第39話 ドラゴンと嚥下能力
この
異世界に来て早一ヶ月ほど。自然が美しく、気候は穏やか。そんな素晴らしい環境の中で色々な人と出会った。と言っても大半は人じゃなくてドラゴンなんだけど。
その出会いの中で、私に突きつけられた一つの事実がある。
それは、エルさんの老いだ。
エルさんは美しい。
では万人が同じように思うかと言えば、恐らくそうではない。竜王達とエルさんとでは、美しさの種類が異なるのだ。
竜王達の美しさが宝石のようだとするなら、エルさんの美しさは使い込まれたアンティーク工芸品のそれと言えよう。歴史を感じるからこそ美しいと言えるものは沢山ある。そして生物であるエルさんにとっての歴史とは、年齢である。
初めて出会ったドラゴンがエルさんだったから、私がそれを気にすることはなかった。しかし他の竜王と見比べる機会が増えた今、その違いが浮き彫りになってしまったのだ。
例えば表皮一つとっても、イル・ウル兄弟のそれはしなやかな鋼鉄のようだし、トシコさんやサンタマリアさんのそれは磨かれた宝石そのものだ。いずれもたるんだりヒビ割れたりしている所なんて無いし、全体的にスリムだ。それでいて体の動きは柔軟だ。鉱物のような肉体がどうやって柔らかく伸縮しているのか見当もつかないが、そういう若さ特有のピチピチ感が、エルさんには無いのだ。
実際に高齢なのだから仕方ないのではないか。そういう声もあるだろう。
しかし私はそうは思わない。
高齢でも美しい人はいっぱいいる。そんな彼らを特別だと言えるのだとしたら、それは持って生まれたものではなく、いかに老化に向き合い努力出来たかという生き方の部分だ。
美しい人は美への追求を怠らない。体を鍛え良く動かし、入念なスキンケアに加えて、内面から滲み出る美のために趣味や交流、仕事などに手を抜かない。そして、無理をしない。
そこへ来て、エルさんをもう一度見てみよう。
エルさんは基本的に住処で丸くなって寝ている。飛行訓練と入浴訓練は継続しているものの、そもそも世界中をその翼で旅する現役時代を考えると運動量が圧倒的に不足している。ご飯もアッテリアと私が用意しているので捕食しないし、精霊石も口を開けてれば放り込んでくれるという、至れり尽くせり状態だ。今の状態では野生で生きていくことは難しいだろう。
こんなクッタクタな状態になってしまった原因が、今の食生活にあるのではないかと私は結論付けた。
「はぁい。じゃあエルさん。早速なんだけど、それ、自分で食べてみて」
私が指さした方には精霊石が置いてある。今回は浮力が少なめな個体を選び、なんとか地面すれすれに留まっているという感じだ。それを見てエルさんは目をパチクリしている。
『口に入れてくれぬのか』
「これもトレーニングだよ」
エルさんはひどく面倒臭そうに眉を細めて私を見つめている。しかし私はリハビリについては甘やかさない主義だ。
「ほら、王様ならこんなの余裕でしょ」
エルさんはその一言で焚き付けられたのか、首を伸ばしてさあ石に咬みつこうとしたところで、それを止めてしまった。
『それは昔の事だ。今は王では無い』
私がジト目で見つめ返すと、バツの悪いエルさんはそのまま首をすーっと明後日の方に向けていく。
「子供みたいな言い訳しないの。ほら。あー、早くしないとララムのお酒がー」
そこまで私が言いかけると、すばやく首を波打たせて地面の精霊石にかぶりつき、一瞬取りこぼしそうになりながらも首を上に持ち上げ、ごっくんと石を丸呑みにしてた。石の形に合わせて喉がぼこぼこと膨らんでいくが、その流れがいつもより遅い。胃袋に到達したあたりでようやく、あの軽快なサウンドがその体内から奏でられた。
『我を赤子のように扱うでない。意地の悪い小娘だ』
それこそいじけた子供のようだ、とは言わないであげた。威勢に似合わず、無理にまげた首のあたりはそれなりに痛かったようで、周辺が少しぷるぷるとしていた。
「はい、よく出来ました! 晩ごはんの時ももう一回これやるからね」
エルさんは見るからにウゲーという顔をしていた。全く、チューしてやりたい表情だ。
しかし、私には今の所作で分かってしまったことがあった。
やはりエルさんの
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