虹色

 任務が出されたのは、それから数日後だった。

「今回は……影の討伐」

 うちを思ってか、ミアイアル先生は迷いをのぞかせて発した。

 最初の任務以来、影と戦っていない。

 模擬戦闘をくり返して動けるようになったとはいえ、影相手でも通用するのかは自分でも未知数。

 先の見えない不安が、心を満たし出す。

「前の任務より数も多いし、個体の強さもあると推測されている。決して気を抜いてはいけない相手だ」

 続けられた説明に、恐怖までもが届けられる。

「完遂も大切だけど、君たちの安全のほうが大切だ。身の危険を感じたら、無理をしなくてもいい」

「そこまで危険なのですか?」

 セリオさんの質問に、ミアイアル先生は小さく首を横に振った。

「君たちのレベルで完遂できる任務しか出さないよ。でも、油断は大敵だ」

 その言葉を聞いても、うちの心は安心を感じてくれない。

 影を前に、また動けなくなったら。うちのせいで皆の動きを奪って、いつものレベルを出せない状況にしてしまったら。

 最近、どうにか動けるようになってきたうちだ。大人たちは、うちの能力にあわせた任務を提示したんだと思う。

 でもうちは、影を前にしても動けるかわからない未知がある。

 もしうちが、いつもみたいに動けなかったら。

 ミアイアル先生は懸念があって、こんな言葉を使ったんだよね。皆は油断はしない。油断してはいけないのは、慢心してはいけないのはうちだ。

「大丈夫。協力しあったら勝てる相手だよ」

 うちのせいで信頼を、皆の勝利を消してしまってはいけない。






 任務遂行日が来ても、うちの心は不安におおわれたままだった。

 目的地の森は不穏に茂っていて、まるでうちの心を表現したみたい。

 空を遮るほどに密集した木々は、昼なのに薄暗い。明かりはいらないレベルだけど、中途半端さは余計に心を沈めた。

「洞窟とは勝手が違いそーだな」

 仰ぐアヴィドさんは、うちが感じるような不安は一切なさそう。でも余裕も感じられない。今回の任務のレベル、そんなに高いのかな。

「四方八方、どこから襲われるか想定できませんわ」

 頬に手をそえてのフィリーさんの言葉で、ようやくアヴィドさんの懸念がわかった。

 基本的に分岐点はなかった洞窟。影に襲われるなら、前方からしかなかった。実際、前回もそうだった。

 今回は森。

 木々は密集しているとはいえ、壁ではない。隙間をすり抜けて、影が突然姿を見せる可能性もあるんだ。

 当然、背後を襲われる可能性も。

 ただでさえ不安だった心に、不安の上乗せがされた。

「7人もいるし、平気だよ!」

 ツインテールをぽんぽんと跳ねさせて、ビビはくるくると回る。考えなしの行動に見えるけど、周囲を見回していたりするのかな。

「突然の襲撃も想定して、武器に魔力を注いでおきましょう」

 セリオさんの言葉を合図に、それぞれが持ってきた武器に魔力を宿した。うちは弓。戦えるか自信はないけど、少なくとも動けるようにはしないと。

 風の力をまとった弓を片手に、確固になってくれない決意を胸に秘めた。

「念のため、強化魔法も今使っておきますわ」

 フィリーさんは全員に強化魔法を使った。この恩恵を、うちが影に発揮できる瞬間は来るのかな。

「急に襲われたくはないなぁ。口笛を吹いたら、寄ってきたりしないかな?」

 指をくわえて、不安にそまった瞳を周囲にくりくりと送るエウタさん。

 嫌。会いたくない。そんなことは言わないで。

「影については、不明な点が多いからね」

 日常会話のようなエウタさんとセリオさんの軽いやりとりにすら、心がぐらつく。

 今回の任務は、影の討伐。影との遭遇とは逃げられないのに。

 不安定になりそうな心をどうにかしたくて、ペンダントを握った。

「そこ!」

 突如響いた声は、誰のものかわからなかった。

 考える余裕もないまま、隣になにかが素早くかすめる。

「お出ましか!」

 武器を構える音、重なる詠唱。

 考えなくても、なにが出現したのかわかった。

 硬直しそうになる体を、どうにかほぐす。

 動かないと。とまったままはいけない。

 奮起をして、皆が向く方角に体をかたむけた。

 そこにいたのは、闇をゆらつかせる影。

 前回の任務より大型なのかは、うちにはわからない。前回の影の大きさを記憶できていなかった。

 影は、クリシスさんの剣で分断された。小さな欠片となって離散した影は、霧散して消える。大きな影はすぐに結合して、変わらない大きさの影になる。

 攻撃を加えて、影を削る。これが今現在わかっている、唯一の影の討伐方法。攻撃を続けて、削って削って。無にするしかない。

 うちも、やらないと。

 弓を構えようとする手が震える。飛び交う攻撃音より、うちの呼吸がうるさく響く。

 ここで迷ったら、また動けないうちに戻ってしまう気がして。

 標準をまともに定められない状態のまま、弓を構え続ける。

「また来ましたわ!」

 フィリーさんの指した方角には、今戦う影と大差ない大きさの影がいた。

「まとめてはらってやるよ!」

 アヴィドさんは武器を捨てて詠唱をはじめた。高範囲の攻撃を得意とするアヴィドさんらしい判断。

 高範囲を攻撃できるとはいえ、戦力が分散されてしまったのは事実。うちも戦わないと。

 恐怖に負けてはいけないのに。

 攻撃を食らっては霧散をくり返す影は、故郷でくり広げられた光景をちらつかせて。

 うちの体を少しずつ、確実に硬直させていった。

「待って、また来たよ!」

 届いたエウタさんの声と同時に、うちの視界にも映った。今戦う影より大きく見える影が、さらに1体。

 すぐさま、アヴィドさんが範囲攻撃魔法を詠唱する。少し離れた場所にいた新たな影には、かするだけだった。チリ程度しか削れない。

「範囲内に移す必要がありそうね」

 冷静な分析をしたセリオさんは、詠唱をはじめた。

 まだ1体も倒せていないのに、3体も相手をする事態になってしまった。最初に遭遇した1体すら、その体はまだ半分も削れていないように見える。

 ちゃんと、しないと。

 うちも、戦わないと。

 ゆるみかけた弓をひく手を動かそうとした瞬間。

 ぞくりとした不穏な感覚に襲われた。

 恐々と動かした視線の先にいたのは、新たな影。

 大差ない大きさの4体目の影が、まっすぐこちらに向かってきて。

 3体との戦闘に集中している皆は、新たな敵にまだ気づいていない様子で。このままだと、皆は背後から襲われかねない。

 皆に危険を伝えないといけないのに、口から声を出すことはできなかった。ぱくぱくと動くだけの口は、呼気の排出すらできない。

 悲鳴すらあげられないうちに、ぐんぐん近づく影。

 その視界を遮ったのは。

「ネメ!」

 発言者が誰かを認識する前に、目の前から絞り出すような悲鳴が響いた。

 どさりと倒れたのは、ビビだった。その腕には、赤いシミがじわりと広がって。

「ひっ」

 エウタさんの呼気のような悲鳴が届いた。

「ビビ!」

 名前を呼ぶ誰かの声が、どこか遠くに聞こえた。

 影に襲われたビビ。目の前でくり広げられた光景。

 脳裏をちらつくフラッシュバック。

 蹌踉とビビに手を伸ばす。

 まぶたが小さく動いて、うちに向いた。

「ケガ、ない?」

 かすれた声は、うちを思いやる言葉。

 小さく点頭したら、その口元が笑った。

 いつもと違う弱々しい笑みは、とぎれゆくともし火のように思えて。

 兄さんの姿と、重なった。

 ビビも、兄さんみたいになってしまうの?

 うちのせいで、兄さんと同じになってしまうの?

 うちのせいで。

 うちが弱かったから。

 守られることしかできなかったから。

 だから、兄さんは消えてしまった。

 そして今、ビビも。

 うちを守って、倒れてしまった。

 守られたから、兄さんは消えてしまった。

 守られ続けたら、また誰かを失ってしまう。

 戦わないと!

 全身にわきあがる決意のまま起立した瞬間、世界が虹色におおわれた。

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