第8話 「都合よくこき使われた」

結局、その日の夜は牢屋で過ごすことになった。

 案外、硬い床にも慣れてそこそこ寝る事が出来た。


 なんて事もなく、体の節々を痛めながらただ寝っ転がり続けるという非常に意味の無い時間を過ごしたのだった。


 石造りの牢屋には一つだけ窓がついており、そこから漏れる光が僕に朝の訪れを伝えた。


「朝か……うわ腰痛」


 伸びをすると体がバキバキと音を鳴らす。ブリキ仕掛けか僕は。


 まさかここで飢え死にさせる作戦じゃなかろうかと不安になってきた。


 が、そんな不安も牢の外から段々と大きく響く足音によって払拭される。

 1人の足音では無かった。

 案の定、2人だった。

 片方は、昨晩僕としっちゃかめっちゃかした男。明るくなってよく見るとなかなかイケメンじゃないか。それがどうした。

 片方は、しわくちゃのお婆さん。けど服装が祈祷師みたいな、ステレオタイプの魔術師みたいな、そんな格好をしていた。

 身長とか隣の男の半分くらいしか無いんじゃないか?

 背筋は凄いピーンとしてるけど。


「コレか、結界を破壊し主をも撃退したのは」

「そうです、大ババ様」


 大ババ様て。見た目とネーミング一致し過ぎやろ。


「ようやく僕の身の潔白を認めてくれる気になったのか?」

「そのチャンスをやろう、という話をしに来た。お前が彼方に蹴り飛ばしたという主の生死を確かめて来い」


 ……はァ?


「いや、どこまで飛ばしたか覚えてないんですけど」

「知るか。アレが生きてたらワシら全員凄惨な死を遂げてこの村は一気にゴーストタウンじゃ。主から身を守るために張ったヒル型の結界も、新しく作るには時間がかかる。よって、その結界を破壊したであろうお前が事の始末を全てつけて初めてお前の人権を認めてやろう」


 ……あー、アレ、結界だったのねぇ。

 確かにわざとでは無いが、アレを粉々にしたのは僕だ。このお婆さんが言うことも一理ある。


「分かりましたよ、ただし本当にこれで僕を真っ当に扱ってくれるんですね?」

「……ああ」


 間を置くな怖いから。


「取り敢えず服だけは今着せてもらえます?」

「それは早急に用意しよう」



 というわけで、僕は牢屋を出て主探しに出ることになったのだ。

 ちなみに僕と熱い夜を過ごした男も一緒だ。あーヤダヤダ。


「……名前はなんて言うんです?」


 一応聞いといてやるよ、僕は社交的だからな!! 引きこもりだがな!!


「……ハルヤ・ツヴァイルだ。歳は18」

「えっ、じゃあ同い歳じゃん。よろしくツヴァイル君」

「ハルヤで良い。……ところで、主のいる場所の目星はついてるのか?」

「距離は分からないけど、方角は覚えてるからその方向に進めばいるんでない?」


 奇遇にも蹴り飛ばした方向とそれまで歩いて来た方向は同じだから、道中でアドヴァイス本も拾えるという訳だ。めんどくせぇアドバイス本でいいや。


「つまり、ひょっとすると三日三晩歩き続ける可能性もあるということか……」

「その時はその時、2人で愛の逃避行にでも行こうじゃないか」

「殺すぞ」


 冗談だよ、怖いなぁもう。


「でも実際、そこまで蹴り飛ばしてない気がするけどなぁ。結構重かったよアレ」

「結構どころじゃないだろうけどな。アレを蹴り飛ばすっていう時点でどこかオカシイ」


 いやいや、そんなに褒めるな。照れる。


 僕としてはこの広葉樹の森の中にポツンとあるお墓、つまりスタート地点にまで辿り付ければ取り敢えず結果オーライだったんだ。


 けど、事態は謎に一石二鳥に収まった。


「……あ、墓だ」


 僕の反応にハルヤ君は僕に向かって驚嘆の眼差しを投げた。


「いやいやいやどう考えてもその後ろに目がいかない? 主いるよ、主!」

「あ、ホントだ。……キモいなッ!?」


 お墓が恋しすぎて全然目に入ってなかった。

 相変わらずのグロテスクさで僕達を歓迎する森の主はピクリとも動くこと無く、しかも体が全体的に萎んでいるように見えた。


「……いや、小さくなりすぎじゃない? 干からびるにも早いでしょ」

「確かにコレは……正常とは思えないな」


 昨晩出くわした時よりも、半分近く小さくなっている気がする。こんな近くまで来ないと気付かなかった理由の1つだろう。


「十中八九死んではいそうだけど」

「それ以外の懸念材料が増えたからな。まだ帰る訳にはいかない」


 こちらとしても、まだ本を回収して無いし……。

 いや待て。

 何でここに本が無いんだ?


 ココからスタートしてるんだから例の本はココにあるものだと思い込んでた。いや、無かったら普通に転生ミスだと思うんだけど。


 けど、実際には無い。

 ……どういうこと?


「主とその周辺の調査をするぞ」


 内心鬼テンパってる僕をよそに、ハルヤ君は主に向かって歩き出す。

 しょうがないから取り敢えずハルヤ君に追従して調査を手伝う事にした。


 と言っても、主はピクリとも動かずただそのスケールを小さくしているだけで、その周辺にも特に変わった様子も見られない。

 普通に木々が生い茂り、風にそよぎ、鳥のさえずりと木の葉の擦れる音がハーモニーを奏でる、非常に平和な風景だ。


 ……え?

 いや、それはオカシイ。


「何で、主が萎んだ状態でこの場所に、周りの木々も押し倒さずにいるんだ?」


 主を蹴り飛ばした、と言っても、超高弾道で吹っ飛ばした訳ではない。20から30度くらいの、ラインドライブな軌道を描いていたはずだ。


 そんな状態で着弾すれば、その地点でピタリと静止する事は考えにくい。転がりはせずとも、幾分かはその体を地面に滑らせるはず。

 そしてそうなれば、着弾点から更に木々を倒しまくって、現在地点にいるはずだ。


 そのはずなのに、そうなってはいなかった。

 進行方向にあったはずの墓も破壊する事なく、まるで初めからそこにあったかの様に主が鎮座DOPENESSしているのだ。


 しかも、体が萎んでいるのに、周りの地形にその跡が見られないのもオカシイ。


 普通だったら現在の小さい体よりも大きめに木がなぎ倒されてるはずなのに、初めから萎んだ大きさにフィットしている形で木が倒れている。


 ……もしかして、蹴った衝撃で空気か何か抜けたんだろうか? プシューって。風船か?


「確かに、まるでここに瞬間移動したきたみたいに周りが荒れてないな」


 ハルヤ君も違和感に気付いた様で、興味深く主の萎んだ体を眺めていた。


「地上から見えるモノからは手がかりがなさそうだな……。オイ、お前が主の体に登って何か手がかりが無いか見てこい」

「え、僕? やだよ気持ち悪い」

「万が一暴れられたら俺じゃ対処できないだろ」

「……分かったよ。あと、僕は『お前』じゃなくてエンド・ファイザーって名前があるんだからな! エンド君って呼んでもイイよ」

「イイから早く行け!」


 そう言って僕のケツを蹴り飛ばすハルヤ君。結構ガチで蹴ってきてるから痛い。


「……息とかしてないよね?」


 主の正面まで回り込み、ぽっかりと開いた口の中を覗き込んだ。

 口内も外見と同じピンク色で、細かい皺が入っている。意外にもここは人間と同じ感じだ。

 万が一ここから風を感じたりなんかしたら今すぐ反射的に蹴り飛ばしたりしそうになってたが、そんなことは無かったので一安心。


 ひとまず頭部分の上によじ登り、背中の全景を確認する。

 足からの感触は思ったよりもざらついていて、萎びている故か乾燥しているのが感じられた。


 どうせピンクの背中が延々と広がってるだけだろうと半ば投げやりに見渡していたが、1つ、気になるものが見えた。


 1点、黒いモノが見えた。

 丁度背中の真ん中辺りに、四角い点の様なモノが。


 ……ん?

 アレ、もしかして……?


「本、じゃね?」


 すぐさま駆け寄り確かめてみると、確かに、それは本だった。

 転生前に父から渡されていたものと全く同じ、真っ黒の表紙でそこそこ分厚い、あの本だった。


「……何でココにあるの?」


 謎が謎を呼ぶ奇っ怪な状況になっている。僕はサスペンスは嫌いなんだけどなぁ。


 まぁ、当初の目的の1つを達成できたから、取り敢えず良しとしよう。

 と、本を手に取ろうとしたその瞬間である。


 正確には本に指先が触れた瞬間、だが。


 唐突に本が開かれ、自動的にめくられるページから黒い光が漏れ出す。

 噴出される光、光、光。眼前を覆い尽くすような光が、底無しの闇の中にいるような感覚に陥れる。


 するとその光が、段々と集まり始め、形作られる。

 輪郭が、段々と顕になっていく。

 最初は曖昧だったイメージが、僕にも想像しやすい形になっていく。

 そう、これは。

 人型だ。


 人型になった光は濃淡すらも移り変わり、どんどん生物としての息吹を吹き込まれる様に色付き、そして立体的に厚みができ、「ホンモノ」と見まごう程に、変化を遂げていった。


 そして、最終的には。

 本の上に浮く、1人の女性がそこに存在していた。


 黄金比のプロポーションを際立たせるタイトな黒いドレスに、腰まで伸びる艶やかな黒髪。

 それと対照的に肌は真っ白で、鮮やかな赤い唇がアクセントとなって美しさを演出していた。

 吊り上がった目尻も、それがこの人に相応しいものであるかの様に違和感は皆無で、強かなイメージを補強するポジディブなものでしかない。


 つまり、一言で要約すると。

 美魔女、という奴だ。


「ようやくか。待ちくたびれたぞ、エンド・ファイザー」


 舐める様な声で僕の名前を呼ぶ彼女は、愉悦を抑えきれず笑みを浮かべている様子だ。


 そんな彼女を見て、僕は、一言こんな言葉が漏れた。


「……僕のタイプでは無いなぁ」

「殺すぞ貴様」

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