マッチ売りの少女は、燃えるような恋をする 第三話

 何十何百何千回、懸命にマッチを売り、生き続けようと願うも毎回叶わず息絶えるという結末を繰り返し続けていた『マッチ売りの少女』。しかし、全てを諦めかけていたその時、灯したマッチの中に彼女は本当に必要としていた存在、この世界で唯一無比の宝物――『マッチ売りの少女』を見つける事が出来ました。そして彼女の心の中で、欲望が炎のように燃え始めたのです。


「ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」…



 1人が2人、2人が4人、4人が8人、8人が16人、32人、64人、128人、256人――少女は次々に数を増やし続けていきました。マッチを灯せばその度に新しい『マッチ売りの少女』が現れ、優しく朗らかな自分の輪に加わる――その繰り返しは、今まで経験してきた辛い『繰り返し』よりも遥かに楽しく心地よく、そして辛い目に遭い続けていた自身の心に快楽を与えてくれるものでした。私が欲しい、1人だけじゃ物足りない、もっともっと最高の宝があったらいいのに――その心に応えるかのように、マッチの火は次々にその数を増しながら少女を照らしていきました。

 そして、気づいた時には少女の周りを取り囲む道は、前後左右どこを見ても全く同じ姿形、同じ声、そして同じ微笑みを見せる空間へと変わっていたのです。



「あ、私♪」貴方も私なの?」そうよ、私♪」はじめまして、私♪」こちらこそ、私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」…



 どんどん数を増やし続けていく少女たちは、新たな自分と出会う度に優しく声をかけ、ぎゅっと抱きしめて存在を体全体で確かめ合いました。自分たちの周りから不親切や無視、卑下などの嫌な感情は完全に消え去ったと言う事を互いに実感しあうかのように。そして同時に彼女たちは、近くに自分の顔が来たり、自分の体の感触を確かめ合う度に、頬が火照るような心地を味わい始めるようになりました。何度も何度もマッチの光を浴びるにつれ、少女たちは次第に自分自身や周りにいる別の自分から悲しさや辛さが消え、代わりに今までずっと気が付くことの無かった自分自身の持つ『可愛さ』や『美しさ』が体全体から存分に溢れ出すような感覚を覚え始めたのです。

 それもそのはず、新たな『マッチ売りの少女』を求め続けるたびに、少女たちの肌色は良くなり、やせ細った体も整い、あの継ぎ接ぎだらけ、穴だらけだった服も新品同様のものになり、彼女本来の姿――寒さに凍える街を温かく照らすような、マッチの火のように暖かで仄かで、そして可憐な少女の風貌を取り戻していったのですから。


「やっぱり私って……ね♪」本当ね、私♪」綺麗よね……♪」やっぱり私、大好き♪」私もよ、私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」…



 そして、街のあちこちで幻想的なやり取りを交わす彼女たちの傍で、別の少女たちの声が響き始めました。



「「「「「「「そこの私、マッチいりませんか?」」」」」」」



 今まで何度も何度も、まるで呪いの言葉のように彼女に付きまとっていたその売り文句も、自分自身という素晴らしい宝に包まれようとしていた今の状況では、むしろ彼女たちにとって嬉しく楽しい言葉へと早変わりしていました。願いを込めてマッチに火を灯せば灯すほど、どんどん新しい『マッチ売りの少女』が姿を現し、この通りやこの町、いや彼女たちの周りを囲むこの広い世界を次々に埋め尽くしていくのですから。


「マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」マッチいりませんかー?」…


 そして、道という道の左右に数限りなく並び続け、笑顔でマッチを渡し続ける彼女たちの前には、常に彼女と同じ心――誰からもマッチを買われなかった事の辛さ、苦しさの記憶を持つ『マッチ売りの少女』の列が並び続けていました。



「2個下さい♪」10個下さい♪」いっそあるだけくださーい♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」私も♪」…


「ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」ありがとうございましたー♪」…


 そして笑顔で別の自分からマッチを貰っては彼女たちは次々に火をつけ、自身の願い――もっともっと、数限りなく新しい自分が欲しい、と言う願いを叶え続けていったのです。もう彼女たちにはどの自分が本物か、どの自分が幻想か、その区別すらできなくなっていました。ここにいる全ての自分自身が、同じ肌触り、同じ暖かさ、同じ優しさ、そして同じ可愛さと美しさを持つ『マッチ売りの少女』、本物か偽物か分ける必要なんてない、全員が揃ってその思いを抱き続けていたからでしょう。


 この街から自分以外の人間が誰一人姿を消している事に対する違和感は、とっくの昔に消え失せていました。不思議なマッチの火を使って世界で最も美しい自分がいっぱいいるという幸福だけが、彼女の心を包み込んでいたのかもしれません。


「私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」私♪」…

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