揃ってるのねー。あ、カメラ見っけ。なんか小さいけど」
見つけたのはよりによって貴重な8mmのハンディカメラだった。どうせ先代が流行りに乗って買ったものだろう。しかし、落としたりして壊すのでは?と不安になった。
「じゃあはいこれ」
白百合が俺にカメラを渡す。
「…はい?」
「何やってんのよ。撮るのよ」
白百合がポーズらしき物を決める。
「せっかく黒染めしてメイクも髪型も変えたんだから、あの映画の人みたいに綺麗に撮ってよね」
その一言が俺の逆鱗に触れた。
「舐めてんのかお前!」
俺が怒声をあげると、白百合は少し怯んだ。
「映画はな!絵だけでとるんじゃねえんだよ!その時の心情やそこに至るまでの話があってこそシーンが輝くんだ!」
俺の映画論が炸裂する。
長々と喋っていたので最早内容は覚えていないが、白百合がどんどんドン引きしていったことだけは覚えてる。
息切れをしながら、ようやく講釈が終わった。
「あー!そう!わかったわよ」
白百合も諦めたのか、カメラを棚に戻す。
「あんたになにか期待した私が馬鹿だったわ」
と、彼女は何気なく気落ちした表情を見せ、彼女は部室を去っていった。
その瞬間、俺はあの光景がフラッシュバックしていた。
それは1ヶ月前、まだ名前も知らない白百合の姿を目撃したあの雨の日。
あの影を落としていた少女に俺は目を奪われていた。
透明で、今にも雨の中に消えてしまいそうなその姿に、俺は魅せられていたのではないか。
もしあの一瞬を残す事ができるなら、2時間を費やしてもいいんじゃないか。
俺の中で、静かなる炎が、胎動を始めていた。
翌日、白百合は市川先生に連れられて部室にきた。再度やる気を失くし、逃亡を図ったが市川先生に阻止されたようだ。
しかし、部室を開けて驚いたのは市川先生の方だった。
「珍しいな、部室を整理するなんて」
ずっとカーテンを閉めていた部室のカーテンは開かれ、埃かぶっていたあらゆる機材は新品のように整備されていた。
そこは、まるで本当の撮影スタジオの様に。
「市川先生、お願いがあります」
俺はビシッと姿勢をただし、頭を下げた。
「お願いします!これから映画部は本来の活動に戻るため、しばらく奉公活動はできません!」
言ってやった。先生にお願いしたり逆らうのはこれが初めてだ。心臓がバクバクする。
市川先生はその姿を見て少し微笑んだ。
「そうか、ついにやりたいこと見つかったんだな。ビッシっとやれ」
奉仕部の件は、先生から各方面には伝えておくということになった。
しかし、白百合は困惑していた。
「ちょっと、じゃあ私の事はどーなるんですか!」
俺は白百合にも言うことがあった。
「白百合、お前に頼みたいことがある」
俺は手を差し伸べる。
「お前を主演で映画を撮らせてくれ!」
「はぁ!?」
白百合の反応は想定の真逆だった。
「あんた昨日撮影断ったじゃん!今更何言ってんのよ!?」
と言いつつも、白百合からいつものツンケンさを感じない。実のところまんざらでもなく、本人も揺れているんだろう。
だが、彼女の決断を委ねるのは卑怯に感じた。やるなら、俺が全部責任を持つ。
「いいやダメだ!お願いだ!」
俺は彼女の肩を掴む。
「お前の時間を俺にくれ!」
当時のことを思い出す
こんな態度に出れたのは、今でも謎だった。
あの頃は、とにかく必死だったし、今更駆け引きやお為ごかしのセリフは無駄だと思った。全て今ある思いをぶつけたつもりだ。
彼女の反応は今でも覚えてる。小さい肩が少し震えていた。目の前の相手すらも霞んで見えるほど目を回している俺を、じっと見ていた。邪推や品定めではない、その目は何もかもを透き通る様に俺の心を受け止めようとしているように感じた。
白百合はしばらく黙った後、小さくため息をついた。
「わかったわよ…そこまで言うなら撮らせてあげる」
「……!!!」
俺は、心の中でガッツポーズをした。
「けど、あんまりつまんないものだったらすぐやめるからね」
その言葉を聞くと、俺はへなへなと膝から崩れ落ちた。普段使い慣れていない精神や筋肉を使ったせいで、俺の気力は尽きていた。
俺は、彼女のためにたったワンシーンを求めて映画を撮る。
それが当時の僕の決意だった。
こうして、数年ぶりに我が校の映画部は、晴れて再スタートをすることになった。
主演女優と監督、ラストシーン以外、全く何一つ決まっていない状態から。
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