第10話 「旅立つ準備をすることにした」

「……本当に死んでいたんだな?」


 念を押す大ババ様と呼ばれているお婆さん。


「はい。確実に、息はありませんでした」


 それに対し、なんの躊躇もなく頷くハルヤ君。めっちゃ洗脳効いてる。

 僕も同じ様に頷いて情報の信用性をアピール。

 その後ろでアドは浮きながら満足そうに笑みを浮かべてた。

 どうやらアドは僕にしか見えないらしい。


「……ふむ。分かった。嘘ではないようだな」


 とうとう大ババ様が僕を認めてくれた。嬉しい。もっと早く認めてくれれば良かったのに。


「……で、お前は何者なのだ」

「あ、そこからですか?」

「当たり前だろう。お前の事など何も知らんぞ儂は」


 そういえば何も言ってませんでしたね。

 しかし、全部包み隠さず話す訳にもいかないので、色々と工夫して話す必要がある。


「えーっと、僕はエンド・ファイザーと言います。歳は18です。僕の目的は、魔王の元まで辿り着いて、殺す事。その為に、生まれ育った故郷からここに特殊な魔術で飛ばされたんです。僕の故郷からは、絶対に魔王まで辿り着けないから。その転移魔術のミスで、服が無くて裸だったんです」


 魔王城にいたら魔王城に「辿り着く」事はできないから、なかなか上手い方便ができたと思う。


「……お前の常人離れした脚力に関しては?」

「あー、これは旅立つにあたって僕の父が能力を授けてくれたんです」


 僕の説明を一通り聞いて、大ババ様は釈然とはしない様子だったが、一応飲み込んだのか、1度大きく息を吹いて、頷いた。


「……分かった。ひとまずお前の素性を認める」


 良かったぁ~。これで認められなかったら癇癪起こして床で泣いて駄々こねてたね。


『何を言ってるんだお前は……』


 呆れた様に後ろで呟くアド・ヴァイス。言ってないから。聞こえてるの貴女だけだから。


「まぁ、お前に結界を壊されたのは事実だが、主を撃退し、今後主の恐怖に怯える事を無くしたのもお前だ。結界に関しては不問にし、お前の旅立ちの備えを助ける事もやぶさかではない」

「ホントですか!?」


 なんだ、この人。見た目によらず結構良い人じゃん。


「と、言いたい所だが」


 だが?


「この村に戦える者は少ない。このハルヤはまだまだ未熟だが、それでもこの村では1番の実力者なのだ。それを補う為に、村周辺に結界を張っていたのだが、それも今は無い。その為、新たに結界を張り直し終わるまで、お前にはこの村に留まって、用心棒の役割を果たして欲しい」


 確かに、ハルヤ君は言っちゃアレだけど全然強くない。魔王軍の尖兵の尖兵にも及ばないだろう。

 アレが村1番となると、流石に防衛力がいささか不安になる。


 結界を壊してしまった責任もあるし、引き受けるのが道理だろう。


「ちなみに、期間はどれくらいかかります?」

「……まぁ、1.2ヶ月だろう。その間は衣食住も保障するし、終わった後には最大限の備えは授けよう」

「なるほど。まぁコチラとしても願ったり叶ったりなので、引き受けますよ」


 なるべく急いだ方がイイとは思うが、今この段階で急ぎ過ぎても早死にするだけだろうし。今は準備する期間だ。


『……』


 何かアドが腕組みをしてしかめっ面で僕の顔をじろじろ見てくる。何かまずい事言った?


「非常に助かる。当面の面倒はハルヤに見させよう。頼めるな、ハルヤ」

「あ、いや、あの……」

「何か引き受けられない特別な理由が?」

「いえ……問題ありません」


 苦虫を噛み潰した様な顔で了承するハルヤ君。

 ゴメンなハルヤ君。迷惑だろうけどお世話になるよ。



 ◇◇◇◇◇



 こうしてハルヤ君の家に住まわせてもらうことになり、ご飯を食べさせてもらい、間借りした部屋のベッドに寝っ転がって、今に至る訳だ。


 いやー、まさかハルヤ君がこんな立派な木造二階建ての一軒家に一人暮らししてるなんて思いもしなかったよ。

 料理もすごい美味しかったし、掃除も行き届いてるし。一家に一台欲しいわ。


『随分と悠長なことだな』


 部屋の机に座りながら鼻につく声色で話すアド。

 足を組んで座ってるからドレスの隙間から下着とか見えそう。


『……』


 ……あ、足組まなくなった。


「悠長って、何が?」

『お前のその振る舞いだよ。こんな辺境の地に1ヶ月も留まるなど、これから魔王討伐に行く者の行動とは思えないがな』


 ここって辺境の地なんだ。初めて知った。

 まぁ予想はついてたけど。


「そうかなー? 逆にいい機会だと思ったけどね」

『……いい機会、とは?』

「だって、物事には準備ってのが必要だろ? 僕ってこれまで10年くらい引きこもり生活してきたから、人間界の情勢とか、知識とか知らないし、戦闘術も全く身に付けてないし。オプションの脚力だって、加減の技術を身に付けないと余計な被害とか出しちゃうし。とにかく最初は、そういう事を学んでいかなきゃなーって最初から考えてたんだよ」


 そう、僕は色々考えているのだ。伊達に引きこもって文化的活動に没頭してないぜ?


『……その為に、人間共と同じ時間を過ごすというのか? お前達とは根本的に相容れない、人間と』

「いや別に個人的に人間に恨みとかないし。今は僕も人間だしね。そりゃあ魔族と人間で戦争はしてるけど、それは目的や思想の相違だろ? 別に種族が違うからって理由で戦争なんてしないだろ。詳しい事は知らんけど」


 僕の答えを聞いて、アドはきょとんとした顔で僕を見つめていた。更に言えば、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔。

 そういう可愛らしい表情もできるんですね。


『……なるほどな』


 とだけ言うと、アドは愉快気に笑っているだけで、それ以上は何も言わなかった。


 まぁ、とにかく、当面の目標は知るべき事を知り、得るべきものを得ることだ。

 ここが何処なのかも掴めていない状況からのスタート。全く途方のない話だとは思うが、ほっぽり出された以上はやる以外方法は無いし。

 自分の帰巣本能を信じてみようと思う。


 という事で。


「ハルヤくーん! 剣の修行しようぜー! あと色々教えてー!」

「……えぇ……」


 1階の居間にいたハルヤ君は凄い迷惑そうな顔をする。すまんな、精一杯利用させてもらおう。

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