5-1:二人の男

 口賀逹史は、決して順風満帆な人生を歩んできたわけではなかった。

 両親は不仲で、幼い頃に離婚を経験。両親の口論の矛先が自分に向かぬよう、処世術として会話術を身につけた。そしていつの間にか、人をよく見ていればその人が何を考えているのか。どんな言葉が欲しいのかがわかるようになっていた。

 高校に上がる頃には、彼の周りには人が溢れていた。口賀の巧みな話術で集まった、彼にとっては仮初めの友人たち。

 だが一人だけ、口賀がしっかりと観察してもよくわからない人物がいた。それが、今のシヴァだ。

 二人はいわゆる幼馴染という関係で、小さい頃から近所に住んでいた。小学校、中学校、高校と同じ学校に進学し、最終的には大学も同じところに入り、そして卒業した。


「なあ、あんたいつも何考えてるん?」


 精巧に作られた人形のような顔。その顔はいつも笑みを浮かべていたが、それが貼り付けただけの偽物だと口賀は気がついていた。人が常に周りにいるのに、心から笑うことはない。何もかもがうまくいく容姿も実力も持っているのに、楽しそうにすることは一度もない。

 気になった口賀は、直接シヴァに聞くことにした。幼馴染という間柄なのに今までほとんど言葉を交わしてこなかったからか、突然の口賀の問いかけに一瞬だけ目を見開いたシヴァは、しかしすぐにそれを細め薄く微笑む。


「……君も、つまらないと思わないかい?」


 そして、返ってきたのはこの言葉。


「つま、らない?」


 口賀にとって、考えたこともない不思議な響きを持った言葉だった。

 もともと、不仲な父と母に攻撃対象とされぬように身につけた話術。円満な人間関係を築き、自分が傷つかぬようにだけ注意して生きてきたのだ。つまらないなんて思うことは当然なく、楽しいと思うことすらもなかった。自分が感情というものをほとんど知らずに生きてきたことに今更ながら気付かされたのだ。


「私と同じ、作りモノじゃないか」


 滑らかな指で示された己の顔。思わず口賀は、自分の顔を両手で覆った。手のひらからなんとなく伝わる、目と唇の形。慣れ親しんだそれらは、弧を描いている。


「整備された道を歩くだけは、つまらないよ」


 ぞわりと、口賀の足元から何かが這い上がってきて思わず両腕で体を抱きしめた。一瞬で通り抜けていった何かが、口賀の心を掴んで離さない。


紫羽しばは……なにがしたいん?」


 何を考えているかわからないシヴァに、いつものように相手が求める言葉を言えるはずもない。だが、聞いた内容は間違っていなかったようで、珍しく楽しそうにその目が輝いた。


「私が、道を作れたら楽しいね」


 平坦な道、急な坂道。崖や茨の道。道を終わらせるのも、いいかもしれない。そう言って笑ったシヴァ。


「それって……」


 何を言いたいか理解した口賀は、口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。それと同時に、どこか空っぽだった胸も熱くなる。何も目的もなく、ただ傷つけられぬようにとだけ生きてきた口賀。今まで自分が物足りないと感じていたことに、今ようやく気づいたのだ。


「君も、つまらないんだろう」

「…………」


 疑問ではない。問いかけでもない。断定的な言葉に、今度はしっかりと頷いた。

 つまらないと、満たされないと感じていたのだと。


「そうだよね。君はきっと、私と同じ人間だから」


 右の口角を上げて、シヴァは怪しげな笑みを浮かべた。

 何よりも美しく、何よりも尊い。そんな人ならざるもののような綺麗な顔をしているにも関わらず、歪んだその笑い方がシヴァには一番似合っている。

 楽しそうに笑うシヴァを見て、口賀はそんな感想を抱いたのだった。

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