バックナンバーズ 第2話 『静かなる炎』(1/2)

とある人から教わったことがある。

『人生において人はひとつの物語しか書くことができない』

その人曰く、物語とは突き詰めれば作者の身を切り売りしているだけで、最も美味しい部分だけが名作となり、それ以外はその部分の旨み成分や当時の味をまた味わいたい人が作者を求めるだけなのだという。

実は今回自信がこの話を書こうと思ったきっかけこそ、その人の言葉を思い出したからだ。正直小説の文法は全くわからないが、当時のことを話すことくらいは出来る。ならば当時のことを赤裸々に綴れば少しは面白いものが書けるのではと思ったのだ。

僕自身、書いていて当時のことを思い出しつつあり、思い出に浸りつつある。

思い出すのは光ばかりではない、這いつくばって泥まみれになって当時ではどうしようもなかったどす黒い感情すらも思い出して行く。

しかし、それでも書きたいと思った話がある。


バックナンバーズ 第2話

『静かなる炎』


白百合との奉仕活動をして早2週間が過ぎようとしていた。

その間、俺は全く映画を見れて居なかった!

とにかく白百合は仕事が遅い!やる気が無い!最近は市川先生もあまり監督しなくなった。(俺には監督として仕事させるのも先輩の役割だと言われた)

TSUTAYAで借りては見ずに返しては再度借りるという無駄極まりないことをしていた。

しかもよりによって、次回見ようと思っていたのは、よく行く掲示板でも評判のよかった映画なのだ。この監督の他作も見たが、とてもいいものだった。ずっと楽しみにしていた。

俺は…割とストレスの限界を感じていた。

俺にとって、映画は呼吸と一緒のようなものなのだ。それがいつまで経っても見れない。

家には残念ながら自室にテレビが無いし、2時間近く占領しようものなら姉からチョークスリーパーをキメられてしまう。

俺に…俺に映画を…。


そんなある日のことだった。

今日課されたのは、図書室のカード入れ替えという結構でかい仕事だった。協力してやらないと、下手すりゃ一週間かかる。

俺はもう、正直映画が早く見たくてソワソワしていた。そんなもんだから、おもわず口走ってしまった。

「白百合さん、今日は頑張って終わらそうね」

何気ない一言が、相手を刺激した。

「はぁ?勝手にすれば」

ぶちっ。

俺の中で、なにかがキレるのを感じた。

「こっちがはぁ?だよ!ふざっけんなよ!」

俺は机を叩いて立ち上がった。白百合もそうだが、手伝いの図書委員の子までキョトンとしていた。

「俺はなぁ!ずっと1人で頑張ってたんだよ!なのにお前が来てからずっとずっとだなぁ!」

正直、怒っていながら自分でも戸惑っていた。なんで俺はこんなに怒ってるんだ?こんなに怒る必要あるのか?しかし、周りの目線があると、どうにも引っ込める事ができなかった。

「け、喧嘩はやめてくださぁい…」

図書委員の子が止めに入るが、俺の気は収まることはなかった。


実はそのあとは何を言ったのか、自分でもよくわからない。とはいえ当時の僕は白百合のことをよく知らないから、自分自身のことばかり喋っていた気がする。今となってはわがままで、なんとも自分勝手だったと思う。


しばらく睨みつけていた白百合だったが、突然立ち上がり、俺の前に立ち塞がった。

「な、なんだよ」

白百合持っていた本で俺の頬を思いっきりぶん殴った。

その勢いで俺はぶっ倒れてしまった。

「なっ…!?」

俺が困惑して起き上がれないのいいことに、白百合はさらに3発も蹴りを入れてきた。

白百合は大きなため息をつくと、本を捨てて図書室を去ってしまった。

辺りは静寂だけが残る。

正直痛みはそうでも無かったが、とにかくパニックになってしまい、逆に頭の中がリセットされて怒りが収まった。

「…大丈夫?」

図書委員が心配そうに俺を介護した。


30分後、俺は部室に戻った。

大したダメージは無かったが、頬を少し切ったのか口が痛い。あの野郎…。と思いながらも、久々の映画タイムに少し浮き足立っていた。こんな気持ちも、映画が吹き飛ばしてくれることを期待した。

が、部室には奴がいた。

白百合が薄暗い部室でスマホを充電しながら弄っていた。

なんで帰って無いんだ…。

しかし、俺はシカトすることにした。とにもかくにも映画を見る準備をする。

「…」

「…」

白百合もなにか言いたげだったが、俺はシカトした。

DVDをセットして、再生ボタンを押す。


映画の内容は、実は結構薄暗い内容だった。しかしそれとは裏腹に、美しい音楽と映像があり、それがなんとも悲しげな映画だった。一応R指定がかかっており、正直女の子がいる前で見るような映画では無かったが、関係なかった。

美しく残酷な世界に心を奪われていた。ふと気づけば、白百合も映画を見ている気配がした。

俺は久々の映画が名作であり、素直に映画に惚れ込んでいった。


少し長い映画だったが、見終わった頃には透き通った様な感情が芽生えていた。

「…なぁ白百合さん」

俺は白百合に話かけていた。

「さっきは怒鳴ってしまってごめん。ちょっとイライラしてた。本当にごめん」

俺が素直に謝れたのは、映画を見れて感性が豊かになっていたからに違いない。

「…」

返事は無い。まだ怒ってんのか?

でも、もうどっちでもいい。とりあえず義理は果たした。この先相手がどう思うと勝手だろう。

「…あんたさ、あの日の私見てたんだよね」

突然白百合が喋り出した。

「まぁ、正直白百合さんだとは思わなかったけど」

「…なんかこの映画の子、私に似てた」

え…?それってどういうこと?

この映画の子は脅迫されて援交したり最終的には自殺しちゃう子もいたよ?

とか無粋なことは言えない空気だった。

「私、映画あんまり知らないけど、初めて映画見て綺麗だなって思ったよ」

「…」

少し、嬉しかった。俺もこの映画は初見だったが、この映画は本当に美しい映画だった。残酷なテーマが、むしろ映像の美しさと音楽を際立たせているようだった。まさか白百合がそんな感性持ち合わせているとは想定外だったが。

「私、こんな風になりたい」

は?何言い出したんだこの子?

「…ねぇあんたさ、私をこんな風に撮ってくれない?」


それは目が覚めるような提案だった。

話が飛びすぎて、当時の僕にはわけがわからなかった。

しかし、同時にあの日の雨の光景を思い出していた。

あの雨の日に見たのは、間違いなく白百合詩由だった。あの閃光の中にいるような瞬間をフィルムというガラスケースに入れてしまいたいという感情は、映画を見ている者なら誰しも思うだろう。

だが当時の俺はそこまで頭はまわって居なかった。


「いや、無理」

映画部再興の話は、1秒で無くなった。


2日後、俺が机に伏していると安藤が話しかけてきた。

「おいおい諏訪さんよ。ついに白百合に振られたらしいな」

「そんなんじゃねーよ…」

白百合は、翌日部活に来なかった。市川先生に聞いたが、どうやら体調が悪いらしい。

聞いた時、正直どきりとした。

俺か?俺がにべも無く断ったからなのか?

っていうか正直無理だろう…。白百合みたいなギャルを、あの映画の清楚系ヒロインにするのは…。

安藤に相談すべきか、しかし喋ったら殺すとかまた言われそうだしな。

なんだかモヤモヤしたまま、放課後になった。

今日も今日とて、図書カードの入れ替え作業だった。前回もそうだが、1日のノルマは基本30分で終わらせるのが俺のポリシーだ。周りからすれば信じられないハイペースらしいが、正直あんまり褒められても嬉しくないスキルである。雑用が上手いってので、将来役に立つことなんてあるのか?

黙々と作業をこなしていると、突然知らない女の子がとなりに座った。

彼女も図書委員だろうか?初めて見る子だ。暗めの栗色のストレートヘアに青いシュシュを手に巻いて…。

あれ?この人どっかで…。

「あのぉ…どちら様でしょうか?」

図書委員の子が声をかける。この子、図書委員じゃないの?じゃあなんで突然入ってきて手伝ってるの…?

「いや、白百合ですけど」

その場にいる全員が一瞬思考停止すると、立ち上がった。

「白百合さんって、あの白百合さん?」

「この前までケバケバメイクの?」

「髪の毛どーしたんですか!?パーマは!?」

皆が怒涛の質問を浴びせる。そりゃそうだろう。俺も驚いてる…。

「ただのイメチェンよ、そんなことより手を動かしなさいよ」

「は、はい…」

とりあえず全員作業に戻るが、チラチラ白百合を見る。その姿はまるで動物園にでもきた園児のようだった。

俺は正直ドギマギしていた。

ナチュラルメイクの白百合が思ってたより可愛いかったのもあるが、もしかしてきっかけは先日のことなのか?この前あんなこと言ってたからなのか?俺の言葉でこいつの生き方変えちゃったのか!?という妙な責任感からであった。

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