第93話番外編-侍と子竜-

 拙者にはもう何も無い。仕えた殿も先程、湯浅五助殿の介錯で自害召された。


最早、拙者の生きる場所は無くなった。人知れず、殿の自害したこの山中で果てよう。

 坂田源三郎は関が原の合戦の折、大谷吉継方に就いて戦った家臣であったが、

小早川秀秋の裏切りによって敗戦し、大将であった大谷吉継は自害した。


残された源三郎は1人山中をさまよっていた。


殿の後を追う為に……。


 平侍であった源三郎を介錯してくれるものもおらず、ただ1人死に場所を探し求め一昼夜、松尾山の山中を歩いていたのである。


 ふと前を向くと、小早川軍の旗印が見えた。裏切り者の兵に殺されるわけにはいかない。源三郎は近くにあった洞穴に身を隠した。


 入った洞穴は、奥に伸びているようで、暗く足元すら見えない穴の中をひたすら奥に入っていった。


 どの位、歩いただろう。明かりも無い穴の中――ここで死ぬのもいいかも知れない。そう思い、その場に胡坐をかき座った。


 すると自分の尻の辺りが光っている事に気づいた。


「なんと面妖な」


 源三郎がその明かりをジッと眺めていると、その明かりは輝きを増し暗かった洞穴を照らし出した。


あまりの眩しさに一瞬目がやられ、視界が戻った時には目の前に真っ白く美しい獣が横たわっていた。


「なんと」


『あなたを呼んだのは私です』


 耳を通して聞こえてくる音ではなく、頭の中に直接語りかけられた事に源三郎は驚きを隠せない。


「そなたは何者じゃ」


『私は特に名前はありません。ただのフロストドラゴンです』


「ふろすとどらごんとな」


『あなたの世界にも昔はいたのですが、今は滅びた生物なのですね』


「拙者は見た事も、聞いたことも御座らん」


『私はあなたに頼みたい事があってここに御呼びしたのです』


「頼みとな」


『私の命はもう長くはありません。それで我が子をあなたに託したいのです』


「それは困る、拙者は死に場所を求めてここへ入ったのだ」


『あなたの寿命はまだ尽きてはおりませんよ』


 源三郎は目の前のフロストドラゴンが、何を言っているのかわからず困惑していた。


『私にはあなたの寿命が見えるのです、どうか我が子を頼みます』


 この人と会話できる生き物のいう事が正しければ、自分の寿命はまだ先だという。どうしたらいいか迷った挙句口から出たのは――。


「ここを出ても敵方にこの山は囲まれておる。もう逃げ場は何処にも無いのじゃ」


『ここはあなたが居た世界ではありません。敵もここにはおりませんよ』


何とも不思議な事があるものだ……さっきまで居た場所では無いと言うのだから。


「仮にそうだとして拙者にお主の子を養う事が出来るであろうか」


『私の目は確かです』


 目の前のフロストドラゴンは、それでは我が子を頼みましたよ――といい。

目の前で、光の粒子になり溶けて消えた。その場所には小さな白いフロストドラゴンが残されているだけだった。



 源三郎は困り果てていた。


 平侍であった自分は、この関が原の合戦で武勲を挙げるまでは独り身を貫こうと思っていた。それが、まさかフロストドラゴンの親になることになろうとは……。


 源三郎がその場にしゃがみ込むと、その子供は嬉しそうに近づいてきて源三郎の懐に潜り込んで来た。


 山中を歩くのに邪魔な武具は捨ててきた。


 今着ているのは汗臭くなった小袖と袴である。その小袖の中に潜り込んで源三郎の顔を覗き見て、きゅうきゅう、と鳴くのである。腹が減っているのかと思えばどうやら違うようである。


 この子なりの愛情表現のようであった。


 この子の親が言っている事が正しければ、この場所は源三郎のいた場所ではない事になる。もう洞穴を出ても小早川軍と会う事は無いのだろう。


 そう思いたち、洞穴の出口目指して歩き出した。


 源三郎が洞穴から出ると、そこは親ドラゴンの言った通り松尾山では無く、源三郎が見た事の無い場所であった。


 貧しい百姓の家の5男坊に生まれた源三郎は、家の食費を浮かせる為に幼少の頃から丁稚に出ていた。だが戦が起こり働き口が無くなった源三郎は幸いにも大谷吉継方の家臣に目にかけてもらい平侍になったのである。


 その初陣が関が原であった。いわば本当の意味での侍ではない。

 腰に挿している刀も安物であれば、着ている服もつぎはぎだらけのお粗末なものである。よってまったく知らない場所でも、今まで通り生活は出来るだろう。


 この世界に武士が居るのならば仕官すればいい。無ければ百姓に戻ると言う手もある。

 そう考えた源三郎は懐に白い子竜を入れて山を下りたのであった。


 ただ山を歩いているだけならば、松尾山と何ら代わり映えはしないのだが、大きく違うのは、松尾山の木々は夏を少し過ぎたばかりでまだ青々としていたが、ここの山は木々が凍り付いており、まるで真冬の様相を見せていた。


「へっくしゅん」


 当然、源三郎の格好も夏用の服である。寒くてもおかしくは無い。


「ちとこの山は寒いのぉ」


 周りを見渡せば、どうやら凍り付いているのはこの山だけである事から不思議に思いながらも急いで下りた。


 山を下りると道が草原の中を走っており、源三郎はその道を行く事にする。


 しばらく歩くと、前方に不思議な生き物が跳ねていた。


 良く見ると兎なのだが、頭に角が生えている。


「これもまた面妖な」


 その兎を無防備に眺めていた源三郎であったが、近くまでくると角を向けた状態で突進してきた。


「この世界の兎は勇ましいのだな」


 暢気にふらふら避けていると、草むらからも同類の兎が飛び出してきた。


 1匹だけなら避ける事も可能だが、源三郎は元々鍛錬を積んできた侍では無い。


 慌てて刀を抜き飛び掛ってくる兎に対し袈裟懸けに振り下ろした。


「勇ましくともやはり兎か」


 呆気なく1匹目は、胸の辺りを切り裂かれ絶命する。


 まだ2匹残っている。


 挟まれる形で飛び掛られるが、兎に対し横向きになり死角を減らすと、刀を当て易い左の兎に斬りつけた。狙いが少しずれ足を切り裂いたが、着地と同時に倒れた所を突き刺す。右手の兎へは刀のつばを盾代わりにして交わし通り過ぎた所で適当に斬りつけたのだが、そうそう調子良くは当らない。


 着地した兎は円を描く様にまわり、源三郎の背中目掛けて突進してきた。


 だがそれは予想済みで飛び跳ねた所を袈裟懸けに斬りつけ、切られた兎は血飛沫を撒き散らし源三郎の手前で動きを停止させた。


「火石があれば焼いて食うんだが」


 生憎とそんな物は持って戦には出ない。捨て置くのも勿体無いので3匹の首を切り取り、腰紐で木に吊るし血抜きをしてから風呂敷に包んだ。


「お前、この兎を食べられるか」


「きゅうきゅう」


「うん、何を言っておるのかさっぱりわからん」


 源三郎は、子竜に兎の肉を切り取り差し出す。


 するとまだ小さな口をパクパク開けて肉を食みだした。


「旨いか、そうか美味いか。それは良かったな」


 母親と約束した以上は、独り立ちするまで面倒を見よう。そう心に誓ったのであった。


 この道が何処に続いているのか分らないが源三郎はひたすら歩き続けた。


この世界で生きていくにしても食い扶持くらいは探さなくてはならない。


 しばらく歩き続けると、遠くの方に村が見えてきた。


 この世界の事がわかるかもれない。


 源三郎は真っ直ぐに村を目指した。


ここは村だと思ったのだが、源三郎に目をかけてくれた武家のお屋敷と似た門があった。


 門の上には櫓が立ち、見張り番の者がこちらを見て何か言っている。


「おい、そこの変な格好のお前だ。いったいどこから来た」


 初対面にしては随分と無愛想な事である。


 源三郎は服装はお粗末なものだが、きちんと髭も剃っていればまげも綺麗に整えている。


 決して変な格好ではないのである。


 戦国時代の日本においては、という条件は付くのだが……。


「拙者は越前国から参った、坂田源三郎と申す」


 拙者の言葉がわからぬのか、


 それとも国名がわからぬのか、


 見張り番の者は隣に立っている若い男と何やら相談し始めたようである。


 しばらく2人で話し合った後、櫓から1人下りて村の奥へ走って行ったようであった。

 恐らくは村でも偉い御仁に相談にでも行ったのであろう。


 源三郎は門の外でその様子を窺っていたが、


 村の中から大勢の男衆が駆け寄ってきた事で警戒の色を強める。


 大抵この場合は不審者扱いをされるものだからである。


 男衆がいきり立つ中、1人の老人がこちらに歩いてきた。


「何やら聞いた事が無い国から来られたそうだが、いったいこの村に何様ですかな」

「拙者、食い扶持を探しておりまして、何か仕事があればご紹介願いたいのだが」


「こんな小さな村では、よそ者に任せられる仕事は無い」


「左様でしたか。それではどこでしたら仕事があるかお教え願えないだろうか」


「そこの道を2日歩けば街が見えて来るはずじゃ」


「わかり申した。ちなみに火石などはないだろうか」


「火なら魔法を使えばいいじゃろう」


「魔法とはなんでござろうか」


「魔法は魔法じゃ。用が済んだのなら立ち去れ。旅の方」



 源三郎は老人の言った魔法という言葉に首をかしげながらも、これ以上何を言っても無駄なのだと思い、その場を立ち去った。


 街まで2日も歩かなければいけないと成れば、途中で何か食べるものが必要になってくるだろう。


 せめて火でもあれば途中で倒した兎を焼いて食べられるものを……。


 仕方ない。


 大昔の様に枯れ木を擦って火を点けるか。


 思い立ったら行動が早いのが源三郎のいい所である。


 枯れ木を探し、その上に枯葉を乗せると、ひたすら擦り始めた。


 半時ほど経った時に漸く白い煙が噴出し、その後、バチバチ、音が鳴って火が点いた。


 源三郎は兎を木に括り付け丸焼きにしてみた。


 焦げないように回しながら焼き、途中で脇差を使い中まで火が通っているのか確認した。


 何も味付けはしていないが、食わねば生きられない。


 源三郎は薄味の肉を腹いっぱいになるまで食べた。


 源三郎が食べている間、子竜は生で肉を啄ばんでいた。



 丸二日掛けて、源三郎は道を歩き続けた。


 腹が減っては、途中で現れた兎を殺し、食糧としていたので食うものには困らなかった。


 目の前には、大きな市壁が聳え立っていて、それを始めて見た源三郎はおおいに驚いた。


「これは砦か」


 源三郎のいた戦国時代に石垣を組んだ城は存在していたが、この様に石を積み重ねた巨大な壁は存在していなかった。


 驚くのも無理はないであろう。


 源三郎は市壁の中央に人が集まっている事に気づき、そこへ行ってみる事にした。


 何やら関所の様に荷物と人相を検められて居る様であったが、そもそも源三郎には、やましい事は一つも無い事から、そのまま並んでいる人混みに一緒に並んだ。


 源三郎の番になり、前に進み出ると。


「おい、そこの変な格好のお前、いったい何処から来た」


 二日前に立ち寄った村で言われた事と、全く同じ事を聞かれた。


 ここでまた同じ事を言って良い物か、


 源三郎は少し考えたが、普通に旅の者と説明をした。


「拙者は旅の者で御座います。食い扶持を求めてこの街にやってきました」


「その懐に隠している物は何だ」


 別に源三郎からすれば、隠しているわけでは無いので、素直に子竜を抱え上げ、門番の男にそれを見せたのだが。


「その子竜を何処から盗んできた、そんな災いの種をこの街に入れる訳には行かない。早々に立ち去れ」


 源三郎だけなら街に入れて貰える様であったが、この子の親と約束をしたのだ。たとえ平侍であっても侍の矜持に掛けて、約束は守らなくてはならない。


「仕方ない」


 源三郎は、元来た道とは逆の方向へと歩き出した。



 半日も歩いただろうか、遠くの方に森が見えてきた。

 森であれば、野生に自生する果実や、食べられる野草、きのこなどが有るかも知れない。

 そう期待しながら森の入り口まで来ると、森から5人のおかしな人が歩いてきた。


「これもまた面妖な」


 源三郎からすれば、この世界の普通の人間の髪の色、格好も全てが面妖なのであるが、目の前から来た人間はそれに輪をかけておかしかった。


 なにせ、肌の色が緑なのだから。

 

 源三郎に気づいたその集団は、源三郎の方に駆け出してきたかと思うと、次の瞬間には囲まれていた。


 その者達は皆、太い木の棒を片手に持っており、源三郎に向けて振り下ろした。


 流石に、見ず知らずの者から殴られたり、叩かれたりするいわれは源三郎には無い。袈裟懸けに振り下ろされた木の棒を、見切り、横に移動してかわした。


「拙者は、この森で暮らしたいだけなのだが」


 源三郎が目的を話すが、今度は5人がかりで木の棒を振り下ろしてきた。


 これには流石に源三郎も慌てた。多対一の訓練などした事も無いのである。仕方なく腰に下げていた刀を鞘から抜いて威嚇した。


 如何な暴徒であろうとも、当れば大怪我をする刀を振りかざせば、逃げていくだろう。そう思っての策だったのだが。


 それでも緑の人間は尚も諦めずに、棒を振り下ろし、突き、横なぎに払って源三郎に襲い掛かった。


「切り捨て御免」


 源三郎は仕方なく、木の棒を振り下ろし一番近くにいた人の隙をついて袈裟懸けに斬りつけた。肩から腹にかけ切られた人は緑の血飛沫を撒き散らしながら倒れた。


「なっ」


 切られた者ではなく、源三郎から驚愕の声が漏れたのは如何なる理由からか、それもそうだろう。


 人間の血は真っ赤なのが普通である。


 だが、今切り捨てた人間の血は緑だったのだから。


「お主等、物の怪もののけの類であったか」


 源三郎はもう遠慮はいらぬと、相手の隙をつき刀を袈裟懸けに、または足を狙い横なぎに斬りつけた。


 木の棒の長さは40cm程度であったが、源三郎が所持している刀の長さは80cmである。余裕で間合いの外から斬り付ける事が出来た。


 1人、また1人。呆気なく切り殺されていき、源三郎が息を切らす前に全て切り倒された。


「この森、大丈夫なのであろうか」


 そんな弱音も吐きたくなる。


 入る前から物の怪に襲われたのだから。


 それでも生きる為には仕方ない。


 源三郎は森の奥深くへと入っていった。


 森の中には、源三郎の予想通りに自生している果実や、食べられるきのこ、野草が沢山あった。

 それだけでは勿論足りない。そこは、この森に生息していた狼や、兎を狩った。


 木の蔓を使い、小屋を造り、石をかき集めかまども用意した。


 流石に風呂はなかったが、近くに小川が流れていた事から、毎晩、その川の水で体を洗った。



 源三郎達がこの森に入って3年がたっていた。


 子竜も少しずつだが、飛べるようになり、自分の餌は自分で狩れる様にまでなっていた。

 体長は頭から尻尾までが1m、左翼から右翼までが90cmとまだ子供でありながら、兎を狩るには丁度いい大きさになっていた。


 それでも、源三郎の側から片時も離れようとはせず、いつも源三郎の後ろをくっ付いて歩いてきていた。


「お前もそろそろ独り立ち出来るのではないのか


「クワァークワァー」


 いつまで経っても、甘えん坊な子竜を源三郎もたいそう可愛がった。


 託された当初は、約束を守るためという、義務の様なものであったが、3年間一緒に暮らしているうちに愛情も芽生えていたのである。


 最近では、緑の人間に襲われる前に、この子竜が退治してくれていた。


 この子竜、不思議な事に口から冷たい息を吐き出し、獲物目掛けて吹き付けるのである。


 吹き付けられた獲物は一瞬で凍り付く為、獲物が少ない冬場には保存が出来、本当に重宝した。


 あの追い返された街へはあれから一度も赴いては居ない。


 ここまで大きくなった子竜を連れて行けば、また大騒ぎされるのがわかり切っていたのだから。


 また1人でこっそり行こうとしても、子竜が、野生の勘なのだろうか、目の届かない場所にいても気づけば頭の上を飛んでいた。


 こっそりも何もないのであった。


 今日も、いつもの日常が終わり、森が暗くなってきた頃、それは聞こえてきた。


 小川で源三郎と子竜が体を洗い、もう小屋に戻って眠ろうか。そう思っていた矢先であった。


 遠くの方で女子おなごの泣き叫ぶ悲鳴が聞こえてきた。


 耳を澄まして様子を窺って見れば、緑の人間の声に混ざり、女子の声も聞こえる。源三郎と子竜は薄暗い森の中をゆっくり駆け出した。


 声が大きくなってきたので、木の陰に隠れ様子を窺うと、女子が、両手、両足を縄で縛られ一本の木に括り付けられており、その木を緑の人間が4人がかりで持ち、運んでいたのである。


 この状態を見れば、如何に源三郎がこの世界の世情に疎くても、何が起きているのかは、はっきりとわかる。


 刀を鞘から抜き、こっそり後ろから近づき、最後尾で木の棒を担いでいた者に斬りつけた。切られた者が倒れれば、他の3人にも当然気づかれた。


だが、最初の一撃で一人目を倒した源三郎の次の行動は早かった。


 振り下ろした刃を、円を描く様に振り回し、逆側で木の棒を担いでいた緑の者へ下から上に振り上げた。


 ビュンと風を切り裂く音の後、切られた者の体は股からわき腹にかけて両断された。


 残るは2名。だが、その2名へは子竜が襲い掛かっており、いつもの冷気を口から吐き出し、既に2名は事切れていた。


 源三郎は女子が縛られている縄を解いたが、気を失ってしまっていた為、小屋へ連れ帰る事にした。


 いつも源三郎が寝ている、枯葉を集めた寝床では女子に気の毒か、とも思ったが、この場には他に布団の代わりになるものは無い。


 源三郎は悩んだ末に、自らの着ていた袴を女子にかけてやった。


 今の源三郎の格好は小袖にふんどしであった。


 女子が目を覚ましたのは、朝日が昇ってからである。女子が起きた事に、最初に気づいたのは子竜であった。


「クワァー」


 女子が目を開け、子竜を見る。


 源三郎は、子竜が教えてくれたので女子の近くに寄った。だが、


「きゃぁ」


 と、悲鳴を上げられてしまった。


 何に対して悲鳴を上げられたのか、源三郎には分らなかったが、女子おなごの顔の正面に、子竜が顔を出し、クイ、と鳴き首を傾げると、女子も一緒に首を傾げていた。


 源三郎は、女子が落ち着いた今ならば、会話が出来るかも知れぬと思い、


「昨晩、緑の人間にさらわれていた所をお救い申した。拙者、源三郎と申す」


 源三郎が自分の名を教えると、女子はようやくく、源三郎に気づいた。


「あっ」


 こんな森の奥で竜と、褌姿の男に挟まれ、女子は困惑していた。


 だが、それもすぐに収まり。


「助けて頂いて、有難う御座います。私はアンドレアと言います。冒険者です」


 そう言って、源三郎にお辞儀をした。


 続いて女子が話し出す。


「ここはいったい何処なんでしょうか?」


「ここは森の奥深くでござる。そなたを何処へ連れて行けばよいか分らず、困り果て、ここにお連れしたのでござる」


 アンドレアは、この奇妙な髪の形をした人物が悪い人には思えず、警戒を解いた。

 だが、まだ隣には子供とはいえ、竜がいる。その事を聞かない訳にはいかなかった。


「それで、この竜はいったい……」


「その子は、拙者が面倒を見ておる養い子でござる。人には危害を加えない様に教えてあるので心配めされるな」


「この竜の親は」


「この子の親は既に亡くなりました。それで拙者が親代わりになったのでござる」


 何とも不思議な話だとは思ったが、アンドレアは男の話を信じる事にした。


「そなたが帰るのなら森の外まで送ろう」


「有難うございます。多分、パーティーメンバーが心配していると思いますので、出来れば、森の外まで送って頂けると助かります」


「分り申した」


 源三郎は、まずは腹が減っては戦も出来ぬといい、アンドレアに朝食をご馳走した。


 朝食後に、アンドレア、源三郎、子竜で森の外を目指す。


 途中で出てきた、緑の人は子竜が殆んど1匹で倒してくれた。


「子竜さん、とても強いんですね」


「この森で3年暮らしておるので慣れてござる」


「源三郎さんと子竜さんの2人ですか」


「うむ。拙者は独り身ゆえ」


「うふふ、なんだか源三郎さんって可愛いですね」


「男をからかうものではないぞ」


 女性に免疫が無かった源三郎は赤面した。


 アンドレアもそんな源三郎に出会って間もないというのに、惹かれていった。


 森を抜けた所で、アンドレアのパーティーメンバーが集まっていた。


「おぉぉい、アンドレア無事だったか」


「ゴブリンに攫われて気を失っている時に、この源三郎さんに救って頂きました」


 源三郎を見た男の冒険者は一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに表情を作り、源三郎にお礼を言おうと口を開きかけた所で、源三郎の後ろにいる子竜に気づいた。


「ひぃ、り、竜だぁ」


 動揺を隠し切れない男に、アンドレアが言う。


「この子竜さんは、人を襲わない優しい子なんですよ。だからそんなに驚かなくても平気です」


 そう宥めた。


 源三郎は、男が子竜に怯えているので、気を利かせ、


「では、拙者は家に戻るでござる」


「あ、はい。本当に何から何まで有難うございました」


 アンドレア達が、以前、源三郎が追い返された街の方へ戻って行くのを見送ると――、

子竜と一緒に源三郎も森の奥へと帰っていった。


 それからの日常は前と何も変わらず、穏やかな日々を過ごしていた。


 半年経ったある日、源三郎は子竜が、クイ、と鳴くので何事かと思い、小屋の外を見れば、半年前に助けたアンドレアが一人で歩いてきていた。


「街に戻られたのでは無かったのか」


 そう尋ねると、アンドレアは、


「前に此処ここに来た時に、調味料が無かったので持って来ました」


 そう言い、源三郎に笑顔を見せた。


 アンドレアの話では、この辺はトーマズという地域でこの森の事を街の者は、オルゴナーラ山脈と呼んでいると聞いた。


 この森はずっと西から東まで繋がっており、危険な魔物と呼ばれる生物や、竜が生息する事で、普通の人間は近づかないのだと言う。


 アンドレアを攫っていた緑の人間も魔物と呼ばれ、その名前はゴブリンだとこの時、源三郎は初めて知ったのである。


 アンドレアはあの後、冒険者を引退し、現在は花屋を開店する準備をしているのだと言う。


 今回は、その花屋で出す花の球根を捜しに、森まで来たと言っていたのだが、それは口実で、源三郎に会いにきた事を女子に免疫の無い源三郎には、分る筈も無かった。



 3年が経ち――


 子竜はもう小屋に入る事すら出来ない程大きくなり、アンドレアは月に2回は源三郎の元に通って来るようになっていた。


 ある時、源三郎とアンドレアが小屋に篭り仲睦まじく、なにやらしていると、突然小屋が揺れた。

 

 源三郎は地震か、と思ったのだが、揺れているのは小屋だけで地面は揺れていなかった。

 最近、めっきり相手をしてもらえなくなった子竜の嫉妬であった。


 だが、相手にしてもらえないのも仕方が無かった。


 小屋に入れる大きさならいざ知らず、現在の子竜の大きさは、頭から尻尾まで5mはあり、左翼から右翼までは4、5mはあるのだから。普通の竜ならば独り立ちしていてもおかしくは無い。


 所が、子竜は独り立ち出来る大きさになっても、源三郎から離れなかった。


 源三郎にしても、子竜はどれだけ大きくなっても自分の子供である。


 独り立ちはしたくないなら、しなくていいとすら、思っていた。


 大きくなった事で、問題も増えた。前は一緒に小川で体を洗っていたのが、大きすぎて全身洗えなくなったのである。


 真っ白で、綺麗だった体が、黒ずんで汚くなっていた。


 源三郎が漏らした一言で、3日帰ってこない日があった。


「お主、最近洗って無いから汚いな」


 源三郎もこの子竜が雌だと知っていたら、言葉を選んだかも知れぬが、それを知らない源三郎は言ってしまったのである。


 流石に大好きな源三郎にそう言われ、傷ついたのであろう。


 自分が体を洗える場所を探し、山脈中を駆け巡ったのである。


 漸く、源三郎の小屋から西方に大きな湖を見つけ、体を洗って源三郎に綺麗になった自分を見せようと帰ってみれば、アンドレアと小屋でイチャイチャしていたのである。


 子竜で無くても、嫌がらせの一つや二つ許されそうなものである。


 だが、子竜にしても、別にアンドレアを嫌いな訳では無かった。むしろ、源三郎が父であれば、母の様に接してくれた人間だったのだから。


 源三郎の小屋に来る、アンドレアを途中で気づいて先回りし、驚かせたりもした。

 この時が、この2人と1匹にとって幸せの絶頂期であった。


 事態が急変したのは、アンドレアに月のモノが来なくなり、源三郎達に新しい家族が出来たかもしれないと、浮かれていた時だった。


 子竜が山脈中を駆け巡った話は、既に国中に知れ渡っており、


 7年前に子竜の母親を、瀕死に追い遣った英雄が、このトーマズに戻って来たのである。


 その英雄は街のギルドに依頼し、白いドラゴンの行方を捜した。


 そう簡単には見つからないだろうと、英雄も最初は思った。


 所が、思わぬところからその情報が入る。


 その街に在籍している、冒険者の引退した仲間が、そのドラゴンとそれを飼いならす、奇妙な外国人と親しいという情報を得たのだ。


 英雄は今度こそは白い竜を討伐し、真っ白な竜の鎧を作り、国王に取り入って、王女と結婚しようと考えていた。


 王女を最初に見た時はお互い16歳だった。それから7年。王女も当時で言う適齢期を過ぎ、英雄はこれが最後のチャンスだと思った。


 目的の為には、手段を選ばない男に成り下がっていた。


 国王から王家に伝わる伝説の剣を借り受け、アンドレアを人質にして森へ踏み入ったのである。


 英雄は、源三郎の小屋の前に来て言った。


「この女を助けたければ、大人しく竜を渡せ」


 源三郎は、訳が分らなかった。 


 今まで、こういう事態が起こらないように、子竜には人を襲うなと注意をしてきた。

 それなのに何故と――。


 だが、私利私欲に目が眩んだ英雄を見て悟った。


 子竜が悪い訳ではない。この英雄は、子竜を金ずる程度にしか思っていない。


「わが子よ、潮時だ。行け、独り立ちするのだ」


 源三郎が子竜に背中を向けながら、大声で叫ぶ。


 すると――


「クワァークワァー」


 如何にも悲しそうに鳴くのである。


 それでもこの子だけは逃がさねば、この子の親との約束を今こそ果たす。


 いや、違うな。拙者が親だから子を助けたいのだ。


「2度とは言わぬ。行け、遠くへ行き、もう戻ってくるな」


 源三郎、最後の言葉である。語気を強め、きつく言いつけた。


「クワァー」


 まるで悲鳴をあげる様に鳴き、子竜は羽ばたく。


「逃がすと思うか」


 英雄が、剣を鞘から抜き、剣に力を込めているのが分った。


 源三郎は思う、何か嫌な予感がすると。


 仕方なく、源三郎も刀を鞘から抜き、


 英雄が力を込め終える前に、縮地で一気に詰め寄った。


 間に合わぬ。


 源三郎は英雄が子竜に剣先を向けた瞬間を見計らい、一気に刀をその剣へ向け

大上段から振り下ろした。


 ギャン、と刀は鳴り折れてしまう。


「シャイニングブラスター」


 英雄の剣からは、見た事もない程の、眩しい光の本流が湧き出してきた。


 だが、源三郎の一刀によって角度は多少ずらされた。


 これなら子竜には当らない。


 そう思ったのだが、英雄は光の本流を操るが如く、剣を上げだした。


 せっかく刀を代償に子竜を救ったものが、無駄になる。


 そう思い、光の本流が流れる剣へ手を出し、剣先を押し下げた。


 体が軽くなった気がして、源三郎が目線を下げ、自らの左腕を見れば、

 

 そこにあった筈の、体の部位が綺麗に焼け消滅していた。


 源三郎の最後の抵抗で、邪魔された英雄の剣からは、既に光は出ていなかった。

 

 源三郎は仰向けに倒れ、子竜が飛んで行く様を見送る。


 青空に溶け込む様に、真っ白な身体からだが綺麗に輝いていた。


「美しい」


 ポツリと漏らす。


 源三郎は思う。


 松尾山で死のうと思った自分が、生涯をかけ、あの子竜をここまで育てた。


 最初は、きゅうきゅう、鳴いていた我が子は、あんなにも頼もしく育った。


 これ程の偉業を達成した者は、拙者の他には居ないだろうと。


 殿へのいい土産話が出来た。


 源三郎は体から力が抜けていくのを感じながら、空を見続けた。


 すると、白い我が子に向けられた剣先から、まるで子を守る親の様に、黒く巨大な竜が覆い被さるのが見えた。


 源三郎は最後に我が子の仲間を見て、あぁ、独りじゃないのか。


 良かった。


 そう思い笑った。死の瀬戸際で笑ったのである。


 英雄は思った。


 7年前に、最後の最後で、親竜のブレスで山を凍り漬けにされ逃げられた。


 今度こそと陛下より、伝説の武器を借用し来てみれば、この奇妙な格好の男に邪魔をされた。


 自分の魔力では、シャイニングブラスターを撃てても後1度、なのに、空高くへ舞い上がった、白い竜を守る様に、黒く巨大な竜が覆い被さったのだ。


 あれ程の大きな竜では、万一失敗したら自分だけではなく、国まで滅される。


 英雄は諦め、顔を邪魔した男に向けると、


 その男は笑っていた。


 左肩から先を失い、いつ死んでもおかしくない状態で……。


 英雄は、源三郎に苛立ち、カラドボルグを、その奇妙な髪を支えている首へと、


 一息で振り下ろした。


 源三郎、25年の短い生涯はこうして幕を下ろす。





 英雄は、2度も竜を撃退した事で勇者と呼ばれ、念願叶い、トーマズの王女の婿となる。


 だが、2年が過ぎた頃――。


 突然、王都に白く巨大な竜が2匹攻めて来た。


 その竜は、市街へは一切攻撃を加えず、王城だけにブレスを吐き、一瞬の内に、厚い氷で閉ざしてしまった。


 ブレスを吐き、北の山に戻る途中、一匹の竜が、街の花屋に視線を向けたのだが、それに気づいた者は居ない。


 その氷が溶けたのは半年後――。


 人々が見たのは、まるでそこだけ時間が停止したかのような、王族全員の綺麗な死体であった。


 人々は、口々に言う。


 竜の怒りをかった末路であると。


 それ以降、この地では、竜神信仰が根付くようになる。








 源三郎、平侍になる前の名前は、


 宮城村の源三郎と言う。


 後の宮城孝太は、源三郎の兄、源一郎の子孫である。



 3000年後、この子竜が産み落とした子は、何故か奇形児となり、この地に舞い戻る。


 ドラゴンライダーと言う種族と間違えられ、


 源三郎と同じ血を持つ少年と出会う。


 これが偶然か、それとも竜の血がなせる奇跡なのか。


 それは神のみぞ知る。





                 完


お読み下さり、有難う御座いました。


石の森は近所です。

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竜神の加護を持つ少年 石の森は近所です。 @marukko1120

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