4-1:作戦会議

 シヴァと呼ばれていた男は全員が帰ったあと、誰もいなくなった部屋からバルコニーに移動して置いてある椅子に座った。街並みを見下ろしながらグラスに注いだワインを傾け、紺色がかった艶やかな黒髪を揺らして楽しそうに瞳を弓なりにしている。

 しばらくすると、そこに一人の男がやってきた。シヴァとも親しいのか、片手を上げて挨拶をすると特に許可を取ることなく空いていた椅子へと腰を下ろす。


「そんな楽しいことあったんなら呼んでほしかったわー」

「内容は今話したよ」


 濃い緑色の髪をした男は、シヴァから今日の話を聞くと隣でぷくっとわざとらしく頬を膨らませた。男の名は、口賀こうが達史たつし。この男の細い目も同じように弓なりであることから、怒ってはいないのだろう。


「まーでも不思議なおならって……そりゃまことも気になるわな」

「逹史」

「はいはい、シヴァな」


 ワインのグラスを置き、シヴァが鋭い視線で口賀を睨みつける。ごめんごめんと手をひらひらと振ってから、口賀は改めて名を呼び直した。


「で、どーすんの? 次は」

「そうだね。そろそろ行動に移してみようと思うよ」

「つっても、お前は動かないんだろ?」


 口賀が足を組んで、メロンソーダ味の棒突きキャンディーを口で転がしながら尋ねる。膨らんだ頬に視線を向けたシヴァは、ニンマリと唇を歪めてもちろんと頷いた。


「じゃ、俺の次の仕事はすかしっぺ少年の勧誘かな?」

「……いや」


 グッと両手を真上にあげて背筋を伸ばして組んでいた右足を下ろすと、口賀は座っていた椅子から立ち上がる。そのままこの場を去ろうとしたのだが、予想外の否定の言葉に体の動きを止めた。


「君が行ったら、簡単に手に入っちゃうじゃないか」

「ま、そりゃそーでしょうよ」


 再びグラスに手を伸ばしたシヴァに、口賀は歯を見せて笑う。よっぽど自信があるのだろう。


「君には、別の子を誘ってもらおうと思ってるんだ」

「別の?」

「そう……きっと彼は、私たち側の人間だと思うんだ」


 不思議そうに首を傾げた口賀に、シヴァが口の橋を上げて答える。


「それに、彼の力はちゃんと見てからじゃないとね」

「げ……それって」

「そう、君の予想通りさ」


 口を引きつらせた口賀に、シヴァが乾いた笑みをこぼした。何をしようとしているか気づいた口賀が、ご愁傷様と当て馬にされた誰かに向けて手を合わせる。


「きっと、彼が一番適任だよ」


   ***


 同時刻。同じマンションの数階下で、先ほどシヴァの部屋にいたうちの三人の男女が顔を見合わせていた。彼らはシヴァからの命を受け、三人で依頼を遂行しなければいけないのだ。


「さて、じゃあどうしましょうか」

「どうって、金取ってくるだけじゃん?」

「……これだから、バカは」

「デーヴァ、喧嘩売ってんの?」


 男二人、女一人。今にもデーヴァに飛びかかりそうなプルシャをラヴァがため息をつきながら止める。


「お金を取る相手は誰でもいいわけじゃないのよ?」

「……それに、ターゲットたちが所有する家や会社のセキュリティは強固」


 ラヴァのなだめるような口調にヘニャリと目尻を下げて、ぼそぼそと付け足されたデーヴァの言葉には素直に頷きたくないのかキッと睨みつける。その様子にもう一度ため息をつきたいのをぐっとこらえ、ラヴァはデーヴァに声をかけた。


「作戦はあなたに任せるわ。私たちじゃ、あなた以上の作戦は浮かばないでしょうし」

「……兄貴はちゃんとわかって――」

「あ、ね、だ!」

「……悪い」


 思い切り食ってかかったプルシャに、小さい声ではあるがすぐに返された謝罪。一瞬目をパチクリとさせたプルシャはもごもごと口篭る。


「僕も……ごめん」


 意を決して開いた口。出てきた謝罪に、デーヴァも目を瞬かせたあとわずかに口を弓なりにさせて、若干引きつったような笑みを見せた。

 笑うことに慣れていないのだろう。


「作戦、決めてよ」

「……任せとけ」


 不器用な二人のやりとりを無言で見つめていたラヴァも、柔らかな視線を向けて話し始めた二人の輪に加わった。


「……実行はラヴァだな、ターゲットに取り入るのはプルシャだが、できるか?」

「やるっきゃないっしょ」


 両手の拳を握りしめたプルシャを、二人が冷ややかな目で見つめる。


「……ラヴァ、よろしく」

「ええ……」


 気合だけは一人前で、おそらく内容を理解していないプルシャをラヴァに任せて丸投げする。作戦内容自体はあらかた決まったので、あとはそれぞれの仲間にも連絡を入れるだけだ。


「……それにしても、どうしてあんたみたいなのがここに?」

「なに? それどう言う意味だよ」

「プルシャ。すぐそうやってつっかからないの」


 すり合わせも終わり、顔を上げたデーヴァがこれまで気になっていた疑問を口にした。言い方がストレート過ぎたために、噛み付く勢いでデーヴァに向かっていくプルシャの襟をラヴァが掴んだ。

性格をなんとなく理解したからか、動揺することもなくデーヴァはさっきの言葉の意味を説明する。


「……あんたの性格だったら、別に生きづらくもなんとも――」

「僕は良いさ! 僕は……」

「プルシャ……」


 ここにいるものたちは、世の中になんらかの不満を持つものたちだ。理由は様々だが、自分たちを取り巻く環境を「変えたい」という願いだけは同じ。

 何が言いたいかを理解したプルシャは、全てを聞く前にデーヴァの言葉を遮った。キュッと唇がひき結ばれ、悩ましげに眉が歪む。俯いたプルシャの背を気遣わしげにラヴァが撫でる姿を眺めながら、デーヴァは口を挟むことなくただ続きを待った。


「優しい姉さんには、姉さんみたいな人たちには、この世界は合わない。だから、シヴァ様についてきたんだ」

「……ふうん。人のため、ね」

「そうゆうお前はなんでだよ!」


 ギリギリと握りしめられた手のひらと、憎々しげに吐き出された言葉たち。いろんな感情が篭ったそれらに、デーヴァは返事を待っていたにしては興味がなさそうな声音でその言葉を繰り返した。どうでも良さそうなその態度に、勢いよく顔を上げたプルシャが再び噛み付く。


「……あんたみたいに大層な理由じゃない」

「バカにしてっ――」

「……が、似たようなものだな。俺らも、相応の人権が欲しい」


 眼鏡を押し上げたデーヴァに、声を荒げたプルシャは口をつぐんだ。眼鏡の奥。瞼に半分以上隠れたその瞳が、思ったよりも真剣だったからだ。


「……シヴァ、様はあんな見た目だが、俺らを見下したりはしなかったからな」


 人ではないものかと疑いたくなるほどに美しい見た目。だが、シヴァはデーヴァを馬鹿にすることも、見下すこともなかった。


「……まだ完全に信じたわけじゃない。だが、同じ目的のやつと一緒に好き勝手するのは、嫌いじゃない」


 照れ臭かったのか、最後はそっぽを向いて言い切る。そんなデーヴァの性格が気に入ったのか、プルシャがニカッと可愛らしく笑った。


「お前、いいやつだったんだな」

「言い方。ありがとうデーヴァ」


 ラヴァに頭を叩かれて、プルシャが一瞬うずくまった。しかし、すぐに立ち上がって、目の前に立つデーヴァに右手を差し出した。そっぽを向いたまま、そろりと右手を伸ばしてくれたデーヴァのそれを強引に掴む。

 最終的にはラヴァも入り、三人はしっかりと握手を交わした。そして、それぞれの目標達成を改めて誓ったのだった。

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