【「白雪姫」より】

そして王子は森の中で

 ここは、どこまでも茂る暗い森の中。

 とある国の王子が馬を駆りながら進み続けていると、どこからかすすり泣く声が聞こえてきました。


 気になった彼が見たのは、綺麗な棺とその周りでうなだれ、涙を流す7人の小人の姿でした。

 一体何があったのかと尋ねた王子は、小人たちが指さす方向を見て驚きました。そこには、まるで白い雪のような美しい肌を持つ1人の少女が、永遠の眠りに就いていたのです。

 

 小人たちは言いました。彼女は悪い魔女に騙されて『毒リンゴ』を食べてしまい、美しい姿のまま永遠に目覚めなくなってしまったのだ、と。

 王子は小人たちがすすり泣く理由が何となく分かりました。素朴かつ可憐な美しい少女は、彼らに慕われるほどにその心もまた清らかだったのだ、と。そして彼は、自身が彼女に恋心を抱いた事にも気づいてしまいました。すでに息絶えたはずの存在なのに、王子は彼女が愛おしく思えてしまったのです。


 もっと早く会えたなら、と後悔する彼に、小人たちは言いました。せめての慰め、もっと近くで彼女を見て欲しいと。そして棺が開かれ、王子はそっと白い肌の少女を抱きしめました。その時、彼は気づきました。彼女の体にはまだ温もりがある、これはまだ『亡骸』ではない、と。そして彼は一か八か、意を決して彼女を助けるための行動に出ました。

 少女の唇に自身の唇を合わせ、息を吹きかけたのです。



 その時でした。ずっと閉じていた少女――白雪姫の瞳が開かれたのは。


 周りを見渡し始めた彼女を見て小人たちは大喜びでしたが、それ以上に喜んだのは王子でした。当然でしょう、二度と目覚めないはずの毒リンゴの『毒』が消えるという奇跡を目の当たりにしたのですから。そして小人たちに事情を説明してもらった白雪姫は、王子に感謝の気持ちを述べ、そして彼の想いを受け取る事にしました。貴方のような素晴らしい人とぜひ一緒にいたい、と言う言葉と共に。


 そして王子はそっと白雪姫を愛馬の背中に乗せました。旅立つ姫に寂しそうな顔を見せた小人たちも、その美しい姿を見るや表情は泣き顔から笑顔へと変わりました。


 やがて、青々と茂る森を、王子は白雪姫と共に去っていきました。2人の門出を祝う小人たちの声援を背に受けながら。


 めでたし、めでたし。



~~~~~~~~~~



「……ようし、これで今日も無事終わったな」

「おう、今回の奴は随分美形な男子だったな♪」


 『白雪姫』が去った後、小人たちはほっとした表情で語らい始めました。先程まで見せ続けていたどこか弱々しい雰囲気は一瞬で消え去り、悪くいってしまえば下種な笑みを浮かべながら、彼らは先程まで見せ続けた光景――どことも知れぬ国の王子へ見せつけた『演技』を褒め合いました。前回に比べて、嘘泣きも満面の笑みも、緊張しながら語り掛ける役も、不自然さがだいぶ消えている、と。


「まぁ、あいつは随分お人好しっぽかったからあまり気合い入れなくても良かったんじゃねえの?」

「馬鹿なこと言うなって。案外ああいう奴ほどおかしな所を見抜くもんだぜ」

「いやいやー、だったらさぁ、気づくだろ?」

「あぁ、そっか♪」

 

 そして、彼らは一斉にほくそ笑みました。そもそもこんな森のど真ん中で棺に入った少女を囲んで儀式を行う事自体が不自然極まりない事に、ここを訪れる男たちが誰も違和感を持たないと言う事実に。この森に生えた木々から発散する水分の中に深読みをさせる効能があるとはいえ、少女のことばかり夢中になると疑いの心をあっという間に捨ててしまう男たちの愚かさを、7人の小人は心の底から笑ったのです。

 

 反省会のような会話が盛り上がり続けていた時、彼らの輪に加わる者が現れ始めました。



「ねえ、終わったー?」


「おう、姫ちゃん」

「無事に終わったぜー」



 雪のような白い肌に素朴かつ可憐な顔を持つ、王子と共に森を去っていったはずの『白雪姫』が、どこまでも続く森の中から顔を出し、小人たちの傍にやって来たのです。そして、彼女は1人だけではありませんでした。


「いいなーあの

「そうだよねー」

「あんな王子様に連れていかれるんだもーん」

「羨ましいよー」


 2人、4人、8人、10人――森の木陰という木陰から、次から次へと『白雪姫』が現れ始めたではありませんか。あっという間に7人の小人たちは、何重もの白雪姫の輪に取り囲まれてしまいました。



「ねえねえ、次は私にしてよー」えー、私がいいなー」私にしてよー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」私ー」…



 おねだりの声を次々に響かせる大量の白雪姫たちを、まだチャンスは幾らでもある、と小人たちは宥めました。彼女たちは永遠にその美貌を保たせることが出来る理想のプリンセス、彼女に見合った王子は、これからも次々にこの森の中に現れ続けるだろう、と。


「まぁ焦るなって事さ」

「そーそー、呑気に待とうぜ姫ちゃん」



「「「「「「「「「「そっかー……ま、それもそうだね」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「そのうち王子様が来るのを待ちますか♪」」」」」」」」」」」」」


 やがて、何百人もの白雪姫たちと共に7人の小人はのんびりと森の中で寛ぐことにしました。また次の王子――見合い相手を求めてやって来るであろう愚かな男が、この森の中にやって来る時まで。


 そして、皆はそっと生い茂る木々に目をやり、そこに広がる光景を見て嬉しそうな笑みを零しました。

 全ての木々は、今日も美しい『リンゴ』を何千、何万と実らせていました。その1つ1つの中で、新たな『白雪姫』たちをゆっくりと育てながら……。


「ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」


<おわり>

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