マッチ売りの少女は、燃えるような恋をする 第二話

「……ど……どう言う……」

「どういう事……?」


 

 数え切れないほどのマッチを消費し、ありとあらゆる幻想を目にし続けていた彼女でしたが、『マッチ売りの少女』自身が光の中に映し出されるという事態はこれまで1度もありませんでしたし、そのような事を願った記憶も一切存在しませんでした。ですが、彼女の目に映り続けたのは紛れもなく自分自身でした。ボロボロになった服も、その隙間から寒空の中に晒されてしまう白い肌も、そして聞こえてくる声も、何もかも彼女と全く同じだったのです。そして、唖然としながらそっと伸ばした手の感触に気づいた時、彼女――いや、彼女たちはさらに驚きました。そっと触れた目の前の自分自身の頬に宿っていた残り少ない温かみが、かじかむ指先へと確かに届いたのです。



「えっ……」

「えっ……」



 しばし無言で見つめ合い続けた後、2人の彼女は同時に同じ言葉を発しました。貴方は一体誰なのか、と。

 それに対して返した言葉もまた、全く同じでした。私は私、『マッチ売りの少女』になった誰かだ、と。



「……じゃあ、貴方も……あっ……!」

「マッチが……消える……!」


 その直後、互いの手に握られていたマッチの光が消えようとした時、2人の少女はとっさに新しいマッチを取り出し、自分自身ではなく目の前にいる別の自分のマッチの炎をそのまま受け継がせました。そしてそのまま、新しいマッチを相手に渡したのです。

 一体どうしてそのような行動を取ったのか、今までにない何かが心に湧きあがり始めたことに困惑しながらも、彼女たちは新しい光を与えてくれた自分自身に感謝の言葉を述べました。ですが、そのほんの些細な言葉を互いに発しあった途端、突然彼女たちの体に『力』が蘇り始めたのです。それと同時に、同じ姿同じ声を持つ少女たちの心もまた、まるでマッチの炎のようにゆっくりと、しかし確かに温かさを取り戻していきました。このぞっとするほど冷たい、牢獄のような世界で自分自身という存在をはっきりと認めてくれた嬉しさを燃料にしながら。

 


「……ふふ……」

「……ふふ……」


 そして、彼女たちが『マッチ売りの少女』になって初めての微笑みを見せあい、そして不思議とその顔に惹かれたときでした。またも手に持っていたマッチから、炎が消えようとしていたのです。慌てて互いに新たなマッチを付け、何とか目の前にいる自分自身が消え去ると言う最悪の結末を逃れる事は出来ましたが、その炎を見ているうち、2人はある事に気づいてしまいました。『マッチ売りの少女』である以上、彼女たちはマッチを手に持ち炎を灯し続けなければなりません。ですが、それは同時に、例え目の前に自分にとって大事な存在が現れたとしても、その存在を体いっぱいで感じる事が出来ないと言う事なのです。


「……ねえ……」

「……どうしたの……?」


「……私と同じ事、考えた……?」

「……私も同じ事、考えた……」


 

 目の前にいるのは、いつ果てるとも知れない輪廻の中でもがき続けた哀れな存在にして、自分が唯一信用できる存在、この冷たい世界の中に残されたたった1つの希望、そして何にも代えがたい世界で最も美しい宝。その感触を確かめることができるのは、自身の目を除けば僅かばかりの掌だけ。もっと近くに寄って互いの体を抱きしめいあいたい、でもそのためにはマッチを手放さなければならない――どうすれば良いのか、と悩んでいる2人の彼女が握り続けるマッチの光は、またも無情に消え去ろうとしていました。そして、今にもこの『夢』が消えようとする状況を見ていた時、彼女の中に今までに無かった『苛立ち』のような感情が湧き始めました。一体いつまで、この炎に自分は躍らされなければならないのか。自分はずっと、マッチを握り続ける運命なのか。


「私……貴方を……」

「私も同じ……貴方を心から……」


 そして、互いに全く同じ思いを抱きながら新たなマッチを取り出そうとした、その時でした。突然、2人の手に別の感触が走ったのです。しかも、とても暖かく柔らかな。

 その方向を見た2人の少女は、目を丸くしながら驚きました。彼女たちにそばに佇み、優しい笑顔を見せながら、新たなマッチの光を生み出していたのは――。



「もう大丈夫よ、『私』」

「マッチは、『私たち』が灯し続けてあげるから」



 ――何にも縛られず、目の前の自分を思いっきり抱きしめたいと言う願いに応えるかのように現れた、3人目、4人目の『マッチ売りの少女』だったのです。



「……本当に、いいの……!?」

「私を、ぎゅっとできるの……!?」


「ええ、心配ないわ、ねぇ」

「うん、だって『私たち』は『貴方たち』だもん」


 何百回、何千回と繰り返し続けた『マッチ売り』の経験、精神まで凍えさせるような世界、そしてその中でついに見つけた自分にとって一番大切な存在――寸分違わぬ同じ体、同じ服、同じ髪型、そして同じ顔を持つ4人の少女たちは、その記憶や心も全く同じでした。そのような楽園を、もう誰にも邪魔させたりはしない、心行くまでたっぷりと『私』自身を楽しめばよい――新たな2人の自分の言葉を聞いた2人の少女の行動、そして涙を止める要素は、一切存在しなかったのです。



「私……今までずっと、貴方に会いたかった……!!」

「私も……貴方を探していたのかもしれない……!!」


「「……ありがとう!!」」


 感謝の言葉と共に体中を包み込んだ『自分自身』の感触は、彼女たちの中から辛く苦しい過去を拭い去るのに十分すぎるほどの心地を持っていました。みすぼらしい衣装もぼさぼさの髪型も、抱き合う彼女たちにとっては最早一切気にすることはありませんでした。2人は仄かな光の中で、涙が枯れるまで存分に嬉しさを溢れさせながら、自分自身という最高の存在が傍にいることを心行くまで確かめ合いました。

 そして、彼女たち――自分たちとは別の『マッチ売りの少女』たちが最高の時間を手に入れた事に安堵するもう2人の『マッチ売りの少女』も、隣にいる別の自分を笑顔で見つめ始めました。折角目の前で『私』が互いの存在に心が燃え上がっているのなら、自分たちもその心の炎を分けて貰おうか、と。



「それに、丁度マッチの火も……ね」

「うん、うん……」



 そして、2人が揃ってマッチを用意し、それに火をつけた瞬間――。



「「「「ふふ、呼んだかしら?」」」」

「「ふふ、呼んだわ、『私』♪」」



 ――4人の少女の傍に現れたのは、手に仄かな光を握りながら別の自分を心から応援する、新たな4人の『マッチ売りの少女』でした。

 そして、彼女たちの服装、外見、そして表情からは、絶望やみすぼらしさ、惨めさや冷たさなどといった感情が消え始めていました。まるで熱い炎に燃やされていくかのように……。

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