第3話 閉じ込めたのは、私自身。

 誰かのために生きていれば、自分の傷なんて無視できた。その時は私なんてこの世に存在していなくて、ただがむしゃらに目の前の問題にだけ力を注げばよかった。

 働けなくなってから、目の前に自分がただあった。そうなってはじめて自分を見た気がする。

 鏡の中自分はひどく他人行儀で、私のことを見てはいなかった。

 今まで向き合ってこなかったのに、今になって自分だと認識できるほど、優しくはないのかもしれない。



 改めて、自分を振り返った。自分の青春はあのときに置いてきてしまった。自分を抑圧してきて、今解放しようとしてもうまくいくことでもない。

 自分と向き合うのがこんなに難しいことだとは思っても見なかった。

 自分を押し殺したのは、私自身だとやっと気がついた。


 本当の私は、どんな人間なんだろう。

 今まで抑圧してきた感情が、溢れる。


 本当の私はそうじゃない。

 もっと楽しく笑いたい。

 私はそれが好きじゃない。

 みんなが望むためだけに生きたくない。


 今までそう言えなかった今までの自分。

 毎日に押し流されて、置き去りにしてきたもうひとりの自分。

 ずっとそこにいた。私は、ずっとそこにいた。

 私が押し殺して、隠してきた私がそこにいた。


 耳に、メロディーが流れ込んでくる。

 ずっと好きだった曲。名前も知らない、有名でもない。

 ただ、ネットから流れてきた曲。

 気がついたら、その声の主を探していた。

 きっと、この人も傷を負ったことのある人だ。直感的にそう思った。

 声は儚いが、弱くはない。

 歌う歌詞は傷が現れているが、弱さを知っているが弱くはない人。


 必死に探して、SNSで彼女のアカウントを見つけた。

 彼女はネットの湖の底に潜むように、顔を出さずに活動しているミュージシャンのようだ。

 ラジオやネットを媒体にして音楽を発信しているらしい。そんな簡単な情報は手に入った。


 彼女が情報を流した。日時を指定して、あるサイトに出現するとつぶやいた。

 そこで彼女は歌うと言った。

 先着20名を限定するという話で彼女の人気はネットにおいて絶大だった。私は急いで応募した。


 そこで私は彼女をはじめて見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る