三話 夜中の千鳥は恐怖を連れて
なんとなく不機嫌そうな彼女の脇を歩いている、パリピと無駄にしゃべらなくていいこの状況に歓喜しているのだろうが理由が理由なだけに喜べない。
誰だって好きなものをバカにされたら腹が立つだろう。どうすべきか、「うちの歯磨き粉実はイチゴ味なんだよねー」とか? いや、どうせなら別の話題をふるべきか。「虫の声がよく聞こえますね」と言おうとして耳をすませ
てみたが特に虫の声は聞こえてこない。ええい早く起きろ寝ぼすけどもめ、冬は終わりだ。
「……。」
あー、どうしたものだろうか。思えば今までの話はすべて彼女から切り出された話だ、いっそのことまた話しかけてくるのを待つべきか。でも今までずっと話していただけに沈黙がやたらときつい。
駅が見えてきた、あの駅は特急なんかも止まる大きな駅で駅前も居酒屋やらなにやらでにぎわっていると思う。人がたくさんいると思って安心したのは今日が初めてかもしれない、が。今は真夜中、こんな時間まで飲んでるよ
うな人たちが相手だと思うとまだ二人で夜道を歩いているほうがいい。
駅前広場を歩いていると好奇の目線がこちらに向いているような気がしてくる。それでもなんとか駅前を抜けて派手派手した雰囲気を抜けたのだが、ちらほら見える明かりは飲み屋の明かりだろう。
「……。」
はやく彼女の明るい声が聞きたい、聞きたいけれども彼女はあの町並みにも慣れているかもしれない。なんて思うと私と彼女の間の壁が目に見えるようになってまた現れたような、そんな感じがする。
道路の向こう側から誰か来る、ちどりあしでよたよたとこちらに向かって歩いてくるさまはパニック映画のゾンビを思わせる。
「おー? なんだ嬢ちゃんたち、お水は終わりか?」
水商売なんてしてないのだがこんなとこを歩いていればそう思われてしまうのだろう、悲しいとか悔しいとかそういう感情もあるが、一番強いのは恐怖の感情。
「あんたには関係ないでしょ」
「ういっひっひ。こわいこわい。そっちのおとなしそうな子もいいけど、ビッチみたいな嬢ちゃんもなかなかじゃねえの。どうだい? おじさんと一杯飲まないかい?」
「やだね、私は薄汚いジジイとは飲まない主義なの」
私を背中に隠すように彼女が私を引き寄せる。
「あんだよ、ノリがわりいな。ほら行くぞ! 俺と飲めるんだから喜べビッチ風情が!」
そう言って男が彼女の手を乱暴に取る。
「っ! さわんなクソジジイ!」
「ウッ!ッッッッッ!?」
男がうずくまる、なにをしたのか想像はつくが因果応報だ。
「行くよ!」
彼女が私の手をとって走る。
「はあ、っはあ……怖かったね。大丈夫?」
「私は大丈夫です、あなたこそ」
「私は大丈夫だから」
顔は笑っているが震えているのが見てとれた、怖いのは同じだったのに自分から前に出てくれたんだ。
「ありがとうございます」
「へへ、なんのことかな」
また歩き出す。
「家まであとどのくらいかな」
話し始めるのはまた彼女からだった。
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