第1話

「はあ、はあ、はあ」

 あたしも含め、誰も動くことが出来なかった。

 そして、今更ながら実感した。

 自分達が戦っているのは人間よりも強い力を持った生物――魔物なのだと。

「戦う意思がもうないなら、去れ」

 無数の傷が刻まれた鍛え上げられた上半身を誇示するかのように露わにし、汚れたズボンだけを穿いた脚は大木のようにしっかりと神殿の床を踏みしめ、人に近い顔立ちながらはっきりとした鼻筋や彫りの深い目は巨大な肉食獣を思わせた。

 野性的で粗削りなその姿は、純然たる暴力の化身だとでも言わんばかりにその拳ひとつで下したあたしたち三十数人の人間の前に君臨していた。

 新人のあたしはともかく、ここにいるのはいくつかダンジョンを制覇した人たちだというのに。

「無暗に殺しはしない。早く去れ」

 そう言われても私をはじめとして誰もが身動き一つ出来ないでいると、

「う、うるさい! 『火炎砲弾フレイムキャノン』!」

 パーティーリーダーのマルコスさんが震えながらも巨大な炎の弾を打ち出す魔法を放ちます。

「ふん」

 しかし、魔物はあしらうような仕草で、それを打ち消してしまいました。

「そ、そんな……」

 マルコスさんがへたり込むのもしょうがありません。

 『火炎砲弾フレイムキャノン』はベテランのマルコスさんだから習得しているような強力な攻撃魔法なのです。

 その魔力消費はかなりのものらしいですし、何よりそれが効かないというショックは見ているだけのあたしでも大きいです。

「気が済んだか? ならば去れ」

「……お前、本当に一面ボスか? その強さ、他のダンジョンのラスボス級はあるぞ」

 へたり込むマルコスさんの言葉に、魔物は彼を見下ろしながら答えました。

「お前たちが今まで戦ってきたダンジョンは知らんが、俺は間違いなくこのセブンスヘルの一面ボス、ダイチだ」

「……ずるい」

「ずるい、と言われてもな」

 魔物――一面ボスのダイチが困ったように首を傾げると、マルコスさんはすごい形相で彼を睨みつけました。

「魔物はな、人間様に倒されてこそだろうが! 古くからの神話でも、今なお伝わる逸話でもだ! どんなにデカくて力が強かろうが、人間に負ける事がお前ら魔物の存在理由だろうが!」

 吠えるようにそう訴えるマルコスさんに、ダイチは冷ややかな視線を送っていました。

「知るか」

 その体が大きくて力が強い人外の存在は、寧ろそっちが野獣のように怖い形相をしているマルコスさんに短くそう返しました。

「お前たちの目の前にいるのは、お前たちにとって都合のいい的でもなければ、引き立たせてくれる負け役でもない。多くの同胞を守る、一人の番人だ」

 そしてダイチは顔を上げ、床にへたり込むあたしたちにその視線を向けました。

「人間が魔物に勝って当然と思うな。自分達こそが魔物に勝つのが当然の、皆があこがれる物語の主人公だというのなら――」

 そこでダイチは一旦息を吸うと、

「都合よく考えずに、しっかりと力をつけ、自力で勝ってからおのが武勇として誇れ……人間!!」

 今いる一面の神殿全体を揺るがすような大声であたし達に怒鳴りました。

「う、うわああ!」

「無理無理無理!!」

「聞いてない、こんなの聞いてない!」

 その怒鳴り声に緊張の糸が切れたのか、マルコスさんや周囲の人たちは慌てて逃げ始めました。

 しかし、ダイチはそれを追ったり背後から攻撃したりこともなく、ただ逃げていく人たちを静かに見送っていました。

 圧倒的な暴力を体現したような肉体と穏やかで理性ある光が宿っている目を見て、あたしは全身に痺れるものを感じた。

 武器や魔術相手に素手で戦うという豪気さ、戦う事への誇り。そして戦わなければ物静かな態度に大物の器を見たあたしは、一瞬で魅入られてしまった。

 だから、気づいた時にはあたし以外のみんなが逃げてしまっても、あたしはそこにいた。

 何故なら、もう決めたからだ。

 このダイチ――いえ一面ボスのダイチさんに、弟子入りしよう!




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