誕生日会
翌日以降は、学園の模擬戦闘に合成魔法修練も追加された。どれだけ練習を重ねても、7人の合成魔法は成功しなかった。
魔法だけの修練しかしなかったのもあってか、ビビの腕のケガも完治した。
うちとビビの合成魔法が成功した事実は、まだフィリーさんしか知らない。ビビはすぐにでも報告したいみたいだったけど『偶然使えただけかもしれないから』と難色を示したうちの意見が採用された形になった。
ビビのケガも治ったし、合成魔法の修練も気兼ねなくできるようになった。
成功率は高いけど、威力は心もとないものが多かった。安定した高威力を出せるようになったら、ミアイアル先生に伝えてもいいのかな。
2人だけの合成魔法だと無意味かもしれないけど。ミアイアル先生に小さな安心くらいは届けられるかな。いい流れは作れるかな。
「きょうは皆でご飯の日っ」
模擬戦闘が終わった教室で、ビビは高らかに切り出した。
『皆でご飯』の誘いを表現するように、クリシスさん以外の生徒が残った教室。
『全員での合成魔法習得には信頼が大切』と、ミアイアル先生も話していた。それのためかな? 皆と仲良くなるのは不可欠だろうし、反対する理由はない。
「いいよ」
うちの賛同に、反対意見はあがらない。誰も嫌そうな顔も見せない。
「皆の衆、食堂に集合じゃー!」
拳を天に突いたビビの言葉に、教室の皆が各々の返事をした。統率のとれた光景。きょうご飯を食べるのは、前々から決まっていたことのように見えた。
学食でいつもと変わらない注文をしようとしたうちは、ビビにとめられた。
主食より副食を多くして、おなかを満たそうって魂胆らしい。よくわからないまま従って、卓上にポテトやチキンがずらりと並べられる。
着席してグラスを持った皆に流されるように、うちもグラスを手にする。
誰に促されるわけでもなく起立したビビは、天にグラスを掲げた。
「ではでは、セリオの誕生を祝して――」
「えっ?」
思いがけない言葉に、反射的に声が漏れた。そのせいでビビの言葉がとぎれるだけでなく、皆の視線がうちに向く。
ここまで注目を集めて、なにもなかったかのようにうつむくことはできない。失礼を承知で聞くしかない。
「きょう、セリオさんの誕生日だったの?」
さっきの言葉を考えるに、そう思うのが自然だ。
うちの持ち出した疑問は、その場の時間をとめてしまうかのような威力を放った。
言葉ない視線をあび続けること、数秒。
「言い忘れた!?」
グラスをがしゃんと卓上に振り落として、うちに詰め寄ったビビ。グラスの中身が大きく揺らめいて、あわやこぼれる寸前にまでなった。
「聞かなかった、かな」
こんな重要なこと、うちの意識が曖昧な際には言わないよね。意識がハッキリした際には、そんな話題を聞いた覚えはない。
「だからさっきからオタオタしてたのか」
アヴィドさんはビビにあきれた視線を送る。うち、そんなに言動に出たのかな。少しはずかしい。おもはゆさで、視界からアヴィドさんを外す。
事情を知った皆は、うちに、ビビに、あたたかな表情を向けてくれる。
「お誕生日の際、クラスメイト全員でお食事してお祝いするのですわ」
そうだったんだ。途中から加わったうちは、知らなかった事情だ。こんなことをするなんて、皆は仲がいいんだな。
「ごめんね。プレゼントとか準備していないよ」
セリオさんはいつもクラスをまとめてくれた。クリシスさんの言葉にも立ち向かってくれて。冷静さを崩さなくて、任務中も頼りになった。
とてもお世話になったのに、なにも返せないなんて。知らなかったから当然とはいえ、申し訳ない気分だ。
肩を落としたうちに、アヴィドさんはぶんぶん手を振った。
「いらねーよ。気ーつかわせるんは違うし、飯を食うだけの会だ。女の好みなんて、わかんねーし」
「あげたい人は、個人で自由に渡すけどね」
エウタさんもけらけら笑って、言葉を続けてくれた。
それなら、まだよかった。お世話になったセリオさんになにもできないのは、やっぱり心苦しさはあるけど。少しは心は楽になる。
「ビビが言い忘れたのは、もう1つの目的に意識を奪われたせいでしょ?」
会の主役のセリオさんが、ビビを見つめてくすりと笑った。祝われるてれなのか、喜びなのか、喜色が見てとれる。
「そうだよ!」
ビビはカバンに両手を突っこんで、がさごそとあさり出した。抜き出した手にあったのは、愛らしくラッピングされたクッキー。
「プレゼント!」
まばゆいほどの笑顔で、ビビに渡される。
「うち、に?」
うちを見ているから、そう解釈できる。セリオさんの誕生日会なら、この発言には違和感がある。誕生日会なら、誕生日の人にだけプレゼントするものではないの?
「ビビの提案ですわ。あなたのお歓迎会、まだできていませんでしたもの。『一緒に開催しましょう』って」
「クッキーはエウタと一緒に作ったんだよ! 味は安心して!」
「そんな準備があったなんて。わたくしも参加したかったですわ」
「やだよぉ。ビビだけで大変だもん」
歓迎会。
そんなものが開かれるなんて、思ってもいなかった。無力だったうちを歓迎してくれる人なんて、いないと思っていた。
なのに今、皆がこうして笑顔でそろってくれた。セリオさんのお誕生日会と同時開催ではあるけど、こうして皆がいてくれる。
「ありがとう。皆も、ありがとう」
最初はクッキーをもらいながら、最後は皆を見渡しながら。集まってくれた皆は、うちにあたたかい笑顔を向けてくれる。
「遅れてごめんね」
謝罪をくれたビビに視線を戻す。こんなことを企画してくれるなんて、ビビの優しさがにじみ出ている。
渡されたクッキーは色も形も大きさもバラバラで、手作り感にあふれている。美しい円形、名称をつけられないゆがんだ形、動物の顔を目指したと思わる耳がついているけど、目を模したチョコレートがとけたせいでゾンビみたいになったもの。個性が爆発している。
『エウタさんと一緒に作った』って言うからには、エウタさんは料理がうまいのかな? 形のいいクッキーは、エウタさん製かな? エウタさん、料理ができるんだ。新たな面を知れて、うれしいな。
「同じクラスになれて、幸せですわ」
「もっとお話して、もっと仲良くなろうね」
うれしい言葉を笑顔で伝えてくれるエウタさん。手にあるクッキーで『偽りのない本心なんだ』って感じさせた。
「甘いモンが食えないってオチはねーよな?」
「しまった! 聞き忘れた! 大丈夫!?」
それぞれの言葉をくれる皆。あたたかい表情に、うちも自然に笑顔になった。
「好きだよ。ありがとう」
アヴィドさんなりに、うちを心配してくれたのかな。仮に甘いものが苦手だったとしても、優しさが詰まったこのクッキーだけはおいしく食べられるよ。
「クリシスがいなくて、ごめんなさい」
唯一、晴れない表情をのぞかせたのはセリオさん。
「どーせ来ないだろ、あいつは」
「毎回声はかけるけど、顔を見せたことすらない」
静かに発したセリオさんは、小さく肩を落とした。そう、だったんだ。
『うちがいるから嫌だった』とかではないんだね。不謹慎だけど、よかった。
うちのせいでクリシスさんが来なかったら、この会を楽しめなくなっていた。大切な誕生日のセリオさんにも申し訳なかった。
「強引に来てもらうのも違うもんね。ぼくたちが楽しくやって、思い出を語ったら来たくなってくれるよ」
「そうですわね。いないのは残念ですけれど、わたくしたちだけでも楽しみましょう」
クリシスさんなしでもにぎわうなら、クリシスさんは『自身がいなくても楽しめる』と誤解して、余計に行く理由を感じられなくなるかも。
うちたちが楽しんでいなかったら『つまらない会にわざわざ参加する理由がない』と思わせてしまうかも。
2つの可能性は、うちの心を迷わせる。どちらもクリシスさんを遠ざける懸念があるなら、うちは楽しむほうを選びたい。『クリシスさんがいたらもっと楽しい』と伝えたら、変えられるかもしれない。その期待を抱いて。
「全力で楽しむぞー!」
高くグラスを掲げたビビに、皆も次々と続けた。うちもその流れに身を任せる。
「セリオのお誕生日、そしてネメの歓迎会の開催じゃー!」
大きく響いた声は、学食中に響いたのではと思えるほどだった。グラスをおろしつつ、ちらりと周囲をうかがう。数人の視線がこっちを向いていた。ごめんなさい。
申し訳なくもあるけど、わいわいと騒ぐなんてはじめて。高揚する心を感じた。
この声が届いたら、クリシスさんにも楽しさが伝わるかな?
皆は飲み物を飲んだり、卓上の食事をつついたり、それぞれ楽しみはじめた。
クッキーもあるけど、今は皆と同じ卓上の食事を食べよう。クッキーはあとでじっくり楽しもうかな。
卓上のポテトをつまむ。変哲のない味のはずなのに、この状況で食べるそれはいつもよりおいしく感じた。
「ネメは誕生日、いつ?」
咀嚼しながらのビビの言葉は、いつもより聞きとりにくかった。本来ならマナー違反になりそうだけど、特別な会だから許されるような気がしてしまう。
「もうすぎちゃったよ」
「えー、そうなの。残念」
誕生日がこれからだったら、また皆で集まる時間をすごせたのかな。そう考えると、少し残念な思いもよぎる。
でも今、こうして一緒にいられるだけでいい。唯一、ここにいない存在が気になった。
「クリシスさんって、ずっとあんな感じなの?」
うちが無力だから、あんな態度なわけではなかったのかな。聞く限り、もしかしてずっとあの感じだったのかな?
「あいつがオレたちとなじもうとしたことなんか、1回もねーよ」
「一緒にいたら楽しいのになー」
諦めモードのアヴィドさんとは反対に、まだ期待が抜けないのかビビは落胆をのぞかせた。
うちが来る前から、ビビはかげでクリシスさんを説得していたのかな。皆と仲良くするように言っていたのかな。
「昔は明るいタイプだったのだけどね」
遠くを見つめてぽつりと吐いたセリオさんは、どこか悲しげだ。誕生日なのに、クリシスさんを思って気分を沈ませている。
「ぼくたちが嫌いなのかなぁ」
「そうではないと思う。悪い人ではないから、皆も嫌わないであげて」
クリシスさんの行動を厳しい言葉でとめることが多いセリオさん。嫌っているからではなくて、クリシスさんが皆に嫌われないか懸念しての行動だったんだな。
「当然さ!」
重くなりかけた空気は、ビビの元気な言葉で吹き飛ばされた。
「昔はどんなお人でしたの?」
「友達こそ多いタイプではなかったけど、友達は大切にするタイプだったかな。私もよく一緒に遊んでいた」
ポテトに手を伸ばしながら、セリオの口元に笑みが戻った。想起した記憶がそうさせたのかな。
「クリシスと友達数人でピクニックする際、私は作れもしない弁当を作った。皆にふるまったけど、強引に作り進めたのもあって醜悪な味になってしまった」
セリオさんにも苦手なことがあるんだ。意外だな。
さっきもらったクッキー、セリオさんも参加したのかな? 失礼ながら、不安がよぎる。
そうなら、ビビが渡す際に『参加した』って言うよね? きっとクッキーはビビとエウタさんだけの手製だよ。大丈夫。大丈夫って思うのも失礼か。ごめんなさい。
「落胆した私に、クリシスは『次がある』と励ましてくれた」
昔のクリシスさんを知っているなんて、クリシスさんとは長いつきあいなのかな。
そんな面を知っているから、セリオさんはクリシスを厳しく叱って、うちたちに『嫌わないで』って言うんだ。
「お優しいのですね」
セリオさんの話を幸せそうに聞くフィリーさん。細められた目元は柔和さを作り出す。
「そう。皆も、理解してあげて」
消えそうなセリオさんの声を否定する言葉はあがらなかった。アヴィドさんは納得できなさそうな表情こそのぞかせるけど、口は閉ざされたまま。空気を悪くすることを言う必要はないと思ったのかな。口調は荒いアヴィドさんだけど、心中に優しさはあるんだ。
「大切なクラスメイトだもん! つっぱねるなんてないさ!」
変わらない声をあげるビビに、セリオさんはおだやかな表情を向けた。理解を示してくれる人がいるのは、セリオさんにとっても支えになっているんだ。
「ありがとう。これからの会には参加するように、私からも言っておく」
クリシスさんをたしなめることも、注意することも多かったセリオさん。昔からの知人だったからなのかな? 孤立した今のクリシスさんに痛む心があるのかも。
「今度は通じりゃいーけどな」
アヴィドさんはちっとも期待していないのか、チキンを持つ手を揺らして吐き捨てた。さっきからチキンばかり食べている。お肉、好きなのかな。
「届きますわよ、きっと」
ミアイアル先生から信頼を求められた今、現状のままではいけない。
クリシスさんも理解して、歩み寄ってくれたらいいな。あたたかく迎えてくれる環境は、こんなにも整っているんだ。
うちもクリシスさんに認められるように、しっかり力をつけないといけない。皆のためにも、しっかり動けるようになろう。
「まだまだ会を開ける機会はある! 仲良くなるチャンスは豊富だぞー!」
また高らかに響いたビビの声。周囲の注目、集めちゃったかな。ごめんなさい、きょうだけは騒がせてください。
「誰の誕生会がもう開かれたの?」
途中から来た存在のうちには、そこの事情がわからない。ビビの暴走を薄めたいし、知りたいことがわかる日常会話に運ぶ。
「最初はアヴィドだったよね? なつかしー」
想起した記憶を楽しむように、ビビのツインテールが愉快に跳ねる。うちの知らない交流が重ねられて、今の仲のよさがあるんだな。
「あー、うん」
ビビに聞かれただけなのに、アヴィドさんは言葉をにごらせた。その様子をくすりと笑って、フィリーさんが続ける。
「男性2人、女性3人のクラス。唯一の同性は、あの様子で交流ができそうにありません。どこか浮いてしまったアヴィドを心配して、企画されたのですわ」
話の内容より、最初の文章がひっかかった。
クラスにいる男子は、エウタさんとアヴィドさんとクリシスさんの3人だよね? 唯一の同性というのは、内容的にクリシスさん。
となると、エウタさんは?
今いる女子はビビ、セリオさん、フィリーさんの3人で計算もあう。実はエウタさんが女子だったなんてこともない。
「ぼく、途中からこのクラスに来たんだ」
うちの疑問を察知したのか、エウタさんが教えてくれた。解消された疑問に、セリオさんが説明を続けた。
「最初の会もクリシスは誘ったのだけど、前述したように来なくて。でもアヴィドとは交流できるようになったし、無意味にはならなかった」
「いきなり女子3人に誘われて、どーしろってんだよ」
アヴィドさんは珍しく困惑をにじませた。今こそ対等に話せているように見えるけど、当時は困惑しかなかったのかな。
関係を変えるきっかけになった会が続けられているのは納得だし、皆も大切にしたい思いがあるんだ。
だからこそクリシスさんも毎回誘って、変わるきっかけにできないか模索しているんだ。
「次はあたしで、今回はセリオ。その前にネメも誕生日だったんだよね?」
さっき少し話しただけなのに、覚えてくれたんだ。うれしさを胸に、小さく点頭する。
「今度はクリシスで、最後にフィリーだね」
指折り数えて、皆の誕生日会を話し終わったビビ。
「楽しみにさせていただきますわ」
続けられる話の中、またしてもひっかかりがあった。
「エウタさんは?」
名前が出されなかったエウタさん。うちみたいに、クラスに来た頃には誕生日が終わっていたのかな?
うちの出した問いに、場の空気が変わったように思えた。
「……クリシス、本人の誕生会に来てくれるかしら?」
沈黙を補うように発せられたセリオさんの声。うちにあわせられない視線が、違和感を演出する。
「いないなんてさみしいよ!」
ビビも続いて、あからさまにそらされた話題。
恐々とエウタさんに視線を送る。笑顔のままのエウタさんがいた。
「いいよ」
エウタさんの発言の意味が、うちには理解できなかった。
皆の視線が、エウタさんに向けられる。そのどれも、心配に似た感情をかすめとれた。
「隠すことでもないし、隠してもないもん。いい機会じゃん」
「エウタがそう言うなら、構わない」
どこか難色に似たような様子をのぞかせるセリオさん。フィリーさんもさっきまでの喜々は消えて、憂慮の瞳を光らせる。
「ぼく、記憶ないんだ」
笑顔のまま続けられた言葉は、胸に衝撃を届けた。
記憶がない。意味はわかる。こんなに身近に、そんな症状がある人がいたなんて。
「ケガして倒れてたんだ。意識が戻った際には、ぜんぶの記憶がなくて。エウタも、回復したあとにつけられた仮の名前」
話し続けるエウタさんを見る周囲の目は心配そうで、皆はこの事実を知っていたんだと理解した。
エウタさんが遅れてクラスに来た理由も、それが関係しているんだろうとも。
「完治して動けるようになって、このクラスで生活するようになったんだ。事情はミアイアル先生からクラスに説明されて、ぼくは支えられてきた」
「最初はビクビク、ひどかったもんなー。オレにすらおびえてきたじゃん」
手に持つチキンをエウタさんに向けて、アヴィドさんはゆらゆら揺らした。重くなりかけた空気を消すようなからかうような口調に、エウタさんは笑顔で返す。
「大きくて粗暴そうだったんだもん。にらんできたし」
「ねーよ。この目は生まれつき。デフォルト装備」
語りあう2人は、自然と笑顔になっていた。時間を使って、ここまでの関係を手にしたんだ。
「記憶がなくて不安定なぼくを支えてくれたんだ。だからぼくも、ぼくのできる範囲で支えるよ」
知らなかったエウタさんの面は、とても軽々しく扱っていい内容ではなかった。
「思い出させて、ごめんね」
無知だったとはいえ、つらい記憶を呼び起こさせちゃったな。だから皆も、エウタさんの誕生日にふれないようにしたんだ。エウタさんの記憶にない情報だから。
「気にしてないから、いいよ。ぼくもごめんね。今までずっと黙って。全員が知ることだし話すべきだったけど、タイミングがつかめなくて」
エウタさんの眉がへにゃりと垂れた。
クラスに来たばかりの頃は余裕がなくて、とても受容できなかったよ。だからエウタさんの判断は正解だ。
「気をつかってくれて、ありがとう」
エウタさんが余計な自責を感じないように、笑顔で伝えた。エウタさんから漏れた、安心した笑み。効果はあったみたい。
「記憶喪失の影響か、たまに心労で倒れてしまうことがありますの。ご理解なさってね」
うちがマルチエレメントを発動した際も、エウタさんはそれが原因で倒れたのかな?
アヴィドさんは『エウタさんが倒れることはたまにある』と語っていた。皆は支え続けてきたんだな。
『最初は戦うのは怖かった』と言っていたエウタさん。支えがあって、少しずつ恐怖を払拭していったんだ。うちが思う以上に、皆の関係は深いんだな。
「うちにできることがあったら言ってね」
笑顔の裏で、エウタさんは不安や孤独を感じてきたのかな。
うちにできることがあるかわからないけど、エウタさんを少しでも楽にできたらいいな。
「ありがと」
「エウタも歓迎会をして、ちょっとずつうちとけてったね」
またたく笑顔で発したあと、ビビは口にポテトを放った。ポテトが好きなのか、ビビの前のポテトはほとんど消えている。
「なつかしいですわ」
語られた思い出がわからないのが少しさみしくもあるけど、飛び交う笑顔は幸せを感じられる。
それぞれの思い出を重ねて、この今があるんだ。今、うちもその中にいるんだ。一緒になつかしめる瞬間が、いつか来るのかな。
「空っぽの記憶が、クラスでどんどん埋まったんだ。これからも増えるよね」
皆を見るエウタさんの瞳は幸せそうだ。この瞬間を心から楽しんでいるんだと伝わる。
「記憶が戻るのが、最大の理想なのだろうけど」
皆の間でその話題はタブーではないのか、セリオさんは迷いを見せないで発した。うちの精神を考慮して、今まで皆は口にしなかっただけなのかな?
「どこかでぼくを捜索してくれる人がいるのかなぁ」
誰が知人なのかすらわからないんだ。名前が思い出せないのが、行方不明者との照合ができないカセになっているのかな。
「会えたらいいね!」
ビビは明るく笑うけど、心の奥では気づいているのかな。
記憶が戻ったら。本来いるべき場所も判明して、エウタさんは遠くに離れてしまう可能性があることに。
わかっていても、ビビは笑ったままなんだろうな。エウタさんの幸せを思って、笑顔で送り出すんだろうな。
ビビは優しくてあたたかい人だもん。想像がつくよ。
「記憶が戻るきっかけでもあったらよろしいのでしょうね」
「なーんも持ってなかったんだろ?」
「そうみたい。必要最低限の装備だけで」
はたから見たら、ズケズケ聞きすぎなのではとヒヤヒヤしてしまう。変わらない笑顔のエウタさんを見る限り、聞くのはきっと許されているんだ。
あえて聞くことで、記憶の鍵が手に入らないかと思ってなのかな。本人が嫌がっていないなら、いいことだよね。
「誕生日だけでもわかったらいいのに。エウタだってお祝いしたいよ!」
「仮の誕生日を考えて祝ったら? 学食ではなくてアットホームな環境でやったら、家族に祝われた感覚で記憶が戻ったりしない?」
セリオさんの言葉中、ビビの視線が素早くうちに向いた。つられるように、セリオさんの視線もうちに移る。
「……ごめんなさい」
セリオさんの謝罪の理由は、すぐにはわからなかった。沈んだ皆の表情を見て、察しがついた。
故郷を厄日で失ったうち。兄さんを失ったことも、皆は察しがついているよね。
『家族』って単語を使ってしまったことに心苦しさを感じたんだ。
「うちは大丈夫」
自然と口が、その言葉を選んでいた。
まだ影は怖いのに。兄さんを失った悲しみは、まだいえていないはずなのに。
こう言えるほど、うちの心は回復の兆しを見せているんだ。
そう思えるまでになったのは。
服の中にしまっていたペンダントを、はじめて外気にふれさせた。
「それ……」
視認したフィリーさんは、かすかに瞠目して声を漏らした。
「子供の頃に兄さんからもらった、大切な宝物」
孤独も恐怖も、これがあったからどうにか乗り越えられた。
兄さんは失ってしまったけど、兄さんの代わりになるペンダントがある。
「それをずっと握っていたのね」
ことあるごとに服の中のペンダントを握っていたことに、セリオさんは気づいていたんだ。
「子供の頃、うちは体が弱くてほとんど外に出られなかった。そんなうちのそばに、兄さんはずっといてくれた」
自ら語りながら、胸があたたかくそまる。思い出だけでも満たしてくれる存在。
「外に出られるようになったうちを、兄さんはとっておきの場所につれていってくれて。そこでこのペンダントをくれた」
花が咲き乱れた一角の中心で、兄さんはこれをくれた。
花なんて数えるほどしかなかった故郷で、あの場所はとても特別で。花々を見るだけでも心が満たされた。なのに、兄さんはペンダントまでくれた。
この2つは、うちにとって欠かせない大切なものだ。
あの花畑は、厄日でどうなってしまったのかな。無事だったらいいな。兄さんとの思い出の場所が残っていたらいいな。
「お兄様は――」
「やめろよ」
フィリーさんの言葉は、投石のようなアヴィドさんの言葉で遮られた。皆の注目を集めたアヴィドさんは、目をかすかに泳がせる。
「思い出したくねーなら、無理には」
いつものアヴィドさんらしくない、歯切れの悪い言葉。視線をよそに向けて、笑顔がすっかり消えている。
兄さんを思い出したのに、うちの心は正常を保てている。無理して話をしたわけでもないのに。
アヴィドさんには、無理をしているように見えたのかな。気をつかわせちゃったかな。
「そんなに大切なものなら、なくさないようにしないとね」
話題を終わらせるように発せられたセリオさんの言葉に、心配をかけないように笑顔で点頭して返した。
兄さんなき今、このペンダントはなににも代えがたい大切なもの。
花畑にはもう行けなくても、ペンダントはうちのそばにずっとある。
視線を感じて顔を向けたら、うちにあたたかい笑顔を送るビビがいた。
家族を失ったうちに同情して、うちに優しくし続けてくれたビビ。きっとほかの誰よりも、うちの心中をわかってくれている。
だからこそ、兄さんの話題を口にできるまでになったうちに、安心できる心を与えられたのかな。
推測でしかないけど、ビビに応えるように笑みを返した。
「あのね」
顔を皆に戻して、ビビは口を開いた。
「ネメと合成魔法、使えるようになったよ」
突然の告白に驚いた。修練をくり返してコツがわかってきたとはいえ、まだ皆に伝えるほどではないと思っていたのに。
「本当? すごいねぇ」
エウタさんは顔を輝かせる。拍手しようとするけど、持ったままのポテトで音にはならない。
「いつの間にやってたのかよ!?」
さっきの態度を消して、驚きの声をあげたアヴィドさん。さっきの空気をひきずらない小さな優しさがしみる。
「2人が? こう言ってはアレだけど、意外」
それぞれの言葉をくれる。既知だったフィリーさんは光景を想起したか、まぶたを閉じて大きく点頭している。
「2人でならできたんだー。3人でできるようになって、4人でできるようになって。最後には7人でできるようになるよ!」
光明を見出せない合成魔法修練に、少しでも光を見せたかったのかな。
「簡単に進んだらいいけど」
明るいビビに反して、セリオさんの反応は暗かった。
「信じりゃ、どーにでもなるだろ!」
「合成魔法はとてもむつかしい。現にほかのクラスの人も、成功した話は聞かない」
セリオさんの冷静な分析に、アヴィドさんはそれ以上言葉を続けなかった。現実を前にしたら、希望的観測は意味を持たないとわかっているのかな。
「私もできなかったのに、2人にできるなんて。コツでもあるの?」
セリオさんの小さな声は、質問なのか独り言なのかわからなかった。
「もー、なんなのさー!」
思った反応と違ったのか、ビビは両手で天を突いて反論した。
「ごめんなさい。疑っているわけでも、バカにしているわけでもない」
反省したのか、すぐさま撤回したセリオさん。ビビはむすっとした表情で、セリオさんの前の皿からポテトをつかんで口に放った。
「本当にコツがあるのなら、ペアで合成魔法を修練して感覚をつかむのもいいかもしれませんわね」
戦いに無縁の生活を送っていたうちが、学園で模擬戦闘とかをくり返しただけで合成魔法を成功させた。ありえない快挙だったの?
うちより長い間学園で修練に励んできた皆が先に習得するほうが理にかなっている。
『合成魔法はコツをつかむのが困難』って意味なら、うちたちが成功した理由にはなる気がする。うちたちが偶然、コツをつかんだだけと考えたらいい。
「いきなり7人でってのも無理あるしな。現に今も6人しかそろってねーし」
「じゃあアヴィドさ、ぼくと2人で修練しようよ」
機運が高まったかのような空気に感じられた。
うちたちの合成魔法成功が、ここまで皆を変えられるんだ。
それからは合成魔法を成功した瞬間の感覚や自分が思うコツを、ビビとひたすらに話し続けた。
合成魔法習得に影響を与えられるかはわからないけど、うちができることは全力でやりたい。
皆が合成魔法を使えるようになったら、クリシスさんの心も少しは変わってくれるかな?
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