第54話 大規模作戦の大骨格

「さっすがウルさんだね! まさに私がイメージした通り!」


 そこには二本の丸太が横たわっていた。と言ってもタダの丸太では無く、特大のものだ。前世なら樹齢何年という大木だけに伐採されることすら許されないような、立派な丸太。


『おう、それならよかったぜ! 流石に運ぶには少々苦労したけどな』


 今回の作戦のまさに大骨格となるアイテムだが、やはりウルさんに頼んで良かった。ウルさんら地竜は大地の精霊の力を借りて浮力を得ている。彼らの飛行能力ならこれだけの重量のものでも調達出来るのではないかと踏んでいたのだ。


「ありがとうウルさん。これならしっかりとした物が作れそうだよ」


 まずは第一関門はクリアだ。


『ところでお嬢さん、こんなもんを一体何に使うんだい?』


 ウルさんは自ら運んだそれを不思議そうに見ている。ウルさんにしてみれば、大木を折り倒して運んできただけなので、ただの木材にしか見えないのだろう。使い道に全く見当がついていない様子だった。


「ふふ、それは出来てからのお楽しみ! ――と、ウルさん、とこでなんだけどもう一つ相談、いいかな」


『おうよ、なんでも言ってみな』


「実はさ、大地の精霊石を集めてほしいんだ、それも出来るだけ浮力の強いやつ」


『おおう、俺たちが普段食している、あれでいいんだな?』


「そ、まぁこれは一応保険なんだけどね。小ぶりで浮力が強いヤツを、複数個ほしいの」


 私が人差し指を立てて説明すると、しかしウルさんはうーんと考え込んでしまう。


『ただの大地の精霊石なら見当はつくが、お嬢さんのその指定だと、特定の用途を想像しているみたいだな。浮力が強くてしかも小ぶり、となるとその精霊力はかなりのものだろうから、そうそう簡単には見つからねぇなぁ』


「あ、そうなの?」


 そう言えばエルさんの神殿近くにある石畑にある精霊石達も、浮力を得ているものはそれなりに大きくなっていたような気がする。


「うーん、難しそうかな」


『いや、そういう訳じゃねぇよ。大地の精霊石についていやぁ、もっと適任がいるって話さ』


「適任? うーん、――あ、そっか! イルさん!」


『おうよ。兄貴は現大地の精霊王だ、住処で生産される精霊石の質もそりゃあもう最高のものよ。兄貴の住処ならお嬢さんのおメガネに叶うものがあるかも知れないぜ。お嬢さんが問題なら、俺が頼んできてやろうか?』


「いいの!? それ凄い助かる! あ、でも」


 そう言えばイルさんとウルさんが直接話している所は見たことがない気がする。ウルさんとエルさんの関係はともかくとして、イルさんとエルさんはすぐに喧嘩が始まってしまう程に相性が悪い。ご兄弟の仲は果たして大丈夫なのだろうかとよぎる。


『安心しなって。兄貴と俺はこれでも仲が良いんだよ。そこへ来て、お嬢さんのお願いとくりゃあ、無下むげにするなんて事はないと思うぜ。俺も口添えするから安心しときな!』


 そう言ってウルさんは早くも飛行体勢を取っている。


「頼りになるよ、ウルさん。本当にありがとうね」


『おっとお嬢さん、俺が優しくていい男だからと言って、惚れると火傷しちまうぜ……』


「あ、大丈夫、それは無いから」


『がっ。……そこは冗談でも黄色い声を投げかけとく所だろう?』


「ふふ、ウルさん。頼りにしているよ。心から」


 そして私はそのほっぺにサービスキッスをする。女子力の不足している私からの意外なサービスに驚いたのか、心なしかウルさんのほっぺたが赤くなっているように感じる。慌てまいと体裁と整えている所がまた可愛らしい所だ。


『これで俄然元気が出たってもんだ。んじゃ一つ、兄貴の所まで行ってくるわ! 早くて日没までにはつけるだろう。んじゃまたな!』


 そうしてウルさんは今にも降り出しそうな黒雲の下を悠然と飛行していった。



 $$$



 ここはアキマサじじの洞窟にほど近かった。数分斜面を歩いて洞穴に踏み入ると、工具を持った狼男達がせっせと働いていた。


「アカネ様!」


 一匹の狼男が手をあげてこちらに走り寄ってくる。体が一際大きく精悍な顔立ちから言って現場を任されているリーダー格らしかった。


「まずは指定通り、拡張を開始しました。どのように仕上げたらいいか、確認してもよろしいですか」


 狼男に連れられ作業現場をチェックする。アキマサじじの洞穴までの入り口は平坦とは無縁で、傾斜がきついばかりがゴツゴツしており、飛行能力を有していないものが出入りするには非常に都合が悪い形をしていた。そこで、それを容易にするためにど洞窟を拡張し、特に地面を綺麗にならす事によってその出発をサポートする作戦なのだ。


「出来るだけ滑らかにならしたほしいんです。出っ張っている所は削って、凹んでいる所は埋め立てて。もっと言うと、そうしてならした部分は均等な幅だとありがたいです」


 私はまるで道路工事の現場監督のように、羊皮紙に書かれた簡易的な図面を見ながら指示していく。


「なるほど、良くわかりました。我らにおまかせを」


「ありがとう。それでそれを出入り口までの部分に仕上げるのに、どれくらい日数がかかる?」


 狼男のリーダーは一周振り返り、他のメンバーの披露状況等をチェックして、こう答えた。


「その作業だけなら一日でやってみせます」


「それは頼もしいです。でも、無理しないで」


「はっ! 我らの命に変えても任務を完了させてみせます! それでは」


 より一層気合の入ったリーダーは精悍な雰囲気で現場に指示を出していっていた。無理しないで、と言った意味をまるで理解していない様子だったが、アツい男というのは皆こういうもんなのだろうか。


『あーかーねーさーまーぁっ!』


 その明るい声に振り返ると、まさに上空からテトが舞い降りてきている最中だった。早朝から出かけてこの時間に戻って来られるとは、テト本来の飛ばし屋の性質を最大限に活かしたのだろう。私の言いつけにならって安全に目の前に着地する。


『このテト! アカネ様の約束どおり、お連れしましたー!』


 翼をばたつかせて敬礼とも取れるポーズを取っていると、その背中から白い毛皮を纏った男がさっそうと降りてきた。その男は相変わらずシャイなようで、指を鼻に擦りつけてその耳をヒクヒクさせていた。


「急な呼びかけなのに、本当にありがとうね、トーダちゃん」


「……だからちゃん付けすんなって言ってるだろ、ばーか」


 猫人族トーダ。工作が得意な、キーパーソンの登場だった。

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