四話 先人の知恵と大きなキャンバス

「川かー、川だねー」

「そうですね」

 だからなんだという話なのだが。

「ほら見て! 川沿いに桜が咲いて……ないね」

 まだつぼみだー、なんて笑いながらふらふらと川沿いに歩いていってしまう。どこに行く気だ。

「夜桜を君と、なんて。すこし見ていかない?」

「いいですけど」

 少しだけ花開いている桜並木をしばらく歩くことになった。

「花が咲くっていよいよ冬が終わる! みたいな感じしない?」

 それはわかる。

「たぶん虫とかもそんな感じでまた元気になるんだよね」

 言いながら元気なくなるのやめてほしい。

「みーんみんみん」

 それはセミだろう、今春の話してたんじゃないのか。

「ハチっているでしょ?」

「ええ」

「あれの色なんていうか知ってる?」

 ハチの色? 黄色とかそういうことか? 柄のことか?

「黄色、ですかね」

「ぶっぶー、正解は警戒色でした」

「ふーん」

「反応うっすー、あれってまず自分がヤバイやつだぞーって周りに知らせて近づかないようにしてるんだよね?」

 自分から持ち込んだクイズなのに質問されても。

「そうなんじゃないですか」

 彼女の身なりとか雰囲気は完全に警戒色だろう。

「なんで急にこんな話を」

 今までの会話に脈絡があったわけでもないが。

「あー! 見てあそこの桜だけめっちゃ咲いてない?」

 彼女の指差した先の桜はたしかに満開とまではいかなくても7部咲きまではいっているだろう、他のつぼみばかりの桜ばかり見てるいるとあれでも十分に見えてしまう。

 すぐ近くを流れる川は桜の姿を写すことができずにただ黒く、墨を溶かしたように流れている。辺りを見渡せば色がついているのは明るく笑う彼女と桜だけに見えてしまう。


 都会からはだいぶ離れてきて空気もだんだん明るさを失ってきたように思える、目が慣れたこともあるが星が見やすい。

「星空を見上げる女子ってなんだか映えるねー」

「それじゃああなたもきっと映えるのでしょうね」

「ふふっ、そうかも」

 なんだあんただって似合っているじゃないか。優しい瞳で夜空を見上げている彼女の横顔はなんだか今までより見え方が違って見える気がした。

「今日は新月か、じゃあもっと星見やすいじゃん」

 星座とか見つけたことある? なんて聞かれても今までそんなにまじめに星を見たことがない。

「プラネタリウムに行ったのもずいぶん遠い記憶で、見ただけじゃ何もわからないです」

「それじゃあ教えちゃおっかなー、あそこに北斗七星があるんだけどわかる?」

 それだけは覚えている、あのスプーンみたいな形のやつだろう。

「あれですか」

「そーそー、それで匙のさきっちょをぐいーっとのばしていくと北極星があるんだけど」

 んん? どれだ?

「見つけらんない? さきっちょの二つの星の距離を五倍に伸ばしたぐらいらしいけど」

「あー、なんとなくそれっぽいのは」

「よし、これで私たちもう道に迷わないね。そんでさっきの北斗七星はおおぐま座の一部なんだけど北斗七星を尻尾にして全部で13個の星をつなげるんだけど……」

 話をしているとときどき思うがいまどきのパリピは全員私より物知りなのか? 普通星空なんかにそんなに詳しくないだろう、なんなんだ。

「他にも大きい星座は春の星座だからー……って聞いてる?」

「えっ? ああ、はい」

「もー、人が話してるんだからちゃんと聞かないとだよ。あー、でも私も眠くなってきた。いつもはもう寝てる時間だしね」

「それで、大きな星座はどれなんですか?」

「えっとねー、北斗七星の手で持つほうをぐぐっとカーブさせながら伸ばしていくと……」

 深夜のプラネタリウム解説は彼女が電柱にぶつかるまでの講演だった。

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