泉の女神の大天罰 中編

 それからと言うもの、おっさんは毎日自前の小さな『湖』に様々なゴミやガラクタを投げ入れ続けました。


『貴方は正直な人です。お礼に新しい椅子をあげましょう』

『貴方は正直な人です。お礼に新しいテーブルをあげましょう』

『貴方は正直な人です。お礼に新しいちり紙をあげましょう』


 どんなに古ぼけて使い物にならなくなったゴミもガラクタも、正直に質問に答えさえすれば女神様は新しいものに取り替えてくれました。ですが、他の村人のようにおっさんはこれらの品々を大事に使う事はありませんでした。遠くの村からこの村を訪れてた者に高く転売し、たくさんのお金を貰っていたのです。それらのお金は自分の贅沢三昧に使っていたのは言うまでもありません。


「へぇ、これが女神様の……」

「その通りでさぁ。女神様のご加護付きの椅子、ここで買わなきゃ損ですぜ♪」


 しかも、村人が秘密にすると約束したはずの『女神様』の事にもさらりと言及したどころか、おっさんはそれを自身の商品の自慢にしていました。当然話題にならない訳はなく、女神様のご加護を求めておっさんの所に向かう客はどんどん増えていきました。


 一方、贅沢三昧を続けていく中で物がどんどん溜まると、要らなくなってくる物も多くなってしまいます。しかし怠け者の癖にずる賢さは人一倍のおっさんは、しっかりとその事も頭に入れていました。


『貴方の落としたガラクタは、この銀のガラクタですか?』


 この時に否定すると、ガラクタが綺麗になって帰ってくる可能性が高くなります。ですが、そんなガラクタなんて綺麗になっても要らない、と考えたおっさんは、敢えてこれは自分のガラクタです、と女神様に返しました。すると、女神様は悲しそうな顔をして言いました。


『貴方は正直ではありませんね……分かりました、このガラクタはあげません』


 いえいえ、そんな屑は全然要らないので好きなだけ湖に持って行ってください、馬鹿正直な女神様。心の中で、おっさんはこっそりと女神様を嘲り笑いました。彼は女神様の力を利用――いえ、悪用しながら生ゴミや様々なガラクタも完璧に処分していったのです。



 こうして、周りの村人が頑張って働くのを尻目に、おっさんはぐうたらしながら沢山の金を溜め、この世の春を満喫し続けるのでした。

 女神様を侮辱するという、いつ罰が当たってもおかしくない状況にいるとも知らずに……。


~~~~~~~~~~


 

 晴れの天気が何日も続いた、ある日の事でした。何時もの通り、自分の庭に作った『湖』の中にガラクタを放り込み、新品に換えてもらおうとした怠け者のおっさんは、予想外の光景を目にしてしまいました。



「ありゃー、どうすっか……」



 普段ならなみなみと青く澄んだ水で満たされているはずの場所には、やたら大きな穴しか残されていませんでした。あれほどたくさん溜まっていたはずの『湖』の水でも暑い日差しには敵わず、数日の間に一滴もなくなっていたのです。洞窟の中とは違い、ここは直接日光を浴びる場所ですから、こうなるのは当然の事でした。

 大量のガラクタを乱暴に地面に置き、おっさんはがっかりした表情を見せました。もうこれで今までのような事は出来なくなってしまった、と。ですが、後ろを振り向いた彼は考えを改めました。


「……ま、いっか。今の俺にはたくさん金がある訳だからな♪」


 そう、今の彼は『女神様のご加護』があると称して売りまくった様々な道具のお陰で大金持ちになり、働かずともたくさんのお金や高価な品々を手に入れていたのです。もし金に困っても、これらをまた『女神様のご加護』がある品物として誰かに売りつければさらにお金が溜まるでしょう。

 もうあんな自前の湖なんて必要ない、これからは自分が『女神様』に代わって、たくさんの金を生み出せばよいのだから。そう考えながらおっさんはほくそ笑み、今日もぐうたらな生活を始めたのです。



 ですが、この時彼は全く気づいていませんでした。不思議な女神様が現れる力を秘めていた洞窟湖の青く澄んだ水は、蒸発してもその効力を失う事無く、空に浮かぶ雲を構成する大量の「水」と混ざり合っていた事を。そしてその中で、女神様の性質や効果が少しづつ歪み始めていた事をー―。


 『うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』うふふ……』…



 

 

 ――おっさんの元から湖の水が消えてからしばらく経ったある日、この村一帯に久しぶりの雨が降りました。本当に久しぶりだった事もあってか、雨足は衰える事無く、気づけば土砂降りの大雨になっていました。

 雨は三日三晩やむ事無く振り続け、ようやく日差しが覗いた後も村のあちこちに大雨の跡がたくさん残されていました。土砂で濁って増水した川、大小さまざまな形をした無数の水溜まり、湿気のせいで蒸し暑くなってしまった家の中――そして、おっさんが徹夜で掘り、なんでも願いを叶えてくれる便利な場所として利用していたあの自家製の『湖』にも、大量の雨水が溜まっていたのです。


「おぉ、随分降ったんだな……」


 今までの青く澄んだ水とは全く異なり、一切の光も見せない濁り水がおっさん自家製の『湖』を満たしていました。どう見ても女神様など現れそうもないような状況でしたが、じっとその様子を眺めていたおっさんは一つの賭けに出ることにしました。もしかしたらこの『湖』にはまだ女神様の力が残されているかもしれない、濁り水でもその中から現れてくれるに違いない、そう考えたのです。

 

「……よし、これで……」


 おっさんは、ちょうど手に持っていたマグカップを投げ入れることにしました。深く掘った穴をなみなみと満たす雨水の中に、マグカップは静かに沈んでいきました。緊張して『湖』の様子を見守っていた彼がついため息をついたその瞬間、突然濁った雨水から眩い光がいくつも放たれました。あまりにも突然の事にしりもちをついてしまったおっさんの目の前で――。


『うふふ♪』


 ――大胆に肩や胸元、太股を露出させた白い衣装、背中まで届く長い髪、そして蔓の冠を被った女神様が、今までと全く同じように現れたのです。


「よ、よっしゃああ!!」


 自分の読みは正しかった、と大喜びしたおっさんは、早速女神様の質問に答え始めました。勿論その回答は、彼が落としたのは銀のマグカップでも金のマグカップでも無いと言う否定の言葉でした。

 そして、誘惑にも負けずに無事全ての質問におっさんが答えると、女神様はいつもと同じような決め台詞を言い始めました。


『貴方は正直な人ですね――』


 ところが、そこから続いたのは、今まで聞いた事も無いような言葉でした。





『――お礼に、新しい私をあげましょう♪』

「やっ……へ?」





 普通なら、ここで新しいマグカップが貰えて万々歳になるはずなのに、『新しい私』とは一体どういう事なのか、と唖然とするおっさんの前で、突然濁った雨水が輝きだしました。女神様は既にいるにも関わらず、再び何かが出てくるように光が放たれたのです。そして――。


『うふふ♪』『うふふ♪』


 ――おっさんのマグカップを受け取った女神様の前に、なんともう1人の女神様が姿を現したのです。肩や胸元、太股を露出させた白く美しい衣装も、背中まで届く髪の長さも、蔓の冠に至るまで、何もかも全く同じ外見、そして同じ声で、おっさんには一切区別が出来ませんでした。

 訳が分からず唖然としたままのおっさんに向けて、2人に増えた女神様は声を合わせて同じ事を言いました。


『『うふふ、お礼に新しい私をあげましょう♪』』

「……!?」


 その途端、またまた雨水は輝きに満ち、その中からさらに2人の女神様が姿を現しました。勿論外見も声も、優しい微笑みも、何から何までも元からいた2人の女神様と全く同じです。そして、4人に増えた女神様は再び新しい自分をあげる、と言い、新たに4人の女神様が現れ、8人に増えた女神様はまたまた自分をあげると言い、8人の自分を出し――。


『さあ、私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』……



「い、いえ結構です!!そんなにいらないです俺!!」


 あっという間に何十、いえ何百人にも膨れ上がった女神様の大群に庭を埋め尽くされてしまったおっさんは、慌てて家の中に避難しようとしました。ですが、既に何もかも遅すぎました。様々な高価な品々が並び、大金持ちになった彼を象徴していた部屋の中は――。


『私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』私をあげましょう♪』……


 ――壁、床、天井、様々な品々などあらゆるところに満ちた『水蒸気』から現れ続ける、数え切れないほどの『女神様』によって埋め尽くされていたのです!

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