悔恨 ~ Re:g-Re:t ~(武論斗さん)
僕の参加したサークルでは、毎年夏に合宿が開催される。「合宿」という言葉の響きからして、いかにも稽古やトレーニング漬けのように入部当初は思っていたが、内実は観光したり宴会場でワイワイ騒いだり、要は全員楽しむ事しか考えていない。
今年は運が悪かったのか、例年のような滝の音が心地よい風流な旅館の予約が取れず、したがって安価で部屋に余裕のあるビジネスホテルに泊まることとなった。
四人部屋は六畳の和室。収納に布団が五セット。折りたたみ可能な簡素な丸机が一脚あって、上には灰皿一つと水のペットボトルが四本。窓の近くは畳ではなく板張りでそこに冷蔵庫や小さいくずかごがあって、こちらとは襖で仕切られている。テレビもある。一応付くが、合間合間にテレビショッピングが多くてうんざりだ。
大広間での飲み会が終わって部屋に戻ってきた僕たちは、とうとう手持ち無沙汰になってしまった。物足りなさを覚えながらも寝具を敷き就寝体制を整えていると、誰かの「そうだ、怪談大会でもしようぜ。」との提案が飛び出した。
妙案だと皆が思った。
皆が部屋の中心に置いた丸机に集まる。こういうのは、蝋燭の火を灯りにするのが一番雰囲気が出て良いのだが、流石に布団の上で何かを燃やすのは躊躇われたので、スマホの画面で代用された。なんでもその機種は、設定の画面で自動ロックがかかるまでの時間を五分まで伸ばせるらしい。ということで、一人の持ち時間は部屋から明かりが消えるまで、となった。
丑三つ時である。
何周目かに、今まで聞いたことの無いような陽気なトーンの不届き者が話をしたいと言う。深夜テンションとやらで浮かれているのか、あるいはいつもこうなのか、ともかく怪談は雰囲気が大事であることは心得ていなさそうだ。僕は彼の顔を覗き見ようとするも、生憎僕の位置からだと陰になってよくわからなかった。
僕たちの不満をよそに、ソイツは朗々と語り出す——
※ ※ ※ ※ ※
「
ある時、SNSであったカワイ仔ちゃんがいてナ、DMで来た写真は、髪は黒の姫カットにピンクのメッシュ、目元の赤みが強すぎる病みメイク、ハロウィンくらいでしか着ないような流血柄の黒Tシャツ、耳のほかにも鼻やらベロやらとにかく身体中のビロビロにピアス付けてて、、、いかにもなメンヘラ女だったわけヨ。
さらに痣とかリスカ痕とか、見るも痛々シイ画像ばっか送信してくるし、アカウントも病みツイばっかだし、タマッたもんじゃネェなと思ったんだけド、
服飾やら結構金かけてるし、顔もまあ好みだったシ?ウチの店に沼らせて搾取しようゼってなるワケ、
元々Twitterの方では親にネグレクト受けてたとか、前の彼氏にDV受けてたとか、ありきたりな「自分カワイソウデショ」系?の話を散々したもんだから、何話されるかチョイ
いざ対面するとコイツがもうほとんど喋らないのなんのww、話しかけても顔引き攣らせて笑うダケ、ここまでのガチ陰キャだとは思いもしなかった、もう参っちゃって、、
絡むのもメンドくせ、テキトーに抱くだけ抱いて、愛?っぽいコト囁いて、今日はソレっきりにすっカ、ッテ、
家に連れ込ンデ、ムードもお構いナシにべろりと剥ク、そしたらサ、肌が変にカラフルなんだヨな、おかしいだろ?フツウは人間の肌って日焼けでもなきゃ単色だゼ???
つまり、
「コロシテ!コロシテ!コロシテ!」
ソレと同時に達したソイツは罪悪感や気味悪さで一気に興醒めシテ、道徳教育で染み付いた義務感からくる愛情を感ジて、不細工なうめき声を漏らしながら風に揺れるタオルのごとく胴体を震わす彼女の痛々しい身体を抱きしめた、ソンデ、生意気にもソイツは
「俺が守ってやる、養ってやる、愛してやる、だから、殺してなんて言うんじゃねえ!」
とガラにもネェこと言ったンダ。
それから、ソイツと彼女の同棲が始まった、相変わらず喋んネェし、話す内容もオモいし、隙さえあリャ手首切ろうとするし、疲れンダけどヨ、それでもソイツは彼女に構い続けた、そして彼女もソイツの言いつけは守り続けた、比較的穏健に日々は過ぎていったのサ、
ところがよオ、その日店からマンションに帰ってみると、下の公園に人だかりができてテさ、気にはなったンダけど頭イテェし早よ寝たかったから、あんま関わらずにエレベーターで9階に上ったのよ、
そしたら、窓が開いてンダ、アイツがいねぇんだ、そういや部屋は公園の真上だったナと思い出して、もしやと思いベランダを乗り出してサイレンの煩い地上をミルトナ、彼女だったものが転がってたンダよオ!
※ ※ ※ ※ ※
「ちょっと微妙だなぁ。」
友人の一人が言った。
「現実的すぎるんだよ。 もうちょっと幽霊とか物の怪とか、そういう怖さが必要だと思うんだ。あとオチが弱いね。……っておい、無視かよ。」
友人は僕の肩を小突いた。
「いてっ。それ僕だよ。」
「すまね。あれ、んじゃアイツは?」
「ていうか、スマホの明かり、なかなか切れないね。」
別の友人の一人が言った。
「五分設定だろ?」
「でもアイツの話、なんだかんだ十分くらいあったぞ。」
先ほどまで喋らなかった部屋仲間が眠た瞼でスマホを取ると、急に青ざめた顔になって、
「おい、なんだよコレ!?」
とそれを放り投げた。僕ら四人は全員頭を付き合わせて画面を覗き込んだ。
ひとりでにTwitterの画面が開いた。
操作することなしに自動的に画面は動く。
勝手にキーボードが打ち込まれ、
「懺> @regret_gt」
と入力される。
プロフィールが次々と展開する。
新しいツイートが更新される。
「そういうわけで、後追いしまーす、ごめんねー(>人<;) みんな今までありがとーv(^_^v)♪ 俺が言うのも何だけど、命は大切にしねぇとだぜ^_−☆それが俺の
次の瞬間、窓から生暖かい風が吹き込んできて、鈍い微かな音が聞こえた。
僕たちは皆、呆気に取られていた。
「窓、開いてたっけ?」「開いてなかったはず。」「お前、見てこいよ。」「やだよ。気色悪い。」
そんな押しつけあいは続く。
救急車のサイレンが響いた。結局誰も窓に近づくことはできなかった。
特別何もなかったかのように朝は来た。僕以外の皆はまだ鼾をかいている。この隙に恐る恐る窓の下を見てみたが、ただまばらに車が走っているだけある。
僕はあのアカウントを検索した。すでに真っ黒のアイコンに変わっており、名前も「なくなりました」に変更されている。
幸い、「@regret_gt」というのは残っていたから、僕はそれに返信をした。
「命を大切にしてください。」
僕の昨夜見た心霊現象がまだ未実行のものと信じて。
原作(武論斗さん)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885333947/episodes/1177354054885334079
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