5-3:二人の男
「そろそろ資金集めに移るタイミングかな」
「簡単にいくかね?」
ある程度人が集まり始めた頃、活動を始めるなら次に必要なものは金だとシヴァが言った。理由を理解はしているが、口賀は不安そうに口を尖らせる。
「彼らから集めるんじゃだめなん?」
今まで集めてきたメンバーは二十人を超えている。うまく話せば丸め込めると言った口賀の言葉に、シヴァは首をゆるく振った。
「それじゃ、意味がないよ」
「けど」
口賀が今度は不満そうに口を尖らせる。その様子を楽しそうに見つめていたシヴァが、右の口角をわずかにあげた。
「簡単じゃない方がより、面白い。それに、私たちがやったとバレてしまっても問題はないんだ」
シヴァはなんでもないと言うように笑って、目の前に置いてあったティーカップを手にとった。カップに入っている透き通った赤茶色の液体が、振動でフルリと揺れる。
「そうなん?」
喉を通っていく紅茶。動く喉仏をぼんやりと見つめながら、口賀が不思議そうに首を傾げた。
「今入ってくれたみんな以上の人を集めるには、地道な行動だけじゃ足りないんだよ。君の体だって一つだけだろう?」
シヴァがカップをソーサーに戻すと、カチリと小さな音が鳴った。空になったカップに紅茶を継ぎ足す。
「だから、行動で示さないと。ね」
カップに注がれた紅茶はまだ暖かいようで、白い湯気が揺らぎ、登っていく。
「真ってさ」
「ん?」
名字で呼んでいたはずなのに、いつの間にか名前呼びに変わった。そしてこれからは目的のため、神であるシヴァの名を借り名乗っていく。
「見かけの割に、わっるい笑い方似合うよな」
「それは光栄だね」
新しい発見だ。と優雅に紅茶を口に運んでから、シヴァはまた満足そうに口の端を上げて小さく笑った。
「これからが楽しみで仕方ないよ」
再び空っぽになったカップをソーサーへと戻す。継ぎ足すことはせずに、椅子から立ち上がるとそのまま窓のそばへと近づいていく。
窓から見える空に浮かぶ月。
ポツリポツリと明かりが灯り彩られる街並みを見下ろして、シヴァはその美しい顔を不敵に歪める。
「ここから見えるすべてが、私たちがプレイするゲームの舞台になるんだよ」
車のヘッドライトの明かりが動き、道の形が浮かび上がる地上を見下ろす。そこにいる人々が動く理由を自分が作れるのだと笑うシヴァの顔は、破壊神よりも悪魔に近い。そう感じた口賀は身震いをした。
「なあ、真」
「なんだい?」
震えた理由を深く考えたくなくて、小さな声でシヴァを呼んだ。街並みを見下ろしたままの状態で答えたシヴァに、ゴクリと唾を飲み込んで口を開く。
「真にとって、他人って……」
「大事な駒だよ」
未だ窓の外を見つめたまま、シヴァが振り向くことはない。
「大事な……」
「そう、私を楽しませてくれる。大事な駒」
なんの感情もない無機質な声音。本当に大切だと思っているのかわからない声のトーンに、口賀の震えが強くなる。本当についていってもいいのか。という思いと、この先に見られる景色への期待がごちゃ混ぜになった複雑な感情が襲ってくる。
「なら、俺は」
「わからないかい?」
ようやく、シヴァが窓から視線を外して振り向いた。ゆるく弧を描いた唇とは対照的な鋭い視線が口賀を射抜く。
「私と、同じだよ」
ゆっくりと、しっかりと。含みを持たせて発せられたその内容に、肌が泡立つ。
「駒を動かす、プレイヤーさ」
差し出された白い手が、口賀の目の前で止まった。
この手を取ってしまえば戻れない。理解して、戸惑う。だが、目の前に差し出されたこの手がひどく魅力的に見えるのも事実だった。
「違うのかい?」
「いや……」
楽しそうに軽い声を出したシヴァが小さく首を傾げた。反射的に、口賀は否定の言葉を返す。意識せずとも出てしまった言葉は、きっと口賀の本心。
「違わない、な」
ひんやりと冷たいシヴァの手を取り、冷や汗を浮かべながら、それでもしっかりと口賀は笑った。
思い出したのだ。もう随分前に、両親すらも人と思えなくなっていたことを。自分の周りに集まる人間はすべて、ただご機嫌を取ればいい「モノ」だと認識していることを。
「それじゃ、改めて」
「ん、よろしく」
戻れない一歩。
楽しそうに笑うシヴァと握手を交わした口賀の顔に、後悔の色は一欠片もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます