【「金の斧」より】
泉の女神の大天罰 前編
昔々、ある田舎に小さな村がありました。
村人が毎日平和に暮らす、一見するとどこにでもありそうな場所でしたが、たった1つ、この村だけにしか無い、しかも村人だけしか知らない秘密がありました。
「よしよし、今までお世話になったべなぁ……」
この村の住民で、毎日一所懸命働いている樵のおじさんが訪れたのは、村の外れにある大きな洞窟でした。彼の手には、長年使い続けたせいで刃も持ち手もボロボロになってしまった斧が握られていました。名残惜しそうにその斧を見つめながら洞窟に入りったおじさんが暗い道を進んでいくと、大きな洞窟湖がが現れました。光がほとんど差し込まない場所なのに、湖は青く澄んだ輝きを見せていたのです。
やがておじさんは斧を握りしめた後、その大きな湖の中に思いっきり投げ入れました。すると突然湖の中からまばゆい光が現れ、何と湖の中から――。
『うふふ♪』
――1人の美女が姿を見せたのです。
肩や胸元、太腿を大胆に覗かせる白い衣装に背中まで届く金色の長い髪、そして美しい蔓の冠を身に着けた彼女こそ、この村の住民たちの秘密にして尊敬の対象になっている、湖の『女神様』でした。
光に包まれて現れた美しい女神様に跪く樵のおじさんに向けて、彼女は1本の斧を見せました。そして、これは貴方がここに落とした斧ですか、と尋ねました。確かに斧には違いありませんが、こんな銀色で綺麗な、でも今まで一切使っていないような斧などおじさんは持っていません。
「いえ、オラが落としたのはもっと汚ねぇものです……」
『ふふ、そうですか。では、こちらの斧ですか?』
そう言って女神様が次に取り出したのは、金色に輝く斧でした。
普通の人なら金に目がくらんで欲しがりそうな所でしたが、おじさんは違いました。金でできた斧などすぐに曲がって使い物にならないですし、そもそもこんな眩しいものなど自分には似合いません。
首を何度も振り、おじさんはこの斧も自分のものではない、とはっきりと答えました。
「その、オラの落とした斧は、もっとぼろっちくて、でもずっと使ってきた大事な斧ですだ」
『そうですか……分かりました、貴方の落とした斧はこれですね?』
そう言うと、女神様は3本目の斧を出しました。間違いありません、オンボロで今にも折れそうですが、長年沢山の木を切り倒してきたこの斧こそ、おじさんが泉に投げ入れたものです。今度はしっかりと、おじさんは肯定の頷きを何度も女神様にしました。
それを見て、女神様は優しく微笑みながら言いました。
『貴方は正直で、物を大事にする良い人ですね。分かりました、正直のお礼に斧を新しくしてあげましょう』
「あ、ありがとうごぜえます、女神様!」
女神様の掌から放たれた柔らかな光が当たった途端、今にも折れそうだったおじさんのボロボロの斧は、出来たばかりの頃――いえ、それ以上の頑丈さと持ちやすさを兼ね備えた新品の斧に生まれ変わりました。そして、優しい笑顔を残しながら、女神様は湖の中へと消えていきました。
「…やった!やった!オラの斧が!女神様本当にありがとうごぜえますだ!」
女神様に何度も感謝しながら、樵のおじさんは喜び勇んで洞窟を出て行きました。新しい斧をわざわざ買う事なく、自身がずっと大事にしていた斧を女神様の手で新しくしてもらったからです。
彼と同じような事を、この場所に住む村人たちはずっと昔から行い続けてきました。何十年も使った結果古くてボロボロになってしまった鎌や斧、お釜や洗濯板など、様々なものをこの洞窟の湖に持ち込み、現れた女神様の質問に正直に答えることによって新品に変え、ずっと使えるようにしてもらっていたのです。
勿論、あまりに欲にかられすぎるのは絶対に良くないと言う事は村人たちも承知していました。先程の金の斧や銀の斧のように、物を投げ入れた人の欲望を有るようなものを女神様は取り出し、うっかりそれを欲しがってしまうと彼女は怒って湖に投げ込んだものを奪っていたからです。ですが大事に物を使う人なら、落ち着いて女神さまの質問に対応できるだろう、村人たちはそう考え、この場所を秘密にしつつも上手く利用し続け、女神様を敬い続けてました。
そして、自分たちが悪い気を起こさないよう、村人は念のためにもう1つの決まりを立てました。
女神様が現れる洞窟湖の水――光も無いのに青く輝く不思議な水はどんなに欲しがっても決して独り占めしたり持ち去ってはいけない、と。
ところがある日、そんなルールを破ろうとする欲深い者が現れました。
「ぐひひ、この水を手に入れれば俺は……♪」
この村で一番怠け者でぐうたらなおっさんが、大きな水瓶を背中に背負って洞窟にやって来たのです。勿論目的はただ一つ、女神様のご加護を独り占めするためでした。
右を見て左を見て、周りに誰もいないことを確認すると、おっさんは一目散に洞窟の中に駆け込みました。そして目的地の洞窟湖に着くや否や、彼は青く澄んだ水をどんどんすくい上げ始めたのです。水瓶が半分ぐらいになり、だいぶ重くなってきたところで、おっさんは息を切らしながら急いで洞窟を抜け、一目散に家へと戻っていきました。幸い、そのみっともない姿を誰かから見られる事はありませんでした。
怠け者でぐうたら、掃除も洗濯もサボってばかりのおっさんの家は、彼の持つ荒れ果てた畑と同じようにボロボロで汚く、大量のゴミやガラクタで埋もれていました。それらを掻き分けながら進んだおっさんの前に、庭に開いたやたら大きな穴が姿を現しました。何でも飽きてサボってしまうおっさんが珍しく気合を入れて徹夜で掘った、自分専用の『湖』です。
「ようし、これで上手く行けば……」
そしておっさんは、この大きな穴の中に水瓶に詰め込んだ湖の水を一気に流し込みました。あっという間に穴は清く澄んだ青色の水で満たされ、まるで洞窟にある秘密の湖のような光景が出来上がりました。それを見ながらほくそ笑むおっさんは、乱暴に積まれてあった大量のがらくたから穴ぼこの鍋を取り出し、溜まった水の中へ乱暴に投げ入れたのです。
すると、水はあっという間にまばゆい光に包まれ、その中から――。
『うふふ♪』
――湖の中に現れるのと全く同じ、大胆に肩や胸元、太股を露出させた白い衣装を纏い、背中まで届く長い髪を有し、そして蔓の冠を被る『女神様』が現れたのです!
あの洞窟の中の内容と同じように、おっさん特製の湖から現れた女神様は、金の鍋や銀の鍋を落としたのか、と尋ねました。それらを見たおっさんは欲しいのを我慢しながら必死に首を横に振り続けました。その結果――。
『貴方は正直な人です。この新しい鍋をあげましょう』
――欲にまみれたおっさんの心に全く気付かないかのように、女神様は綺麗で美しい鍋を彼に渡したのです。
おっさんの目論みは見事に当たりました。仕事もせずにだらだらしながらずっと考えていた通り、洞窟湖を満たす青く輝く水こそが女神様の力を含んだアイテム、そして彼の願いを叶えてくれる奇跡が具現化したものなのです。
彼の体から、これまでになかったやる気と欲望が無限に溢れていました。
「……よっしゃぁぁ!どんどんこの湖にぶち込んでやるぞ!」
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